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◆執着と報いと
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片田舎の村とはいえ、村長の一人娘として生まれたマルムは、他の子供たちよりも我が儘を許されて育ってきた。
彼女は、何もない退屈な村が嫌いだった。
街に住む、母方の親類の家に遊びに行った時、マルムは都会の豊かさに驚き、憧れた。
自分も、大人になったら、ここに住みたいと願った。
しかし、彼女は一人娘で、いずれは婿を取って家を継がなければならない、というのが暗黙の了解だった。
せめて、都会の暮らしを体験したいと、学校に行くという名目で、マルムは親類の家で過ごすことを父に承諾させた。
街の暮らしは楽しかったが、学校を卒業すれば、再び家に戻るほかはなかった。
村に戻ったマルムは、後の人生、この村で死んだように生きるだけだという諦めと、憂鬱の中に沈んだ。
だが、彼女の未来を一変させるかもしれない出会いがあった。
森で行き倒れていたところを村人に保護されたという青年、フェリクスに会った途端、マルムは彼に心を奪われた。
都会にも、フェリクスほど美しい男はいなかった。その隣に並ぶことができたら、どれほど誇らしいだろう――彼と一緒になれるなら、この村で一生を終えても構わないと、マルムは思った。
フェリクスは、他の男たちとは異なり、マルムに対して、機嫌を取ろうとするでもなく、ごく普通に接した。それも、彼女にとっては新鮮だった。
マルムは、機会を見付けてはフェリクスに会いに行った。彼女が好意を示すような態度をとると、逆にフェリクスの振る舞いは遠慮がちになるかに見えた。
村に来る前の記憶がなく、財産も何も持たないことを、フェリクスは気にしているのかもしれない、とマルムは考えた。それも、自分と一緒になれば解決するではないか、と彼女は思った。
とうとう、マルムはフェリクスに「自分と一緒になって欲しい」と打ち明けた。
彼の返事は、「自分は、どこの誰かも分からないし、何も持っていない。君には相応しくない」という、予想通りのものだった。
そのようなことは問題にならない、都会では本人同士の合意だけで結婚する人たちもいると言って、マルムはフェリクスを説得しようとした。
するとフェリクスは、「君は、俺の気持ちを聞いていないだろう」と言った。
そんなことを確認する必要などないと、マルムは思っていた。
自分のことを嫌いなのか、とマルムが問うと、フェリクスは、嫌いではないが、今の暮らしを捨ててマルムと共に暮らしたいと思うほどの関心はないと答えた。
それはつまり、彼はマルムに対し好き嫌い以前に興味がなかったということだ。
マルムにとっては、ありえない話だった。周りの男性は、全員が自分に関心を持っていて、当然フェリクスもそうなのだと思い込んでいた。
これまで味わったことのない衝撃で頭が真っ白になったマルムは、耐えきれずにフェリクスの前から逃げ出した。
そして、数週間ほどが過ぎた、ある日。
マルムは、自分に縁談が持ち込まれたと、父に知らされた。
相手は、隣の村に住む地主の三男だという。婿入りに際し多額の持参金が入るらしく、父は乗り気だった。
「……私、他に好きな人がいるの」
マルムは、父に告げた。フェリクス以外の男に触れられるなど、想像するだけで、ぞっとした。
娘の思い人がフェリクスと知った父は、当然だが難色を示した。
「たしかに見た目はいいが、身元不明の男を我が家に迎え入れる訳にはいかない。諦めてくれ」
「彼と一緒になれないなら、家も継ぎたくないわ」
マルムの切り札だった。そう言えば、父の力でフェリクスと結婚できるかもしれない、とも考えた。
「しかし……」
「……お腹に、彼の子供もいるのよ」
もちろん、真っ赤な嘘だった。それは、執着だったのか、自らの自尊心を守る為なのか――マルムは、もはや形振り構わなくなっていた。フェリクスを自分のものにしたいという、ただそれだけが彼女の心を占めていた。結婚が決まった後で、子供は流れたことにすればいいと考えていた。
マルムの言葉を聞いた父の顔が、一気に土気色になった。
玄関の扉を荒々しく開けて家を出て行く父の背中を見送りながら、マルムは、こんな筈ではと、ただ震えるばかりだった。
しばらく経って戻った父に、朝になったら医者を呼ぶから診察を受けろと言われ、マルムは絶望的な気持ちになった。
床に着いても、彼女が眠りにつける筈はなかった。
医者に見せれば、嘘をついていたことが露見してしまう。
一体どうすればいいのか……マルムが悶々としていると、窓から差し込む光が目に入った。
日の出には早い時間だが、何より、その光は朝日などという生易しいものではなく、閃光と言ったほうが正確だった。
