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25話 幻と理想と
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「本日から、幻術系の魔法についての講義を行います。いつものことですが、幻術系呪文の適性がない人も、知識として知っておくことは大事ですよ」
教壇に立った教師に、「月組」の生徒たちが注目する。
「皆さん、この教卓の上ですが、何か感じる人はいますか?」
教師が杖で差した教卓の上には何も置かれておらず、生徒たちは首を傾げた。
しかし、エルマーは違和感を覚えていた。何もないはずの空間に質量を感じるのだ。
「実は、ここに、幻術系魔法の一つ、『認識阻害』で隠蔽されたコップがあります」
呪文を唱えながら、教師は杖で教卓の上を指し示した。
すると、先刻まで何もなかった場所に、一つのコップが現れる。
その光景に、生徒たちが小さく騒めいた。
「このコップは、最初からここにありました。しかし、魔法の効果で皆さんの認識――五感を遮り、その存在を感じさせなくしていたのです」
「じゃあ、俺の持ち物が時々見当たらなくなるのは、誰かが『認識阻害』を……?」
一人の生徒の言葉に、皆が笑った。
「さすがにそれは、九分九厘、あなたの整理整頓の所為だと思いますよ」
教師が、笑いをこらえながら言った。
「この技術は、軍事にも用いられます。相手の認識を阻害して、自分の存在を気付かれないようにすることで、戦闘を有利に進めることができます。大規模なものになれば、大勢の兵士や要塞一つを丸ごと隠すという使い方もあります。ただし、勘のいい人や、『魔素』の気配を感じ取れる人には気付かれる可能性もあります」
教師の説明を聞いて、エルマーは自分の感覚が正しかったのだと納得した。
「また、魔法のかかっているものを探す『魔法探知』を使われると、見つかってしまいます。それも頭に入れて使用する必要があるでしょう」
「逆に、怪しいと思ったら『魔法探知』で調べればいいんですね」
ヨーンが言うと、教師は頷いた。
「そうですね。ただし、『魔法探知』を使うと、こちらが探っていることを術者に気づかれる可能性もあります。実際の使用には、いろいろと駆け引きが必要ですね。なお、普段の生活で、悪戯する為に使うのは危険があるので禁止です」
教師の言葉に、数人の生徒が首を竦めた。よからぬことを考えていた者もいたらしい。
「『認識阻害』は相手の五感を遮るものですが、『幻像』の呪文、いわゆる幻を作り出す呪文もあります。上級者になれば、見た目だけではなく、動きや音、匂いなども付随させ、精度の高い幻を作ることもできます。こちらは、お祭りや舞台の演出などで見たことがあるかもしれませんね」
エルマーたちは幻術系呪文についての講義を聞いたのち、魔法実技練習場へと移動した。
講義で習った呪文を、生徒たちは早速実践することになった。
「どうかな、僕の姿、隠れてる?」
「認識阻害」の呪文を唱えたロルフが、そう言って周囲を見回した。
「なんというか……君の姿が空中に斑に浮かんでいるように見えるよ」
「声も聞こえているから、成功とは言い難いですね」
ヨーンとアヤナが、首を傾げつつ笑っている。
一方、自らも呪文を唱えて姿を隠したエルマーは、ヨーンの後ろに回り、彼の後頭部を指で突いた。
「えッ、誰?」
振り向いたヨーンは、きょろきょろと辺りを見回しているが、目の前に立っているエルマーの姿には気づいていない様子だ。
「俺だよ」
「認識阻害」の呪文を解除し、エルマーが姿を現すと、ヨーンたちは目を丸くした。
「全然分からなかった……」
「すごいな、エルマーなら、姿を消して、どこへでも入れるんじゃないか?」
「今のところ、使い道は思いつかないけどね」
エルマーは、肩を竦めて笑った。
「次は、『幻像』の呪文です。頭の中に思い浮かべたものを現実の空間に投影してください。これは、現実に存在しないものも作り出せる呪文ですが、まずは、目の前にいる同級生の誰かを見本にして試してみるといいでしょう」
話し終えると、教師は呪文を唱えた。
すると、最前列にいたエルマーの隣に、彼と同じ姿をした「幻」が出現した。エルマーから見ても、自分が複製されたような気味悪さを感じるほどに精巧な「幻」だ。
