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災いは空より来たる

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 フェリクスの背中で、ひとしきり泣いて落ち着いたセレスティアは、途切れ途切れにではあるが、自らについて話し始めた。
 セレスティアは孤児だが、ウェール王国の王に育てられていたという。血の繋がりこそ無いものの、彼女は王の娘として扱われていた。つまり、王族と同等の存在だったということになる。
「ウェール王国って……俺たちが向かってた国じゃないか」
 セレスティアの言葉を聞いて、アーブルが落胆した様子を見せた。
「それは変だな。ここに来るまで、帝国軍の姿を見ることは無かった筈だ」
 フェリクスは首を傾げた。
「……『ばあや』が……帝国軍は、突然、大きな飛空艇に乗って現れたと言っていました。私は、ゆえあって、王宮の奥まった場所にいた為に難を逃れたのです。そこを『ばあや』が連れ出してくれました……」
「なるほど、飛空艇団が空路から来たのか。それじゃあ、鉢合わせることもなかった訳だ」
 セレスティアが、ぽつぽつと語ると、アーブルは合点がいったという風に頷いた。
「それにしても、素人目に見ても戦略上たいして重要とも思えない辺境に、虎の子の飛空艇団を送るなんて……あ、いや、辺境っていうか、田舎……じゃなくて」
「……たしかにウェール王国は、魔法技術も遅れているし、自然が豊かと言えば聞こえはいいかもしれませんが、田舎であることは否定しません」
 失言してしまった、と狼狽するアーブルに、セレスティアが冷静に答えた。
「だとすれば、このままウェール王国の方へ向かうのは危険ではないのか」
 フェリクスの指摘に、アーブルが小さく溜め息をついた。
「姫様もいるし、ウサギが鍋に飛び込むみたいなもんだな。進路変更だ……」
 と、フェリクスは、背中にぶっているセレスティアの手が、彼の肩を強く握り締めるのを感じた。
「……国民たちが、酷い目に遭っている筈なのに、私一人が無事に逃げ出すことが許されるとは思えません……」
 血縁が無いとはいえ、王族の一人として育ったセレスティアは、親代わりの王たちが殺され、ひとり遺された今、その責任を自覚したのかもしれない。
「帝国軍の、王族たちへの扱いを考えれば、戻るのは得策ではないと思う。今は、自分が生き延びることだけを考えたほうがいい」
「そう……ですね……」
 セレスティアが力なく答えるのを聞いて、冷たい言葉だっただろうか、と、フェリクスは少し後悔した。だが、彼女を危険に晒す選択は、絶対に避けたかった。
「そういえば、君は自分のことを『既に死んだことになっている』と言っていたが、どういう意味なんだ?」
 ふと思い出して、フェリクスは尋ねたが、セレスティアは無言で彼の服を握り締めるだけだった。
「……訊かれたくないことだったなら、すまない。無理に言う必要はない」
 フェリクスが言うと、背負っている彼女の身体から、少し力が抜けたように思えた。
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