偽りの剣士と琥珀の絆

くまのこ

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「アンネリーゼ、馬鹿なことを言うな!」

 考えるより先に、言葉がロデリックの口から転がり出た。

「お前は戦場がどういうものか知らないんだ……命のやり取りをするんだぞ! お前の役目は『象徴』なんだ、そこまですることはないじゃないか!」

 ロデリックの凄まじい剣幕で、その場の誰もが動けずにいるようだった。

「お父さん……それでは、だめだと思うの」

 アンネリーゼが、そっとロデリックの震える腕に触れながら言った。

「帝国に併合されている国を解放して、私が帝国に帰還できるよう戦力を集めるんでしょう? お父さんが言うとおり、死ぬ人が出るかもしれない……だとすれば、尚更、私だけが安全な場所で守られているのでは、信用してもらえないでしょ?」

「たしかに、行軍しながらステラ姫のお姿を民衆に見せたほうが、より共感と支持を得られるでしょう。危険を厭わず前に出る美しい姫君の姿に、味方の士気も上がります。それは即ち、我々の活動が成功する確率を上げるということでもあります」

 フィリップが、そう言って微笑んだ。

「姫はティエト学院の魔法科を首席で卒業した才媛でもあります。お飾りではなく、戦力としても申し分ないでしょう」

「それは……君の言うことは『正しい』のだろう……それでも……!」

 ロデリックは円卓の上で両方の拳を握り締め、歯噛みした。

「心配かけてごめんなさい。でも、お父さんが守ってくれるから、行軍についていこうと思ったというのもあるの」

 アンネリーゼが、強張った笑みを浮かべてロデリックを見た。
 彼女の覚悟、そして自分に向けられた信頼を受け、ロデリックは少しの間ためらったのち、口を開いた。

「……そうだな。アンネリーゼの気持ちが変わらないなら、俺は、どこまでもついて行って、お前を守る。それだけだ」
「ありがとう、お父さん」

 アンネリーゼが、小さく息をついた。

「僕も、アンネリー……ステラ姫の護衛に付きます。よろしいですね、兄上」

 シャルルの言葉に、フィリップは頷いた。

「ああ、お前は力仕事のほうが得意だからな。そちらは任せる」

「承知しました。……という訳で、ロデリック先生、頑張りましょう」
「ああ、教えたことを忘れないようにな」

 張り切るシャルルの姿に、ロデリックも僅かに口元が綻んだ。

――もう、事態は動き出しているのだ……今となっては、自分ができる限りのことをやるほかない……

 娘の、少し安堵したような顔を見て、ロデリックは心を鎮めた。
 やがて話し合いは具体的な事柄へと移っていった。

 会議が終わって二週間ほどが過ぎた頃、「フォルトゥナ帝国のステラ姫が生存していた」との報が広まり始めた。
 既に皇帝一族の血は途絶えたと思われたフォルトゥナ帝国にとって、それは青天の霹靂であり、喜ぶべきことであろう。
 しかし、先帝から統治権を「禅譲」された現皇帝のオディウムからすれば、ステラ姫の存在が脅威であることは間違いない。
 更に、「帝国に併合されている国々が解放軍を結成するらしい」「ステラ姫は帝国への帰還を望むと共に、解放軍を支持すると言っている」といった噂も流れている。
 そのような中、ステラ姫ことアンネリーゼとロデリック、そしてシャルルは、挙兵の場所であり、最初の拠点でもある「スクレの砦」へと移動した。
 ベルトランを始めとする、オーロール時代からのフィリップの側近たちの姿もある。
 フィリップは、亡命貴族などオーロール関係者の手勢をまとめてから砦に向かうらしく、別行動だ。

「とりあえず、当面は不便のないように、最低限ですが生活環境を整えておきました」

 案内役として同行してきたエルッキが、得意げに言った。

「綺麗な水を生成する魔導具に、食料を冷やして保存できる冷蔵庫まで……さすがは、エルッキおじ様ですね」

 小さな砦ではあるものの、最近まで無人だったとは思えない状態に整備された砦を見て、アンネリーゼも驚いている。

「いえ、ティエト商会のみではなく、ボウ家や、それ以外にも支援を申し出てくれた商人たちがいましてね。思いの外、作業が早く進んだのですよ。進軍開始後も、物資の補給など兵站に力を貸してくれる者たちもいます」

「今更だが、自治都市コティは専守防衛で中立という方針の筈では? エルッキ殿やウジェーヌ殿たちは、ここまでやって大丈夫なのですか?」

 少し心配になったロデリックは、エルッキに問いかけた。
 コティは様々な国から人が集まって形成された自治都市である為、戦うのは自衛の時のみで侵略の為の戦闘は放棄、他国への干渉もしない姿勢なのだ。

