偽りの剣士と琥珀の絆

くまのこ

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港町と白旗

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 四か国連合解放軍は、最初の目的地である港湾都市マーレへと迫っていた。
 国境を越えてからの道中で、ステラ姫ことアンネリーゼを支持する帝国兵や、近隣から集まったオーロール国民たちによる志願兵が徐々に合流し、戦力は二千人に届くかと思われるまでに膨れ上がっている。

「合流してくれた兵も増えたし、マーレへ入る前に部隊の編成を見直してはどうだろうか」
「そうですね。士気は高いが練度にはバラつきがあります。熟練者と、そうでない者たちを分けて配分しましょう」

 馬上で話すホルストとフィリップの声を聞きながら、ロデリックはアンネリーゼの乗る馬車に目をやった。

――どうやら、そろそろ行軍を一時停止して休憩に入りそうだな。移動も長くなってきたし、アンネリーゼは疲れているだろう。本当なら、まだまだ学校に行くような歳なのに……

「ロデリック殿、後ほど部隊の編成について相談したいので、よろしくお願いします」
「あ、ああ、分かった」

 フィリップに声をかけられ、ロデリックは思考の世界から戻った。

 陣を張れそうな平地に差し掛かった解放軍は、マーレへ入る前に最後の休憩をとることになった。
 ロデリックは元帝国騎士バルドと共に、志願兵として加わったオーロール住民へ戦闘の指導をするよう依頼された。
 徴兵されていた者はまだしも、ほぼ素人同然の者も少なくない。
 ロデリックとバルドが志願兵たちに戦い方を指導しているところへ、フィリップとシャルル、そしてアンネリーゼがやってきた。

「おお、エティエンヌ殿下にアンリ殿下!」
「あれがステラ姫様か」
「綺麗な子だなァ」

 三人の姿を見た志願兵たちから、歓声が上がる。

「どんな様子です」

 フィリップが、志願兵たちを見回して言った。

「士気は高いが、即戦力というには色々と足りないな」

 ロデリックの正直な言葉に、バルドが苦笑いしながら言い添えた。

「まぁ、見た目に頭数が揃っているだけでも違うというものです。敵と向き合って逃げ出さなければ上出来でしょう」

「そうだ、俺たちは逃げたりしません!」
「殿下たちがお帰りになったんだ、今こそ国を取り戻すんだ!」

「ああ、頼りにさせてもらうぞ」

 フィリップが言うと、志願兵の中には感激したのか服の袖で涙を拭う者もいた。

「次の街でも、話し合いで何とかできればいいね。みんなが怪我をしたりするの、嫌だものね」

 アンネリーゼが、ロデリックにささやきかけた。

「我々が国境を無血で通過したという知らせは届いているだろう。その影響が良い方向に出ることを祈りたいものだな」

 ロデリックは、娘の背中に、そっと手を当てながら答えた。

 
 休憩がてら部隊編成の見直しも行い、翌朝、再び進軍を再開した解放軍は、ついに港湾都市マーレの目前まで到達した。

「エティエンヌ殿下、街の入り口に白旗が掲げられています。城門も開いています」

 望遠鏡で前方を確認していたフィリップの側近、ベルトランが、珍しく驚いた様子で声を上げた。

「罠か? 昔の兵法家が、そうやって敵を油断させる策を使ったという話を聞いたことがある」

 ロデリックは言いながら、話を聞いたのは「コンラート」だが、と心の中で付け加えた。

「念の為に、隊列の前方に魔法の防御壁を展開して近付いては?」

 馬車の窓から、アンネリーゼが顔を出して言った。

「ええ、そうした上で、相手の間合いぎりぎりまで進んだら、ステラ姫に呼びかけをお願いできますか。状況によっては私も説得に加わりましょう」

 フィリップの言葉に、アンネリーゼは力強く頷いた。
 アンネリーゼとフィリップの魔法による不可視の防御壁を展開しつつ、解放軍の隊列は「間合い」の寸前まで進んだ。
 ロデリックの馬に同乗したアンネリーゼが拡声の魔導具を手にした時、城門の方角から男の声が聞こえてきた。

「フォルトゥナ帝国先帝陛下の孫であらせられる、ステラ姫様の軍勢とお見受けいたします。当方に、そちらと交戦するだけの力はありません。よって、降伏します。指揮官の私はともかく、部下たちには、どうか寛大な処置をお願いいたします」

