アストルムクロニカ-箱庭幻想譚-(挿し絵有り)

くまのこ

文字の大きさ
111 / 116

どこまでも澄んだ空の下で(挿し絵有り)

しおりを挟む
 誰かが、時折、優しく髪を撫でてくれている。
 頭の下には、何か暖かく柔らかいものが置かれているようだった。
 どこかで嗅いだ覚えのある、甘く柔らかな匂いと共に、緑と土の匂いを感じる。
 頬にあたる、そよ風の感触が心地良い。
 このまま、微睡まどろんでいたい……そんな気持ちにもなりかけたフェリクスだったが、自身の状況を確認する必要があると思い直し、うっすらと目を開けてみた。
 頭上にあったのは、見知らぬ天井でも、何もない空間でもなく、ところどころに千切れた雲の浮かぶ、澄み切った青い空だった。
 フェリクスは、自分が今いる場所が、現実の世界であると悟った。
 彼の目から、一筋の涙が頬を伝った。
 空の眩しさの為なのか、それとも、自分が、確かに存在しているという事実に対してなのか――あるいは、その両方かもしれない。
「……よかった。このまま、目覚めないかもしれないと、不安になっていたところでした」
 そう言って、セレスティアが、フェリクスの顔を覗き込んだ。
 彼は、セレスティアの膝を枕にして、草原くさはらに寝かされていた。
 ゆっくりと身を起こしたフェリクスは、自身が、一糸まとわぬ姿であることに気付いた。
 身体の上には、セレスティアのものと思われる上着が掛けられている。
「ごめんなさい。服までは、元に戻せませんでした」
 セレスティアが、そう言って、頬を染めた。
「……元に……?」
 フェリクスは、改めて、自身がどのような状態だったのかを思い起こした。
 ――「智の女神」を止める為に、彼女の内部で、自分の中に仕掛けられていた「対消滅ついしょうめつ」の「仕組み」を起動させて……それなのに、何故、俺は、ここにこうしているんだ?!
「……あの爆発で、細かな粒子になってしまったフェリクスを、私は集めて……自分の生命でつくろいました」
 セレスティアが、淡々と言った。
「どうして、そのようなことができたのか、自分でも分かりません。もう一度、同じことをしろと言われても、きっと、できないでしょう。ただ、あなたを失いたくないと思って、必死だったことは覚えています」
「それが……君の『マレビト』としてのちからだというのか」
 フェリクスは、自分の顏や体に触れて、何ひとつ異常が無いのを確認すると共に、セレスティアが秘めていた強大な力を思い、溜息をついた。
「そんなことより……」
 向き合っているセレスティアが、僅かに眉を吊り上げているのを見て、フェリクスは首を傾げた。
「黙って、どこかへ行ったりしないと……必ず戻ると約束したのに……」
 涙ぐむセレスティアの姿に、フェリクスは胸の奥が痛くなり、主人に叱られる子犬の如く項垂うなだれた。
 彼は、「智の女神」に見せられた、彼女の「記憶」を思い出した。
 ――愛する者を失った孤独や悲しみは、人を狂わせることもある……俺も、セレスティアを失ったなら、「智の女神」のようにならないとは言い切れないだろう……
「だが……君たちを守る方法を、あれ以外に思いつかなかったんだ」
 フェリクスは、罪悪感に項垂うなだれたまま、ぼそぼそと言った。
「私は、あなたを犠牲にしなければ助からない命など要らないと言った筈です……あなたがいなければ、この世界には、何の意味もないというのに」
 美しい惑星を思わせる目から、大粒の涙を流すセレスティアを、フェリクスは、思わず抱きしめていた。
「すまない……もう二度と、こんなことはしない。どこにも行かないと約束する」
「……ずるいです」
 フェリクスの首に腕を回しながら、セレスティアが呟いた。
「こんな風にされたら、もう怒れないじゃないですか」
 微笑むセレスティアを見て、フェリクスは、しばらくの間忘れていた、胸の中が暖かいもので満たされる感覚を思い出した。
 ふと、フェリクスは、視界に入った自分の髪が栗色をしているのに違和感を覚えた。
「髪の色が……戻っている?」
「目の色も、戻っていますよ」
 セレスティアが差し出した手鏡を受け取って、フェリクスは、執行人エクスキューショナー形態へ変化した際に白くなった髪と、赤くなった筈の瞳が、元の栗色の髪と緑色の瞳に戻っているのを確かめた。
「君が、戻してくれたのか?」
「そこまで考える余裕はありませんでしたが……でも、そのほうが似合うと思います」
「自分でも、そう思う」
 二人は顔を見合わせて微笑むと、どちらからともなく唇を重ねた。
 ――これから先、自分たちの前に、どのような運命が待つかは分からない……だが今は、ただ、こうしていたい……
 触れ合った部分から互いの体温が溶け合い、フェリクスはセレスティアと一つになれたかのような幸福感に包まれた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

処理中です...