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三の姫
三十八、養女
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朝顔の君と梓に挨拶をした小春たちは、穏子に手招きされ、屋敷の中へと入る。
「あなたたちに、すこし話があるの」
「……朝顔の君のことですか?」
「そうなの」
間髪いれずにたずねた保憲に、穏子は静かに頷いた。不安げに揺れる瞳に、小春の心もざわざわと落ち着かない。
通された部屋のなかで、穏子に向かい合う形に座る。
「朝顔の君のことなんだけれど……。縁のある方々に、養女として出迎えていただけないか、お話している最中なの」
「それはよかったです!」
賀茂家お墨付きの娘であれば、どこに出しても恥ずかしくない。きっと、貰い手もたくさんあることだろう。
嬉しい話であるにもかかわらず、どこか穏子の表情は暗い。
「いま、お声がかかっているのが——左大臣家なのよ」
「さ、左大臣家?!」
「左大臣家の姫君が、お亡くなりになったでしょう? 男ばかりだから、どうか養女にくれないかと」
「……それは」
たしかに、穏子が浮かない顔をするのももっともだと思った。
左大臣家のような大きな貴族の養女となってしまったら、嫌でも政治の駒にならざるを得ない。それが朝顔の君にとって良いことなのか、と言われたら素直に頷けないのが本音だった。
「それでね、実は左大臣家の姫君は、東宮への輿入れが決まっていたそうなの」
「まさか」
保憲が声をあげる。
小春とて、信じられない気持ちだった。
未来の帝である東宮への輿入れが決まっていたにもかかわらず、なぜ自死を選んでしまったのか。
自分の身の上の重圧に耐えられなくなったのか、それとも——。
東宮への輿入れという事情を知っていた誰かが、彼女をあやかしに襲わせたと考えることも出来そうだった。
「朝顔の君を、亡くなった姫君の代わりにしようとしているのですか?」
小春の問いに、穏子は悲しげに微笑んだ。
「わからない。けれど、もしかしたらそうなるかもしれない。今のところ、宮中では左大臣家が隆盛を誇っている。左大臣が押せば、帝とて否とは言えないでしょう」
「でも、朝顔の君は左大臣家の血を引いていないはず——」
「そこが問題なのよ。きっと、左大臣派の貴族たちは、朝顔の君の輿入れに反発するに違いないわ。そうなったら、宮中の勢力図が塗り替えられることもあるかもしれない」
小春はごくりと唾を飲み込んだ。
いつの間にか、朝顔の君の存在によって、この国の政治が大きく動く。
もし、朝顔の君が養女になり、東宮の妃になれば、左大臣家はいまの隆盛を保つことができる。
一方、養女にならなければ、このまま左大臣家が没落していく可能性だってある。
おそらく、左大臣家の姫君が亡くなったと知り、どちらにつくべきか迷っている貴族もいるだろう。左大臣家としては、いまの勢力を保つためであれば、政略結婚のための駒はいくつあっても足りない。
「それで、朝顔の君はなんて?」
「まだ本人には伝えていないの。いきなり、左大臣家の養女だなんて伝えられても、断ることも難しいかと思って」
「たしかに、そうですね……」
もし、自分が朝顔の君の立場だったらと考えてみる。
きっと、断ることはできない。
お世話になったからこそ、どうにかして恩に報いたいと思ってしまう。
それが、自分の本心でなくたって。
「母上、もう少し待っていただくことは可能でしょうか?」
居住まいを正して、保憲が静かに言った。
「えぇ。それは可能だと思うけど……。いきなりどうしたの?」
「まだ、左大臣家の姫君がなぜ亡くなったのかを突き止められていません。もし、あやかしに襲われたのだとしたら。このまま朝顔の君が養女になって、襲われてしまう可能性もあります」
そこで保憲は口を切った。
「——だから、もう少し待っていてください。僕たちが、きっと謎を解いてみせます」
「あなたたちに、すこし話があるの」
「……朝顔の君のことですか?」
「そうなの」
間髪いれずにたずねた保憲に、穏子は静かに頷いた。不安げに揺れる瞳に、小春の心もざわざわと落ち着かない。
通された部屋のなかで、穏子に向かい合う形に座る。
「朝顔の君のことなんだけれど……。縁のある方々に、養女として出迎えていただけないか、お話している最中なの」
「それはよかったです!」
賀茂家お墨付きの娘であれば、どこに出しても恥ずかしくない。きっと、貰い手もたくさんあることだろう。
嬉しい話であるにもかかわらず、どこか穏子の表情は暗い。
「いま、お声がかかっているのが——左大臣家なのよ」
「さ、左大臣家?!」
「左大臣家の姫君が、お亡くなりになったでしょう? 男ばかりだから、どうか養女にくれないかと」
「……それは」
たしかに、穏子が浮かない顔をするのももっともだと思った。
左大臣家のような大きな貴族の養女となってしまったら、嫌でも政治の駒にならざるを得ない。それが朝顔の君にとって良いことなのか、と言われたら素直に頷けないのが本音だった。
「それでね、実は左大臣家の姫君は、東宮への輿入れが決まっていたそうなの」
「まさか」
保憲が声をあげる。
小春とて、信じられない気持ちだった。
未来の帝である東宮への輿入れが決まっていたにもかかわらず、なぜ自死を選んでしまったのか。
自分の身の上の重圧に耐えられなくなったのか、それとも——。
東宮への輿入れという事情を知っていた誰かが、彼女をあやかしに襲わせたと考えることも出来そうだった。
「朝顔の君を、亡くなった姫君の代わりにしようとしているのですか?」
小春の問いに、穏子は悲しげに微笑んだ。
「わからない。けれど、もしかしたらそうなるかもしれない。今のところ、宮中では左大臣家が隆盛を誇っている。左大臣が押せば、帝とて否とは言えないでしょう」
「でも、朝顔の君は左大臣家の血を引いていないはず——」
「そこが問題なのよ。きっと、左大臣派の貴族たちは、朝顔の君の輿入れに反発するに違いないわ。そうなったら、宮中の勢力図が塗り替えられることもあるかもしれない」
小春はごくりと唾を飲み込んだ。
いつの間にか、朝顔の君の存在によって、この国の政治が大きく動く。
もし、朝顔の君が養女になり、東宮の妃になれば、左大臣家はいまの隆盛を保つことができる。
一方、養女にならなければ、このまま左大臣家が没落していく可能性だってある。
おそらく、左大臣家の姫君が亡くなったと知り、どちらにつくべきか迷っている貴族もいるだろう。左大臣家としては、いまの勢力を保つためであれば、政略結婚のための駒はいくつあっても足りない。
「それで、朝顔の君はなんて?」
「まだ本人には伝えていないの。いきなり、左大臣家の養女だなんて伝えられても、断ることも難しいかと思って」
「たしかに、そうですね……」
もし、自分が朝顔の君の立場だったらと考えてみる。
きっと、断ることはできない。
お世話になったからこそ、どうにかして恩に報いたいと思ってしまう。
それが、自分の本心でなくたって。
「母上、もう少し待っていただくことは可能でしょうか?」
居住まいを正して、保憲が静かに言った。
「えぇ。それは可能だと思うけど……。いきなりどうしたの?」
「まだ、左大臣家の姫君がなぜ亡くなったのかを突き止められていません。もし、あやかしに襲われたのだとしたら。このまま朝顔の君が養女になって、襲われてしまう可能性もあります」
そこで保憲は口を切った。
「——だから、もう少し待っていてください。僕たちが、きっと謎を解いてみせます」
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