偽りの剣士と琥珀の絆

くまのこ

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事実と真実

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 市街地を通り抜けた、港から程近いところに、ボウ家の屋敷はあった。
 ロデリックとアンネリーゼを乗せた馬車は、立派な構えの門をくぐり、大きな屋敷の玄関で停まった。
 御者が扉を開くと、ロデリックは先に馬車を降りて、アンネリーゼが降りやすいよう手を貸してやった。
 馬車から降りた二人を、シャルルと、三十代半ばの執事とおぼしき男が迎えた。

「ロデリック先生そしてアンネリーゼ、ようこそ」

 少し緊張した面持ちで、シャルルが言った。

「アンネリーゼ、いつもに増して綺麗だから驚いたよ。そのドレスも似合ってる」
「ありがとう、シャルル。今日は、かなり頑張っちゃった」

 シャルルの言葉に、アンネリーゼも少し緊張がほぐれた様子だった。
 ロデリックとアンネリーゼが挨拶を済ませると、執事が口を開いた。

「では、客間までご案内いたします」

 ロデリックたちについてくるよう促すと、執事は、きびきびと歩き出した。
 その背中を見ながら、ロデリックは、彼が執事というよりは武人であるように感じた。

――隙のない男だ。主人の護衛も兼ねた執事なのだろうか。

 塵一つない廊下を進み、やがて執事は一つの扉の前で立ち止まった。
 
「どうぞ、お入りください」

 入室の許可を得て、執事がうやうやしく扉を開けた。
 品の良い客間では、シャルルの養父ウジェーヌ・ボウが、ローテーブルを前にして、ゆったりとソファに座っている。
 更に、その両脇に置かれた一人掛けのソファに腰掛けている人物たちを見て、ロデリックは小さな驚きを覚えた。
 一人は、シャルルの兄であるフィリップだった。ロデリックの担当する武術科の生徒ではなく、在学期間が約二年ほどと短かったのもあり、彼と直接口を利いたことは殆どない。 
 しかし、初めて会った時に比べると、すっかり一人前の紳士に成長しているように見えた。
 もう一人は、ティエト学院の理事長にして、ロデリックの援助者とも言えるエルッキだ。

――フィリップはシャルルの兄だ、家族に関する重要な話だから同席するということか。だが、エルッキ殿まで来ているとは……

 ロデリックは僅かな疑問を覚えながらも、ウジェーヌたちに挨拶した。

「本日は、娘共々ともどもお招きにあずかり、ありがとうございます」
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます。どうぞ、お掛けになってらくになさってください」

 ウジェーヌは一旦立ち上がって挨拶し、再びソファに腰を下ろした。緊張した様子のシャルルが、その隣に腰掛ける。
 ボウ家の面々と向かい合う形で、ロデリックとアンネリーゼもソファに座った。
 一同が型通りの時候の挨拶などをしている間に、執事の男が手際よく茶を注いだカップと焼き菓子を給仕していく。

「しかし、エルッキ殿までいらしているとは思いませんでした」

 ロデリックが言うと、エルッキは微笑んだ。

「うん、私まで、こういう場にいていいのかとも思ったけれど、ロデリック殿たちがコティに来てから、ある意味最も深く関わっている関係者と言えるからね」

「そろそろ、本題に入りましょうか」

 温和な笑顔のまま、ウジェーヌが口を開いた。

「息子のシャルルが、アンネリーゼ嬢と親しくさせていただいているのは、皆さん御存知かと。アンネリーゼ嬢は最優秀の成績で上級科を卒業し、大学の魔法科へも特待生として進まれるとお聞きしています。大変な才媛で、愚息には勿体ないほどですが」

 そこまで言って、ウジェーヌは一旦言葉を切った。

「正式な関係を結ぶ上では、互いの素性なども明らかにする必要があると、私は考えています」

 ロデリックは、その言葉に、全身が強張こわばった。
 
「少し失礼な質問になりますが……アンネリーゼ嬢は、ロデリック殿の実子なのでしょうか?」
「こ、この子は……亡くなった妻と俺の子です。顔立ちは似てないかもしれませんが、そっくりな髪と目の色で、一目瞭然では」

