可惜夜の半妖と綺羅星の隠し姫

くまのこ

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26話 急転

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「ユズにい、この前テレビ買い替えたばかりなのに、また買ったの?」

 ある日曜日の昼下がり、宅配業者が広間に運び込んだ箱を見て、莉沙が首を傾げた。
 梱包を解いていない状態の50インチ液晶テレビは、見るからに大荷物だ。

「ああ、それは北辰様のところへ持っていく分だよ」

 言って、譲はと笑った。

「新しいゲーム機をご所望されていたんだけど、テレビも新しいものにしないと不具合があるだろうからね」
「北辰様って、『可惜夜あたらよの里』の一番偉い人でしょ? ゲームが好きなの?」

 譲の言葉に、莉沙も笑った。

「ゲームが、というか、人間の文化にご興味があるんだろうね」
「ふぅん……そういう王様みたいな人って、威厳のあるイメージだけど、そうでもないのかな」
「見た目は小学生くらいの子供の姿をされているんだ。でも、傍にいると、大変な力を持っている方だと感じるよ」

 譲は、「可惜夜あたらよの里」で会った北辰の姿を思い浮かべた。

 ――あやかしである「明星あけぼし」殿を人間に偽装して、僕や綿雪にさえ気づかせないほどのお力を持つ方だ。僕など、到底足元にも及ばないな。

 そんなことを思いつつ、譲は笑顔の莉沙を見た。
 あの夜から二週間ほど経過したが、「明星」が出てくることはない。
 平穏な日々に安堵しながらも、一方で譲は奇妙な焦燥感を抱えていた。

 ――明星殿は、僕の不用意な言葉に傷ついて引きこもっているのだろうか。詫びたいが、まだ莉沙が何も知らない以上、こちらから呼び出す訳にもいかない……いや、僕は、この仮初めの平穏を破りたくないと心のどこかで思っているんだ。

 ため息をひとつついて広間を出ようとした譲に、莉沙が声をかけた。

「ユズにい、どこかへ出かけるの?」
「北辰様に持っていくゲームソフトを、駅前の店で見繕ってこようと思ってね。一緒に来る?」
「うん、私も新しいゲーム見たい。あと、アニメのキャラグッズとかも」

 二つ返事でついてきた莉沙と共に、譲は広間を出た。
 外出着に着替えようと自室へ歩いていた譲は、絢斗と廊下で行き会った。

「どうしたんだい?」

 初めて会った時を思い出させるような険しい顔の絢斗に違和感を覚え、譲は問いかけた。
 
「里から、ハクにいと何日も連絡がつかないという話を聞いて……俺からも電話やメールをしても音沙汰がないんです。これまで、そんなことはなかったのに……とりあえず、兄がいるはずのN市に行ってきます」
「そうか、それは心配だね。新幹線を使えば早いと思うよ。迷子にならないように気をつけて。何かあったら、僕にも連絡するんだよ」
「行き方はスマホで調べたから大丈夫だ。では、行ってくる」

 慌ただしく出かけていく絢斗の背中を見送りながら、譲は小さな胸騒ぎを覚えた。

「白露さん、大丈夫かな。悪いあやかしと戦って、何かあったとか……そんなこと、ないよね」

 成り行きを見守っていた莉沙が、少し心配そうな表情で言った。

「白露さんは現役の『闇狩り』の中でも最強格だと絢斗君も言っていたし、大丈夫だと思いたいね。案外、そういうこととは全く関係ないトラブルかもしれないしさ」

 そう言って、譲が莉沙の肩に手を置くと、彼女は頷いた。

「綿雪、ちょっと出かけてくる。夕食までには戻るよ」

 家を出る前に、譲は綿雪に声をかけた。
 
「最近は物騒なニュースも多いですから、お気をつけて」

 綿雪の言葉に、ここのところ通り魔や殺人事件の報道が増えているような気がすることを譲は思い出した。
 長期的な視点からすれば微々たる差なのかもしれないが、人にもあやかしにも影響を及ぼす「マガツ」の存在を知る譲にとっては、災厄の前兆のようにも思えるものだ。

「うん、分かってるよ」

 綿雪に見送られながら、譲は莉沙と共に駅前の家電量販店へと向かった。

「北辰様って、どんなゲームが好きなの?」
「そうだね……アクションとかパズルがお好きだと仰っていたよ。あとは、シミュレーション系かな」
「シミュレーション系かぁ……街や国を育てるやつとかも面白いよね」

 他愛のない話をしながら、譲と莉沙は駅前の大通りへと続く道を歩いていた。
 休日だし、駅前に行けば人も多いだろう――そんなことを思っていた譲は、不意に周囲の空気が変化したのを感じた。

 ――これは……「闇狩り」が使う「認識阻害」の気配か?

