偽りの剣士と琥珀の絆

くまのこ

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慈悲と復讐と間引き

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 中央広場に設置されていた高台が帝国兵たちの手で撤去され、「一騎討ち」の為の場が作られた。
 万一の備えとして、使用された魔法が観戦者に被害を及ぼすことのないよう、淡く光る魔法の防御壁が、戦闘の行われる区域を囲んでいる。
 その外側では、帝国民たちが歓声を上げながら、試合の開始を今か今かと待ち構えていた。
 解放軍幹部の面々とロデリックたち護衛も、戦闘区域の外側に設けられた席へ案内された。

「オディウムめ、ステラ姫が即座に一騎討ちを承諾するとは思っていなかったようだな。少なからず動揺していたようだが」
「本当なら、丸一日以上くらいは策を弄する為の時間を稼ぎたかったのでしょう。それが裏目に出たというところですね」

 ホルストとフィリップが話し合うのを聞いて、ロデリックは、なるほどと思った。

「凄いな、僕なら、あそこで即答なんてできないよ」
「ステラ様は、思っていた以上に豪胆な方ですね。さすがは先帝陛下の血を継いでいるだけあります」

 イーヴァリとソフィアも、アンネリーゼの思わぬ選択に感心した様子だ。
 
「アンネリーゼ、大丈夫でしょうか。向こうが、まともに戦わず不正を働く可能性もありますよね」

 ロデリックの隣に座ったシャルルが、不安そうに戦闘区域へ目をやった。

「俺は、あの子の身に危険が及ぶと判断したら、いつでも介入できるよう構えている」

 ロデリックがささやきかけると、シャルルは、やや安堵した様子だった。

「ロデリック先生、もしもの時は、彼女をお願いします」

 そうしているうちに、試合の準備が整った様子だ。

「では、決闘者のお二人は戦闘区域へお入りください」

 司会を任された帝国官僚の一人が、拡声魔導具を手にして言った。
 彼の言葉に従い、戦闘区域に入ったアンネリーゼとオディウムは、十歩ほど離れた位置で向かい合って立った。

「これより『対人戦闘魔法による一騎討ち』を始めます。精神集中の為の杖や指輪などの使用は許可されます。物理攻撃および直接相手を殺傷する効果のある魔導具の使用は禁止です。どちらかが戦闘続行不能になる、あるいは降参した時点で試合は終了です。では、構え!」

 司会の言葉に、アンネリーゼとオディウムは頷くと、それぞれ手にしていたワンドを相手に向け、身構えた。
 二人の様子を確認した司会は、戦闘区域から少し離れ、ふところから筒状の何かを取り出した。
 彼が手にした筒状の器具を掲げると、大きな破裂音と共に赤い閃光が広場を照らした。
 それが戦闘開始の合図だったのだろう、同時にアンネリーゼとオディウムの二人が呪文を詠唱した。
 オディウムの持つ杖の先端から放たれた稲妻が、アンネリーゼの展開した防御壁によって散らされる。
 息つく間もなく放たれる火球や氷塊、稲妻などの攻撃魔法がぶつかり合い、相殺される様を前に、「一騎討ち」を見守る民衆は度肝を抜かれている様子だ。
 ロデリックもまた、遥かに年長であるオディウムを相手に一歩も退かぬアンネリーゼの姿を、感動と共に見守っていた。
 当初は、両者の力は均衡しているように見えていた。しかし、時間が経つうち、オディウムのほうは徐々に余裕を失いつつあるようだった。
 幾度目になるのか分からない、稲妻同士の激突が生み出す光の洪水と轟音による衝撃に、オディウムが足をもつれさせ地面に這いつくばる。
 血の気を失った顔からは汗がしたたり、なんとか身を起こしたものの立ち上がれない彼の様子から、既に疲労困憊であることが見て取れた。
 
「馬鹿な……こんな……小娘に……」

 ロデリックの耳には、息を切らせながら呟くオディウムの声が聞こえた。
 と、アンネリーゼが、つかつかとオディウムに歩み寄った。力なくうずくまるオディウムに対し、彼女は、まだまだ余裕があるらしい。

「オディウム様、『魔素のうつわ』の限界を超えているのが、ご自分でもお分かりですよね。それ以上、魔法を使ったなら……下手をすれば死にます。負けをお認めになってください」
 
 アンネリーゼは、そう言うと司会役の男のほうを振り返った。

「オディウム様を試合続行不可能と判定します。よって、勝者はステラ姫様!」

 司会が宣言すると、観戦していた民衆の間からは大きな歓声と割れんばかりの拍手が起きた。
 警備にあたっていた兵士たちも、小さく手を叩いている。
 その時、向き合うアンネリーゼとオディウムのもとへ、宰相ら取り巻きたちが駆け寄ってきた。
 彼らが動くのを見たロデリックは、アンネリーゼのもとへ走った。シャルルやフィリップたち解放軍幹部も、慌てて彼の後を追う。

