54 / 57
決意
しおりを挟む
ナタンが「無法の街」を訪れてから、かれこれ半年以上が過ぎようとしていた。
リリエ専属の護衛となったナタンは、彼女の「帝都跡」探索へ幾度も同行し、未知の魔導絡繰りの発見や、地図の更新に貢献している。もちろん、それにはフェリクスやセレスティア、ラカニたちの力もあってこそであることを、彼も理解していた。
法のない街での暮らしには人間同士のいざこざも付き物で、ナタンも時折揉め事に巻き込まれることがあったものの、その結果、多少のことでは動じなくなっていた。
そんな発掘人としての生活も、総合的に見れば概ね楽しいものと言えるが、いつしかナタンの中には、一つの思いが育っていた。
何度目かの探索を終えて迎えた休養日、ナタンは、リリエに自分の考えを告げる決意をした。
折よく、フェリクスとセレスティアは、街にある雑貨屋で見たい物があると言って外出している。
宿の部屋で、ナタンはリリエに、二人で話したいことがあると切り出した。
二人は、向きあって椅子に腰掛けた。
ナタンの真剣な表情に、リリエは何かを感じたのか、少し不安そうな様子を見せている。
「……俺、そろそろ、クラージュに帰ろうと思ってる。やりたいことができて、その為には、勉強が必要だと気付いたんだ」
やや逡巡した後、ナタンは口を開いた。
彼の言葉に、リリエは、びくりと肩を震わせた。
「……そ、そうですか。わ……分かりました。ナタンさんにも、事情がありますよね」
「それでさ……」
ナタンが言いかけた時、リリエは徐に眼鏡を外した。
両手の甲で、しきりに目を擦る彼女は、泣き出してしまいそうになるのを必死に耐えているようだった。
「ごめんなさい……頭では分かっていても、ナタンさんと一緒にいられなくなると思ったら……」
リリエの榛色の大きな目から、抑えきれなかったのか大粒の涙がこぼれた。
「……私も……ナタンさんたちに何度も探索に付き合ってもらったお陰で、研究の為の資料も集まったし、一区切りつけなければとは思っていたんですけど……『無法の街』を離れたら、ナタンさんともお別れになってしまうから、言い出せなくて……」
嗚咽しそうになるのを堪えて肩を震わせるリリエに、ナタンは狼狽しつつ、彼女が、そのように思ってくれていたのだと、嬉しさも感じた。
「だったら……俺と一緒に、クラージュに来て欲しい。俺の両親に、会って欲しい」
ナタンの言葉の意味を理解するのに時間がかかったのか、リリエの動きが数秒の間止まった。
「……それって、どういう……」
「俺も、君と、ずっと一緒にいたいからさ。まだ俺は半人前だし、今すぐに、どうこうするというのは無理だけど……これから先、一緒にいるって『約束』をしたいんだ」
驚きに目を見張るリリエを、ナタンは真っすぐに見つめた。
「ただ、俺の実家って、ちょっと面倒くさい家なんだけどね……」
そこまで言うと、ナタンは急に恥ずかしくなり、顔を赤らめて俯いた。
――この街に来た日には、まさか、自分が誰かに、こんなことを言う時が来るなんて思っていなかったのに……でも、今は、それしか考えられない……ああ、でも、リリエにとっては唐突な話だろうな……
ナタンは、判決を待つ被告人の如く緊張しながら、リリエの返答を待った。
「あの……わ、私で、いいんですか?」
「君が、いいんだ……君じゃないと、嫌だ」
声を震わせるリリエの手を、ナタンは、そっと握った。
「……わ、私、ナタンさんと一緒に行きます」
リリエは力強く頷いて、これまでになく嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「よ……よかったぁ~」
緊張の解けたナタンは、大きく息をついた。
「でも、ごめん。俺の気持ちで、君の予定や都合を捻じ曲げちゃうことになるけど……」
「論文は、どこででも書けるし、ナタンさんが私を必要としてくれるのが嬉しいから、大丈夫です」
言って、リリエはナタンの手を握り返した。
「そういえば、ご実家が面倒くさいって、どういうことなんですか?」
「それなんだけどね……俺の本名は、ナタン・エトワールっていうんだ。君なら、何となく分かると思う」
ナタンは、ぽつぽつと話し始めた。
「エトワール……って、もしかして、ナタンさんは、クラージュ共和国初代大統領のアーブル・エトワールの子孫なんですか?」
