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二輪の花
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グスタフによる「リベラティオ」本部襲撃から一夜明けた朝。
フェリクスたちは、昨夜の騒動の後、本部の地上部分にあたるヴァルタサーリ家別邸に、警察の者たちが訪れていたと聞かされた。
昨夜の異変は、近隣の者にも一部だが感知されており、警察への通報が行われていたという。
しかし、「確かに賊が侵入したものの、警備にあたっていた者たちが撃退し、賊は逃亡した。被害は無かった」と説明したところ、警察は、それ以上のことは訊かずに退散したらしい。
当のヴァルタサーリ家が「何もない」と言う以上、警察も、下手に「帝国十二宗家」をつついて、無用のいざこざを招きたくないと考えたのかもしれない。
そこから考えるに、グスタフが、ここ「リベラティオ」本部に来ることを誰にも伝えていなかったというのは、本当なのだろう。
そして、フェリクスとアーブルは、セレスティアに付き添って、グスタフが捕らえられている部屋へと向かっていた。
自分が命を預かると宣言した以上、グスタフ本人とも、じっくり話してみたいというのが、セレスティアの言い分だ。
グスタフは、取り調べの行われた部屋で、そのまま寝起きしている形だった。
監視係に声をかけ、フェリクスたちは彼女の部屋に入った。
室内には、簡易だが洗面台や手洗い所などの設備が備えられている。元々は懲罰の用途で作られた部屋なのだと思われた。
グスタフは、寝台と呼ぶのは憚られるような、壁掛けの台に、所在なげに腰かけていた。
手足の拘束は解かれているものの、「枷」は着けられたままだ。
「おはようございます。ご気分は如何ですか」
セレスティアが声をかけると、俯いていたグスタフは、物憂げに顔を上げた。
「特に変わりない。こいつのお陰で、身体が鉛みたいに重いのを除けばの話だけどね」
左手首に嵌められた「枷」を見せながら、グスタフは答えた。
「飲み物の蓋を開けるのにも一苦労さ。『普通』の連中が、こんなに大変とは知らなかったよ。……で、お姫様が、僕に何の用? お供もゾロゾロ連れてさ」
言って、彼女は小さく肩を竦めた。
昨夜に比べると、心なしか険のある態度が鳴りを潜めているようだ――そんなことを思いながら、フェリクスは、グスタフを眺めていた。
と、フェリクスと視線のぶつかったグスタフは、一瞬ハッとした様子を見せたが、直ぐに目を逸らして俯いた。
これまでの経緯を考えれば、彼女の態度は当然だろう、と、フェリクスは考えた。
「あなたの命を預かると言った以上、一度は、じっくりお話ししておいたほうがいいかと思って」
セレスティアは、室内を見回して言った。
「後で、あなたの待遇の改善を、カドッシュ様にお願いしてみますね。こんな、牢屋のようなところでは、眠れないでしょうに」
「僕は、そこの男が止めに入らなければ、他の者たちを皆殺しにしていたかもしれないんだ。当然の扱いじゃあないか」
そう言って、グスタフは、ちらりとフェリクスに目をやった。
「フェリクスが止めに入るのも、計算の上だったのではありませんか?」
セレスティアが、微笑んだ。
「最初に、あなたが私を捕らえに来たのも、主である『智の女神』の命令に従っただけでしょう? ですから、私に、あなたを憎んだりする気持ちはありません。あなた自身は、私に恨みがありますか?」
「そんなもの、ないよ」
「互いに怨恨がないのであれば、私たちが敵対関係になる理由はないと思います」
「……お目出たい、お姫様だね。一万歩譲って、君の言う通りだとしても、何故、僕のことなど構おうとするんだい?」
グスタフが、溜め息混じりに言った。馬鹿にした物言いにも聞こえるが、彼女の表情は困惑と笑いが相半ばしている。
「放っておけなかったのです。あなたが、とても寂しくて、不安そうに見えたので」
「ふ……あははは! 僕が? 寂しくて、不安そうだって? 笑わせてくれるよ」