何が起きたのか、と思う間もなく、爆音と凄まじい衝撃に襲われたマルムが最期に見たのは、崩れ落ちてくる部屋の壁と、天井の梁だった。
彼女は、何もない退屈な村が嫌いだった。
街に住む、母方の親類の家に遊びに行った時、マルムは都会の豊かさに驚き、憧れた。
自分も、大人になったら、ここに住みたいと願った。
しかし、彼女は一人娘で、いずれは婿を取って家を継がなければならない、というのが暗黙の了解だった。
せめて、都会の暮らしを体験したいと、学校に行くという名目で、マルムは親類の家で過ごすことを父に承諾させた。
街の暮らしは楽しかったが、学校を卒業すれば、再び家に戻るほかはなかった。
村に戻ったマルムは、後の人生、この村で死んだように生きるだけだという諦めと、憂鬱の中に沈んだ。
だが、彼女の未来を一変させるかもしれない出会いがあった。
森で行き倒れていたところを村人に保護されたという青年、フェリクスに会った途端、マルムは彼に心を奪われた。
都会にも、フェリクスほど美しい男はいなかった。その隣に並ぶことができたら、どれほど誇らしいだろう――彼と一緒になれるなら、この村で一生を終えても構わないと、マルムは思った。
フェリクスは、他の男たちとは異なり、マルムに対して、機嫌を取ろうとするでもなく、ごく普通に接した。それも、彼女にとっては新鮮だった。
マルムは、機会を見付けてはフェリクスに会いに行った。彼女が好意を示すような態度をとると、逆にフェリクスの振る舞いは遠慮がちになるかに見えた。
村に来る前の記憶がなく、財産も何も持たないことを、フェリクスは気にしているのかもしれない、とマルムは考えた。それも、自分と一緒になれば解決するではないか、と彼女は思った。
とうとう、マルムはフェリクスに「自分と一緒になって欲しい」と打ち明けた。
彼の返事は、「自分は、どこの誰かも分からないし、何も持っていない。君には相応しくない」という、予想通りのものだった。
そのようなことは問題にならない、都会では本人同士の合意だけで結婚する人たちもいると言って、マルムはフェリクスを説得しようとした。
するとフェリクスは、「君は、俺の気持ちを聞いていないだろう」と言った。
そんなことを確認する必要などないと、マルムは思っていた。
自分のことを嫌いなのか、とマルムが問うと、フェリクスは、嫌いではないが、今の暮らしを捨ててマルムと共に暮らしたいと思うほどの関心はないと答えた。
それはつまり、彼はマルムに対し好き嫌い以前に興味がなかったということだ。
マルムにとっては、ありえない話だった。周りの男性は、全員が自分に関心を持っていて、当然フェリクスもそうなのだと思い込んでいた。
これまで味わったことのない衝撃で頭が真っ白になったマルムは、耐えきれずにフェリクスの前から逃げ出した。
そして、数週間ほどが過ぎた、ある日。
マルムは、自分に縁談が持ち込まれたと、父に知らされた。
相手は、隣の村に住む地主の三男だという。婿入りに際し多額の持参金が入るらしく、父は乗り気だった。
「……私、他に好きな人がいるの」
マルムは、父に告げた。フェリクス以外の男に触れられるなど、想像するだけで、ぞっとした。
娘の思い人がフェリクスと知った父は、当然だが難色を示した。
「たしかに見た目はいいが、身元不明の男を我が家に迎え入れる訳にはいかない。諦めてくれ」
「彼と一緒になれないなら、家も継ぎたくないわ」
マルムの切り札だった。そう言えば、父の力でフェリクスと結婚できるかもしれない、とも考えた。
「しかし……」
「……お腹に、彼の子供もいるのよ」
もちろん、真っ赤な嘘だった。それは、執着だったのか、自らの自尊心を守る為なのか――マルムは、もはや形振り構わなくなっていた。フェリクスを自分のものにしたいという、ただそれだけが彼女の心を占めていた。結婚が決まった後で、子供は流れたことにすればいいと考えていた。
マルムの言葉を聞いた父の顔が、一気に土気色になった。
玄関の扉を荒々しく開けて家を出て行く父の背中を見送りながら、マルムは、こんな筈ではと、ただ震えるばかりだった。
しばらく経って戻った父に、朝になったら医者を呼ぶから診察を受けろと言われ、マルムは絶望的な気持ちになった。
床に着いても、彼女が眠りにつける筈はなかった。
医者に見せれば、嘘をついていたことが露見してしまう。
一体どうすればいいのか……マルムが悶々としていると、窓から差し込む光が目に入った。
日の出には早い時間だが、何より、その光は朝日などという生易しいものではなく、閃光と言ったほうが正確だった。
何が起きたのか、と思う間もなく、爆音と凄まじい衝撃に襲われたマルムが最期に見たのは、崩れ落ちてくる部屋の壁と、天井の梁だった。
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