偽りの剣士と琥珀の絆

くまのこ

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素質と未来と

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 ロデリックは、エルッキの屋敷に滞在しながら、ティエト学院に講師補助として着任する準備をしていた。

「これが、指導要綱です。まぁ、細かいことは同じ剣術担当講師がいますから、彼らに聞いていただいた方が早いでしょう」

 応接間で業務について説明しつつ、エルッキが分厚い冊子をロデリックに渡した。

「やはり、学校で生徒に教えるとなると、細かい気遣いが必要なのだな……」

 渡された指導要綱を捲り、ロデリックは呟いた。

「ねぇ、お父さん」

 ロデリックの隣で、おとなしく絵本を眺めていたアンネリーゼが、彼を見上げた。

「どうした?」
「お手洗い、行ってきていい?」
「ああ、それじゃ、一緒に行くか」

 ロデリックがソファから腰を浮かしかけると、アンネリーゼは首を振った。

「ううん、一人で行けるよ。もう、四歳だもん。お父さん、エルッキおじさんとお話してるでしょ」

 得意そうに言って、アンネリーゼは応接間から出て行った。
 
――もう四歳、か。俺から見れば、まだまだ小さいのだが。

 娘の背中を見送りながら、ロデリックは微笑んだ。
 再びエルッキと話を続けていたロデリックは、ふと壁にかかった時計を見た。
 アンネリーゼが部屋を出てから十五分ほど経っていることに気付き、彼は驚いた。

「手洗いに行っただけなのに、十五分も戻ってこないなんて。迷子になってしまったのか」
「探しに行きましょう。家の外には出ていないでしょうし、たぶん、この一階のどこかにいる筈です」

 ロデリックは、エルッキと共にアンネリーゼを探した。
 並んだ部屋の扉を順番に開けていくと、重厚な仕事机や、本がびっしりと詰まった本棚の並ぶ部屋が現れた。エルッキの書斎だろう。
 
「お父さん!」

 扉を開けたロデリックに、部屋の中からアンネリーゼが飛びついてきた。

「大丈夫か。戻ってこないから、探しに来たんだ」
「あのね、お手洗いに行ったら、さっきのお部屋が分からなくなっちゃったの」
「そうか、怖かったな。今度は、お父さんも一緒に行くからな」

 しがみついてくるアンネリーゼを、ロデリックは抱きしめた。

「ははは、この家は、どこも似た造りだから、慣れないと迷ってしまうよね」

 そう言って、エルッキがアンネリーゼの頭を撫でた。
 恥ずかしそうにしていたアンネリーゼだったが、ふと彼女は、仕事机の上に視線を向けた。

「エルッキおじさん、あれ、なぁに? きれいね」

 アンネリーゼが指差す先には、様々な色の石が幾つも嵌め込まれた箱のようなものが置いてある。

「あれは、『魔素計まそけい』だよ。『魔素まそうつわ』の大きさを測る魔導具さ」
「まそけい? まそのうつわ?」

 エルッキの説明に、アンネリーゼが首を傾げた。

――人間たちが使う「魔法」とは、どこにでも無尽蔵に存在すると言われる「魔素まそ」と呼ばれる物質を、呪文の詠唱といった儀式で取り出し、様々な形状に変化させるというものらしいな。
 
 ロデリックは、「コンラート」の記憶から「魔法」に関する知識を呼び起こした。

――そして、「魔素の器」とは、個々人における「一度に動かせる魔素の量」を指す言葉であり、その多寡たかが魔法の効果と密接な関係を持つ……同じ呪文を詠唱しても、より大きな「魔素の器」を持つ者のほうが高い効果を現わせるということか。

