25 / 39
王都ミラージュへ
しおりを挟む
「とうとう、戻ってきたな」
オーロールの王都ミラージュを見下ろす丘陵の上で、シャルルが呟いた。
「ここが、シャルルの故郷……」
彼と並んだアンネリーゼも、城壁に囲まれた大きな街を見つめている。
ロデリックは、優美な輪郭で構成された城壁や王城が、よく見れば、ところどころ崩れ落ちているのに気づいた。街並みも同様に、崩れた建物が何か所も放置されているのが目についた。
「帝国が侵攻してきた時と、ほとんど変わらない状態ですね。酷いものでしょう」
フィリップが、暗い目をして言った。
「帝国が、というより、ネカトルが突然現れて、魔法で破壊の限りを尽くしたのです。当時、隣のラウハ王国が攻撃を受けているという情報があった為、まさか同時にオーロールが襲われるとまでは予想できなかったそうです。私と弟は側近たちの手によって、からくも脱出することができましたが、両親は亡くなりました」
彼の言葉に、シャルルも当時を思い出したのか歯を食いしばっている。
「マーレの解放後も、解放軍に加わってくれた帝国兵やオーロールの民たちがいる。アンネリーゼの存在もあって、帝国側の士気も下がっているだろう。うまくすれば、戦わずに王都を解放できるかもしれないな」
ロデリックの言葉に、フィリップは少し驚いた様子で顔を上げた。
「あなたに、励まされるとはね。本当は、ステラ姫……いやアンネリーゼくんを巻き込んだ私を、よく思ってはいないでしょうに」
唇の端に皮肉な笑みを浮かべ、フィリップが言った。
「そのとおりだ」
ロデリックの返答に、シャルルやアンネリーゼの顔にも緊張が走る。
「だが、多くの人の助けになりたいというのが娘の望みだ。それなら、俺は、自分のできることを精一杯やって、娘を助けたい」
「そうですか。……どのような理由であれ、あなたの手助けを得られるのは、我々にとっても、ありがたいものです。もう少し、付き合ってもらいますよ」
そう言うと、フィリップの表情が、普段の柔らかく、だが感情を読ませない微笑みに戻った。
アンネリーゼとシャルルも、緊張が解けたのか安堵した様子を見せた。
陣形を整え、解放軍は更に王都へ向かって進んだ。
間もなく相手の「間合い」に入ると思われた辺りで、王都の方向から馬に乗った一人の男が向かってくるのが見えた。
その背中には、特徴的な模様の描かれた幟を背負っている。
「あれは、伝令のしるしです。武装はしていない模様です」
フィリップの側近であるベルトランが、望遠鏡を覗きながら報告した。
「講和の申し入れか? 一旦、行軍を停止させよう」
フィリップの指示で歩みを止めた解放軍のもとに、伝令の男が辿り着いた。
「現在、ミラージュの管理者を務めるダヴィド様よりの書状です」
伝令の男は跪くと、腰に下げた革袋から、筒状に丸めた書状を取り出した。
受け取った書状を広げたフィリップの顔に、驚きと困惑の色が浮かんだ。
対策を協議するのに集まっていた他国の王族たちも、目を丸くして彼の手元を覗き込んでいる。
「一騎討ちにて勝敗を決める……って、正気とは思えないんだけど」
ラウハの王子イーヴァリが、信じられないと言った様子で呟いた。
「あちらからは、ミラージュの管理者ダヴィドが直接勝負を挑むとありますね。これは、何かの策でしょうか」
ヴァッレの女王ソフィアも、首を捻っている。
「今の状態だと、こちらの戦力が王都に駐屯している帝国軍よりも上回っているだろうし、無駄な戦いは避けたいのだろう。だが、さすがに首都であるミラージュが無抵抗のまま降伏したのでは帝国に申し訳が立たないと、形だけ戦った体にしたいのかもしれないな」
ルーエの王子ホルストが、顎を撫でながら頷いた。
「どうするんですか? 一人、あるいは戦った人どちらもが死んでしまう可能性がありますよね? どうせ降伏するなら、誰も血を流さずに済むほうがいいのに……」
言って、アンネリーゼが不安げにロデリックの顔を見上げた。
「私も、ホルスト殿の意見に近い解釈です。だとすれば、向こうが折れることは考えにくいですね。無駄な血を流したくないというのは、ステラ姫に同意ですが。仮に一騎打ちで解放軍側が敗北した場合、ミラージュは城門を閉ざすとあるので、攻城戦に入らざるを得なくなるかもしれません」
