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19話 いつもの居場所と対人魔法戦闘
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エルマーを乗せた馬車が学院の前に到着したのは、ちょうど寮の食堂で夕食が始まる頃だった。
一旦自室に戻ったエルマーだったが、部屋には誰もいなかった。ロルフとヨーン、そしてカールは、夕食を摂りに食堂へ移動したのだろう。
誰の声も聞こえない、しんとした部屋の空気に耐えられず、エルマーも食堂へ向かった。
寮の薄暗くなった廊下を急ぎ足で通り抜け、食堂の扉を開けたエルマーは、普段通りの明るさと賑やかさが存在していることに安堵した。
「あ、エルマー、帰って来たんだ」
「こっちよ」
少し離れたテーブルから、聞き慣れた友人たちの声が聞こえた。ロルフにヨーン、アヤナ、魔法理論科のパウラと、その級友たち――いつもの顔が揃っている。
「夕食、まだだったの? 僕たちも、これからだよ」
「待ってるから、自分の分、取ってきなよ」
友人たちに促され、エルマーは料理台で自分の分の食事を確保した。焼き立てのパンと好物である鶏肉のクリーム煮に、栄養を気にして付け合わせの野菜を添え、食後の楽しみである果物や菓子も忘れずに――彼が無意識に選んでしまう組み合わせだ。
「ありがとう、待っててくれて」
エルマーは、ちょうど空いていたアヤナの隣の席に座った。
「おかえりなさい。今日は会えないと思っていましたが、よかったです」
嬉しそうに言うアヤナを見て、エルマーも気持ちが明るくなった。
「今日は授業がない日だけど、みんなは、何をしていたの?」
「ああ、いつもの顔ぶれで集まって、勉強会してたよ」
エルマーが問いかけると、ヨーンが一同の顔を見回しながら言った。
「アヤナが元気のない感じで心配だったけど、エルマーが帰ってきて、いつもの調子に戻ったから、寂しかっただけなのね」
パウラの言葉に、アヤナが頬を染めた。
「皆さんだって、エルマーがいないから、活気がなかったではありませんか」
「まぁ、いつも一緒にいる奴の姿が見えないと寂しいよね」
アヤナの言葉に、ロルフが頷いた。
いないと寂しい――自分が、そんなふうに言われる時が来るなどと思っていなかったエルマーは、鼻の奥が、ぎゅっと痛くなったような気がした。
馴染みの仲間たちと共に囲む食卓は、エルマーにとって癒しであり、今は「居場所」でもあった。
「ところで、ライヒマン氏のところで、どんな話をしたの? 国で一、二を争う商会の会長さんから個人的に呼ばれるなんて、普通なら考えられないよね」
ヨーンが言うと、他の者たちも興味津々と言った顔でエルマーを見た。
「ええと……まぁ、勉強頑張ってるか、とか、近況の話かな。元々、ゲラルトさんは父さんの店に来たお客だけど、父さんが亡くなったと知って、俺を気にかけてくれているだけだと思うよ」
約束もあるし、ゲラルトとの血縁関係について話す訳にはいかない――とはいえ、エルマーは僅かに心苦しい気がして、目を伏せた。
「そうだ、ゲラルトさんの学生時代の話を聞いたよ。昔は、今よりも身分による差別が厳しくて、生徒会役員も貴族や資産家の生徒ばかりだったって。でも、ゲラルトさんは、そんな空気を変えようと、常に学年一位の成績を取って、対人魔法戦闘でも負けないように修練を積んで……実力を示して生徒会長になった。貴族や資産家の出身でない生徒も生徒会役員に選出されるようになったのは、それ以降なんだ」
再びエルマーが顔を上げて言うと、一同は、感心した様子を見せた。
「やっぱり、何の後ろ盾もないのに起業して、それでも大成功するような人は違うんだなぁ。僕も頑張ろう」
ヨーンが、何度も頷いている。
「エルマーなら、生徒会長にだってなれるでしょ。アヤナも、そう思うわよね」
「ええ、私も、そう思います。」
パウラの言葉を聞いて、アヤナは微笑みながらエルマーを見た。
「イザークもいるし、そう簡単じゃないよ。彼は、貴族という身分など関係なく、すごい人だからね」
そう言いながらも、エルマーはアヤナの肯定が嬉しくなり、顔を赤らめた。
「対人魔法戦闘でも無敗ということは、ライヒマン氏って戦闘でも凄腕ってことだよね。僕たちも、近いうちに対人魔法戦闘の授業が始まるし、ちょっと楽しみではあるんだ」
ロルフが、わくわくした顔で口を挟んだ。
