偽りの剣士と琥珀の絆

くまのこ

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一騎討ち

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 協議の結果、ロデリックがダヴィドと一騎討ちを行うことになった。
 返信を託した伝令がミラージュに戻るのを見送ったあと、解放軍も前進を再開した。
 やがて辿り着いた城門前の広場には、ダヴィドと見られる白髪の男が腕組みをしながら佇んでいる。
 身に着けているのは布の服に、申し訳程度の革製の胸当てのみと軽装だ。
 バルドの言ったとおり、六十に手が届くと見られる容貌だが、その真っすぐな姿勢と、服の上からでも分かる鍛え上げられた肉体は、彼が油断ならない相手ということを表している。
 ダヴィドの後方には、立会人としてなのか、帝国の兵士が少し離れた位置で数人並んでいる。
 ロデリックも馬から降り、ダヴィドから五、六歩離れた辺りまで歩いていった。

其方そなたが私の相手か。我が名はダヴィド、ここミラージュの管理者にして帝国駐屯部隊の指揮官である」

 人の上に立つことに慣れた者と分かる、張りのある声で、ダヴィドが言った。

「俺はロデリック、フォルトゥナ帝国の正当な皇位継承者『ステラ姫』の代理だ」

 そう言ったロデリックに、ダヴィドは猛禽類を思わせる鋭い目を向けた。

「ほほう、相手にとって不足なしというところだな。これなら、心置きなく戦えるというもの。いざ、尋常に勝負!」

 不敵な笑みを浮かべたダヴィドが、腰に下げていた長剣を抜いて構えた。

「待て、俺たちが本当に戦う必要などあるのか? 『ステラ姫』は血を流すことを望まないぞ」

 ロデリックは剣を構えつつ、自分の後方をちらりと見やった。
 シャルルやバルドら護衛に囲まれたアンネリーゼが、心配そうにロデリックを見つめている。
 一方、ダヴィドの目に、たまゆら怒りの色が浮かんだ。

「首都の指揮官として、何もせぬまま降伏したのでは申し訳が立たぬ。本国に帰る部下たちも肩身が狭いというもの。私を憐れむなら、本気でかかってこい。でなければ、貴様が死ぬぞ」

 言い終えると同時に、ダヴィドが目にも留まらぬ踏み込みで、上段から剣を打ち込んできた。
 咄嗟に自分の剣で受け止めたロデリックは、ダヴィドの剣の重さに驚嘆した。

――この一太刀で分かる……おそらく、俺が、いや「コンラート」が見た中でも最強格の剣士だ。

「これを受けるか……普通なら、真っ二つになっているところだぞ。これはいい!」

 歓喜の表情さえ浮かべたダヴィドが、もはや常人の目では捉えられないであろう無数の斬撃を繰り出してくる。
 野生動物の動体視力と反応速度を持つロデリックでさえ、全てをかわすことは叶わなかった。衣服のあちこちを切り裂かれ、彼の中に僅かだが焦りが生まれる。

――これは……無傷で制圧するのは難しいな。だが、やるしかない。

 ロデリックは、ダヴィドの攻撃をひたすら受け流し、相手の疲労を誘う戦法を取った。
 はたして、高齢であるダヴィドの動きは、徐々に鈍っていくようだった。
 自らの肉体の衰えを悟ったのか、ダヴィドはロデリックから一旦距離を取り、剣を構え直した。
 並の人間の感覚なら、ほんの刹那、ダヴィドの全身が力を溜めるようにたわんだかと思われた次の瞬間、ロデリックは凄まじい剣圧を感じた。
 相手の剣が、人間にとって「急所」の一つである鳩尾みぞおちを貫かんとしているのを察知したロデリックは、咄嗟に剣で防御した。

――元が粘液生物である俺は、切り付けられても死ぬことはないが、正体が露見するのは不味い……!

 まさに一瞬の攻防をしのぎ切った――そう思ったロデリックは、自分の剣が人の身体を貫いている感触を覚えた。
 必殺の剣を繰り出すと同時に、ダヴィドは自らロデリックの剣めがけて飛び込んできたかのようだった。
 ダヴィドの全身から力が抜け、彼は糸の切れた操り人形のごとく地面に倒れ伏した。

「誰か! 治癒魔法の使える者を! 早く!」

 ロデリックは、横たわるダヴィドの傷を手で圧迫しながら叫んだ。
 ほぼ同時に、両陣営から何人もの人間が二人のもとに集まった。

「どいて! 治癒魔法を使います!」

 ドレスをたくし上げながら走ってきたアンネリーゼが、血と埃で汚れるのも厭わずダヴィドの傍らに屈み、治癒の呪文を詠唱し始めた。

「……手当……無用……だ」

 薄らと目を開けたダヴィドが、かすれた声で呟いた。
 それも意に介さず、アンネリーゼは何度も治癒の呪文を詠唱している。
 アンネリーゼの手が発する眩い光から、魔法の素養がないロデリックの目にも、それが最高級の治癒呪文であろうことが分かった。
 やがて、ダヴィドの傷は塞がり、窮地は脱したようだった。

「傷は塞がっていますが、出血が多かったから、何日かは寝ていてくださいね」

 服の袖で額の汗を拭いながら、アンネリーゼが言った。

「……ステラ姫様……?」

 アンネリーゼを見上げ、ダヴィドは顔を歪めた。悲しみや悔しさ、そして安堵と感謝――あらゆる感情の入り混じった表情だった。

「あなたは、役目を果たしました。だから、もう、死のうとするなんて、やめてください」
「私に……生き恥を晒せと?」
「捨てる命なら、これからは、多くの力なき人たちの為に使ってください。お願いします」

 そう言いながらアンネリーゼがダヴィドの手を握ると、彼の両目から涙が溢れた。

「とりあえず、俺が勝ったから、ミラージュは解放させてもらえるということでいいんだな?」

 ロデリックの言葉に、ダヴィドが頷いた。

「私の、完敗だ。こうなった時、国に帰りたい者は帰ってよいと部下たちには伝えてある。どうか、見逃してやってほしい。残った者は、ステラ姫様に従う所存です。それにしても……」

 ダヴィドは、ロデリックの顔を見上げ、片方の口角を上げた。

「最後に其方そなたのような剣士と相まみえることができて……私は、この勝負の意味すら忘れそうになるくらい血がたぎったぞ」
「最後ではない。長生きして、この子――『ステラ姫』の為に働いてくれ」
 
 そう言って、ロデリックも微笑んだ。

 ミラージュ解放を賭けた一騎討ちは、解放軍側の勝利で決着がついた。
 首都であるミラージュが解放され、オーロール王国は帝国の支配下から外れたことになる。
 ミラージュに駐屯していた帝国兵のうち、ダヴィドを含む三百人ほどが残留し、ステラ姫ことアンネリーゼの配下に加わった。
 オーロールが、短期間のうちに、ほぼ無血で解放されたという報せは、他の併合国であるラウハ、ルーエ、ヴァッレに激震を走らせることになった。
 それは同時に、フォルトゥナ帝国いや現皇帝オディウムにとって、正当な皇位継承者「ステラ姫」の存在を脅威と認識させるに十分と思われた。
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