フィリップが、ため息をつきながら言った。
「俺が出ましょう。『ステラ姫』の代理です。こちらから一騎打ちに出す者については、指定されていないようですし」
ロデリックは言った。一対一の勝負であれば、人間よりも高い身体能力を持つ自分は、相手を殺すことなく制圧できると踏んだのだ。
「で、でも……」
アンネリーゼが、ロデリックの服の端を掴んだ。
「心配するな。相手を殺すつもりはない」
「それもあるけど、お父さんが怪我するかもしれないでしょ」
「その時は、お前の治癒魔法で手当てしてくれ」
ロデリックが余裕を見せるべく微笑むと、アンネリーゼは黙って頷いた。
「ロデリック殿、ダヴィド様は、かつて帝国の中でも一、二を争うと言われた剣の達人だ。現在は六十歳近い筈だが、油断するなよ」
傍に控えていたバルドに言われ、ロデリックは少し驚いた。
「そうか……肝に銘じておこう」
――ダヴィドという人物は、自分が高齢だからと犠牲になるつもりか。我々に無茶な条件を突き付けてくるのは、自らの死をもって事態を収束させたい為なのか。だが、アンネリーゼを悲しませないためにも、そういう訳にはいかないというものだ。
オーロールの王都ミラージュを見下ろす丘陵の上で、シャルルが呟いた。
「ここが、シャルルの故郷……」
彼と並んだアンネリーゼも、城壁に囲まれた大きな街を見つめている。
ロデリックは、優美な輪郭で構成された城壁や王城が、よく見れば、ところどころ崩れ落ちているのに気づいた。街並みも同様に、崩れた建物が何か所も放置されているのが目についた。
「帝国が侵攻してきた時と、ほとんど変わらない状態ですね。酷いものでしょう」
フィリップが、暗い目をして言った。
「帝国が、というより、ネカトルが突然現れて、魔法で破壊の限りを尽くしたのです。当時、隣のラウハ王国が攻撃を受けているという情報があった為、まさか同時にオーロールが襲われるとまでは予想できなかったそうです。私と弟は側近たちの手によって、からくも脱出することができましたが、両親は亡くなりました」
彼の言葉に、シャルルも当時を思い出したのか歯を食いしばっている。
「マーレの解放後も、解放軍に加わってくれた帝国兵やオーロールの民たちがいる。アンネリーゼの存在もあって、帝国側の士気も下がっているだろう。うまくすれば、戦わずに王都を解放できるかもしれないな」
ロデリックの言葉に、フィリップは少し驚いた様子で顔を上げた。
「あなたに、励まされるとはね。本当は、ステラ姫……いやアンネリーゼくんを巻き込んだ私を、よく思ってはいないでしょうに」
唇の端に皮肉な笑みを浮かべ、フィリップが言った。
「そのとおりだ」
ロデリックの返答に、シャルルやアンネリーゼの顔にも緊張が走る。
「だが、多くの人の助けになりたいというのが娘の望みだ。それなら、俺は、自分のできることを精一杯やって、娘を助けたい」
「そうですか。……どのような理由であれ、あなたの手助けを得られるのは、我々にとっても、ありがたいものです。もう少し、付き合ってもらいますよ」
そう言うと、フィリップの表情が、普段の柔らかく、だが感情を読ませない微笑みに戻った。
アンネリーゼとシャルルも、緊張が解けたのか安堵した様子を見せた。
陣形を整え、解放軍は更に王都へ向かって進んだ。
間もなく相手の「間合い」に入ると思われた辺りで、王都の方向から馬に乗った一人の男が向かってくるのが見えた。
その背中には、特徴的な模様の描かれた幟を背負っている。
「あれは、伝令のしるしです。武装はしていない模様です」
フィリップの側近であるベルトランが、望遠鏡を覗きながら報告した。
「講和の申し入れか? 一旦、行軍を停止させよう」
フィリップの指示で歩みを止めた解放軍のもとに、伝令の男が辿り着いた。
「現在、ミラージュの管理者を務めるダヴィド様よりの書状です」
伝令の男は跪くと、腰に下げた革袋から、筒状に丸めた書状を取り出した。
受け取った書状を広げたフィリップの顔に、驚きと困惑の色が浮かんだ。
対策を協議するのに集まっていた他国の王族たちも、目を丸くして彼の手元を覗き込んでいる。
