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どこまでも澄んだ空の下で(挿し絵有り)
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誰かが、時折、優しく髪を撫でてくれている。
頭の下には、何か暖かく柔らかいものが置かれているようだった。
どこかで嗅いだ覚えのある、甘く柔らかな匂いと共に、緑と土の匂いを感じる。
頬にあたる、そよ風の感触が心地良い。
このまま、微睡んでいたい……そんな気持ちにもなりかけたフェリクスだったが、自身の状況を確認する必要があると思い直し、薄らと目を開けてみた。
頭上にあったのは、見知らぬ天井でも、何もない空間でもなく、ところどころに千切れた雲の浮かぶ、澄み切った青い空だった。
フェリクスは、自分が今いる場所が、現実の世界であると悟った。
彼の目から、一筋の涙が頬を伝った。
空の眩しさの為なのか、それとも、自分が、確かに存在しているという事実に対してなのか――あるいは、その両方かもしれない。
「……よかった。このまま、目覚めないかもしれないと、不安になっていたところでした」
そう言って、セレスティアが、フェリクスの顔を覗き込んだ。
彼は、セレスティアの膝を枕にして、草原に寝かされていた。
ゆっくりと身を起こしたフェリクスは、自身が、一糸まとわぬ姿であることに気付いた。
身体の上には、セレスティアのものと思われる上着が掛けられている。
「ごめんなさい。服までは、元に戻せませんでした」
セレスティアが、そう言って、頬を染めた。
「……元に……?」
フェリクスは、改めて、自身がどのような状態だったのかを思い起こした。
――「智の女神」を止める為に、彼女の内部で、自分の中に仕掛けられていた「対消滅」の「仕組み」を起動させて……それなのに、何故、俺は、ここにこうしているんだ?!
「……あの爆発で、細かな粒子になってしまったフェリクスを、私は集めて……自分の生命で繕いました」
セレスティアが、淡々と言った。
「どうして、そのようなことができたのか、自分でも分かりません。もう一度、同じことをしろと言われても、きっと、できないでしょう。ただ、あなたを失いたくないと思って、必死だったことは覚えています」
「それが……君の『マレビト』としての力だというのか」
フェリクスは、自分の顏や体に触れて、何ひとつ異常が無いのを確認すると共に、セレスティアが秘めていた強大な力を思い、溜息をついた。
「そんなことより……」
向き合っているセレスティアが、僅かに眉を吊り上げているのを見て、フェリクスは首を傾げた。
「黙って、どこかへ行ったりしないと……必ず戻ると約束したのに……」
涙ぐむセレスティアの姿に、フェリクスは胸の奥が痛くなり、主人に叱られる子犬の如く項垂れた。
彼は、「智の女神」に見せられた、彼女の「記憶」を思い出した。
――愛する者を失った孤独や悲しみは、人を狂わせることもある……俺も、セレスティアを失ったなら、「智の女神」のようにならないとは言い切れないだろう……
「だが……君たちを守る方法を、あれ以外に思いつかなかったんだ」
フェリクスは、罪悪感に項垂れたまま、ぼそぼそと言った。
「私は、あなたを犠牲にしなければ助からない命など要らないと言った筈です……あなたがいなければ、この世界には、何の意味もないというのに」
美しい惑星を思わせる目から、大粒の涙を流すセレスティアを、フェリクスは、思わず抱きしめていた。
「すまない……もう二度と、こんなことはしない。どこにも行かないと約束する」
「……ずるいです」
フェリクスの首に腕を回しながら、セレスティアが呟いた。
「こんな風にされたら、もう怒れないじゃないですか」
微笑むセレスティアを見て、フェリクスは、しばらくの間忘れていた、胸の中が暖かいもので満たされる感覚を思い出した。
ふと、フェリクスは、視界に入った自分の髪が栗色をしているのに違和感を覚えた。
「髪の色が……戻っている?」
「目の色も、戻っていますよ」
セレスティアが差し出した手鏡を受け取って、フェリクスは、執行人形態へ変化した際に白くなった髪と、赤くなった筈の瞳が、元の栗色の髪と緑色の瞳に戻っているのを確かめた。
「君が、戻してくれたのか?」
「そこまで考える余裕はありませんでしたが……でも、そのほうが似合うと思います」
「自分でも、そう思う」
二人は顔を見合わせて微笑むと、どちらからともなく唇を重ねた。
――これから先、自分たちの前に、どのような運命が待つかは分からない……だが今は、ただ、こうしていたい……
