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完璧な男

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 ナタンたちは、「板」を回収した建物跡から無事に街へと戻った。
 リリエから、護衛の報酬とは別に「板」と「情報体」を分けてもらったラカニは、ほくほく顔で喜んでいる。
「その『板』を売るなら、『無法の街ここ』じゃなくて、もっと都会に行くのか?」
 ナタンが尋ねると、ラカニは首を捻って考える素振りを見せた。
「たしかに、売るなら『無法の街ここ』から離れた場所のほうがいいだろうな。でも、この街は、結構居心地が良くて、今更いまさらよそに行くのは面倒な気もするんだよな」
 彼は、そう言って笑った。
「父方の爺さんがアカラ……南方にある島国の生まれで、若い頃に、この大陸に渡ってきたんだ。俺の肌の色じゃ、どうやっても目立つから、ガキの頃から物珍しそうに見られたり、からかわれたりするのが嫌でさ。でも、『無法の街ここ』には色々な土地から人が集まってるし、そんなことがない点で快適なんだ」
「私も……分かる気がします」
 ラカニの言葉に、リリエが頷いた。
「モントリヒトでも黒髪は目立つ所為か、知らない人から珍しそうに見られることが多くて……言われてみれば、『無法の街ここ』では、そんなこと誰も気にしていませんよね」
「そうだね。『おどる子熊亭』のカヤさんみたいに、ヤシマとか東方の国から来た人たちもいるからね。俺は、リリエの髪、綺麗だと思うけど」
 ナタンが言うと、リリエは、顔を赤らめながら微笑んだ。

 ラカニと別れたナタンたちは、次の探索に向けて、数日の間、休養することにした。
 リリエが「帝都跡」から回収した「魔導絡繰まどうからくり」を調べながら何か書き物をしている間、ナタンはフェリクスに剣や格闘の手合わせをしてもらったりして過ごしていた。
 この日も「おどる子熊亭」の裏庭で、ナタンはフェリクスに格闘の稽古をつけてもらっていた。
「いい打撃だ。随分、良くなっているぞ、ナタン」
 フェリクスが、ナタンの拳を受け止めながら言った。
「フェリクスが相手なら、全力を出せるからね。でも、あんたが本気だったら、そもそも俺の拳なんて当たらないだろ?」
「そうだな……もし、本気の俺に触れることだけでもできれば、お前は誰にも負けないということになるな」
 他の者が同じ言葉を言っていたなら、何と傲慢なのかと思うだろうが、相手がフェリクスであれば、何故か、すんなりと受け入れられる――ナタンは、不思議な気持ちだった。
「二人とも、少し休んではどうですか」
 蓋つきの手籠を手にしたセレスティアが、ナタンとフェリクスに声をかけてきた。
「宿に頼んで、おやつとお茶を用意してもらったんです」
「やった! 丁度、小腹が空いていたところだったんだ」
 ナタンは満面の笑みを浮かべ、裏庭に置かれている木箱を椅子代わりに腰を下ろした。
「ところで、リリエは、まだ部屋にいるの?」
「ええ。ずっと書き物をしています。おやつも部屋で食べると言っていたので、彼女の分は渡してきました」
 魔法瓶から茶碗カップに茶を注ぎながら、セレスティアが言った。
「リリエは、書き物や調べ物に夢中になると食事も寝るのも忘れちゃうからな……」
 そう言いつつ、ナタンは、おやつの焼き菓子を手に取った。
 セレスティアは茶を注いだ茶碗カップと焼き菓子をフェリクスに渡すと、自身も、その隣に腰を下ろした。
 二人の様子は、見るからに仲睦まじい恋人同士といった感があり、ナタンの目には少し羨ましく映った。
「……セレスティア、ちょっと聞いていいかな」
「何でしょう?」
 ナタンが声をかけると、セレスティアは首を傾げた。
「えーと……セレスティアは、フェリクスのどういうところが好きなの?」
「あら、面白いことを聞くのですね」
 セレスティアは、頬を染めながらも余裕のある表情を見せている。
「や、やっぱり……女性から見れば、フェリクスみたいに見た目が良くて強くて優しくて余裕がある、完璧な男を『いい』って思うのかな」
「そうですね。そういうところも、フェリクスの美点ですね」
 ナタンとセレスティアのやり取りを前に、フェリクスは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「フェリクスと初めて会った時……私は何もかも失って、絶望していました」
 セレスティアが、淡々と言った。
「自分がどうなっても構わないとさえ思う、自暴自棄な状態だった私に、フェリクスは優しく寄り添い、守ってくれました。そんな彼の人柄に、私は惹かれたのだと思います」
 初めて耳にする、セレスティアの過去の一端に、ナタンは驚いた。
 常に優しく穏やかな彼女が、そのような辛い状況を潜り抜けてきたというのは、ナタンから見れば思いもかけないことだった。
「フェリクスだって、察しの良くないところがあったり、意外にやきもち焼きだったりしますけど、私には、そういうところも彼の一部だと思えば可愛く見えます」
 そう言って、セレスティアは恥ずかしそうに微笑んだ。
「……察しが良くないのは自覚しているが」
 フェリクスも、珍しく、ほんの少しだが顔を赤らめている。
「必ずしも『完璧』である必要はないということだな。俺も、苦手なことはセレスティアに助けてもらう場面が多いし。……リリエも、君に好意を持っていると思うぞ。流石に、俺でも分かる」
 突然、リリエの名前を出されて、ナタンは座ったまま飛び上がりそうになった。
「リリエのことが気になっているから、さっきのような質問をしたのでしょう?」
 にこにこしながら、セレスティアが言った。
「あ……いや、まぁ、そうだけどさ」
 ナタンは恥ずかしくなって頭を掻いた。
「リリエは、俺のことを『信用できる』と言ってくれたけど、俺は彼女の『信用』を本当に受け止められるのかって考えたら、ちょっと不安になったというか……」
「ナタンは、真面目なのですね。そういうところも、好感を持てると思いますよ」
 セレスティアが、優しく微笑んで言った。
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