エルマーは、「幻」に触れてみた。その手は空を切り、実際には、何も存在しないことが分かる。
他の生徒たちも、教師が作り出した「幻」を見て、驚きの声をあげている。
「こんな感じで、やってみてください」
教師の指示で、エルマーたちは頭の中に思い描いたものを呪文で浮かび上がらせた。
「これ、ロルフなんだけど、どうかな」
ヨーンが、自分がの作り出した「ロルフの幻」を杖で指した。
「いくら何でも、僕は、そこまで大きくないと思うけど……」
ロルフ本人が、困惑した表情で言った。彼の言うとおり、ヨーンが作り出した「ロルフの幻」は、実物より二回りほど大きく、まるで巨人だ。
「相手を威嚇する時とかに使えるんじゃないかな」
「それは、いい考えですね」
エルマーの言葉に、アヤナが微笑んだ。
「それは、ヨーンの目には、ロルフが大きく見えているということですね」
通りかかった教師が、そう言って、くすりと笑った。
「正確な幻を作り出すには、普段からの観察と練習が必要です。最初から上手にできなくても、それが普通ですよ」
――頭の中に思い浮かべたものを作り出せるのか。だとすれば……
エルマーも、「幻像」の呪文を詠唱した。
彼が杖で指し示した場所に現れたのは、一組の男女の姿だった。
「それは、どなたですか?」
アヤナが、不思議そうな顔で問うた。
「孤児だった俺を育ててくれた両親さ。二人とも、亡くなってるけど」
言って、エルマーは自分が作り出した「幻」を見た。
優しく微笑みながら立っている養父母は、彼の記憶にある姿そのままに思えた。
「優しそうな方たちですね。見た目は似ていないのに、不思議と、あなたのご両親という感じがします」
アヤナの言葉に、エルマーは胸の中が温かくなった。
「さすがはエルマーですね。記憶の中の人物を、これだけの精度で再現できるとは。幻術系の魔法を極めたいなら、普段は目にしないような色々なものを見ることをお勧めしますよ」
生徒たちの「幻」を見て回っていた教師も、半ば驚きながら言った。
エルマーの魔法を見ていた級友たちも、思い思いの「幻」を作り始めた。
「なんだ、お前の鶏、脚が四本あるじゃないか」
「お前の猫も、脚が八本に尻尾が二本もあるぞ」
「思い通りの『幻』を作るのって、難しいんだなぁ」
級友たちが互いの作った「幻」を見て笑い転げたり、思うようにいかずため息をついたりと賑わう中、アヤナも「幻像」の呪文を詠唱した。
彼女の杖が指し示す空間に現れたのは、黒い髪に赤い目をした一人の美丈夫だった。
ゆったりとした古代ふうの衣をまとい、その手には、大きな魔結晶があしらわれた杖を携えている。
「ええと、私が思う、ルーク族の伝説に伝わる神、ヴィハーンの姿です」
アヤナが、頬を染めながら言った。
「ああ、以前、きみが話していた、黒髪に赤い目の神様だね」
エルマーが言うと、アヤナは微笑んだ。
「ルーク族は、かつて地上の多くの土地を我が物にしていたと伝えられています。しかし、ある時、他民族との争いに敗れ、辺境へと追われる立場になりました。ルーク族を根絶やしにしようとする他民族の前に、ヴィハーンが降り立ち、様々な魔法を使って我々の逃亡を助けてくれたそうです」
「図書室にも、ルーク族の伝承を聞き取りして書かれたという本があってね。俺も、気になって読んでみたんだ」
「まぁ、そうなんですね」
「ヴィハーンは、ルーク族の姫君と心を通わせたけど、結局は神の世界へ帰ったと言われているそうだね」
「……そうですね。他民族に攻められないよう、ルーク族を辺境の地に隠し、ヴィハーンは姿を消したそうです」
そう言うアヤナは、エルマーの目には少し寂しげに映った。
「この神様、なんとなくエルマーに似てるよね」
「ほんとだ。大人になって格好よくなったエルマーって感じだ」
ヨーンとロルフが口を挟むと、アヤナは耳まで赤くなった。
「お、俺は、こんなに格好よくないよ」
あたふたしているエルマーの前に、女生徒の一人、コンスタンツェが近づいてきた。
「さすがはアヤナさん、素敵な『幻』ですわね。うふふ、こういう殿方がお好みなのね? でも、私は、もっと繊細そうな方がいいですわ」
コンスタンツェが呪文を唱えると、白馬に跨った、女性と見紛うような美貌の貴公子が出現した。
「わぁ、コンスタンツェも上手ね」
「わたしも、やってみようっと」
女生徒たちが、次々と美青年や渋い中年男性の「幻」を出現させ始める。
「な、なんか、女子は『幻』を作るのが上手だね?」