リリエが、驚いた様子で再び目を見開いた。
「ご名答。お陰で、うちは今でも政治家の家系ってやつなんだ。でも、俺は三男で跡継ぎになる可能性も限りなく低いし、あまり心配することもないとは思うけど……一応、話しておかなくちゃと思って」
言い終えたナタンは、恐る恐るリリエの顔を見た。
「そう、なんですね……ナタンさんって、育ちが良さそうというか、他の人たちとは何となく違う感じがしてましたけど、そう言われれば納得できる気もします」
リリエは、なるほどといった様子で頷いていたが、ふと心配そうにナタンを見返した。
「……そんなに凄いお家だったら、私みたいな一般人では……その……」
「大丈夫だよ。うちの両親は、そこまでうるさくないし。もしかしたら、親戚連中の一部が、何か言ってくるかもしれない……でも、君のことは、何があっても俺が守るから!」
ナタンは、リリエに逃げられては堪らないとばかりに言った。
「はい、ナタンさんを信じます」
安心したかのような笑顔を見せるリリエの姿に、ナタンは、この上ない幸せを感じた。
リリエ専属の護衛となったナタンは、彼女の「帝都跡」探索へ幾度も同行し、未知の魔導絡繰りの発見や、地図の更新に貢献している。もちろん、それにはフェリクスやセレスティア、ラカニたちの力もあってこそであることを、彼も理解していた。
法のない街での暮らしには人間同士のいざこざも付き物で、ナタンも時折揉め事に巻き込まれることがあったものの、その結果、多少のことでは動じなくなっていた。
そんな発掘人としての生活も、総合的に見れば概ね楽しいものと言えるが、いつしかナタンの中には、一つの思いが育っていた。
何度目かの探索を終えて迎えた休養日、ナタンは、リリエに自分の考えを告げる決意をした。
折よく、フェリクスとセレスティアは、街にある雑貨屋で見たい物があると言って外出している。
宿の部屋で、ナタンはリリエに、二人で話したいことがあると切り出した。
二人は、向きあって椅子に腰掛けた。
ナタンの真剣な表情に、リリエは何かを感じたのか、少し不安そうな様子を見せている。
「……俺、そろそろ、クラージュに帰ろうと思ってる。やりたいことができて、その為には、勉強が必要だと気付いたんだ」
やや逡巡した後、ナタンは口を開いた。
彼の言葉に、リリエは、びくりと肩を震わせた。
「……そ、そうですか。わ……分かりました。ナタンさんにも、事情がありますよね」
「それでさ……」
ナタンが言いかけた時、リリエは徐に眼鏡を外した。
両手の甲で、しきりに目を擦る彼女は、泣き出してしまいそうになるのを必死に耐えているようだった。
「ごめんなさい……頭では分かっていても、ナタンさんと一緒にいられなくなると思ったら……」
リリエの榛色の大きな目から、抑えきれなかったのか大粒の涙がこぼれた。
「……私も……ナタンさんたちに何度も探索に付き合ってもらったお陰で、研究の為の資料も集まったし、一区切りつけなければとは思っていたんですけど……『無法の街』を離れたら、ナタンさんともお別れになってしまうから、言い出せなくて……」
嗚咽しそうになるのを堪えて肩を震わせるリリエに、ナタンは狼狽しつつ、彼女が、そのように思ってくれていたのだと、嬉しさも感じた。
「だったら……俺と一緒に、クラージュに来て欲しい。俺の両親に、会って欲しい」
ナタンの言葉の意味を理解するのに時間がかかったのか、リリエの動きが数秒の間止まった。
「……それって、どういう……」
「俺も、君と、ずっと一緒にいたいからさ。まだ俺は半人前だし、今すぐに、どうこうするというのは無理だけど……これから先、一緒にいるって『約束』をしたいんだ」
驚きに目を見張るリリエを、ナタンは真っすぐに見つめた。
「ただ、俺の実家って、ちょっと面倒くさい家なんだけどね……」
そこまで言うと、ナタンは急に恥ずかしくなり、顔を赤らめて俯いた。
――この街に来た日には、まさか、自分が誰かに、こんなことを言う時が来るなんて思っていなかったのに……でも、今は、それしか考えられない……ああ、でも、リリエにとっては唐突な話だろうな……
ナタンは、判決を待つ被告人の如く緊張しながら、リリエの返答を待った。
「あの……わ、私で、いいんですか?」
「君が、いいんだ……君じゃないと、嫌だ」
声を震わせるリリエの手を、ナタンは、そっと握った。
