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荒れ地と温もりと
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フェリクスとアーブルが、ウェール王国の王女セレスティアと出会い、行動を共にするようになってから、数日が経った。
二人は、セレスティアの思わぬ順応力の高さに舌を巻いていた。
小国とはいえ王宮で何不自由ない生活をしていただろうに、セレスティアは野宿や粗末な食生活にも不平不満を漏らすことなく、彼らについてきていた。
しかし、体力的には「異能」であるフェリクスとアーブルには遠く及ぶ筈もない。
荒れ地を貫く街道を歩くうち、疲れの色を見せつつあったセレスティアに、フェリクスは声をかけた。
「大丈夫か。少し、歩く速度が速かったか」
「はい……大丈夫です」
息切れしながらも、セレスティアが、そう答えた。
見かねたフェリクスは、自分が背負っていた荷物をアーブルに渡し、代わりに、セレスティアを、ひょいと負ぶった。
「君は、いつも無理をしているのではないか?」
「そうでも、ありませんよ」
「身体の力を抜いて、俺に寄りかかるといい」
フェリクスが、そう言うと、数秒間ためらった後、セレスティアは素直に彼の背中に体重を預けてきた。
「重くはありませんか?」
「いや、君は、羽毛のように軽い」
服の布地越しに、互いの体温が溶け合っていく感覚が、フェリクスに何とも言い難い不思議な気持ちをもたらした。
村で生活していた頃の、老夫婦と共に過ごしていた時と似た、だが、どこか違う心地良さがあった。
「いっそ、ずっと、こうして移動すればいいのではないか?」
「いくら何でも、そんな訳にはいきません。できる限り、自分の脚で歩きますから……!」
フェリクスは我ながら良い提案だと思ったが、セレスティアの、他人に迷惑をかけまいという健気な姿勢に好ましさも覚えた。また、同時に、彼女を守らないと、という思いを強くした。
「だが、辛かったら、遠慮せずに、いつでも言ってくれ」
「……はい」
少しの間、無言だったセレスティアが、再び口を開いた。
「あなたは、普段は物静かな方なのですね」
「そうか?」
「初めて会った時は、もっと気性の激しい方なのかと……だって、凄い剣幕だったから」
何もかもを失い、自暴自棄になりかけていたセレスティアを、何とか連れ出そうとフェリクスが説得した際のことを言っているようだ。
「あの時は、君を置いていけないと思って必死だった。乱暴に感じたなら、すまない」
「いえ……私、ちょっと嬉しかったんです」
そんな二人の様子を見ていたアーブルが、唇の端を釣り上げながら言った。
「フェリクス……女関係で痛い目に遭ったから若い女が苦手って言ってたけど、姫様のことは平気なんだな」
「……そうですね、フェリクスは綺麗だし、他の女性たちが放っておく訳ありませんよね」
背負っているセレスティアが何度も頷いているのを、フェリクスは感じた。
「ま、二股三股かけた挙句に刺されたとかじゃないけどさ」
「誤解を招きそうなことを言わないでくれ」
フェリクスはアーブルの冗談に、思わず渋い顔をした。
「二股どころか、女性と付き合ったことさえ無いが」
「そうなんですか?……少し、安心しました」
セレスティアの言葉に、フェリクスは首を傾げた。
「何故、俺が女性と付き合ったことがないと、君が安心するんだ?」
「あのさぁ……」
何か言いたそうな様子を見せたものの、もごもごと口の中で呟くのみに留めたアーブルを見て、フェリクスは再び首を傾げた。
「今日は、この辺までかな」
山並みの向こうに沈み始めた夕日を見て、アーブルが言った。
屋根の代わりになりそうな、大きな倒木を見つけた彼らは、その下で夜を過ごすことにした。
「私の為に、移動が遅くなってしまって、すみません」
焚き火にあたりながら、セレスティアが、呟いた。
「そんなに気にすることはないぞ」
フェリクスが言うと、彼女は安堵した表情を見せた。
「むしろ、姫様を守るって目的ができて、張り合いがあるってもんさ。そうだろ、フェリクス」
そう言って、アーブルが片目を瞑ってみせた。
「これまでは、ただ戦火を避けて逃げているだけだったからな」
フェリクスは頷いた。
いつかは、恩人である老夫婦と過ごした村へ戻る為に生き延びるという目的があるとはいえ、ともすれば、彼も、ただただ生命を繋ぐことだけを考えるようになりつつあった。
だが、そこに現れたセレスティアが、彼女を守るという目的を与えてくれたのだ。
何故、彼女だけを特別に感じるのか。フェリクスの記憶にセレスティアの姿はなく、彼女にとってもフェリクスは見知らぬ相手だった筈だ。
しかし、王族であるからなどということよりも、フェリクスにとっては、もっと重要な何かがあるように思えてならなかった。
ふと気づくと、隣に座っているセレスティアが、フェリクスの肩に頭を持たせかけて、うとうとしている。
「やはり、疲れていたようだな」