周りを見回しながら、ヨーンが目を丸くした。
「ええ、出現させようとするものに対する気持ちの強さも影響するようですね」
美形の男性だらけになった練習場を見て、教師が苦笑いした。
教壇に立った教師に、「月組」の生徒たちが注目する。
「皆さん、この教卓の上ですが、何か感じる人はいますか?」
教師が杖で差した教卓の上には何も置かれておらず、生徒たちは首を傾げた。
しかし、エルマーは違和感を覚えていた。何もないはずの空間に質量を感じるのだ。
「実は、ここに、幻術系魔法の一つ、『認識阻害』で隠蔽されたコップがあります」
呪文を唱えながら、教師は杖で教卓の上を指し示した。
すると、先刻まで何もなかった場所に、一つのコップが現れる。
その光景に、生徒たちが小さく騒めいた。
「このコップは、最初からここにありました。しかし、魔法の効果で皆さんの認識――五感を遮り、その存在を感じさせなくしていたのです」
「じゃあ、俺の持ち物が時々見当たらなくなるのは、誰かが『認識阻害』を……?」
一人の生徒の言葉に、皆が笑った。
「さすがにそれは、九分九厘、あなたの整理整頓の所為だと思いますよ」
教師が、笑いをこらえながら言った。
「この技術は、軍事にも用いられます。相手の認識を阻害して、自分の存在を気付かれないようにすることで、戦闘を有利に進めることができます。大規模なものになれば、大勢の兵士や要塞一つを丸ごと隠すという使い方もあります。ただし、勘のいい人や、『魔素』の気配を感じ取れる人には気付かれる可能性もあります」
教師の説明を聞いて、エルマーは自分の感覚が正しかったのだと納得した。
「また、魔法のかかっているものを探す『魔法探知』を使われると、見つかってしまいます。それも頭に入れて使用する必要があるでしょう」
「逆に、怪しいと思ったら『魔法探知』で調べればいいんですね」
ヨーンが言うと、教師は頷いた。
「そうですね。ただし、『魔法探知』を使うと、こちらが探っていることを術者に気づかれる可能性もあります。実際の使用には、いろいろと駆け引きが必要ですね。なお、普段の生活で、悪戯する為に使うのは危険があるので禁止です」
教師の言葉に、数人の生徒が首を竦めた。よからぬことを考えていた者もいたらしい。
「『認識阻害』は相手の五感を遮るものですが、『幻像』の呪文、いわゆる幻を作り出す呪文もあります。上級者になれば、見た目だけではなく、動きや音、匂いなども付随させ、精度の高い幻を作ることもできます。こちらは、お祭りや舞台の演出などで見たことがあるかもしれませんね」
エルマーたちは幻術系呪文についての講義を聞いたのち、魔法実技練習場へと移動した。
講義で習った呪文を、生徒たちは早速実践することになった。
「どうかな、僕の姿、隠れてる?」
「認識阻害」の呪文を唱えたロルフが、そう言って周囲を見回した。
「なんというか……君の姿が空中に斑に浮かんでいるように見えるよ」
「声も聞こえているから、成功とは言い難いですね」
ヨーンとアヤナが、首を傾げつつ笑っている。
一方、自らも呪文を唱えて姿を隠したエルマーは、ヨーンの後ろに回り、彼の後頭部を指で突いた。
「えッ、誰?」
振り向いたヨーンは、きょろきょろと辺りを見回しているが、目の前に立っているエルマーの姿には気づいていない様子だ。
「俺だよ」
「認識阻害」の呪文を解除し、エルマーが姿を現すと、ヨーンたちは目を丸くした。
「全然分からなかった……」
「すごいな、エルマーなら、姿を消して、どこへでも入れるんじゃないか?」
「今のところ、使い道は思いつかないけどね」
エルマーは、肩を竦めて笑った。
「次は、『幻像』の呪文です。頭の中に思い浮かべたものを現実の空間に投影してください。これは、現実に存在しないものも作り出せる呪文ですが、まずは、目の前にいる同級生の誰かを見本にして試してみるといいでしょう」
話し終えると、教師は呪文を唱えた。
すると、最前列にいたエルマーの隣に、彼と同じ姿をした「幻」が出現した。エルマーから見ても、自分が複製されたような気味悪さを感じるほどに精巧な「幻」だ。
エルマーは、「幻」に触れてみた。その手は空を切り、実際には、何も存在しないことが分かる。
他の生徒たちも、教師が作り出した「幻」を見て、驚きの声をあげている。
「こんな感じで、やってみてください」
