偽りの剣士と琥珀の絆

くまのこ

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繋がれる生命と守る者と

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 長い間、ロデリックは冷たい闇の中を漂っていた。
 だが、時折、柔らかく温かな何かで全身を包まれるような感覚が訪れた。
 冷たい闇の中での眠りは、いつからか甘さを伴う微睡まどろみへと変化していた。
 ふと彼は、自分のいる場所が、つるりと冷たい硝子ガラス容器の中であると気づいた。

――自分は、古代魔導文明の遺跡で、ずっと「夢」を見ていたのか……? いや、人間を「捕食」する前の自分は、こんなことを考えられる状態ではなかった……それなら、今の状況は、一体……?

 周囲の状況を確かめようと、ロデリックは半固形の粘液状態である身体で伸び上がった。
 硝子ガラス容器には蓋が乗せられていたものの、それは難なく外すことができた。
 ロデリックは、どろりと容器から這い出し、床に降りた。
 そこは、どこかの建物の中の一室と思われた。壁に設置された魔導灯から発せられる柔らかな光が、辺りを照らしだしている。
 広くはないが塵一つない室内は、こまめに手入れされているのが見て取れる。
 硝子ガラス容器が置かれていたのは、螺鈿らでんや細かな浮き彫りレリーフなどの装飾が施された祭壇の上だった。
 
――富裕層の屋敷のように見えるが、見覚えのない部屋だ。意識を失ってから、どれくらいの時間が経ったのか……アンネリーゼは、どうしているのだろうか……

 現在の状況が何一つ分からず、ロデリックは戸惑っていた。
 その時、部屋の扉が不意に開き、何者かが室内へ入ってきた。

「……ああッ?」

 部屋に入るなり小さく声を上げたのは、十二、三歳ほどに見える、一人の少女だった。
 彼女のまとう、ひだ飾りや透かし編みの入ったドレスは、見るからに上質なものだ。
 ロデリックは、自分の姿が粘液生物のままだったことを思い出し、慌てて人型へと変身した。

「アンネリーゼ?!」

 大きな目を更に見開き、両手を口元に当てながら立ち尽くす少女を見て、ロデリックは思わず声をかけた。
 それほど、少女はアンネリーゼによく似ていた。顔立ちも、真珠色の美しい髪も――しかし、その瞳が夕暮れ時の空のような琥珀色ではなく、海のような深い青であることに、ロデリックは気づいた。

――そうだ、最後に見た時、アンネリーゼは十六歳……こんなに幼い少女ではなかった。では、この子は、一体……?

 少女は羽織っていたケープを外し、目を逸らしながらロデリックに差し出した。

「こ、これ……使ってください」

 自分が一糸まとわぬ姿であることを思い出したロデリックは、ケープを受け取って、とりあえず腰回りに巻きつけた。

「す、すまない……」

 面目なさそうなロデリックの姿を見て、少女は、くすりと笑った。

「あなた、ロデリック様……でしょ? 私は、ルシアといいます」
「俺を、知っているのか?」

 少女――ルシアの言葉に、ロデリックは驚いた。

「うん、おばあ様が、いつもお話してくれるもの。たくさんの人々を救った英雄だって」
「おばあ……様? もしかして、君はアンネリーゼの……?」
「孫です」

 ロデリックは、眩暈に似た感覚を覚えた。
 その時、部屋の扉が再び開いた。

「ルシア様、こんなところにいらっしゃったのですね。もうすぐ魔法の先生がいらっしゃる時刻で……」

 そう言いながら入ってきたのは、高貴な人間に仕える侍女と見られる若い女だった。
 女は、ロデリックの姿を見て息を呑んだ。

「そ、その方は?!」
「ロデリック様よ。クララ、おばあ様に知らせてきて」
「は、はい! ここを動かないでくださいね!」

 ルシアの言葉を聞いて、クララと呼ばれた女は慌てて部屋から飛び出していった。
 ややあって、複数の人間の足音が部屋に近付いてきた。
 扉を開けて入ってきたのは、先刻のクララと、一組の老夫婦と思われる白髪の男女だった。
 杖をつき、夫と思しき老人に支えられながら歩いていた老婦人が、ロデリックの姿を見て、小さく声をあげた。

「……お父さん!」

 彼女は、杖を手放すと、ロデリックに駆け寄った。
 勢い余って転びかけた老婦人を、ロデリックは優しく受け止めた。
 その顔には皺が刻まれ、外見は大きく変わっていたものの、彼女が最愛の娘アンネリーゼであると、ロデリックは一目で分かった。

「お父さん、私よ。アンネリーゼよ」
「ああ、分かるよ。随分と待たせてしまったようだな」

 幼い子供のように泣きじゃくるアンネリーゼを、ロデリックは抱きしめた。

「お父さんが『元の姿』になってから、どんな刺激にも反応しなくなってしまって……死んでしまったのだという人も多かったけど、私は、いつか目覚めてくれると信じていたわ。私が生きているうちは無理かもしれないとも思った……でも、よかった……」

「ロデリック先生、アンネリーゼは、先生が少しでも早く回復するようにと、五十年以上の間、ほぼ毎日のように治癒魔法をかけていたのですよ」

 ロデリックたちの様子を優しく見守っていた老人が、口を開いた。

「君は……シャルルか?! もしかして、アンネリーゼと結婚したのか?」
「はい……約束は、守りましたよ」

 そう言って、シャルルが微笑んだ。黄金色だった髪は、すっかり白くなり、アンネリーゼと同じく歳相応に老いてはいるが、少年だった頃の面影は残っているように、ロデリックには思えた。

「お父さんがネカトルを倒してくれた後、私はフォルトゥナ帝国の皇帝に即位したの。滅茶苦茶になった国を立て直すのは大変だったけど、多くの人たちが助けてくれて、何とかなったわ。今は、息子に皇位を譲って隠居生活よ」
「そうか……頑張ったな。偉いぞ、アンネリーゼ」

 ロデリックに頭を撫でられたアンネリーゼは頬を赤らめ、幼い頃と同じ笑顔を浮かべた。

「……他のみんなは、どうしているんだ?」

「エティエンヌ様……フィリップ様はオーロールの国王としてまつりごとを行っていたけど、今は退位して魔法の研究をされているわ。ソフィア様やイーヴァリ様、ホルスト様も、お元気だそうよ」

「そうそう、そこのクララは、バルド殿のお孫さんですよ」

 シャルルが、そう言って侍女のクララに目を向けた。

「生前、祖父から時々お話をお聞きしていました。ロデリック様は、剣士としても大変お強い方だったと……お時間のあるときで構いません、お手合わせをお願いしたく……」

 クララが、頬を染めながら言った。

「クララは、私の護衛役でもあるの。すごく強いのよ」

 少し誇らしげに言うと、ルシアは微笑んだ。

「なるほど、バルド殿の血という訳か。手合わせ、いつでも歓迎するぞ」

 ロデリックは、元帝国騎士バルドが亡くなっていたことに残念な気持ちを抱きつつ、たしかに彼の生命は繋がれているのだと、少し羨ましく思った。

「国の内外に、お父さんが目覚めたって知らせないとね」
「そんな、大袈裟じゃあないか?」

 アンネリーゼの言葉に、ロデリックは目を丸くした。

「大袈裟でなどあるものですか。ロデリック先生は、全ての人間を救ったと言ってもいい英雄なのですよ。皆、喜ぶに決まっています」

 シャルルが、ロデリックの肩に手を置いて言った。

――俺は、ただアンネリーゼを守りたい一心だったのだが……誰かに感謝されるのは悪くないものだな。

 面はゆい気持ちになりながら、ロデリックは微笑んだ。


 それからロデリックは、最愛の娘と、彼女が遺した子孫たち、そして彼らの国を守り続けた。
 彼の強大な力は、あらゆる争いの抑止力となり、大陸の歴史において最も長く平和が続いた時代であったと、のちの歴史書には記されている。


【了】
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