「一騎討ちにて勝敗を決める……って、正気とは思えないんだけど」
ラウハの王子イーヴァリが、信じられないと言った様子で呟いた。
「あちらからは、ミラージュの管理者ダヴィドが直接勝負を挑むとありますね。これは、何かの策でしょうか」
ヴァッレの女王ソフィアも、首を捻っている。
「今の状態だと、こちらの戦力が王都に駐屯している帝国軍よりも上回っているだろうし、無駄な戦いは避けたいのだろう。だが、さすがに首都であるミラージュが無抵抗のまま降伏したのでは帝国に申し訳が立たないと、形だけ戦った体にしたいのかもしれないな」
ルーエの王子ホルストが、顎を撫でながら頷いた。
「どうするんですか? 一人、あるいは戦った人どちらもが死んでしまう可能性がありますよね? どうせ降伏するなら、誰も血を流さずに済むほうがいいのに……」
言って、アンネリーゼが不安げにロデリックの顔を見上げた。
「私も、ホルスト殿の意見に近い解釈です。だとすれば、向こうが折れることは考えにくいですね。無駄な血を流したくないというのは、ステラ姫に同意ですが。仮に一騎打ちで解放軍側が敗北した場合、ミラージュは城門を閉ざすとあるので、攻城戦に入らざるを得なくなるかもしれません」
フィリップが、ため息をつきながら言った。
「俺が出ましょう。『ステラ姫』の代理です。こちらから一騎打ちに出す者については、指定されていないようですし」
ロデリックは言った。一対一の勝負であれば、人間よりも高い身体能力を持つ自分は、相手を殺すことなく制圧できると踏んだのだ。
「で、でも……」
アンネリーゼが、ロデリックの服の端を掴んだ。
「心配するな。相手を殺すつもりはない」
「それもあるけど、お父さんが怪我するかもしれないでしょ」
「その時は、お前の治癒魔法で手当てしてくれ」
ロデリックが余裕を見せるべく微笑むと、アンネリーゼは黙って頷いた。
「ロデリック殿、ダヴィド様は、かつて帝国の中でも一、二を争うと言われた剣の達人だ。現在は六十歳近い筈だが、油断するなよ」
傍に控えていたバルドに言われ、ロデリックは少し驚いた。
「そうか……肝に銘じておこう」
――ダヴィドという人物は、自分が高齢だからと犠牲になるつもりか。我々に無茶な条件を突き付けてくるのは、自らの死をもって事態を収束させたい為なのか。だが、アンネリーゼを悲しませないためにも、そういう訳にはいかないというものだ。
0
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
リヴァイヴ・ヒーロー ~異世界転生に侵略された世界に、英雄は再び現れる~
灰色キャット
ファンタジー
「君に今の時代に生まれ変わって欲しいんだ」
魔物の王を討伐した古き英雄グレリア・ファルトは死後、突然白い世界に呼び出され、神にそう言われてしまった。
彼は生まれ変わるという言葉に孫の言葉を思い出し、新しい人生を生きることを決意した。
遥か昔に生きていた世界がどう変わっているか、発展しているか期待をしながら700年後の時代に転生した彼を待ち受けていたのは……『英雄召喚』と呼ばれる魔法でやってきた異世界人の手によって破壊され発展した――変貌した世界だった。
歴史すら捻じ曲げられた世界で、グレリアは何を求め、知り……世界を生きるのだろうか?
己の心のままに生き、今を知るために、彼は再び歴史を紡ぐ。
そして……主人公はもう一人――『勇者』、『英雄』の定義すら薄くなった世界でそれらに憧れ、近づきたいと願う少年、セイル・シルドニアは学園での入学試験で一人の男と出会う。
そのことをきっかけにしてセイルは本当の意味で『勇者』というものを考え、『英雄』と呼ばれる存在になるためにもがき、苦しむことになるだろう。
例えどんな困難な道であっても、光が照らす道へと……己の力で進むと誓った、その限りを尽くして。
過去の英雄と現代の英雄(の卵)が交差し、歴史を作る!
異世界転生型アンチ異世界転生ファンタジー、ここに開幕!
――なろう・カクヨムでも連載中――
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる