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25話 刺さった棘と悲しい夢と
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眠っている莉沙を彼女の部屋まで送り届け、ベッドに寝かせてやったあと、譲は自分の部屋へ戻った。
彼は自らもベッドに入ったものの、「明星」との対話を思い返しては、眠りに就くこともできずに何度も寝返りを打って一晩過ごした。
――譲が愛しているのは、「何も知らぬ可愛い莉沙」なのだな――明星の言葉と、その寂しげな表情が、譲の心に棘のごとく突き刺さっている。
永遠に続くかと思われた夜が過ぎ、ようやくカーテンの隙間から白々とした光が差し始めた。
ベッドを離れて部屋を出た譲は、廊下に漂う味噌汁の香りを嗅ぎ、綿雪が包丁で野菜か何かを刻んでいる音を耳にして、少しほっとする気持ちを抱いた。
譲がダイニングキッチンに入ると、綿雪は料理する手を止め、彼の顔を怪訝そうに見た。
「おはようございます、坊ちゃん。……どうかしましたか?」
「ああ、ちょっとね。……あとで話すよ」
「わかりました」
頷いた綿雪は、作業を再開した。多くを語らずとも、何かあったと察してくれる綿雪の存在は、譲にとって心強いものだ。
譲がテーブルに着いて少し経つと、莉沙がパジャマの上にカーディガンを羽織った姿で現れた。
「おはよう、ユズ兄、綿ちゃん。絢斗さんも、そろそろ戻ってくるかな」
言って、彼女は微笑んだが、その表情はどこか弱々しさを感じさせた。
間もなく日課のランニングを済ませた絢斗も揃ったところで、傍目にはいつも通りの朝食が始まった。
莉沙は、心ここにあらずという顔で好物のはずの目玉焼きをつついている。その姿に、譲は違和感を覚えた。
「莉沙様、あまり顔色がよろしくないようですが、眠れませんでしたか? 食も進まないようですが」
綿雪に尋ねられ、莉沙は少し逡巡する様子を見せてから答えた。
「べ、別に何でもない……ただ、ちょっと嫌な夢を見ただけで」
「嫌な夢……って?」
譲は、思わず口を挟んだ。
「あのね……」
口籠りつつ、莉沙が言った。
「ユズ兄が、私のことを、知らない人を見るような目で見てくるの。そして、私を置いて、どこかへ行ってしまうの……目が覚めてから、そんなことある訳ないって思ったけど、夢を見てる間は怖くて悲しくて……」
莉沙の告白に、譲は胸の奥に突き刺さっている棘が、更に深く食い込むような痛みを覚えた。
――そうか、「明星」殿を傷つけてしまうということは、莉沙をもまた傷つけてしまうということなんだ……
譲が彼女へ何と声をかけるべきか迷っていると、綿雪が口を開いた。
「それは、嫌な夢でしたね。最近は色々なことが起きて、莉沙様もお疲れなのでしょう。しかし、坊ちゃんに限って莉沙様に冷たくするなどということは有り得ませんよ」
「綿雪さんの言うとおりだ。譲さんは、莉沙さんのことを何より大事にしている。短い付き合いだが、俺にも分かるぞ」
綿雪の言葉に、絢斗も大きく頷いている。
「ああ、そうだね。前にも言ったけど、僕が莉沙を置いてどこかに行くなんてことは絶対にないからね」
譲は、そう言いながら莉沙を見つめた。
「そうだよね。ごめんね、みんな。変なこと言って」
譲の視線を受けた莉沙は、一同の顔を見回して、少し照れたように笑ってみせた。
朝食と身支度を済ませた莉沙は、いつも通り護衛のハリネズミたちと共に学校へ向かった。
絢斗も、用事があると言って家を出て行った。
二人が去ったのを見計らうと、譲は綿雪に声をかけた。
「実は、昨夜『明星』殿と会ったんだ」
「何ですって」
譲の言葉に、綿雪は目を丸くした。
「一度、強制的に破った所為で、封印が綻びているらしくてね。短時間であれば、『明星』殿は出てこられるそうだ」
「しかし、莉沙様には、その記憶がないというのですね」
「いや……」
綿雪の青い目に見つめられ、譲は言い淀んだ。
「『明星』殿は、自分は莉沙と同一の存在であり、彼女が愛する者は自分も愛すると……でも、僕は素直に飲み込むことができず、拒絶とも取れるようなことを言ってしまったんだ。莉沙が嫌な夢を見たのは、その影響だと思う……」
「それで今朝は、お二人の様子が変だったのですね」
なるほどと言うように、綿雪が頷いた。
「僕は、自分の未熟さが恥ずかしい……莉沙が人間ではなく妖と知って、寿命の違いを気にする必要がなくなったと喜びながら、彼女が変化することは受け入れきれないなんて」
呟いて、譲は眉尻を下げた。
「なに、坊ちゃんは、まだ百年くらいしか生きていないではありませんか。未熟でも仕方ありませんよ」
綿雪が、そう言って肩を竦めた。
「人間なら、百歳は大人もいいところだよ」
譲は苦笑いした。だが、妖の尺度で考える綿雪の大らかさに救われる気がしたのも事実だった。
「しかし、実際問題、このまま莉沙様が何も知らないでいるという訳にもいかないでしょう」
「ああ……今度『明星』殿が出てきたら、きちんと話してみようと思う。本当のことを知れば、莉沙もこれまでとは変わってしまうかもしれないけれど……僕は、全て受け入れる覚悟をするよ」
腹を括らねばならない時が来ている――譲は仕事着の黒い作務衣をまとい、店先へと出た。
彼は自らもベッドに入ったものの、「明星」との対話を思い返しては、眠りに就くこともできずに何度も寝返りを打って一晩過ごした。
――譲が愛しているのは、「何も知らぬ可愛い莉沙」なのだな――明星の言葉と、その寂しげな表情が、譲の心に棘のごとく突き刺さっている。
永遠に続くかと思われた夜が過ぎ、ようやくカーテンの隙間から白々とした光が差し始めた。
ベッドを離れて部屋を出た譲は、廊下に漂う味噌汁の香りを嗅ぎ、綿雪が包丁で野菜か何かを刻んでいる音を耳にして、少しほっとする気持ちを抱いた。
譲がダイニングキッチンに入ると、綿雪は料理する手を止め、彼の顔を怪訝そうに見た。
「おはようございます、坊ちゃん。……どうかしましたか?」
「ああ、ちょっとね。……あとで話すよ」
「わかりました」
頷いた綿雪は、作業を再開した。多くを語らずとも、何かあったと察してくれる綿雪の存在は、譲にとって心強いものだ。
譲がテーブルに着いて少し経つと、莉沙がパジャマの上にカーディガンを羽織った姿で現れた。
「おはよう、ユズ兄、綿ちゃん。絢斗さんも、そろそろ戻ってくるかな」
言って、彼女は微笑んだが、その表情はどこか弱々しさを感じさせた。
間もなく日課のランニングを済ませた絢斗も揃ったところで、傍目にはいつも通りの朝食が始まった。
莉沙は、心ここにあらずという顔で好物のはずの目玉焼きをつついている。その姿に、譲は違和感を覚えた。
「莉沙様、あまり顔色がよろしくないようですが、眠れませんでしたか? 食も進まないようですが」
綿雪に尋ねられ、莉沙は少し逡巡する様子を見せてから答えた。
「べ、別に何でもない……ただ、ちょっと嫌な夢を見ただけで」
「嫌な夢……って?」
譲は、思わず口を挟んだ。
「あのね……」
口籠りつつ、莉沙が言った。
「ユズ兄が、私のことを、知らない人を見るような目で見てくるの。そして、私を置いて、どこかへ行ってしまうの……目が覚めてから、そんなことある訳ないって思ったけど、夢を見てる間は怖くて悲しくて……」
莉沙の告白に、譲は胸の奥に突き刺さっている棘が、更に深く食い込むような痛みを覚えた。
――そうか、「明星」殿を傷つけてしまうということは、莉沙をもまた傷つけてしまうということなんだ……
譲が彼女へ何と声をかけるべきか迷っていると、綿雪が口を開いた。
「それは、嫌な夢でしたね。最近は色々なことが起きて、莉沙様もお疲れなのでしょう。しかし、坊ちゃんに限って莉沙様に冷たくするなどということは有り得ませんよ」
「綿雪さんの言うとおりだ。譲さんは、莉沙さんのことを何より大事にしている。短い付き合いだが、俺にも分かるぞ」
綿雪の言葉に、絢斗も大きく頷いている。
「ああ、そうだね。前にも言ったけど、僕が莉沙を置いてどこかに行くなんてことは絶対にないからね」
譲は、そう言いながら莉沙を見つめた。
「そうだよね。ごめんね、みんな。変なこと言って」
譲の視線を受けた莉沙は、一同の顔を見回して、少し照れたように笑ってみせた。
朝食と身支度を済ませた莉沙は、いつも通り護衛のハリネズミたちと共に学校へ向かった。
絢斗も、用事があると言って家を出て行った。
二人が去ったのを見計らうと、譲は綿雪に声をかけた。
「実は、昨夜『明星』殿と会ったんだ」
「何ですって」
譲の言葉に、綿雪は目を丸くした。
「一度、強制的に破った所為で、封印が綻びているらしくてね。短時間であれば、『明星』殿は出てこられるそうだ」
「しかし、莉沙様には、その記憶がないというのですね」
「いや……」
綿雪の青い目に見つめられ、譲は言い淀んだ。
「『明星』殿は、自分は莉沙と同一の存在であり、彼女が愛する者は自分も愛すると……でも、僕は素直に飲み込むことができず、拒絶とも取れるようなことを言ってしまったんだ。莉沙が嫌な夢を見たのは、その影響だと思う……」
「それで今朝は、お二人の様子が変だったのですね」
なるほどと言うように、綿雪が頷いた。
「僕は、自分の未熟さが恥ずかしい……莉沙が人間ではなく妖と知って、寿命の違いを気にする必要がなくなったと喜びながら、彼女が変化することは受け入れきれないなんて」
呟いて、譲は眉尻を下げた。
「なに、坊ちゃんは、まだ百年くらいしか生きていないではありませんか。未熟でも仕方ありませんよ」
綿雪が、そう言って肩を竦めた。
「人間なら、百歳は大人もいいところだよ」
譲は苦笑いした。だが、妖の尺度で考える綿雪の大らかさに救われる気がしたのも事実だった。
「しかし、実際問題、このまま莉沙様が何も知らないでいるという訳にもいかないでしょう」
「ああ……今度『明星』殿が出てきたら、きちんと話してみようと思う。本当のことを知れば、莉沙もこれまでとは変わってしまうかもしれないけれど……僕は、全て受け入れる覚悟をするよ」
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