「……わ、私、ナタンさんと一緒に行きます」
リリエは力強く頷いて、これまでになく嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「よ……よかったぁ~」
緊張の解けたナタンは、大きく息をついた。
「でも、ごめん。俺の気持ちで、君の予定や都合を捻じ曲げちゃうことになるけど……」
「論文は、どこででも書けるし、ナタンさんが私を必要としてくれるのが嬉しいから、大丈夫です」
言って、リリエはナタンの手を握り返した。
「そういえば、ご実家が面倒くさいって、どういうことなんですか?」
「それなんだけどね……俺の本名は、ナタン・エトワールっていうんだ。君なら、何となく分かると思う」
ナタンは、ぽつぽつと話し始めた。
「エトワール……って、もしかして、ナタンさんは、クラージュ共和国初代大統領のアーブル・エトワールの子孫なんですか?」
リリエが、驚いた様子で再び目を見開いた。
「ご名答。お陰で、うちは今でも政治家の家系ってやつなんだ。でも、俺は三男で跡継ぎになる可能性も限りなく低いし、あまり心配することもないとは思うけど……一応、話しておかなくちゃと思って」
言い終えたナタンは、恐る恐るリリエの顔を見た。
「そう、なんですね……ナタンさんって、育ちが良さそうというか、他の人たちとは何となく違う感じがしてましたけど、そう言われれば納得できる気もします」
リリエは、なるほどといった様子で頷いていたが、ふと心配そうにナタンを見返した。
「……そんなに凄いお家だったら、私みたいな一般人では……その……」
「大丈夫だよ。うちの両親は、そこまでうるさくないし。もしかしたら、親戚連中の一部が、何か言ってくるかもしれない……でも、君のことは、何があっても俺が守るから!」
ナタンは、リリエに逃げられては堪らないとばかりに言った。
「はい、ナタンさんを信じます」
安心したかのような笑顔を見せるリリエの姿に、ナタンは、この上ない幸せを感じた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
世界最強の七賢者がお世話係の俺にだけはデレデレすぎる件
Y.
恋愛
国の頂点に君臨し、神にも等しい力を持つ『七賢者』。
火・水・風・土・光・闇・氷の属性を極めた彼女たちは、畏怖の対象として国民から崇められていた。
――だが、その「聖域」の扉を一枚隔てた先では、とんでもない光景が広がっていた。
「アルトぉ、この服脱がせてー。熱いから魔法で燃やしちゃった」
「……アルトが隣にいないと、私、一生布団から出ないから」
「いいじゃない、減るもんじゃないし。さあ、私と混ざり合いましょう?」
彼女たちの正体は、私生活が壊滅的にポンコツで、特定の一人に依存しきったデレデレな美少女たちだった!
魔法の才能ゼロの雑用係・アルトは、世界で唯一「彼女たちの暴走魔力に耐えられる」という理由で、24時間体制の身の回りのお世話をすることに。
着替え、食事の介助、添い寝(!?)まで……。
世界最強の7人に取り合われ、振り回され、いじり倒される。
胃袋と心根をガッチリ掴んだお世話係と、愛が重すぎる最強ヒロインたちによる、至福の異世界ハーレムラブコメ、開幕!
魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密
藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。
そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。
しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。
過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!
氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!
本条蒼依
ファンタジー
氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。
大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる