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慟哭

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「まだ生きている奴がいるぞ!」
「逃がすな!」
 兵士たちも、フェリクスの存在に気付き、発砲してきた。
 考えるよりも早く、フェリクスの身体は動いた。
 飛んでくる光弾が身体をかすめめるのにも構わず、フェリクスは跳躍し、一瞬で兵士たちに肉薄した。彼の思わぬ動きに、兵士たちは虚を突かれた格好だった。
 フェリクスの拳が、一人の兵士の顔面を捉える。
 兵士は、肉が千切れ、骨の砕ける音と共に倒れて動かなくなった。
 仲間の変わり果てた姿を目にした別の兵士の喉から、下手な笛のに似た悲鳴が漏れる。
 次の瞬間、フェリクスの閃光の如き前蹴りが、その兵士の胴に突き刺さった。
 吹き飛ばされ、燃え残っていた壁に叩きつけられた兵士の身体が、どさりと地面に落ち、やはり動かなくなる。
「あいつ、『異能いのう』だ!」
「聞いてねぇぞ!」
「早く殺せ!」
 状況に気付いた他の兵士たちも、フェリクスを狙って次々に発砲した。
 彼らの装備している小銃は、最新の魔法技術が用いられた高出力のもので、発射された光弾が人体を直撃すれば、重傷あるいは死を免れることはできない。
 しかし、常人の反応速度でフェリクスの動きを捉えるのは不可能だった。
 如何いかに高性能な武器でも、的に当たらなければ意味がないのだ。
「距離を取れ!奴は丸腰だ!」
 兵士たちは後退し、再度発砲した。
 光弾をかわしつつ、フェリクスが、一瞬、頭上に上げた右手を素早く振り下ろす。
 同時に、次々と兵士たちの身体が両断されていき、直後に爆音が生じた。
 フェリクスの、音速を超える動きによって引き起こされた衝撃波が、兵士たちを襲ったのだ。
 周囲に動くものがなくなったことに気付き、フェリクスは我に返った。
 辺りを見回した彼は、自らの行動の結果におののいた。
 兵士たちが、最初からフェリクスを殺すつもりだったことは明白だ。
 抵抗しなかったなら、彼自身が死んでいただろう。
 それでも、自分が他者の生命を奪ってしまったという事実が、フェリクスの精神を苛んだ。
 何より、反射的に、そのような行動をとった自分が恐ろしかった。
 記憶に存在しない過去にも、このようなことがあったのではないか……本当は、自分は凶悪な人間なのではないか……
 様々な感情がないぜになり、処理しきれなくなったフェリクスは、うずくまって嘔吐えずいた。
 吐き出すものなど何もなかった代わりに、彼の両目から涙が溢れた。
 ふと、フェリクスは新たな人間の気配を感じ、慌てて立ち上がった。
 生き残った村人か、それとも――
 振り向いた彼の目に映ったのは、先刻まで交戦していた兵士たちと同じ戦闘服に身を包んだ、赤毛の若い男だった。
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