「もちろん、自治都市コティとして公式に特定の勢力へ肩入れはしません。しかし、個人が行う『寄付』までは関知しないということですから、問題ないのです」
「なるほど、物は言いようか」
「現在の皇帝に代替わりしてから、多くの国が帝国との国交を絶ったので交易路も切れてしまいましたが、アンネリーゼくんが即位すれば国交再開の可能性が高いですからね。商人たちとしても支援の見返りは大きいのですよ」

 悪戯っぽく微笑むエルッキを前に、ロデリックは苦笑いした。

「それに、ステラ姫生存の報の拡散も、我々商人の交易路を利用したものです」

 エルッキと共に砦まで出向いてきたウジェーヌも、口を挟んだ。

「また亡き皇太子夫妻の魔法絵と、新たに作成したステラ姫の魔法絵を合わせた引き札ビラは、ボウ商会が作ったものです。祖父の故郷であるオーロールは芸術が盛んな国でしたから、その流れを汲んでいるのですよ」

「色々な方が、力を貸してくれているのですね。私も、しっかりしないと」

 そう言いながら、アンネリーゼはロデリックの服の端をつまんでいる。

「そうだな、だが、無理はするなよ」
 
 ロデリックが、幼い頃にしてやったように頭を撫でると、アンネリーゼは恥ずかしそうに微笑んだ。

「エティエンヌ様の手勢が見えてきました」

 望遠鏡で砦周囲を見張っていたベルトランが、一同に声をかけた。
 やがて、馬に乗った騎兵と思しき者たちや歩兵、装備や食料を運ぶ馬車などが隊列を成して、砦に近付いてくるのが肉眼でも確認できるようになった。

「お待たせしました。オーロール国外に逃れていた貴族や、その配下、あとはステラ姫生存の報を聞いて集まった者たちです」

 出迎えたロデリックたちに、フィリップが言った。

「オーロールの戦力は、今のところ四百から五百というところか」

 フィリップが連れてきた者たちを見渡して、ロデリックは呟いた。

「これから、他の国の方々も来る筈です。あとは、ティエト商会やボウ商会が雇った傭兵も」

 実際に集まった兵たちを見て、シャルルも緊張している様子だ。
 それから、シャルルも言ったとおり、砦には続々と各国の王子たちが率いる兵たち、そして傭兵も集まり、最終的に千人を超える戦力となった。
 オディウムが皇帝になった際、反発して国を出たフォルトゥナ帝国出身者も含まれているらしい。

「こんなに多くの人たちが……」

 続々と集結する兵たちを見ながら、アンネリーゼが呟いた。

「千人というのは多いか少ないかと言われれば微妙なところだ。だが、最初から大所帯でも、それはそれで大変だからな」

――帝国の兵は数万というところだろう。だが、アンネリーゼの存在が事態を大きく変える可能性もある。 

 娘に不安を与えてはいけない――余計なことは言わないでおこうと、ロデリックは言葉を飲み込んだ。

「ステラ姫、集まった者たちにご挨拶と、彼らを鼓舞するお言葉をお願いします。事前に原稿をお渡ししておきましたが、ご覧になられましたか」

 フィリップに声をかけられ、アンネリーゼは頷いた。

「はい、熟読の上、暗記しました」

「これを使ってください」

 エルッキが、アンネリーゼに筒状の物体を渡した。声を遠くまで届ける魔導具らしい。

「父さんが後ろから見ていてやるから、頑張れ」

 ロデリックの言葉に励まされたのか、アンネリーゼは力強く頷いた。
 彼女は砦前の広場に居並ぶ兵たちを見下ろせるバルコニーに進み出た。
 その姿を見た兵たちの間に、歓声が上がる。

「私が、フォルトゥナ帝国先帝の孫、ステラ・フォルトゥナです」

 アンネリーゼは集まった者たちをねぎらい、滔々とうとうと自身の皇位継承者としての正当性、そして即位した暁には、かつてのような平和主義の国を作りたいということを訴えた。

「――私は赤ん坊の頃からラウハの集落で育ち、最近まで自身の生まれを知りませんでした。集落での生活は、贅沢ではありませんが、温かな人たちに囲まれた幸せな日々でした。しかし、それは、オディウムによる侵略により壊されてしまいました。あの時の悲しみと寂しさは、今でも鮮明に覚えています。未来の人々の幸せを守る為に、私も皆さんと共に戦いたいと思います。どうか、お力をお貸しください」

 演説が終わると、砦は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。

「演説の後半は原稿にありませんでしたが、良かったですよ」

 フィリップに褒められ、アンネリーゼは顔を赤らめた。

「自分の言葉も入れなければいけないと思って」
「すごいな……僕は、やれと言われても、君のように堂々とできる気がしないよ」

 シャルルも感心しきりという様子だ。
 娘の、思った以上に成長した姿を見て、ロデリックも胸が熱くなるのを感じた。
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