 ウジェーヌの問いに、ロデリックは絞り出すようにして、なんとか答えた。
 思わず隣のアンネリーゼを見やったロデリックの目に、彫像の如く無表情な娘の姿が映る。 
 向かい合って座っているシャルルも、養父の言葉は予期していなかったものなのか、目を見開いて、ただ驚きの表情を浮かべている。
 その時、黙って成り行きを見守っていたフィリップが口を開いた。

「父上、ここからは私に話させてもらえますか」
「ああ、お願いする」

 ウジェーヌが頷くと、フィリップはローテーブルの下から、金属製と思われる薄い箱状のものを取り出した。
 箱の蓋を開けると、てのひらほどの大きさの紙片がめ込まれている。
 
「これは、ある方の『魔法絵』です。特殊な素材の台紙に、魔導具で対象の姿を写し取ったものです。これは、更に、その『写し』ですが」

 穏やかな、微かに笑みさえ浮かべた顔で、フィリップが「魔法絵」を差し出した。
 差し出された「魔法絵」を、ロデリックとアンネリーゼは食い入るように見つめた。
 「魔法絵」に写し出されているのは一組の若い男女だった。真珠色の髪に水色の目の美丈夫と、栗色の髪に琥珀色の目をした美女は、その服装から高貴な身分の者たちと一目で分かる。
 写し出されている女の顔を見て、ロデリックは愕然とした。
 髪の色こそ異なるが、その顔は、アンネリーゼに瓜二つだった。

「その『魔法絵』に映し出されているのは、今は亡きフォルトゥナ帝国皇太子夫妻です」
「……これは、すごい他人の空似だな。世の中には、似た人間が三人はいると聞いているが」

 ロデリックの言葉に動じることなく、フィリップが言葉を続けた。

「皇太子夫妻の間には、女のお子さんが一人、生まれていました。しかし、お二人が亡くなった直後に、忽然と姿を消してしまった……生きておられれば十六歳になるそうです」

 何と反応すべきか迷っていたロデリックを前に、フィリップは言った。

「皇太子夫妻のお子さん……ステラ・フォルトゥナ姫の背中には、花に似た形の小さなあざがあるそうですよ」

「うそ……」

 アンネリーゼが、両手で口元を覆いながら呟いた。その顔からは血の気が失せている。
 一方ロデリックは、このような形で、抱いていた危惧が現実になってしまったことに衝撃を受けていた。

――アンネリーゼを拾った時の状況、そして「コンラート」が彼女の殺害命令を受けていたこと……すべて辻褄が合ってしまう……!

「心当たりが、あるようですね」

 二人の様子を見たフィリップが、何かを確信したように頷いた。

「……君たちは、一体、何者なんだ」

 今にも倒れそうになっていたアンネリーゼの肩を抱き寄せ、ロデリックは問いかけた。

「ここまで来たなら、いいでしょう。私とシャルルは、現在フォルトゥナ帝国に併合状態にされている、オーロール王国の王子です。両親は、帝国の侵攻の際に亡くなりました。我々は、故国を取り戻す為に活動しています。そして、ボウ氏は、養父として我々の隠れ蓑となり、また活動への援助を行ってくれている方です」

 フィリップの言葉を受けて、ウジェーヌも口を開いた。

「私の祖父はオーロール王国出身ですが、コティへ移り住んで商人として成功しました。ですから、オーロールとの繋がりがありましてね」

「百歩譲って、アンネリーゼがフォルトゥナの皇族に連なる者だとしても、それが何だと言うんです。この子自身は、何も知らない、ただの女の子だ! あんたたちの厄介ごとに巻き込まないでくれ!」

 血を吐くような声で、ロデリックは叫んだ。
 アンネリーゼと本当の親子として過ごした記憶が粉々にされてしまったかのような、虚無感と絶望が彼を苛んだ。
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