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◆剣とドレスと2

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 跡継ぎが男子であることにこだわった「父親」は、エリカに「グスタフ」という男の名を与え、男の格好をして、男として生活するように命じた。
 お姫様に憧れていたエリカだったが、「父親」から必要とされなくなるのも嫌だった。
 彼女は、言われるがままに、「グスタフ」と名乗り、男性として生活するようになった。
 果たして、「グスタフ」には戦闘に関して天賦の才があった。
 それに加えて、彼女は人一倍の修練を積んだ。強くなるほどに「父親」や周囲の者が褒めそやし注目してくれるのが嬉しかった。
 身分の高い家柄の生まれに、才能を併せ持った彼女には、ねたそねみの視線を向ける者も少なくなかった。
 女性だからといって侮られないよう、「グスタフ」は傍若無人かつ超然とした態度で振舞った。
 嫌な人間だと思われていれば、近付いてくる者もなく、まとった鎧が壊れることもない。
 やがて、努力が実を結び、「グスタフ」は、若くして皇帝守護騎士インペリアルガードに抜擢された。
 しかし、皇帝守護騎士インペリアルガードとなった「グスタフ」に、所詮は親の七光りだと言って絡んでくる者もいた。
 「グスタフ」は、そのような者たちを文字通り全て叩きのめしてきた。
 公的な試合でも、私的な決闘でも、彼女が敗北することはなかった。
 いつしか、強さ、そして負けないことが、自分そのものなのだと、「グスタフ」は思うようになった。
 ――それなのに。
 彼女にとって唯一のどころである「強さ」を、「緑の目の男」は粉々にした。
 あまつさえ、「緑の目の男」は、敵である筈の「グスタフ」に情をかけ、とどめも刺さずに去った――敗者として憐れまれるなど、彼女にとっては最大の屈辱だった。
 そして、「智の女神」の命令に背くことへの罪悪感よりも、負けた自分は、もう誰にも必要とされないのではないかという恐怖が上回った。
 ――あの「緑の目の男」を倒せば、「強い」自分を取り戻せるのではないか。
 他者から見れば、目茶苦茶な理屈かもしれないが、「グスタフ」の頭の中は、「緑の目の男」を倒すことで一杯になっていた。
 「グスタフ」は、執念で反帝国組織「リベラティオ」本部まで辿り着いた。
 しかし、「緑の目の男」との再戦は叶ったものの、彼が、もはや別次元の強さを持つであろうことを、「グスタフ」は、その身に刻み付けられて敗北した。
 自分は全てを失ったのだ――絶望し、自ら生命を断つことすらできずに倒れ伏している彼女を、「緑の目の男」は、罵るでもなく、優しく抱きかかえた。
 二度も自分を殺そうとした相手に、何故そのようなことができるのか――男の行動は、「グスタフ」には理解できなかった。
 だが、その温もりに触れているうち、不思議と心が鎮まっていくのを、彼女は感じていた。 
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