 はっとした譲は、素早く周囲を見回した。

「――気付くのが早いな。さすがは半妖というところか」

 その声と共に、十歩ほど離れた建物の影から現れた人物の姿を認め、譲は驚きと戸惑いに目を見開いた。

「あなたは……白露さん?!」

 ベージュ色のロングコートに身を包んだ白露の右手には、抜き身の刀が握られている。

「あなたと連絡が取れないと言って、絢斗くんや里の人たちが心配しています。一体、何があったのですか」

 背後に莉沙を庇いながら、譲は冷静に問いかけた。

「そうか……俺を憐れむと言うなら、黙って死んでくれ」

 言い終わらぬうちに、白露の刀が一閃した。
 白刃の閃きと同時に、衝撃波に似た力が譲と莉沙に襲いかかる。しかし、それは譲が展開していた不可視の防御壁によって散らされた。

「やはり、遠隔攻撃ではなく直接斬らねば駄目か」

 以前に会った時とは別人のように冷たい目で、白露が譲を見据えた。整った容貌ゆえ、一層の凄みを感じさせられる。

 ――まさか、「マガツ」に操られているのか? いや、白露さんの目は自身の意思を持つ者の目だ。だとすれば、どんな事情があって僕たちを襲うのか……それに、彼ほどの技量の持ち主なら、わざわざ姿を現さず不意打ちすれば、僕も無傷では済まなかったはず。どうも、白露さんの意図が読めないな……

 白露は人間の中では強い部類だが、それでも譲が全力を出せば凌げぬ相手ではないだろう。だが、絢斗の兄にあたる人物である彼を傷つけることに、譲は躊躇いを拭えなかった。
 莉沙を逃がすべきか、それとも傍にいて守るべきか――譲がと考えた刹那。
 譲と白露が近づくのを阻むごとく、天空から轟音と共に稲妻が地面に突き刺さった。

「ハクにい! 何をしているんだ?! 譲さんたちを襲うなんて……!」

 そう言いつつ塀の上から飛び降りてきたのは、N市に向かったはずの絢斗だった。先刻の稲妻は、「闇狩り」の使う術の一つらしい。

「絢斗くん、どうして……」

 駆け寄ってくる絢斗の姿に、譲は目を丸くした。

「忘れ物に気づいて戻ってきたら、こんなことに……」

 早口に言ってから、絢斗は白露のほうへ向き直った。

「我々の力は人に向けるものでないと教えてくれたのは、ハクにいではないか。それなのに……」
「お前には関係ない」

 再び、白露の刀が目にも留まらぬ速さで動いた。
 精神的な動揺からか反応の遅れた絢斗の身体が吹き飛ばされ、近くにあった塀に激突する。その様を見た莉沙の口から、小さな悲鳴が漏れた。

「なんてことを……! 絢斗くんは、あなたにとって大事な弟でしょう?」

 意識を失ったのか地面に倒れ伏して動かない絢斗と、無表情に佇む白露を交互に見ながら、譲は叫んだ。

「言っただろう。俺を憐れむなら、黙って死んでくれと」

 白露の冷たい視線が、譲に刺さる。
 
「断る。そして僕は、あなたを傷つけたくない。理由もなく、あなたがこんなことをするとは思えない……事情を説明してくれませんか」

 油断なく身構えながら、譲は白露を見返した。
 
「なるほど、半妖ゆえの余裕か。それなら、彼女を殺す。本気で来なければ、貴様の大事な者は死ぬぞ」

 白露が、譲の背後で震えている莉沙を刀で鋭く指し示した。
 莉沙を傷つけられる可能性に、譲は全身が総毛立つような感覚を覚えた。
 微かに呼吸はしているものの、いまだ身動みじろぎもせず倒れている絢斗と、そんな弟には目もくれず刀を構え直す白露の姿を、譲は改めて見た。

 ――やはり、白露さんは本気だ。人間で、まして絢斗君の身内である彼を傷つけたくないが……莉沙の命には代えられない……!
 
 譲は、自身を「かせ」から解き放った。
 黒々としていた長い髪は、真珠を思わせる光沢を持つ白に、同じく闇のごとく黒い瞳も、柘榴石のような暗赤色へと変化していく。
 それは、彼の父である月人つきひとから受け継いだ「ちから」の証だ。

「それが、本来の姿という訳か」

 小さく息をついた白露の周囲で、殺気が膨れ上がる。
 譲は不可視の防御壁を展開しながら、右手を白露に向かって伸ばした。その手の中に、白熱する光球が生み出される。
 精神の力を破壊力に変換する、彼独自の「ちから」だ。
 まさに一触即発、互いが動いた瞬間に全てが終わると思われた、その時。

「ユズにい、私のことは気にしないで。自分の身は、自分で守れるから」

 背後から聞こえた莉沙の言葉に、譲は耳を疑った。
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