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18話 証明と疑問の芽
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「妹たちが、どこかで幸せになっているなら、それで構わないと思った。しかし、やはり何年か経ってから、どうしても気になって、彼女たちの足取りを追ってみたんだ。きみの故郷の町を訪れたのも、その一環だった。そして、恋人は病で世を去り、そのあとに妹も亡くなっていたことが分かった」
不意にゲラルトは立ち上がると、仕事机に近づき、そこに置かれていた小さな額縁のようなものを持ってきた。
額縁の中に入っているのは、女性の顔を描いた絵画だ。
「これは、妹の恋人が描いた絵だ。妹に生き写しだが、きみは、どう思うかね」
渡された絵画を、エルマーは見つめた。整った目鼻立ちに、どこか憂いを帯びた表情――髪や目の色は異なるが、描かれている女性の顔は、あまりにもエルマーに似ている。だが、導き出された答えを口に出すのは躊躇われた。
「……俺を育ててくれた父は、俺の実の母の名がフリデリーケだと教えてくれました。でも、他の情報は何も得られなかったって……顔だって他人の空似かもしれませんよね」
エルマーは、必死で言葉を絞り出した。
「なるほど、慎重だね。それも、賢さゆえかな。でも、証拠があれば納得してくれるだろう?」
「証拠……?」
「最近、商会の研究開発部門で試作した、髪の毛など人の身体の一部を用いて血縁の近さを判定する魔導具があってね……失礼だとは思ったが、きみの髪の毛を採取して、私が残しておいた妹の髪と照合したところ、二人は間違いなく親子という結果が出た。つまり、きみは私から見れば血の繋がった甥でもあるのだよ」
その言葉を聞いて、エルマーは足元が揺らぐような感覚を覚えた。まさに、これまで自分の立っていた場所が崩れる、そんな気持ちだった。
言葉の出ないエルマーを前に、ゲラルトが顔を下に向けた。その目の辺りから落ちた、小さな光る何かを掌で受け止め、彼が再び顔を上げる。
ゲラルトの目は、エルマーと同じく、宝石を思わせる透きとおった赤い色をしていた。
「私の父方の血筋では、何代かおきに赤い目の者が生まれていたそうだ。普通よりも、ずっと高い確率でね。赤い目に威圧感を覚える人もいるというので、普段は、この魔導具で色を変えている。きみの黒髪は、妹の恋人からの遺伝だろう。そして、絵の才能も」
掌に載せたレンズを見せながら、ゲラルトは微笑んだ。
これまで、自分に血の繋がった肉親がいるなどと想像したこともなかったエルマーは、突如沸き起こった情報の洪水に溺れそうだった。
「すまない、一度に色々と話し過ぎたかな。だが、私も、きみのような優秀な子が自分の血縁だと分かって、驚いたし嬉しかったんだ」
エルマーの隣に座ったゲラルトが、彼の肩に手を置いた。温かく大きな手の感触に、エルマーは、養父クルトを思い出した。
「きみには、私個人として金銭的な援助をしたいと思っている。たった一人の伯父として、当然のことだろう? それで特待生の権利が消えるということはないから、安心していい。他にも、私が見込んだ優秀な生徒何人かにも援助をしているから、それと同じだ。……妹への、せめてもの罪滅ぼしをしたいという気持ちもあるがね」
「あの、その……ちょっと待ってください」
ようやく、エルマーは声を出すことができた。
「お、お気持ちは嬉しいです……でも、それは俺自身の為にならないっていうか……学費免除されていれば、父の貯えてくれていたお金で卒業まで何とかなるので……自分のできる範囲で、やっていきたいと思っていたんです。せ、せっかく助けてくれるって言ってくれたのに、す、すみません」
「そうか。きみの自立心を尊重しよう。だが、どうしようもなくなったら、いつでも頼ってくれたまえ。何も恥ずかしいことではないんだから」
エルマーの中には、自分を取り巻く状況の急激な変化を恐ろしく感じる気持ちがあった。同時に、相手の厚意を断るのは、彼にとって勇気の要ることでもあった。
だが、ゲラルトが理解を示してくれたことに、エルマーは、ほっと息をついた。
「そうだな、卒業まで、きみが私の血縁者ということは公表を控えようか。きみの学院生活にも、影響があるだろうし」
「はい……そうですよね」
