偽りの剣士と琥珀の絆

くまのこ

文字の大きさ
38 / 39

絶望と希望と

しおりを挟む
 目を開けた時、「彼」は小さな空間で明滅する計器類に囲まれ、座席に腰掛けていた。
 身体に接続された様々な魔導具を介し、居ながらにして遠く離れた場所の出来事を知り、また「仲間」たちと通信する――集めた情報を元に、人間たちの生活を守るのが「彼」の役目であり存在意義だった。

「おはよう、クストス。何か変わったことはあったかね」

 聞き覚えのある、だが自分は初めて聞く男の声――ロデリックは、これが、先刻「捕食」したばかりであるネカトルの記憶と気づいた。
 「クストス」とは、ネカトルにとって本来の名前なのだろう。

「昨夜も事故や病気による救援要請が数件ありましたが、いずれも迅速な処置が行われ、死亡者は無しです。また外部の気温上昇に伴い、都市内の空気調整に若干の変更を行いました」
「うむ、君たちのお陰で事故などの救命率も格段に上昇しているな。ところで……」

 てきぱきと報告する「クストス」に、男が何かの情報を入力した。

「いま開発中の人工生命に関する資料だ。君の目から見て、どうかね」
「――分析完了。『生存』と『捕食』の『本能』しか持たない下等な粘液生物ですね。我々のような複雑な生命体ですら作成可能なのに、あえて、このような生物を作る目的が不明です」
「辛辣だねぇ。まぁ君らしいけど」

 「クストス」の回答に、男は苦笑いしたようだった。

「たしかに、こいつは初期状態では単純な行動原理しか持たないかもしれない。だが、『捕食』した他の生物の遺伝情報や記憶を取り込むことで、自らの能力を変えていく仕様だ。理論上は、無限に進化が可能という訳さ」
「無限の進化――情報が不足しており、予測が不可能です」
「ああ、それでいいんだ。そのほうが面白いだろう?」
「博士の言動は、時折、理解不能です」

 男の言葉を聞いた「クストス」の思考に、僅かな混乱が生じるのを、ロデリックは感じた。
 その時、通信用魔導具から非常時を表す警告音が発せられた。

「■■国より都市攻撃型魔導砲が発射されました。現在、我が国の上空全域に空間歪曲型防御壁ディストーション・フィールドを展開中」
「何てことだ、あそことは魔結晶絡みのイザコザが起きていたが、よもや実力行使とは」
「我が国の政府は、報復行動に入りました。■■国へ都市攻撃型爆弾が転送されました」
「馬鹿な! あの兵器は君たちが厳重に管理している筈では?」
「手動で『鍵』を外したそうです。私の『仲間』も警告した模様ですが、正しい手続きで『開錠』されては抵抗できません」
「これは……取り返しのつかないことになる……!」

 男の絶望的な声と共に、世界が暗転した。
 次に目を開けた時「クストス」が見たのは、守るべき人間の存在しない、廃墟と化した都市だった。

「どうすれば、人間たちを守れたのか。人間は時に『感情』の影響で判断を誤る――正しい判断の可能な私が『完璧な管理』を行うべきだったのでは」

 自問していた「クストス」だったが、果たすべき役割を失ったことから、彼は廃墟と化した都市で、休眠状態に入った――

――これが、ネカトルの見てきたものか。だが、奴の行動も「絶望」という感情から生まれたものではないのか。

 ロデリックは、ほんの僅かだが、ネカトルに憐憫の情を覚えた。

――そういえば、ネカトルの記憶や感情を感じることはできるが、「自分」とは別のものとして認識できている……これは、俺にも「自分」というものがあると言えるのだろうか……


「――お父さん!」

 アンネリーゼの声で、ロデリックは思考の世界から抜け出した。
 体感では、かなり長い時間にも感じられたが、実際はネカトルとの戦いが終わって数分程度のようだ。
 ネカトルの消滅により拘束が解け、人間たちは動けるようになったらしい。
 ロデリックは、粘液状の身体から人型に戻ろうとしたものの、全身が「竜」の姿でネカトルと戦った時のような「疲労感」に包まれ、思うように動けなかった。
 更に、五感のうち満足に機能しているのは体表面の触感と、空気の振動を音として捉える聴覚そして嗅覚のみだ。

