辺境伯令嬢は婚約破棄されたようです

くまのこ

文字の大きさ
1 / 1

婚約破棄は高くつくのですわ

しおりを挟む
 煌びやかなダンスホールには、着飾った人々が集まり、笑いさざめいている。

 今宵は、ここ、ドコカ―ノ王国王城にて、舞踏会が催されているのだ。

 それは同時に、この国の第二王子であるヴァッカ王子の婚約発表も兼ねていた。

「ヴァッカ王子の御成りである~!」

 本日の主役であるヴァッカ王子が、一人の美しい女性を伴って現れた。

 王子の婚約者、辺境伯令嬢のアドアステラだ。

 彼女の、氷の彫像を思わせる、凛とした佇まいに人々は見とれた。

 と、ヴァッカ王子が足を止めた。

 打ち合わせと異なる所作に、アドアステラも、少し戸惑った様子で立ち止まった。

「アドアステラ、お前との婚約を破棄する!」

 腰に手を当て仁王立ちしたヴァッカ王子は、アドアステラを指差し、高らかに宣言した。

「何の御冗談でしょうか、殿下」

 突然の出来事だったが、アドアステラは気丈にも笑みさえ浮かべた。

「貴様の数々の悪行、全て分かっているぞ!」

 言って、ヴァッカ王子はアドアステラを睨みつけた。

「仰る意味が分かりかねますが」

 アドアステラは臆せず答えたが、さすがに、その顔からは笑みが消えている。

 ヴァッカ王子は、人々の中に誰かを見付けたらしく、手招きした。

 おずおずと進み出たのは、小柄で、可憐という言葉の似合う少女だった。

「アドアステラ、貴様は、このテキート男爵令嬢モブーナ殿に対し、様々な嫌がらせを働いたそうだな。そのような下劣な女を妻にすることはできん」

 そして、ヴァッカ王子は、モブーナの肩を抱き寄せた。 

「余が愛するのは、このモブーナだ。アドアステラ、貴様の顔など見たくない。早々に立ち去れ」

 アドアステラは小さく溜息を吐いて、肩を竦めた。

「……茶番は終わりでしょうか?では、おいとまいたします」

 踵を返し、アドアステラは歩き去った。王子に肩を抱かれているモブーナが、嫌な感じの笑みを浮かべているのを、彼女は見逃さなかった。



 アドアステラは、辺境伯である父の元に戻り、事の次第を伝えた。

 身に覚えのない罪を着せられ、衆人環視の中で婚約破棄を言い渡される──当事者である彼女よりも、父の怒りは凄まじいものだった。

「誰のお陰で安寧を貪っていられるのかを思い知らせてやる」

 辺境伯は配下の兵を率いて、王都に攻め入った。

 日頃から外敵に備えて訓練を積み、時には実戦も経験する辺境伯の兵と、平和ボケした中央の兵とでは士気も練度も違い過ぎた。

 王都は瞬く間に制圧され、王家は滅亡した。

 王族たちは、生命まで奪われることはなかったものの、身包み剥がされて国外に放逐された。



「お父様は親バカですこと」

「娘が酷い目に遭ったと聞いて、つい我を忘れてしまったのだ」

「もっとも、正式に結婚する前に王子が本性を見せてくれて幸いだったとも言えますわね」

 辺境伯令嬢から王女になったアドアステラは、父に向かって微笑んだ。



おわり

※注:この作品における「辺境伯」は「田舎の貧乏貴族」ではなく史実寄りのほうです(場合によっては王に匹敵する力がある)※
しおりを挟む
感想 3

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

GSokan
2025.10.04 GSokan

最後の辺境伯のことわりはいらないですね。
読み手はみんな知っているし、説明つけられるとちょっと…

2025.10.05 くまのこ

コメントありがとうございます。
作品によっては「辺境伯=田舎の貧乏貴族」という扱いのものもあるので、念の為に注釈を入れさせていただいています。

解除
グリンダ
2025.03.06 グリンダ

いや、普通に国防を担ってる辺境伯は例え貧乏だろうとばかバカ

2025.03.07 くまのこ

コメントありがとうございます。