ゲラルトの提案に、エルマーも納得した。たしかに、このことが公表されれば、学院内の「富裕派」そして「学費減免派」どちらからも反発を招くような気がした。
そして、最もエルマーの心を占めていたのは、親しい友人たちが自分を見る目も変わってしまうのではないかという恐れだった。
面会が終了し、エルマーは、ゲラルトの秘書ステファンに付き添われ、学院へ帰る馬車に乗った。
「わざわざ、ありがとうございます」
「学院まで、お送りするよう承りましたので」
馬車の座席で向かい合ったステファンが、そう言って微笑んだ。こうして見ると、生真面目で、いかにも仕事のできそうな印象の青年だと、エルマーは思った。
「私は、ゲラルト様に救われたんですよ」
ぽつりと、ステファンが呟いた。
「救われた?」
「私の父は、魔導具の部品を作る下請け工場を経営していました。しかし、取引相手に足元を見られて値引きを強要され、従業員を確保できなくなった挙句に経営そのものが成り立たなくなってしまい……心を病んだ父は、自宅に火を放って一家心中を図ったのです」
思わぬ話に、エルマーは、ただ黙ってステファンの顔を見つめた。
「従業員の給与を削るとか、値引きされた分だけ商品の質を落とすといった手もあったでしょう。しかし、真面目で不器用な父には、それができなかった……幸か不幸か、私は家族の中で、たった一人生き残りました。偶然、私のことを知ったゲラルト様は、生活費と学費を出すなど面倒を見てくださったのです」
ステファンの過去もまた、壮絶なものだった。そして、家族を失ったという彼に、エルマーは少し共感を覚えた。
「恩返しがしたかった私は、ゲラルト様のお傍に仕えたいとお願いして、秘書へと取り立てていただきました」
「……そうなんですね」
「こんな話をしたのは、きみが不安そうに見えたからです。あの方は、信頼できる方です。エルマーくんも、安心して大丈夫ですよ」
「はい、そうですよね」
――ゲラルトさんが凄い人だというのは間違いないし、慈悲深い人でもあるんだろう……ただ一つ、俺の髪を採取したと言っていたけど、誰が、いつの間に、そんなことを? 俺が気づかないところに、あの人の指示で動く誰かがいるということなのか?
エルマーの心の中に、小さな疑問の芽が生まれていた。
しかし、自らの出自が明らかになり、更に血縁者が存在していたという喜びに目を向けるべきではないかと、彼は疑問の芽を必死で押し潰した。
不意にゲラルトは立ち上がると、仕事机に近づき、そこに置かれていた小さな額縁のようなものを持ってきた。
額縁の中に入っているのは、女性の顔を描いた絵画だ。
「これは、妹の恋人が描いた絵だ。妹に生き写しだが、きみは、どう思うかね」
渡された絵画を、エルマーは見つめた。整った目鼻立ちに、どこか憂いを帯びた表情――髪や目の色は異なるが、描かれている女性の顔は、あまりにもエルマーに似ている。だが、導き出された答えを口に出すのは躊躇われた。
「……俺を育ててくれた父は、俺の実の母の名がフリデリーケだと教えてくれました。でも、他の情報は何も得られなかったって……顔だって他人の空似かもしれませんよね」
エルマーは、必死で言葉を絞り出した。
「なるほど、慎重だね。それも、賢さゆえかな。でも、証拠があれば納得してくれるだろう?」
「証拠……?」
「最近、商会の研究開発部門で試作した、髪の毛など人の身体の一部を用いて血縁の近さを判定する魔導具があってね……失礼だとは思ったが、きみの髪の毛を採取して、私が残しておいた妹の髪と照合したところ、二人は間違いなく親子という結果が出た。つまり、きみは私から見れば血の繋がった甥でもあるのだよ」
その言葉を聞いて、エルマーは足元が揺らぐような感覚を覚えた。まさに、これまで自分の立っていた場所が崩れる、そんな気持ちだった。
言葉の出ないエルマーを前に、ゲラルトが顔を下に向けた。その目の辺りから落ちた、小さな光る何かを掌で受け止め、彼が再び顔を上げる。
ゲラルトの目は、エルマーと同じく、宝石を思わせる透きとおった赤い色をしていた。
「私の父方の血筋では、何代かおきに赤い目の者が生まれていたそうだ。普通よりも、ずっと高い確率でね。赤い目に威圧感を覚える人もいるというので、普段は、この魔導具で色を変えている。きみの黒髪は、妹の恋人からの遺伝だろう。そして、絵の才能も」
掌に載せたレンズを見せながら、ゲラルトは微笑んだ。
