紅の継承者と闇の封印

くまのこ

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20話 それぞれの戦術

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 教師の手に握られた細い紙の束の中から、生徒たちが一本ずつを引いていく。
 エルマーが引いたの先端には、小さな五芒星が描かれていた。

「全員、を引きましたね? 自分と同じ番号の人が対戦相手です」

 教師の言葉に、エルマーは首を傾げた。

「先生、俺のは番号じゃなくて五芒星が描かれているんですけど……」

 エルマーが、そう言ってを見せると、教師は、あははと笑った。

「うん、戦闘訓練に参加できる生徒の数が奇数だったから、一人は私と対戦してもらおうと思ったのですが、きみが『当たり』を引いたんですね」
「俺が、先生と?」
「君が相手なら、他の生徒たちの見本になりそうですね」

「へぇ、エルマーは先生と対戦できるのか。頑張って」
「楽しみにしてるよ」

 目を丸くしているエルマーの背中を、ロルフとヨーンがわるがわる叩いた。

「では、番号の若い順で対戦してもらいます。一番の人、出てきてください」

 教師が呼びかけると、二人の生徒が皆の前へ出た。
 一人はロルフ、もう一人はインゴという男子生徒だ。

「インゴは水属性が得意だから、火属性を得意とするロルフは分が悪いかもね」

 ヨーンが、隣に立つエルマーに囁きかけた。
 インゴを見ると、彼自身もヨーンと同じことを考えているらしく、その表情には余裕が感じられる。
 一方で、ロルフは初めての実戦を前に、わくわくしている様子だ。
 
「たしかに、同じくらいの力であれば火は水に消されてしまうよね。であれば、だけど」

 エルマーは微笑んで、ロルフたちの対戦が始まるのを待った。
 試合用の区域で、ロルフとインゴが十歩ほど離れて向き合い、それぞれ魔導具を作動させて防御壁を展開する。

「では、始め!」

 教師の合図と共に、二人は呪文を詠唱した。
 インゴの水属性呪文が生み出した鋭い水流が、一瞬早くロルフの防御壁に命中し、生徒たちの歓声が上がる。
 しかし、ロルフの放った火球もインゴの防御壁に命中し、その色を青から黄色へと変えた。

「ほう、一撃で黄色まで削るとは。さっきのエルマーの火属性呪文と同じくらいの威力ですね」

 教師が、感心したように頷いた。
 その後もロルフとインゴの呪文の応酬が続いた。
 互いの防御壁を削り合い、いよいよ双方が、あと一撃で終わりという時を迎えた。

「二人とも防御壁が赤に……先に当てたほうが勝ちですね」

 アヤナが、はらはらしながら呟いた。
 その時、ロルフとインゴが同時に呪文の詠唱を終え、火球と水流が交錯する。

「これは……相殺される?!」

 ヨーンが小さく叫んだ瞬間、ロルフの火球が水流を飲み込み、蒸発させた。
 威力を半分ほどに削がれながらも生き残った火球は、まさかとでも言いたげに大きく口を開けているインゴへと命中した。
 インゴを覆っていた赤い防御壁が光の粒子となって霧散し、彼の姿が剥き出しになる。

「そこまで! 勝者、ロルフ!」

 教師の宣言に、生徒たちが歓声を上げる。

「嘘だろ……属性では、俺のほうが有利だったはずなのに」

 肩を落とすインゴに、エルマーは声をかけた。

「ロルフの火属性呪文の威力が、きみの水属性呪文よりも上だったということだね。彼は『魔素のうつわ』自体も大きいらしいから、一度に動かせる『魔素』の量も多い、つまり、同じ等級の呪文でも威力が上がるんだ」
「単純な力比べでは駄目ってことか。次は、搦手からめてを考えてみるよ」

 インゴは肩を竦めながらも納得した様子で、見学者用の区域へと戻っていった。

「すごいなロルフ、不利な属性相手に勝っちゃうなんて」
 
 一方、ヨーンに褒められたロルフは、照れ臭そうに頭を掻いている。

「駄目かと思ったけど、勝っちゃったよ」
「ある意味、ロルフらしい戦いでしたね」

 アヤナの言葉に、エルマーたちは思わず笑いを漏らした。
 親しい友人の勝利は、エルマーにとっても嬉しいものだった。
 数組の対戦が行われたのち、ヨーンの番号が呼ばれた。
 
「私の対戦相手は優等生のヨーンくんですわね。相手にとって不足はありませんわ」

 そう言ってヨーンと共に前へ出たのは、コンスタンツェという女生徒だった。
 貴族出身だという彼女は、試合用の区域でヨーンと向き合い、上品なお辞儀をした。可愛らしい顔立ちではあるものの、勝気そうな表情の印象が強い少女だ。
 
 「お手柔らかに頼むよ」

 言って、ヨーンも魔導具で防御壁を展開させつつ、ワンドを構えた。

「コンスタンツェは、土属性の呪文が得意なはずですが……ヨーンは、どう出るのでしょうね」
「普通に考えれば、土に強い風属性で対抗したいところだけど……彼は何か作戦を考えていたみたいだから、見ものかもしれないね」