「座学も戦闘も最強の生徒会長……って言うと、本当に凄いね。私は魔法を発動できないから、そういう話を聞くと、やっぱり羨ましいな」
パウラは、同じ魔法理論学科の級友たちと頷き合っている。
「実技がない分、きみたちは呪文の構造や魔導具の設計について、僕たちよりも深く学習するでしょ? 僕は設計にも興味があったから、そこは羨ましいな」
「あら、ヨーンは設計にも興味があるの?」
「ああ、僕の父さんは魔導具の細かい部品を専門に作る職人で、個人の工房を持ってるんだ。だから、僕も小さい頃から魔導具を見てきたよ。父さんは病気をして、仕事を減らさざるを得なくなっちゃったけどね」
「そうなのね。じゃあ、今度、魔導具の設計について詳しい話をしましょうか」
いつの間にか、ヨーンとパウラは二人で話すのに夢中になっている。
「あの二人、最近、仲いいよね」
「二人とも勉強家だから、気が合うのかもね」
パウラの級友たちが囁き合うのを聞いて、エルマーも微笑ましさを感じた。
数日が経過して、エルマーたち「月組」も、いよいよ「対人魔法戦闘」の授業を受ける日が来た。
校内に設けられた「魔法実技練習場」へ集まった生徒たちを前に、三十代半ばと思われる男性の担当教師が説明を始めた。
「皆さんもご存じかとは思いますが、魔法の素質は個人差が大きい為、戦闘を含めた実技の技量は、学業成績で考慮される材料にはなりません。しかし、魔法兵団や魔法警察といった、現場で魔法を使う職種においては、採用時に重視される要素ですから、そちらへ進むことを考えている人は腕を磨いておくといいでしょう」
そう言って、担当教師は生徒たちを見回した。
「それでは、対人魔法戦闘の規則を説明します。まず、この魔導具を使って魔法防御壁を展開します」
教師は、懐から掌に収まる程度の何かを取り出した。卵を少し平べったくしたような本体の中心に赤いボタンが付いているところを見ると、魔導具の一種らしい。
教師が、手の中にある魔導具のボタンを押すと、彼の身体を覆うように、淡く輝く青い光の壁が展開された。
「それじゃあ、エルマー、私に向かって何か攻撃系の呪文を撃ってください。属性は何でも構いません」
「は、はい」
突然指名されたエルマーは、慌てて前へ出た。
これまで、的に向かって火球や光の矢といった攻撃系呪文を撃つ実技は、授業の中で行ってきた。
しかし、相手が防御壁をまとっているとはいえ、初めて生きた人間に魔法を放つ時を迎えたエルマーは、一気に緊張した。
「心配ありませんよ。この防御壁は結構丈夫ですから」
にこにこしながら手招きする教師の姿を見て、エルマーは少し緊張が和らいだ。
エルマーは、数歩離れた場所で杖を構え、呪文を詠唱した。
杖の先端に現れた火球が、空気を切り裂き、固唾を呑んで見守る生徒たちの前を通り過ぎる。
教師のまとう防御壁に火球が衝突して散ると、生徒たちの間から歓声が上がった。
「あ、防御壁の色が……!」
先刻まで淡い青色をしていた防御壁の色が、黄色に変化したのを見て、生徒たちが驚きの表情を浮かべた。
「そう、この防御壁は攻撃を受ける度に、青から黄色、そして赤へと変化します。赤の状態で攻撃を受けると防御壁は消滅し『裸』の状態になります。先に『裸』にされたほうの負けです。なお、『裸』状態の相手に追い討ちするのは禁止で、反則負けになります。一応、競技でもありますからね」
「先生、『裸』にされるのと追い討ちによる反則負けの他に、敗北の条件ってありますか?」
ヨーンが、挙手して言った。
「いい質問ですね。皆さんは、普段はそれほど意識していないでしょうが、呪文を詠唱して『魔素』を動かすことで、我々は肉体的にも精神的にも疲労します。短時間のうちに多数の呪文、あるいは効果の高い上級呪文を連続して使うと、眩暈や意識混濁といった異常が起きます。それ以上無理をすると、最悪の場合は死ぬこともあります。ですから、戦闘中に限界を感じたら、防御壁が残っていても迷わず降参してください」
「つまり、相手を疲労するまで追い詰める戦法もあるってことですね」
「もちろん、そういうのも有りです。疲労の度合いは『魔素の器』の大きさにも関係しますから、相手によっては通じないかもしれませんけどね。自分の使える魔法をどう使うか、色々と工夫してみてください」
教師の言葉に、ヨーンは何かを思いついたのか、眼鏡の奥の目を輝かせた。
