可惜夜の半妖と綺羅星の隠し姫

くまのこ

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27話 決着そして告白

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 莉沙の声に、思わずと後ろを見やった譲は、自分の目をも疑った。
 そこに立っているのは、先刻まで目の前の凄惨な状況に怯えていた莉沙ではなかった。
 尼そぎの髪は銀色に輝き、琥珀色だった瞳も紫色に変化している。
 何より、莉沙からは感じるはずのない、強大なあやかしの気配をまとっていた。

「白露さん、私はユズにいほど甘くありませんよ」

 毅然とした口調で告げる姿は、あの「明星」を思わせた。だが、その表情には莉沙の持つあどけなさが残っているようにも感じられる。

 「馬鹿な……彼女は、たしかに『ただの人間』だったはず。だが、これはかなり高位のあやかしの気配だ……!」
 
 白露もまた、変貌した莉沙を見て驚愕している様子だ。
 驚きに思考が停止しかけている譲の肩へ、莉沙が手を置いた。

「私を心配しなくて済むなら、白露さんはユズにいに任せていいよね。私は、絢斗さんを手当てするわ」

 言って、莉沙は倒れている絢斗に素早く歩み寄り、彼の傍に屈んだ。
 ぐったりと倒れている絢斗の身体に、莉沙が淡い光を放つ手をかざす。以前、「暗晦あんかい」で力を失っていた譲があやかしに襲われ負傷した際と同じように、絢斗の傷を癒すつもりらしい。

「これは計算外だった。だが、俺は目的を完遂するだけのこと……!」

 思わぬ状況に動きの止まっていた白露が、刀を構え直すと譲に襲いかかってきた。
 神速の踏み込みから一瞬で間合いを詰める、常人の目では捉えられない動き――何者も逃れることなど不可能と思わされる必殺の剣だ。
 しかし、白露の刀は虚空を切り裂いたのみだった。
 刀が振り下ろされた、ほんの刹那、譲は白露の背後に回り込んでいた。あやかしとしての力を完全に開放した彼にとって、造作ないことだ。
 慌てて振り向いた白露の顔に、絶望が浮かぶ。

「やはり、白露さんは強いですね。僕でも、『あやかしモード』になっていなければかわせませんでした」

 譲が言うと、白露は小さく息をついた。

「それでも、俺は止まる訳にはいかないのだ……!」

 素早く飛び退すさり、白露は譲から距離をとったかと思うと、再び向かってきた。
 その目が、絶望と共に深い悲しみを湛えているのを、譲は見て取った。

 ――まるで、殺してくれと言わんばかりだな。もちろん、それを叶えることはできないけど。

 人間相手であれば容易く両断していたであろう白露の一撃をかわし、譲は彼の首筋に手刀を叩き込んだ。
 白露の全身が力を失い、彼は糸の切れた操り人形のごとく地面に倒れる。
 相手の動きを封じた譲は、莉沙と絢斗のほうへ向き直った。
 
「こ、これは……何があったのだ?! ハクにい、やられてしまったのか?」

 莉沙の力で傷が癒えたのか、身を起こした絢斗が小さく叫んだ。

「大丈夫、白露さんは気絶しているだけだよ」
「そうなのか……って、譲さんは白くなってるし、莉沙さんも……?」

 短時間で起きた大きな変化に、絢斗は混乱している様子だ。
 どこから説明したものか――譲が考えていると、上空から聞き慣れた声が降ってきた。

「坊ちゃん! 大丈夫ですか?」

 白虎の姿をした綿雪が、翼を羽ばたかせながら空から降りてきた。その背には、人型をとった黒縁と撫子の姿もある。

「旦那とお嬢との外出、気を利かせたつもりで同行しなかったのですが、やはりついて行くべきでしたか」
「すごく強いあやかしの気配を感じて、みんなで駆け付けちゃったよ! あれ? 莉沙っちもユズっちもカラーリング変えたの?」

 綿雪から降りた黒縁と撫子が、口々に言った。

「……で、何があったのです。坊ちゃんが本性を現しているなんて、只事でないのは分かりますが」

 譲たちの様子を見回し、戸惑った様子で綿雪が言った。

「僕も把握しきれていない部分があるんだけど、とりあえず家に帰ろう。綿雪、悪いけど白露さんを運んでくれないかな」
「……承知しました」

 綿雪は譲の言葉に従い、怪訝そうな顔をしつつも、ぐったりと動かない白露を背中に乗せた。
 譲や綿雪の認識阻害能力により、人間たちの目から姿を隠しつつ、彼らは真白家に辿り着いた。
 気を失っている白露を広間に敷いた布団へ寝かせ、譲たちは彼が目覚めるのを待った。

「ハクにい……どうして、こんなことに」

 正座して白露に付き添っている絢斗が、暗い顔で呟いた。

「白露さんは、何かに憑りつかれている状態とかではなく、正気だった。余程の事情があるのだと思うよ。里とも君とも連絡がつかなかったのも、それに関係あるのかもしれないね」

 肩を落とす絢斗の背中に触れながら、譲は言った。
 その時、小さく呻いて、白露が薄らと目を開けた。
 目だけを動かして絢斗に視線を向けた白露は、一瞬だが泣きそうな表情を浮かべたあと、身を起こした。
 身体が上手く動かせないのか、ふらつく彼の背を咄嗟に絢斗が支えた。