「アンネリーゼちゃんも、『魔素の器』の大きさ、測ってみるかい?」
「うん!」

 アンネリーゼが、エルッキの言葉に頷いた。

「それじゃあ、この『魔素計』の上に手を置いて『輝けミコ』と唱えてごらん」

――「コンラート」は「魔素計」に反応なし、つまり魔法の素質は無しということだったな。そもそも、魔素計に反応があるのは人口の半分以下、呪文を唱えて実用に足る魔法を発動できる者となれば、更に数が絞られるという話だが、アンネリーゼは、どうだろうか。

 ロデリックは、アンネリーゼが魔素計にさわれるよう、屈んで高さを調節してやった。
 エルッキの言う通りに、アンネリーゼは小さな手を魔素計に置いて「輝けミコ」と唱えた。
 すると、魔素計に嵌め込まれていた石がまばゆく輝きだした。

「わぁ! きらきらしてる!」

 アンネリーゼが無邪気に喜んでいる一方、エルッキは驚きに目を見張っている。

「彼女の『魔素の器』は最大級です。それだけではなく、全ての系統の呪文への適性がある、これは滅多にないことですよ!」
「そ、そうなのか」

 ロデリックは、エルッキの興奮した様子に、少したじろいだ。

「個々人に、使える呪文との相性というものがありましてね」
 
 エルッキは、自らも魔素計に手を置き、「輝けミコ」と唱えた。
 再び、魔素計に嵌め込まれている石が輝きだしたものの、その様子は、先刻とは異なっていた。

「最も大きな白い石、この光り方が『魔素の器』の大きさを表しています。周囲に並んでいる、色の異なる石は、系統ごとの呪文への適性を表しています」
「アンネリーゼの時は全ての石が光っていたが、今回は、その緑色の石だけ反応している……」
「それは、治癒魔法への適性を表しています。私の場合、『魔素の器』自体の大きさはですが、適性のある治癒呪文しか発動できないということですね」
「魔法というのは、色々と難しいのだな」

 魔法の奥深さに、ロデリックは感心した。

「これだけの素質、生かさない手はありません。アンネリーゼちゃんが七歳を迎えた時、ティエト学院へ入学させてもらえたなら、一人前の魔術師に育てますよ」
「アンネリーゼを? しかし、学費も結構かかるのでは」

 眼鏡の奥の目を輝かせるエルッキに迫られ、ロデリックは狼狽した。

「たしかに、我が学院は私立ですから学費は若干高めですが、優秀な生徒であれば学費の減額や免除という制度もあります。なんなら、私が個人で援助してもいいと思っているくらいです」
「そ、そこまでされては申し訳ない……」
「いや、優れた人材を世に出せば、利益は人々に還元されます。それで十分なのですよ」

――商人というのは自分の利益を追求するものだと思っていたが、このエルッキという男、考え方の幅が広い……というのだろうか。

 ロデリックは半ば圧倒されながら、アンネリーゼに目をやった。

「アンネリーゼは、魔術師……魔法を使う人になりたいか?」
「わたしも、まほうをつかうひとになれるの?」

「アンネリーゼちゃんなら、たくさん勉強すれば、凄い魔術師になれるよ」

 首を傾げていたアンネリーゼだったが、エルッキの言葉を聞くと顔を輝かせた。

「じゃあ、たくさん『べんきょう』する! そしたら、きらきらできるね!」
「そうか、アンネリーゼが望むなら、お父さんは応援するぞ」

――まさか、この子に、そんな才能があるとは気付かなかったが……エルッキが言っていた通り、優れた魔術師は希少で引く手数多あまただ。技術を身に付ければ、自分の力で生きていけるだろう。

 そこまで考えて、ロデリックは少し寂しくなった。
 
――もし、アンネリーゼが自立して俺を必要としなくなったとしたら……それでも自分は、影から、この子を守るのだろうな。

「お父さん、どうしたの?」

 アンネリーゼの声に、ロデリックは思考の世界から引き戻された。

「ああ、何でもないよ。アンネリーゼが魔術師になれるよう、お父さんも頑張るからな」

 腕の中の小さな重みと温もりに愛おしさを感じながら、ロデリックは答えた。
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