フェリクスは、荷物の中にあった毛布でセレスティアの身体を包むと、寒さ除けに敷いた枯草の上に、そっと寝かせた。
二人は、セレスティアの思わぬ順応力の高さに舌を巻いていた。
小国とはいえ王宮で何不自由ない生活をしていただろうに、セレスティアは野宿や粗末な食生活にも不平不満を漏らすことなく、彼らについてきていた。
しかし、体力的には「異能」であるフェリクスとアーブルには遠く及ぶ筈もない。
荒れ地を貫く街道を歩くうち、疲れの色を見せつつあったセレスティアに、フェリクスは声をかけた。
「大丈夫か。少し、歩く速度が速かったか」
「はい……大丈夫です」
息切れしながらも、セレスティアが、そう答えた。
見かねたフェリクスは、自分が背負っていた荷物をアーブルに渡し、代わりに、セレスティアを、ひょいと負ぶった。
「君は、いつも無理をしているのではないか?」
「そうでも、ありませんよ」
「身体の力を抜いて、俺に寄りかかるといい」
フェリクスが、そう言うと、数秒間ためらった後、セレスティアは素直に彼の背中に体重を預けてきた。
「重くはありませんか?」
「いや、君は、羽毛のように軽い」
服の布地越しに、互いの体温が溶け合っていく感覚が、フェリクスに何とも言い難い不思議な気持ちをもたらした。
村で生活していた頃の、老夫婦と共に過ごしていた時と似た、だが、どこか違う心地良さがあった。
「いっそ、ずっと、こうして移動すればいいのではないか?」
「いくら何でも、そんな訳にはいきません。できる限り、自分の脚で歩きますから……!」
フェリクスは我ながら良い提案だと思ったが、セレスティアの、他人に迷惑をかけまいという健気な姿勢に好ましさも覚えた。また、同時に、彼女を守らないと、という思いを強くした。
「だが、辛かったら、遠慮せずに、いつでも言ってくれ」
「……はい」
少しの間、無言だったセレスティアが、再び口を開いた。
「あなたは、普段は物静かな方なのですね」
「そうか?」
「初めて会った時は、もっと気性の激しい方なのかと……だって、凄い剣幕だったから」
何もかもを失い、自暴自棄になりかけていたセレスティアを、何とか連れ出そうとフェリクスが説得した際のことを言っているようだ。
「あの時は、君を置いていけないと思って必死だった。乱暴に感じたなら、すまない」
「いえ……私、ちょっと嬉しかったんです」
そんな二人の様子を見ていたアーブルが、唇の端を釣り上げながら言った。
「フェリクス……女関係で痛い目に遭ったから若い女が苦手って言ってたけど、姫様のことは平気なんだな」
「……そうですね、フェリクスは綺麗だし、他の女性たちが放っておく訳ありませんよね」
背負っているセレスティアが何度も頷いているのを、フェリクスは感じた。
「ま、二股三股かけた挙句に刺されたとかじゃないけどさ」
「誤解を招きそうなことを言わないでくれ」
フェリクスはアーブルの冗談に、思わず渋い顔をした。
「二股どころか、女性と付き合ったことさえ無いが」
「そうなんですか?……少し、安心しました」
セレスティアの言葉に、フェリクスは首を傾げた。
「何故、俺が女性と付き合ったことがないと、君が安心するんだ?」
「あのさぁ……」
何か言いたそうな様子を見せたものの、もごもごと口の中で呟くのみに留めたアーブルを見て、フェリクスは再び首を傾げた。
「今日は、この辺までかな」
山並みの向こうに沈み始めた夕日を見て、アーブルが言った。
屋根の代わりになりそうな、大きな倒木を見つけた彼らは、その下で夜を過ごすことにした。
「私の為に、移動が遅くなってしまって、すみません」
焚き火にあたりながら、セレスティアが、呟いた。
「そんなに気にすることはないぞ」
フェリクスが言うと、彼女は安堵した表情を見せた。
「むしろ、姫様を守るって目的ができて、張り合いがあるってもんさ。そうだろ、フェリクス」
そう言って、アーブルが片目を瞑ってみせた。
「これまでは、ただ戦火を避けて逃げているだけだったからな」
フェリクスは頷いた。
いつかは、恩人である老夫婦と過ごした村へ戻る為に生き延びるという目的があるとはいえ、ともすれば、彼も、ただただ生命を繋ぐことだけを考えるようになりつつあった。
だが、そこに現れたセレスティアが、彼女を守るという目的を与えてくれたのだ。
何故、彼女だけを特別に感じるのか。フェリクスの記憶にセレスティアの姿はなく、彼女にとってもフェリクスは見知らぬ相手だった筈だ。
しかし、王族であるからなどということよりも、フェリクスにとっては、もっと重要な何かがあるように思えてならなかった。
ふと気づくと、隣に座っているセレスティアが、フェリクスの肩に頭を持たせかけて、うとうとしている。
「やはり、疲れていたようだな」
フェリクスは、荷物の中にあった毛布でセレスティアの身体を包むと、寒さ除けに敷いた枯草の上に、そっと寝かせた。
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