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呼び声

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 フェリクスは、アーブルと共に、帝国軍の進路を避けながら移動を続けていた。
 現在、彼らは、普通に考えれば戦略的な価値がないと思われる辺境へと徒歩で向かっている。
 もっとも、帝国の意図が読めない部分も多く、必ずしも、それが最良とは言えない。
「トォイ共和国への攻撃以後、帝国は空間転移装置を使用していないらしいな。その気になれば、わざわざ現地に軍を出さなくても、世界中の国を破壊できるのではないか?」
 荒れた山道を歩きながら、フェリクスは、ずっと抱いている疑問を口にした。
「あの攻撃自体が、実験だったんじゃないかな……ヒトの国で新兵器の実験なんて、迷惑極まりないけどさ。でも、他の国の士気をくじく効果は、十分すぎるくらいあっただろうな」
「本格的な実用化は、まだかもしれない、ということか」
 アーブルの言葉に、フェリクスは頷いた。
 その時、フェリクスの耳が、魔導絡繰まどうからくりの微かな駆動音を捉えた。
「近くに、帝国軍の車両が来ているぞ」
 フェリクスは、何故か胸の奥がざわつく感覚を覚えた。
「嘘だろ……見つかったら面倒だ。隠れて、やり過ごそう」
 アーブルの指示で、フェリクスは彼と共に近くの岩陰に隠れた。
 間もなく、帝国軍の車両――とは言っても車輪は存在せず、地面から僅かに浮上した状態で移動するのだが――が近付いてきた。
 帝国軍の車両は、フェリクスたちに気付くことなく通り過ぎていったが、少し経つと、来た道を戻り、去っていった。
「何か、探してるみたいに見えたけど」
 アーブルが呟いた。
 一方、フェリクスは、胸の奥のざわつきが強くなりつつあるのに戸惑っていた。
 ――誰かが、呼んでいる……
 何の根拠もない筈の、それなのに疑いようがないと思ってしまう不思議な感じに、彼は落ち着きを失いかけていた。
 我慢できなくなったフェリクスは、自分が呼ばれていると感じる方向へ走り出した。
「フェリクス、どうしたんだよ!」
 アーブルが、慌てて後を追う。
 フェリクスは、山の斜面に、何か重量のある物体が転がっていったように見える跡を見つけた。 
 同時に、彼は、鼻を突く化石燃料のにおいに気付いた。
 斜面を身軽に降りていったフェリクスの目に入ったのは、横転し大破した車両だった。
 魔導絡繰まどうからくりを用いていないということから、帝国軍の車両ではないと思われる。
 歪んで開きにくくなっている扉を、フェリクスは車体から力任せにむしり取り、中を覗き込んだ。
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