「どうやら、罠ではないようですね。ステラ姫、こちらに交戦の意思はないことをお伝えください」

 傍についていたフィリップに言われ、アンネリーゼは再び城門に向かって呼びかけた。

「私は、ステラ・フォルトゥナです。こちらに交戦の意思はありません。我々は、マーレを解放しに参りました。話し合いに応じていただけますか?」

「了解いたしました。私は帝国のマーレ駐屯部隊隊長にして街の管理を任されている、ラザロと申します。只今、出て行きますのでお待ちください」

 その声と共に、城門からラザロと名乗った指揮官と思しき男と、その部下であろう数名の兵士たちが姿を見せた。彼らが丸腰であることを、ロデリックは見て取った。
 解放軍からは、代表としてステラ姫ことアンネリーゼ、そしてオーロールの王子フィリップとシャルル兄弟、彼らの護衛であるロデリックとバルド、ベルトランが城門に向かった。
 芸術を重んじる国と言われたオーロールらしく、城壁には海の生き物を象った優美な浮彫レリーフが施されている。しかし、それらは近くで見ると、あちこちが破損しており、重税を課せられているという住民たちの暮らし向きをうかがわせた。

「ああ、お声ばかりでなく、お顔も亡き皇太子妃殿下に瓜二つだ……ステラ姫様、よくぞ御無事で」

 アンネリーゼの顔を見たラザロが、開口一番に言った。

「話し合いに応じていただき、ありがとうございます」
「いえ、解放軍が国境を越えたという報を聞き、多くの兵士たちが逃亡してしまいまして……残った我々は、皆ステラ姫様を支持する者ばかりです。また、このことは、本国にも影響を与えているでしょう」

 ラザロによれば、ステラ姫の率いる解放軍の存在が、帝国から派遣された駐屯部隊を揺るがしているという。

「今の皇帝はオディウムですが、正当な皇位継承者であるステラ姫様が帰還されるとなれば、奴に従う理由はないと考える者は多く……しかし、オディウムの部下、ネカトルを恐れているのも、また事実。皆、迷っているのです」
「本国に家族を残している者は、即座にステラ様について行く訳にはいかないだろうし、辛いところだな」

 バルドが、ラザロの言葉に頷いた。

「そういえば、バルドはネカトルとかいう男と直接交戦したことがあるのだろう? どんな奴なんだ?」

 ロデリックが問いかけると、バルドは一瞬強張った表情を見せた。

「あれは、私と志を同じくする者数名が、オディウムを糾弾しようとした時だ。仲間たちは、奴が先帝陛下たちを手にかけたと確信できる証拠も掴んでいた。しかし、オディウムに付き従っていたネカトルにより、私を残して仲間たちは殺された……奴は、呪文を詠唱せずに魔法を使えるのだ」

「そんな……ありえないわ! 生身の人間が魔法を発動する場合、呪文の詠唱は必須なのに。なにか、魔導具を使っていたのでは?」

 バルドの話を聞いたアンネリーゼが、驚いたように声を上げた。
 魔法の素養のないロデリックにも、彼女の驚きは理解できた。

――一対一で戦う場合、魔術師が剣士に勝てないと言われるのは、呪文を詠唱する時間の分、どうしても隙が生まれる為だ。懐に入られれば、どんな高位の魔術師でも対応できないだろうからな。だが、詠唱無しで即座に広範囲の攻撃魔法など発動されたのでは、たまったものではない……

「いえ、ネカトルは丸腰で、魔導具などを使っている様子はありませんでした。仲間に庇われた私は、彼らの命を無駄にしない為にも、恥を忍んで生き永らえたのです」

 バルドの言葉を受けて、ラザロが再び口を開いた。

「ネカトルは、先帝陛下たちがお亡くなりになる数年前から、オディウムの周囲に現れた男です。常に黒いローブをまといフードを目深に被っているので、なかなか素顔を見ることは叶いませんが、聞くところによれば、どう見ても二十代の男にしか見えないという話です」

「ネカトルが現れたのは二十年近く前なのに、今も二十代に見えるというのは妙な話ですね」

 フィリップは首を捻り、何かを考えている様子だった。

 話し合いにより、マーレに留まっている帝国軍の駐屯部隊は、ステラ姫ことアンネリーゼの下についた。
 街の管理は、フィリップの側近の一人である元オーロール貴族と、ラザロに任された。
 これにより、解放軍はマーレを拠点として利用し、またコティにいるエルッキやウジェーヌら商人たちからの支援物資を海路からも受け取ることが可能になった。
 街の住民たちも、この状況を受け入れ、故国の本格的な解放への希望が高まっている様子だ。

「次は、いよいよ王都か。やっと、ここまで来ましたね、兄上」

 王子たちの名を呼びながら歓声を上げる街の住民たちに手を振り、シャルルが兄フィリップへ声をかけている。

「ああ、私は側近たちに助けられて国を脱出してから、ずっと、どんなことをしてでも故国を取り戻そうと考えていた。これからも、力を貸してほしい」

 力強く頷き、フィリップは弟の肩に手を乗せた。

――アンネリーゼを都合よく利用しようとした点は気に食わないが、彼もまた多くのものを失っているのだ。俺も、アンネリーゼを失ったなら、絶望と憎しみで狂ってしまうだろう。これが、「人間」の「感情」なのだな。

 兄弟たちを眺めながら、ロデリックは、改めて人の心の不思議さに思いを馳せた。
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