触れ合った部分から互いの体温が溶け合い、フェリクスはセレスティアと一つになれたかのような幸福感に包まれた。
頭の下には、何か暖かく柔らかいものが置かれているようだった。
どこかで嗅いだ覚えのある、甘く柔らかな匂いと共に、緑と土の匂いを感じる。
頬にあたる、そよ風の感触が心地良い。
このまま、微睡んでいたい……そんな気持ちにもなりかけたフェリクスだったが、自身の状況を確認する必要があると思い直し、薄らと目を開けてみた。
頭上にあったのは、見知らぬ天井でも、何もない空間でもなく、ところどころに千切れた雲の浮かぶ、澄み切った青い空だった。
フェリクスは、自分が今いる場所が、現実の世界であると悟った。
彼の目から、一筋の涙が頬を伝った。
空の眩しさの為なのか、それとも、自分が、確かに存在しているという事実に対してなのか――あるいは、その両方かもしれない。
「……よかった。このまま、目覚めないかもしれないと、不安になっていたところでした」
そう言って、セレスティアが、フェリクスの顔を覗き込んだ。
彼は、セレスティアの膝を枕にして、草原に寝かされていた。
ゆっくりと身を起こしたフェリクスは、自身が、一糸まとわぬ姿であることに気付いた。
身体の上には、セレスティアのものと思われる上着が掛けられている。
「ごめんなさい。服までは、元に戻せませんでした」
セレスティアが、そう言って、頬を染めた。
「……元に……?」
フェリクスは、改めて、自身がどのような状態だったのかを思い起こした。
――「智の女神」を止める為に、彼女の内部で、自分の中に仕掛けられていた「対消滅」の「仕組み」を起動させて……それなのに、何故、俺は、ここにこうしているんだ?!
「……あの爆発で、細かな粒子になってしまったフェリクスを、私は集めて……自分の生命で繕いました」
セレスティアが、淡々と言った。
「どうして、そのようなことができたのか、自分でも分かりません。もう一度、同じことをしろと言われても、きっと、できないでしょう。ただ、あなたを失いたくないと思って、必死だったことは覚えています」
「それが……君の『マレビト』としての力だというのか」
フェリクスは、自分の顏や体に触れて、何ひとつ異常が無いのを確認すると共に、セレスティアが秘めていた強大な力を思い、溜息をついた。
「そんなことより……」
向き合っているセレスティアが、僅かに眉を吊り上げているのを見て、フェリクスは首を傾げた。
「黙って、どこかへ行ったりしないと……必ず戻ると約束したのに……」
涙ぐむセレスティアの姿に、フェリクスは胸の奥が痛くなり、主人に叱られる子犬の如く項垂れた。
彼は、「智の女神」に見せられた、彼女の「記憶」を思い出した。
――愛する者を失った孤独や悲しみは、人を狂わせることもある……俺も、セレスティアを失ったなら、「智の女神」のようにならないとは言い切れないだろう……
「だが……君たちを守る方法を、あれ以外に思いつかなかったんだ」
フェリクスは、罪悪感に項垂れたまま、ぼそぼそと言った。
「私は、あなたを犠牲にしなければ助からない命など要らないと言った筈です……あなたがいなければ、この世界には、何の意味もないというのに」
美しい惑星を思わせる目から、大粒の涙を流すセレスティアを、フェリクスは、思わず抱きしめていた。
「すまない……もう二度と、こんなことはしない。どこにも行かないと約束する」
「……ずるいです」
フェリクスの首に腕を回しながら、セレスティアが呟いた。
「こんな風にされたら、もう怒れないじゃないですか」
微笑むセレスティアを見て、フェリクスは、しばらくの間忘れていた、胸の中が暖かいもので満たされる感覚を思い出した。
ふと、フェリクスは、視界に入った自分の髪が栗色をしているのに違和感を覚えた。
「髪の色が……戻っている?」
「目の色も、戻っていますよ」
セレスティアが差し出した手鏡を受け取って、フェリクスは、執行人形態へ変化した際に白くなった髪と、赤くなった筈の瞳が、元の栗色の髪と緑色の瞳に戻っているのを確かめた。
「君が、戻してくれたのか?」
「そこまで考える余裕はありませんでしたが……でも、そのほうが似合うと思います」
「自分でも、そう思う」
二人は顔を見合わせて微笑むと、どちらからともなく唇を重ねた。
――これから先、自分たちの前に、どのような運命が待つかは分からない……だが今は、ただ、こうしていたい……
触れ合った部分から互いの体温が溶け合い、フェリクスはセレスティアと一つになれたかのような幸福感に包まれた。
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