異世界ものでは数多の令嬢たちがポンポンと婚約破棄されていますが、相手の家のことまで考えなければ危険だよなと思った次第です(笑)。

解除
ゆうちゃん
2023.04.29 ゆうちゃん

辺境伯は他国と接する貴族なので最初から田舎の貴族の事ではありませんよ。その意味で考えている人がそもそも間違っていると思いますよ。

その上で辺境伯は伯爵だけど侯爵家に準ずるので普通の伯爵家より身分は高いのです。当然外敵から守るのですから独自の兵力や力があるのは当然なのです。

なので最初から二択では無く間違い無く合ってますよ。もし辺境伯が田舎貴族だと思っているのであれば間違っている事は間違いありませんね。

面白かったです。

2023.05.01 くまのこ

面白かったとのご感想ありがとうございます。流行りの婚約破棄ものでも、かなり身分の高い家柄の令嬢がポンポン婚約破棄されてて「これ大変なことになるのでは?」と思ったのが、この作品を書くキッカケでした。作品によっては「辺境伯=田舎の貧乏貴族」という扱いのものもあるので、当作品では史実寄りですよと注釈を入れさせていただきました。

解除

あなたにおすすめの小説

お飾りの聖女は王太子に婚約破棄されて都を出ることにしました。

高山奥地
ファンタジー
大聖女の子孫、カミリヤは神聖力のないお飾りの聖女と呼ばれていた。ある日婚約者の王太子に婚約破棄を告げられて……。

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

悪役令嬢、悟りを開く 〜断罪? 婚約破棄? そんなもの全て「空(くう)」ですわ。さようなら〜

ビヨンドほうじ
ファンタジー
卒業夜会。第一王子アルフォンスによる婚約者セレスティア令嬢への公開断罪が始まった。隣には、糾弾の主役である平民特待生マリエッタ。王子への嫉妬と怒りに燃えるセレスティアが言い返そうとしたその瞬間――彼女の頭に、前世の僧だった記憶が目覚め、悟りを開き、「空」の意識に目覚める。 追い詰められた王子は、ついに婚約破棄と国外追放を宣言。だが、セレスティアは満面の笑みで答える。 「私の出家を後押しいただき、ありがとうございます」 断罪に出家で答える悪役令嬢ファンタジー!

公爵令嬢の一度きりの魔法

夜桜
恋愛
 領地を譲渡してくれるという条件で、皇帝アストラと婚約を交わした公爵令嬢・フィセル。しかし、実際に領地へ赴き現場を見て見ればそこはただの荒地だった。  騙されたフィセルは追及するけれど婚約破棄される。  一度だけ魔法が使えるフィセルは、魔法を使って人生最大の選択をする。

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

悪役令嬢は断罪の舞台で笑う

由香
恋愛
婚約破棄の夜、「悪女」と断罪された侯爵令嬢セレーナ。 しかし涙を流す代わりに、彼女は微笑んだ――「舞台は整いましたわ」と。 聖女と呼ばれる平民の少女ミリア。 だがその奇跡は偽りに満ち、王国全体が虚構に踊らされていた。 追放されたセレーナは、裏社会を動かす商会と密偵網を解放。 冷徹な頭脳で王国を裏から掌握し、真実の舞台へと誘う。 そして戴冠式の夜、黒衣の令嬢が玉座の前に現れる――。 暴かれる真実。崩壊する虚構。 “悪女”の微笑が、すべての終幕を告げる。

ただの婚約破棄なんてため息しか出ませんわ

アキナヌカ
恋愛
私、ユディリーア・パヴォーネ・スカラバイオスは、金の髪に美しい蒼い瞳を持つ公爵令嬢だ。だが今は通っていた学園の最後になる記念の舞踏会、そこで暇を持て余して公爵令嬢であるのに壁の花となっていた。それもこれも私の婚約者である第一王子が私を放っておいたからだった、そして遅れてやってきたヴァイン様は私との婚約破棄を言いだした、その傍には男爵令嬢がくっついていた、だが私はそんな宣言にため息をつくことしかできなかった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。