「まだ、身体に痺れが残っているでしょう。あの僕の手刀を受けた者は、一時的に麻痺状態に陥るんです。耐性の高いあやかしには効かないこともありますが、人間でありながら、この短時間で目覚めるとは凄いですね」

 言って、譲は微笑んだ。

「こ、ここは……譲さんの家か?」

 莉沙や綿雪ら、自分に注目してくる者たちを見回し、白露が青ざめた顔で問いかけた。

「ええ。だから、何も心配しなくていいですよ」

 相手を安心させようと、譲は微笑んだ。

「なぜ、一言も俺を責めないんだ……俺は、あなたを殺そうとしたのに」

 唇を震わせながら言うと、白露は小さく頭を振った。

「なにか、事情があるのでしょう? 話してもらえませんか」

 譲の言葉を聞いた白露は、少しの間逡巡する様子を見せたものの、重い口を開いた。

詩織しおりを……親しくしている女性をあやかしに攫われた。返してほしくば、譲さんを殺せと言われた。……彼女は、俺の力では辿り着けない空間に囚われていて、奴らに従う他なかった」
「大切な人なのですね」

 譲の言葉に、白露は力なく頷いた。

「俺が譲さんに勝てる可能性は五分五分と思っていた。目的を完遂すればよし、敗れて命を落としても、それで用済みになれば、人質にされた彼女は解放してもらえるかもしれないと……本当に、申し訳なかった」

 項垂れる白露を支えながら、絢斗が口を開いた。

「なぜ、里の者や俺に相談してくれなかったのだ」
「皆に迷惑はかけられないし……彼女のことは、まだ話していなかったから……」

 そう言って、白露は少し恥ずかしそうに目を伏せた。

「白露さんの恋人――詩織さんを攫ったあやかしというのは、どのような者でしたか?」
「見た目は人間に似ていたが、それぞれが強い力を感じさせる奴らだった。……たしか、『綺羅星きらぼしの民』と名乗っていた」

 白露の言葉を聞いた莉沙の表情が、一瞬険しいものになった。

「彼らは羅喉らごうの手の者かも……末端の者が勝手に動いている可能性もあるけれど。いずれにせよ、向こうはユズにいの存在を認識していて、目障りに思っているということね」
「僕に白露さんを差し向けてきたのも、僕が半妖ゆえ人間相手なら手心を加えると判断した為か……ある程度の情報を、向こうは得ているということかな。あるいは、『可惜夜あたらよの民』と正面からぶつかるのを避けたのかもしれないが」

 そこまで言って、譲は、莉沙が綺羅星の民や羅喉らごうの存在を知っていることに気づき、はっとした。

「莉沙、今の君は『莉沙』……なのか? それとも『明星』殿……?」

 彼は、恐る恐る尋ねた。

「今の私は、『莉沙』でもあり、『明星』でもあるの」

 そう言った莉沙は、どこか寂しげな微笑みを浮かべた。

「あの……なんだか莉沙さんの雰囲気が変わったように感じるのだが、どういうことなんだ? かなり重傷だった俺の怪我を、あっという間に治したり……莉沙さんも、人間ではなかったということなのか?」

 絢斗が、譲と莉沙の顔を見ながら問いかけた。

「そうだね、ここまで来たら、君たちには全て話したほうがいいだろうね」

 譲は、人間だと思って育てていた莉沙が、実はあやかしである「綺羅星の民」だったこと、彼女の安全のため、「可惜夜あたらよの王」北辰が人間に偽装したことを説明した。

「そうだったのか。莉沙さんのことは完全に人間だと思っていたが……」

 説明を受け、絢斗がため息をついた。

「ああ、俺も、まさか彼女があやかしであるなどと気づきもしなかったが、そこが誤算だった。『可惜夜あたらよの王』の力というのは、計り知れないものだな」

 白露は、むしろ納得したという顔で頷いている。

「私は……ユズにいと白露さんが今にも殺し合いをしそうになった時、ユズにいの助けになる力が欲しいって願ったの。そうしたら、心の中に『明星』が話しかけてきて……本当のことを教えてくれた。何も知らない『人間の莉沙』のままでいるという選択肢もあったけど、私は力が欲しいと思ったから、『明星』と一つになったのよ」

 少しの間を置いて、莉沙が口を開いた。

「『明星』は、私が『人間の莉沙』でなくなることで、ユズにいが離れてしまうかもしれないと心配していた……でも、守られるだけの存在でいるのは、嫌だったの」

 莉沙の告白を、譲は身動きもできず聞いていた。彼女の覚悟を思い、胸が熱くなると同時に、迷っていた自分の不甲斐なさが恥ずかしくなった。
 
「僕は、君から離れたりしないよ。僕の未熟さで傷つけてしまったことを、『明星』殿に詫びなければいけないと思っていた。これが本当の君だというなら、丸ごと受け止めればいいだけだ」

 譲が言うと、俯いていた莉沙が顔を上げた。その表情は、驚きと嬉しさに溢れている。

「ユズにい、これからも、傍にいていいよね?」
「もちろんだ。どこにも行かないでくれ」

 譲は莉沙ににじり寄ると、彼女の肩を抱いた。

「そうだ、気になっていたことがあるんだけど」

 莉沙が、そう言って譲の顔を見上げた。

「私、本当はユズにいよりも、百歳以上年上なんだけど……ユズにいって呼ぶの、おかしいかな?」

 彼女の言葉に、譲はと笑った。

「そんなの、あやかしなら誤差の範囲だよ」

 譲が言うと、莉沙は安心したように微笑んだ。
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