「ステラ姫様、我々は、あなた様に従う所存です」
「どうか、命ばかりは……」
「我々は脅されてオディウムに従っていただけなのです、お慈悲を……」

 取り巻きたちは、アンネリーゼを前にひざまずき、口々に訴えた。

「き、貴様ら……何を言っている! 貴様らとて、私のお陰でうまい汁を吸っていたくせに!」

 さも心外だという表情で、オディウムが小さく叫んだ。

「生憎と、我々も、あなたと心中するつもりはありませんので……」

 取り巻きの一人が、ぼそりと言った。

「これが、沈む船から逃げ出すネズミというやつか」
 
 ロデリックが呟くと、傍らに立つアンネリーゼは、くすりと笑ったが、すぐに真顔に戻って言った。

「皆様の処遇は、私の一存では決められません。多くの方々と話し合い、その上で決定したいと思います」

 彼女の言葉に取り巻きたちは項垂うなだれ、オディウムは歯軋はぎしりしている。

「こんな……こんなことが認められるものか……ここまで来るのに、私がどれほど辛酸を舐めたか……誇りを踏みにじられ、相手の靴を舐めるようなことまでして必死にやって来た……運よく貴族だの王族だのの家に生まれた者に、何が分かる……!」

「あなたが苦労されてきたことはお聞きしました。でも、それなら、なぜ同じように苦労されている方々を助けようともせず、重い税をかけ、あまつさえ他所よその国にまで戦を仕掛けて多くの人を苦しめるようなことをされたのです」

 アンネリーゼの言葉を聞いて、顔を上げたオディウムは、血走った目で彼女を見据えた。

「自分が苦しんできたからに決まっているだろう! 他の連中にも、同じ苦しみを与えてやらければ不公平ではないか!」

 彼の言葉が、アンネリーゼにとって思いもよらないものだったのか、彼女は小さく息を呑んだ。

「アンネリーゼ、君は優しいから、こんな奴さえ救ってやりたいと思ったのかもしれないけど……こういう奴には何を言っても無駄だよ」

 そう言って、シャルルがアンネリーゼの肩に手を置いた。

「――ほほう、想定とは少し違いますが、やはり、こうなりましたか」

 突然、自分の中へ捻じ込まれるように入り込んできた「声」に、ロデリックは、びくりと肩を震わせた。
 他の者たちも同様だったらしく、人々は戸惑った様子で周囲を見回している。

「なに? 『魔素』が集まる気配がする……!」

 アンネリーゼが指差した虚空の一点に、小さな黒い「穴」が出現した。
 瞬く間に広がった漆黒の空間から、黒衣をまとった人物――ネカトルが、ふわりと地面に舞い降りた。
 前回の戦闘において、「竜」と化したロデリックの「ブレス」でかれたフードは欠損したままである為、銀色の長い髪と美しい顔が剥き出しになっている。
 人々の歓声が、不安げなざわめきに変わった。
 ネカトルの姿に恐怖を感じたのか、その場から逃げ出そうとする者たちが広場の出口へ殺到する。

「ネカトル!」

 オディウムが、苛立ちの混じった声で叫んだ。

「今まで姿をくらまして、何をしていたのだ! まあいい、ここにいる不届き者どもを排除しろ!」

 その言葉にロデリックは身構えたが、ネカトルの答えは想定外のものだった。

「何か、勘違いされているようですね。私は、あなたに従属しているつもりなどはなからありません。まぁ、遺跡で再起動してくれたことについては感謝していますが」

「何だと?!」

「あなたは用済みです」

 言って、ネカトルはオディウムを鋭く指差した。
 同時にオディウムの姿が眩い光と熱に包まれたかと思うと、微かに水の蒸発するような音を残して消滅した。
 オディウムのいた場所の石畳は焦げたように変色している。
 何が起きたのかを周囲の者たちが理解するのには、数秒の時間を要した。
 あまりの衝撃で倒れそうになったアンネリーゼの身体を、ロデリックは慌てて支えた。
 フィリップを始めとする解放軍幹部たちは無言で立ち尽くし、オディウムの取り巻きたちは腰を抜かして立てずにいる。

「ああ、私は無闇に皆さんを殺したりしませんから安心してください。今のは『間引き』です。あなたがた人間も、作物を育てる時にやるでしょう? 育てたいものの為に、不要な葉や実を摘み取る……あれと同じです」

 ネカトルは、爽やかな微笑みを浮かべつつ言った。
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