「それでは、一組ずつ実戦をやってみましょう。攻撃系呪文の適性を持たない人も、いざという時に備えて、よく見ておいてくださいね」
エルマーたち攻撃系呪文に適性のある者たちは、対戦相手を決める為に、教師の作ったくじを引いた。
一旦自室に戻ったエルマーだったが、部屋には誰もいなかった。ロルフとヨーン、そしてカールは、夕食を摂りに食堂へ移動したのだろう。
誰の声も聞こえない、しんとした部屋の空気に耐えられず、エルマーも食堂へ向かった。
寮の薄暗くなった廊下を急ぎ足で通り抜け、食堂の扉を開けたエルマーは、普段通りの明るさと賑やかさが存在していることに安堵した。
「あ、エルマー、帰って来たんだ」
「こっちよ」
少し離れたテーブルから、聞き慣れた友人たちの声が聞こえた。ロルフにヨーン、アヤナ、魔法理論科のパウラと、その級友たち――いつもの顔が揃っている。
「夕食、まだだったの? 僕たちも、これからだよ」
「待ってるから、自分の分、取ってきなよ」
友人たちに促され、エルマーは料理台で自分の分の食事を確保した。焼き立てのパンと好物である鶏肉のクリーム煮に、栄養を気にして付け合わせの野菜を添え、食後の楽しみである果物や菓子も忘れずに――彼が無意識に選んでしまう組み合わせだ。
「ありがとう、待っててくれて」
エルマーは、ちょうど空いていたアヤナの隣の席に座った。
「おかえりなさい。今日は会えないと思っていましたが、よかったです」
嬉しそうに言うアヤナを見て、エルマーも気持ちが明るくなった。
「今日は授業がない日だけど、みんなは、何をしていたの?」
「ああ、いつもの顔ぶれで集まって、勉強会してたよ」
エルマーが問いかけると、ヨーンが一同の顔を見回しながら言った。
「アヤナが元気のない感じで心配だったけど、エルマーが帰ってきて、いつもの調子に戻ったから、寂しかっただけなのね」
パウラの言葉に、アヤナが頬を染めた。
「皆さんだって、エルマーがいないから、活気がなかったではありませんか」
「まぁ、いつも一緒にいる奴の姿が見えないと寂しいよね」
アヤナの言葉に、ロルフが頷いた。
いないと寂しい――自分が、そんなふうに言われる時が来るなどと思っていなかったエルマーは、鼻の奥が、ぎゅっと痛くなったような気がした。
馴染みの仲間たちと共に囲む食卓は、エルマーにとって癒しであり、今は「居場所」でもあった。
「ところで、ライヒマン氏のところで、どんな話をしたの? 国で一、二を争う商会の会長さんから個人的に呼ばれるなんて、普通なら考えられないよね」
ヨーンが言うと、他の者たちも興味津々と言った顔でエルマーを見た。
「ええと……まぁ、勉強頑張ってるか、とか、近況の話かな。元々、ゲラルトさんは父さんの店に来たお客だけど、父さんが亡くなったと知って、俺を気にかけてくれているだけだと思うよ」
約束もあるし、ゲラルトとの血縁関係について話す訳にはいかない――とはいえ、エルマーは僅かに心苦しい気がして、目を伏せた。
「そうだ、ゲラルトさんの学生時代の話を聞いたよ。昔は、今よりも身分による差別が厳しくて、生徒会役員も貴族や資産家の生徒ばかりだったって。でも、ゲラルトさんは、そんな空気を変えようと、常に学年一位の成績を取って、対人魔法戦闘でも負けないように修練を積んで……実力を示して生徒会長になった。貴族や資産家の出身でない生徒も生徒会役員に選出されるようになったのは、それ以降なんだ」
再びエルマーが顔を上げて言うと、一同は、感心した様子を見せた。
「やっぱり、何の後ろ盾もないのに起業して、それでも大成功するような人は違うんだなぁ。僕も頑張ろう」
ヨーンが、何度も頷いている。
「エルマーなら、生徒会長にだってなれるでしょ。アヤナも、そう思うわよね」
「ええ、私も、そう思います。」
パウラの言葉を聞いて、アヤナは微笑みながらエルマーを見た。
「イザークもいるし、そう簡単じゃないよ。彼は、貴族という身分など関係なく、すごい人だからね」
そう言いながらも、エルマーはアヤナの肯定が嬉しくなり、顔を赤らめた。
「対人魔法戦闘でも無敗ということは、ライヒマン氏って戦闘でも凄腕ってことだよね。僕たちも、近いうちに対人魔法戦闘の授業が始まるし、ちょっと楽しみではあるんだ」
ロルフが、わくわくした顔で口を挟んだ。
「座学も戦闘も最強の生徒会長……って言うと、本当に凄いね。私は魔法を発動できないから、そういう話を聞くと、やっぱり羨ましいな」
パウラは、同じ魔法理論学科の級友たちと頷き合っている。
「実技がない分、きみたちは呪文の構造や魔導具の設計について、僕たちよりも深く学習するでしょ? 僕は設計にも興味があったから、そこは羨ましいな」
「あら、ヨーンは設計にも興味があるの?」
「ああ、僕の父さんは魔導具の細かい部品を専門に作る職人で、個人の工房を持ってるんだ。だから、僕も小さい頃から魔導具を見てきたよ。父さんは病気をして、仕事を減らさざるを得なくなっちゃったけどね」
「そうなのね。じゃあ、今度、魔導具の設計について詳しい話をしましょうか」
いつの間にか、ヨーンとパウラは二人で話すのに夢中になっている。
「あの二人、最近、仲いいよね」
「二人とも勉強家だから、気が合うのかもね」
パウラの級友たちが囁き合うのを聞いて、エルマーも微笑ましさを感じた。
数日が経過して、エルマーたち「月組」も、いよいよ「対人魔法戦闘」の授業を受ける日が来た。
校内に設けられた「魔法実技練習場」へ集まった生徒たちを前に、三十代半ばと思われる男性の担当教師が説明を始めた。
「皆さんもご存じかとは思いますが、魔法の素質は個人差が大きい為、戦闘を含めた実技の技量は、学業成績で考慮される材料にはなりません。しかし、魔法兵団や魔法警察といった、現場で魔法を使う職種においては、採用時に重視される要素ですから、そちらへ進むことを考えている人は腕を磨いておくといいでしょう」
そう言って、担当教師は生徒たちを見回した。
「それでは、対人魔法戦闘の規則を説明します。まず、この魔導具を使って魔法防御壁を展開します」
教師は、懐から掌に収まる程度の何かを取り出した。卵を少し平べったくしたような本体の中心に赤いボタンが付いているところを見ると、魔導具の一種らしい。
教師が、手の中にある魔導具のボタンを押すと、彼の身体を覆うように、淡く輝く青い光の壁が展開された。
「それじゃあ、エルマー、私に向かって何か攻撃系の呪文を撃ってください。属性は何でも構いません」
「は、はい」
突然指名されたエルマーは、慌てて前へ出た。
これまで、的に向かって火球や光の矢といった攻撃系呪文を撃つ実技は、授業の中で行ってきた。
しかし、相手が防御壁をまとっているとはいえ、初めて生きた人間に魔法を放つ時を迎えたエルマーは、一気に緊張した。
「心配ありませんよ。この防御壁は結構丈夫ですから」
にこにこしながら手招きする教師の姿を見て、エルマーは少し緊張が和らいだ。
エルマーは、数歩離れた場所で杖を構え、呪文を詠唱した。
杖の先端に現れた火球が、空気を切り裂き、固唾を呑んで見守る生徒たちの前を通り過ぎる。
教師のまとう防御壁に火球が衝突して散ると、生徒たちの間から歓声が上がった。
「あ、防御壁の色が……!」
先刻まで淡い青色をしていた防御壁の色が、黄色に変化したのを見て、生徒たちが驚きの表情を浮かべた。
「そう、この防御壁は攻撃を受ける度に、青から黄色、そして赤へと変化します。赤の状態で攻撃を受けると防御壁は消滅し『裸』の状態になります。先に『裸』にされたほうの負けです。なお、『裸』状態の相手に追い討ちするのは禁止で、反則負けになります。一応、競技でもありますからね」
「先生、『裸』にされるのと追い討ちによる反則負けの他に、敗北の条件ってありますか?」
ヨーンが、挙手して言った。
「いい質問ですね。皆さんは、普段はそれほど意識していないでしょうが、呪文を詠唱して『魔素』を動かすことで、我々は肉体的にも精神的にも疲労します。短時間のうちに多数の呪文、あるいは効果の高い上級呪文を連続して使うと、眩暈や意識混濁といった異常が起きます。それ以上無理をすると、最悪の場合は死ぬこともあります。ですから、戦闘中に限界を感じたら、防御壁が残っていても迷わず降参してください」
「つまり、相手を疲労するまで追い詰める戦法もあるってことですね」
「もちろん、そういうのも有りです。疲労の度合いは『魔素の器』の大きさにも関係しますから、相手によっては通じないかもしれませんけどね。自分の使える魔法をどう使うか、色々と工夫してみてください」
教師の言葉に、ヨーンは何かを思いついたのか、眼鏡の奥の目を輝かせた。
「それでは、一組ずつ実戦をやってみましょう。攻撃系呪文の適性を持たない人も、いざという時に備えて、よく見ておいてくださいね」
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