 アヤナにささやきかけられ、エルマーは頷いた。

 試合開始の合図と共に、ヨーンとコンスタンツェは呪文の詠唱を始めた。
 コンスタンツェが手にしたワンドの先端に、拳ほどの石つぶてが幾つか出現したかと思うと、それらは矢のような速度でヨーンめがけて飛んだ。
 無防備な状態で命中したなら、負傷は免れない威力だろう。
 しかし、それらはヨーンの前方に展開された魔法防御壁に弾かれ、消え去った。

「初手で防御を固めるという訳ですわね? 臆病……いえ、慎重と言って差し上げますわ」

 若干苛立いらだった様子で、コンスタンツェが言った。
 防御壁を破壊しようと、コンスタンツェが様々な属性の攻撃系呪文を連発する中、ヨーンは防御壁を展開する呪文を何度も詠唱している。
 思わぬ展開に生徒たちが呆気に取られていると、突然、コンスタンツェが膝をついた。

「そこまで! 対戦者が戦闘続行不可能の為、勝者、ヨーン!」

 教師が試合終了を宣言すると、コンスタンツェは顔を上げ、息を切らせながら叫んだ。

「まだ……まだですわ! 私の防御壁は……無傷ですッ!」
「無理は、いけませんよ。そんなに息を切らせて、おそらく、眩暈めまいや頭痛もあるでしょう。それが、魔法を使い過ぎた時の症状です」

 教師に諭され、唇を噛んでうずくまるコンスタンツェに、アヤナが歩み寄った。

「少し向こうで休んでいましょう、ね?」
 
 アヤナが優しく言うと、コンスタンツェは小さな子供のように頷いた。
 エルマーもアヤナを手伝って、コンスタンツェを支えながら見学者用の区域へ移動した。
 
「あの短時間で、あれだけの数の呪文を使えるなんて、きみは、すごいね」
「エルマーくんに、そう仰っていただけるなら、まぁ……」

 よほど口惜しかったのか、涙ぐんでいたコンスタンツェだったが、エルマーに褒められて、少し機嫌を直した様子だ。

「先生、ああいうのも、有りなんですか?」

 生徒の一人が、教師に問いかけた。

「ヨーンの作戦のことですか? あれも立派な戦術です。たとえば、多数の敵に囲まれて味方の到着を待つ場合など、防御しながら相手を消耗させておくということもできるでしょう? もっとも、防御の魔法自体の熟練度も必要になりますけどね」

 教師の説明に、生徒たちは目を見張った。エルマーも、魔法による戦闘の奥深さを、改めて思い知った気がした。

「なんか、ごめんね」

 ヨーンが、休んでいるコンスタンツェに声をかけている。

「なぜ、謝るんですの?」
「お、女の子を泣かせちゃうの、良くないと思って……でも、きみが相手なら、普通にやったのでは勝てないと思ったんだ」

 ヨーンは心底申し訳なさそうな顔で、コンスタンツェに言った。
 
「な、泣いてなどいませんわ! それより、次は勝たせていただきますから、覚悟しておいてくださいな」

 不敵な笑みを浮かべるコンスタンツェに、ヨーンも安堵したようだった。

「コンスタンツェは気が強くて、少し短気だから、ヨーンの作戦がはまったというところかな」

 ロルフが、顎を撫でながら呟いた。

「相手との相性……戦闘って、やはり簡単ではないのですね」

 そう言ったアヤナに、次の順番が回ってきた。

「これは、お姫様と対戦とは畏れ多いね」

 アヤナと向き合った男子生徒、カイが少し冗談めかした口調で言った。

「どうぞ、お気遣いなく」

 上品に微笑むと、アヤナはワンドを構えた。
 戦闘が始まるや否や、アヤナの放った光属性の呪文が辺りを眩しく照らし出す。
 灯り代わりにする光球を出現させる為の呪文であるが、殺傷力がない分、攻撃呪文よりも詠唱時間が若干短い。
 僅かな時間差ではあったが、眩しさで視界を奪われたカイは集中を乱され、最初の一撃が不発に終わった。
 畳みかけるように、アヤナの放った土属性の石つぶてや水属性の水流がカイを襲う。
 その後は丁々発止の撃ち合いが続いたものの、結局は先手を取ったアヤナが勝利をもぎ取った。

「やってくれるなぁ、次は負けないぜ」
「あなたの追い上げが凄くて、冷や冷やしました。勝負は紙一重でしたよ」

 最初はアヤナを侮っていた節もあるカイだったが、今は互いの健闘を称えるほどに、彼女を見直したようだ。

 ――そうか、何も攻撃呪文を撃つだけが戦闘ではないんだ。まして、俺の相手は先生だ。ヨーンやアヤナのように先を見越して戦術を練る必要があるな。

 考えを巡らせていたエルマーは、自分を呼ぶ声で現実に引き戻された。

「では、最後に私とエルマーによる対戦です。私も一年生が習った呪文だけ使いますから、安心してください」

 教師に手招きされ、エルマーは試合用の区域へと入った。
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