「お父さん、大丈夫? お願いだから何か言って……」

 泣きそうな声で言ったアンネリーゼの手が、ロデリックの身体に触れた。
 娘の優しい温もりと慣れ親しんだ匂いを感じ、彼の精神が鎮まっていく。
 
――大丈夫だ。俺は生きている。ただ、消耗しすぎたらしく、人の姿をとれそうにない……

 ロデリックは、思念でアンネリーゼに語りかけた。

――「捕食」した相手の能力が役に立つとは、皮肉だな。

「うん、全部、見てたよ。私たちを守る為に、お父さんは何度も傷ついて……助けられなくて……ごめんね……」

 アンネリーゼの声と共に、熱い水滴が落ちてくるのを、ロデリックは感じた。

――あの時は俺しか動ける者がいなかったからな。お前が無事なら、それで十分だ。

 とめどなく落ちる娘の涙が、彼の身体を濡らしていく。

――すまん……意識を保っていられそうにない……これが、人間が言うところの「眠い」というやつなのかな……

「そうだね。お父さん、疲れたよね。私は大丈夫だから、ゆっくり休んで」

 アンネリーゼが、ロデリックの身体を優しく撫でながら言った。

「ロデリック先生……」

 シャルルがアンネリーゼに寄り添う気配がした。

――シャルル……アンネリーゼを頼む……しっかりしているように見えても、この子は甘えん坊で寂しがり屋だ……ずっと、傍にいてやってくれ……

「はい……! 僕が、アンネリーゼを守ります……!」

 しゃくりあげるのをこらえながら、シャルルが答えた。

――フィリップも、いるか……? これからも、アンネリーゼに知恵を貸してやってくれ……
 
「お任せください。これからも、我々はステラ姫……アンネリーゼくんを支えます」

 涙声で言うフィリップの声に、ロデリックは安堵した。

「ロデリック様……!」
「ロデリック殿……」
「何ということだ……!」

 泣き崩れている様子のソフィアやイーヴァリ、ホルストの気配、そして、いつの間にか周囲に集まった人々の気配――それは悲しくも温かなものだった。

――人間でもない俺の為に泣く人がいるのか……これは、もしかしたら幸せなことなのかもしれないな……

 やがて、ロデリックの意識は、心地よささえ感じさせる闇の中へと沈んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

リヴァイヴ・ヒーロー ~異世界転生に侵略された世界に、英雄は再び現れる~

灰色キャット
ファンタジー
「君に今の時代に生まれ変わって欲しいんだ」 魔物の王を討伐した古き英雄グレリア・ファルトは死後、突然白い世界に呼び出され、神にそう言われてしまった。 彼は生まれ変わるという言葉に孫の言葉を思い出し、新しい人生を生きることを決意した。 遥か昔に生きていた世界がどう変わっているか、発展しているか期待をしながら700年後の時代に転生した彼を待ち受けていたのは……『英雄召喚』と呼ばれる魔法でやってきた異世界人の手によって破壊され発展した――変貌した世界だった。 歴史すら捻じ曲げられた世界で、グレリアは何を求め、知り……世界を生きるのだろうか? 己の心のままに生き、今を知るために、彼は再び歴史を紡ぐ。 そして……主人公はもう一人――『勇者』、『英雄』の定義すら薄くなった世界でそれらに憧れ、近づきたいと願う少年、セイル・シルドニアは学園での入学試験で一人の男と出会う。 そのことをきっかけにしてセイルは本当の意味で『勇者』というものを考え、『英雄』と呼ばれる存在になるためにもがき、苦しむことになるだろう。 例えどんな困難な道であっても、光が照らす道へと……己の力で進むと誓った、その限りを尽くして。 過去の英雄と現代の英雄(の卵)が交差し、歴史を作る! 異世界転生型アンチ異世界転生ファンタジー、ここに開幕! ――なろう・カクヨムでも連載中――

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...