セレスティアの言葉を否定するかのように、グスタフは哄笑したが、その目は笑っていなかった。
フェリクスたちは、昨夜の騒動の後、本部の地上部分にあたるヴァルタサーリ家別邸に、警察の者たちが訪れていたと聞かされた。
昨夜の異変は、近隣の者にも一部だが感知されており、警察への通報が行われていたという。
しかし、「確かに賊が侵入したものの、警備にあたっていた者たちが撃退し、賊は逃亡した。被害は無かった」と説明したところ、警察は、それ以上のことは訊かずに退散したらしい。
当のヴァルタサーリ家が「何もない」と言う以上、警察も、下手に「帝国十二宗家」をつついて、無用のいざこざを招きたくないと考えたのかもしれない。
そこから考えるに、グスタフが、ここ「リベラティオ」本部に来ることを誰にも伝えていなかったというのは、本当なのだろう。
そして、フェリクスとアーブルは、セレスティアに付き添って、グスタフが捕らえられている部屋へと向かっていた。
自分が命を預かると宣言した以上、グスタフ本人とも、じっくり話してみたいというのが、セレスティアの言い分だ。
グスタフは、取り調べの行われた部屋で、そのまま寝起きしている形だった。
監視係に声をかけ、フェリクスたちは彼女の部屋に入った。
室内には、簡易だが洗面台や手洗い所などの設備が備えられている。元々は懲罰の用途で作られた部屋なのだと思われた。
グスタフは、寝台と呼ぶのは憚られるような、壁掛けの台に、所在なげに腰かけていた。
手足の拘束は解かれているものの、「枷」は着けられたままだ。
「おはようございます。ご気分は如何ですか」
セレスティアが声をかけると、俯いていたグスタフは、物憂げに顔を上げた。
「特に変わりない。こいつのお陰で、身体が鉛みたいに重いのを除けばの話だけどね」
左手首に嵌められた「枷」を見せながら、グスタフは答えた。
「飲み物の蓋を開けるのにも一苦労さ。『普通』の連中が、こんなに大変とは知らなかったよ。……で、お姫様が、僕に何の用? お供もゾロゾロ連れてさ」
言って、彼女は小さく肩を竦めた。
昨夜に比べると、心なしか険のある態度が鳴りを潜めているようだ――そんなことを思いながら、フェリクスは、グスタフを眺めていた。
と、フェリクスと視線のぶつかったグスタフは、一瞬ハッとした様子を見せたが、直ぐに目を逸らして俯いた。
これまでの経緯を考えれば、彼女の態度は当然だろう、と、フェリクスは考えた。
「あなたの命を預かると言った以上、一度は、じっくりお話ししておいたほうがいいかと思って」
セレスティアは、室内を見回して言った。
「後で、あなたの待遇の改善を、カドッシュ様にお願いしてみますね。こんな、牢屋のようなところでは、眠れないでしょうに」
「僕は、そこの男が止めに入らなければ、他の者たちを皆殺しにしていたかもしれないんだ。当然の扱いじゃあないか」
そう言って、グスタフは、ちらりとフェリクスに目をやった。
「フェリクスが止めに入るのも、計算の上だったのではありませんか?」
セレスティアが、微笑んだ。
「最初に、あなたが私を捕らえに来たのも、主である『智の女神』の命令に従っただけでしょう? ですから、私に、あなたを憎んだりする気持ちはありません。あなた自身は、私に恨みがありますか?」
「そんなもの、ないよ」
「互いに怨恨がないのであれば、私たちが敵対関係になる理由はないと思います」
「……お目出たい、お姫様だね。一万歩譲って、君の言う通りだとしても、何故、僕のことなど構おうとするんだい?」
グスタフが、溜め息混じりに言った。馬鹿にした物言いにも聞こえるが、彼女の表情は困惑と笑いが相半ばしている。
「放っておけなかったのです。あなたが、とても寂しくて、不安そうに見えたので」
「ふ……あははは! 僕が? 寂しくて、不安そうだって? 笑わせてくれるよ」
セレスティアの言葉を否定するかのように、グスタフは哄笑したが、その目は笑っていなかった。
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