これまで、自分に血の繋がった肉親がいるなどと想像したこともなかったエルマーは、突如沸き起こった情報の洪水に溺れそうだった。
「すまない、一度に色々と話し過ぎたかな。だが、私も、きみのような優秀な子が自分の血縁だと分かって、驚いたし嬉しかったんだ」
エルマーの隣に座ったゲラルトが、彼の肩に手を置いた。温かく大きな手の感触に、エルマーは、養父クルトを思い出した。
「きみには、私個人として金銭的な援助をしたいと思っている。たった一人の伯父として、当然のことだろう? それで特待生の権利が消えるということはないから、安心していい。他にも、私が見込んだ優秀な生徒何人かにも援助をしているから、それと同じだ。……妹への、せめてもの罪滅ぼしをしたいという気持ちもあるがね」
「あの、その……ちょっと待ってください」
ようやく、エルマーは声を出すことができた。
「お、お気持ちは嬉しいです……でも、それは俺自身の為にならないっていうか……学費免除されていれば、父の貯えてくれていたお金で卒業まで何とかなるので……自分のできる範囲で、やっていきたいと思っていたんです。せ、せっかく助けてくれるって言ってくれたのに、す、すみません」
「そうか。きみの自立心を尊重しよう。だが、どうしようもなくなったら、いつでも頼ってくれたまえ。何も恥ずかしいことではないんだから」
エルマーの中には、自分を取り巻く状況の急激な変化を恐ろしく感じる気持ちがあった。同時に、相手の厚意を断るのは、彼にとって勇気の要ることでもあった。
だが、ゲラルトが理解を示してくれたことに、エルマーは、ほっと息をついた。
「そうだな、卒業まで、きみが私の血縁者ということは公表を控えようか。きみの学院生活にも、影響があるだろうし」
「はい……そうですよね」
ゲラルトの提案に、エルマーも納得した。たしかに、このことが公表されれば、学院内の「富裕派」そして「学費減免派」どちらからも反発を招くような気がした。
そして、最もエルマーの心を占めていたのは、親しい友人たちが自分を見る目も変わってしまうのではないかという恐れだった。
面会が終了し、エルマーは、ゲラルトの秘書ステファンに付き添われ、学院へ帰る馬車に乗った。
「わざわざ、ありがとうございます」
「学院まで、お送りするよう承りましたので」
馬車の座席で向かい合ったステファンが、そう言って微笑んだ。こうして見ると、生真面目で、いかにも仕事のできそうな印象の青年だと、エルマーは思った。
「私は、ゲラルト様に救われたんですよ」
ぽつりと、ステファンが呟いた。
「救われた?」
「私の父は、魔導具の部品を作る下請け工場を経営していました。しかし、取引相手に足元を見られて値引きを強要され、従業員を確保できなくなった挙句に経営そのものが成り立たなくなってしまい……心を病んだ父は、自宅に火を放って一家心中を図ったのです」
思わぬ話に、エルマーは、ただ黙ってステファンの顔を見つめた。
「従業員の給与を削るとか、値引きされた分だけ商品の質を落とすといった手もあったでしょう。しかし、真面目で不器用な父には、それができなかった……幸か不幸か、私は家族の中で、たった一人生き残りました。偶然、私のことを知ったゲラルト様は、生活費と学費を出すなど面倒を見てくださったのです」
ステファンの過去もまた、壮絶なものだった。そして、家族を失ったという彼に、エルマーは少し共感を覚えた。
「恩返しがしたかった私は、ゲラルト様のお傍に仕えたいとお願いして、秘書へと取り立てていただきました」
「……そうなんですね」
「こんな話をしたのは、きみが不安そうに見えたからです。あの方は、信頼できる方です。エルマーくんも、安心して大丈夫ですよ」
「はい、そうですよね」
――ゲラルトさんが凄い人だというのは間違いないし、慈悲深い人でもあるんだろう……ただ一つ、俺の髪を採取したと言っていたけど、誰が、いつの間に、そんなことを? 俺が気づかないところに、あの人の指示で動く誰かがいるということなのか?
エルマーの心の中に、小さな疑問の芽が生まれていた。
しかし、自らの出自が明らかになり、更に血縁者が存在していたという喜びに目を向けるべきではないかと、彼は疑問の芽を必死で押し潰した。
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