教師の指示で、エルマーたちは頭の中に思い描いたものを呪文で浮かび上がらせた。
「これ、ロルフなんだけど、どうかな」
ヨーンが、自分がの作り出した「ロルフの幻」を杖で指した。
「いくら何でも、僕は、そこまで大きくないと思うけど……」
ロルフ本人が、困惑した表情で言った。彼の言うとおり、ヨーンが作り出した「ロルフの幻」は、実物より二回りほど大きく、まるで巨人だ。
「相手を威嚇する時とかに使えるんじゃないかな」
「それは、いい考えですね」
エルマーの言葉に、アヤナが微笑んだ。
「それは、ヨーンの目には、ロルフが大きく見えているということですね」
通りかかった教師が、そう言って、くすりと笑った。
「正確な幻を作り出すには、普段からの観察と練習が必要です。最初から上手にできなくても、それが普通ですよ」
――頭の中に思い浮かべたものを作り出せるのか。だとすれば……
エルマーも、「幻像」の呪文を詠唱した。
彼が杖で指し示した場所に現れたのは、一組の男女の姿だった。
「それは、どなたですか?」
アヤナが、不思議そうな顔で問うた。
「孤児だった俺を育ててくれた両親さ。二人とも、亡くなってるけど」
言って、エルマーは自分が作り出した「幻」を見た。
優しく微笑みながら立っている養父母は、彼の記憶にある姿そのままに思えた。
「優しそうな方たちですね。見た目は似ていないのに、不思議と、あなたのご両親という感じがします」
アヤナの言葉に、エルマーは胸の中が温かくなった。
「さすがはエルマーですね。記憶の中の人物を、これだけの精度で再現できるとは。幻術系の魔法を極めたいなら、普段は目にしないような色々なものを見ることをお勧めしますよ」
生徒たちの「幻」を見て回っていた教師も、半ば驚きながら言った。
エルマーの魔法を見ていた級友たちも、思い思いの「幻」を作り始めた。
「なんだ、お前の鶏、脚が四本あるじゃないか」
「お前の猫も、脚が八本に尻尾が二本もあるぞ」
「思い通りの『幻』を作るのって、難しいんだなぁ」
級友たちが互いの作った「幻」を見て笑い転げたり、思うようにいかずため息をついたりと賑わう中、アヤナも「幻像」の呪文を詠唱した。
彼女の杖が指し示す空間に現れたのは、黒い髪に赤い目をした一人の美丈夫だった。
ゆったりとした古代ふうの衣をまとい、その手には、大きな魔結晶があしらわれた杖を携えている。
「ええと、私が思う、ルーク族の伝説に伝わる神、ヴィハーンの姿です」
アヤナが、頬を染めながら言った。
「ああ、以前、きみが話していた、黒髪に赤い目の神様だね」
エルマーが言うと、アヤナは微笑んだ。
「ルーク族は、かつて地上の多くの土地を我が物にしていたと伝えられています。しかし、ある時、他民族との争いに敗れ、辺境へと追われる立場になりました。ルーク族を根絶やしにしようとする他民族の前に、ヴィハーンが降り立ち、様々な魔法を使って我々の逃亡を助けてくれたそうです」
「図書室にも、ルーク族の伝承を聞き取りして書かれたという本があってね。俺も、気になって読んでみたんだ」
「まぁ、そうなんですね」
「ヴィハーンは、ルーク族の姫君と心を通わせたけど、結局は神の世界へ帰ったと言われているそうだね」
「……そうですね。他民族に攻められないよう、ルーク族を辺境の地に隠し、ヴィハーンは姿を消したそうです」
そう言うアヤナは、エルマーの目には少し寂しげに映った。
「この神様、なんとなくエルマーに似てるよね」
「ほんとだ。大人になって格好よくなったエルマーって感じだ」
ヨーンとロルフが口を挟むと、アヤナは耳まで赤くなった。
「お、俺は、こんなに格好よくないよ」
あたふたしているエルマーの前に、女生徒の一人、コンスタンツェが近づいてきた。
「さすがはアヤナさん、素敵な『幻』ですわね。うふふ、こういう殿方がお好みなのね? でも、私は、もっと繊細そうな方がいいですわ」
コンスタンツェが呪文を唱えると、白馬に跨った、女性と見紛うような美貌の貴公子が出現した。
「わぁ、コンスタンツェも上手ね」
「わたしも、やってみようっと」
女生徒たちが、次々と美青年や渋い中年男性の「幻」を出現させ始める。
「な、なんか、女子は『幻』を作るのが上手だね?」
周りを見回しながら、ヨーンが目を丸くした。
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