アストルムクロニカ-箱庭幻想譚-(挿し絵有り)

くまのこ

文字の大きさ
31 / 116

荒れ地と温もりと

しおりを挟む
 フェリクスとアーブルが、ウェール王国の王女セレスティアと出会い、行動を共にするようになってから、数日が経った。
 二人は、セレスティアの思わぬ順応力の高さに舌を巻いていた。
 小国とはいえ王宮で何不自由ない生活をしていただろうに、セレスティアは野宿や粗末な食生活にも不平不満を漏らすことなく、彼らについてきていた。
 しかし、体力的には「異能いのう」であるフェリクスとアーブルには遠く及ぶ筈もない。
 荒れ地を貫く街道を歩くうち、疲れの色を見せつつあったセレスティアに、フェリクスは声をかけた。
「大丈夫か。少し、歩く速度が速かったか」
「はい……大丈夫です」
 息切れしながらも、セレスティアが、そう答えた。
 見かねたフェリクスは、自分が背負っていた荷物をアーブルに渡し、代わりに、セレスティアを、ひょいとぶった。
「君は、いつも無理をしているのではないか?」
「そうでも、ありませんよ」
「身体の力を抜いて、俺に寄りかかるといい」
 フェリクスが、そう言うと、数秒間ためらった後、セレスティアは素直に彼の背中に体重を預けてきた。
「重くはありませんか?」
「いや、君は、羽毛のように軽い」
 服の布地越しに、互いの体温が溶け合っていく感覚が、フェリクスに何とも言い難い不思議な気持ちをもたらした。
 村で生活していた頃の、老夫婦と共に過ごしていた時と似た、だが、どこか違う心地良さがあった。
「いっそ、ずっと、こうして移動すればいいのではないか?」
「いくら何でも、そんな訳にはいきません。できる限り、自分の脚で歩きますから……!」
 フェリクスは我ながら良い提案だと思ったが、セレスティアの、他人に迷惑をかけまいという健気な姿勢に好ましさも覚えた。また、同時に、彼女を守らないと、という思いを強くした。
「だが、辛かったら、遠慮せずに、いつでも言ってくれ」
「……はい」
 少しの間、無言だったセレスティアが、再び口を開いた。
「あなたは、普段は物静かなかたなのですね」
「そうか?」
「初めて会った時は、もっと気性の激しいかたなのかと……だって、凄い剣幕だったから」
 何もかもを失い、自暴自棄になりかけていたセレスティアを、何とか連れ出そうとフェリクスが説得した際のことを言っているようだ。
「あの時は、君を置いていけないと思って必死だった。乱暴に感じたなら、すまない」
「いえ……私、ちょっと嬉しかったんです」
 そんな二人の様子を見ていたアーブルが、唇の端を釣り上げながら言った。
「フェリクス……女関係で痛い目に遭ったから若い女が苦手って言ってたけど、姫様のことは平気なんだな」
「……そうですね、フェリクスは綺麗だし、他の女性たちが放っておく訳ありませんよね」
 背負っているセレスティアが何度も頷いているのを、フェリクスは感じた。
「ま、二股三股かけた挙句に刺されたとかじゃないけどさ」
「誤解を招きそうなことを言わないでくれ」
 フェリクスはアーブルの冗談に、思わず渋い顔をした。
「二股どころか、女性と付き合ったことさえ無いが」
「そうなんですか?……少し、安心しました」
 セレスティアの言葉に、フェリクスは首を傾げた。
「何故、俺が女性と付き合ったことがないと、君が安心するんだ?」
「あのさぁ……」
 何か言いたそうな様子を見せたものの、もごもごと口の中で呟くのみに留めたアーブルを見て、フェリクスは再び首を傾げた。

「今日は、この辺までかな」
 山並みの向こうに沈み始めた夕日を見て、アーブルが言った。
 屋根の代わりになりそうな、大きな倒木を見つけた彼らは、その下で夜を過ごすことにした。
「私の為に、移動が遅くなってしまって、すみません」
 焚き火にあたりながら、セレスティアが、呟いた。
「そんなに気にすることはないぞ」
 フェリクスが言うと、彼女は安堵した表情を見せた。
「むしろ、姫様を守るって目的ができて、張り合いがあるってもんさ。そうだろ、フェリクス」
 そう言って、アーブルが片目をつぶってみせた。
「これまでは、ただ戦火を避けて逃げているだけだったからな」
 フェリクスは頷いた。
 いつかは、恩人である老夫婦と過ごした村へ戻る為に生き延びるという目的があるとはいえ、ともすれば、彼も、ただただ生命を繋ぐことだけを考えるようになりつつあった。
 だが、そこに現れたセレスティアが、彼女を守るという目的を与えてくれたのだ。
 何故、彼女だけを特別に感じるのか。フェリクスの記憶にセレスティアの姿はなく、彼女にとってもフェリクスは見知らぬ相手だった筈だ。
 しかし、王族であるからなどということよりも、フェリクスにとっては、もっと重要な何かがあるように思えてならなかった。
 ふと気づくと、隣に座っているセレスティアが、フェリクスの肩に頭を持たせかけて、うとうとしている。
「やはり、疲れていたようだな」
 フェリクスは、荷物の中にあった毛布でセレスティアの身体をくるむと、寒さ除けに敷いた枯草の上に、そっと寝かせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

処理中です...