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第41話:ラストバトル
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魔族と化したエルザと、オレは対峙する。
『ふっふっふ……ようやく二人きりになれたね、ハリト?』
エルザは不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと地上に降りてくる。
「ああ、待たせたね、エルザ。どんな手段を使っても、キミを止めてみせる!」
彼女の前に進んでいく。
この周囲にいる、戦闘可能な剣士はオレだけ。
魔族化したエルザを止めないと、被害が大きくなってしまう。
校舎の地下に避難している同級生は、間違いない惨殺されてしまうであろう。
あと学園でオレに関係していた人物。
先生たちや食堂のおばちゃんたち、マリアの屋敷の人もターゲットにされてしまう。
「最後に、もう一回だけ聞かせてくれ。何が目的なんだ、エルザ?」
『ふっふっふ……何度も言ってあげるわ。私とハリトの邪魔をした奴は皆殺し。そしてハリトも殺して、私たちは一緒になるの!』
今のエルザは正常な思考ではない。
おそらくキタエルの街の市民すらも、虐殺していくであろう。
それほどまでに大きな狂気を、今の彼女から感じていた。
「分かった。それなら力づくで止めるよ、キミを」
『面白い冗談ね、ハリト? 少しくらい強くなって、何か勘違いしていない? アナタは私に勝てないのよ。いけ、魔剣術……【黒炎斬】!』
いきなりエルザが攻撃を放ってきた。
先ほどの周囲を吹き飛ばす、爆炎の斬撃。
これの受け流しは不可能。
完璧に回避するしかない。
それなら!
「いくぞ……【走馬灯モード・壱の段】発動!」
全神経を集中する技を発動。
直後、エルザからの斬撃が、ゆっくり見えるようになる。
「よし!」
オレはそのまま横に回避。
ヒューン、ドッゴーン!
闘技所の一部が、吹き飛ぶ。
先ほどまでオレがいた場所だ。
『それは、前回の速く反応する技ね? そういえば、いつの間に、そんな技を会得していたの? 王都では無かったはずなのに?』
攻撃を回避されても、エルザは余裕の表情。
まだ奥の手があるのであろう。
「王都から、このキタエルの街の道中で、開眼したんだ。その後は鍛錬でモノにした」
だからオレからは迂闊には攻めこめない。
会話をしながら、相手の隙を伺う作戦に移る。
『そっか、ハリトも努力していたんだね。でも……無駄になるけどね! 魔剣術……【双黒斬《そうこくざん》】!』
エルザは新たな技を発動。
凄まじい踏み込みで、斬りかかってくる。
「くっ……【走馬灯モード・壱の段】発動!」
全神経を集中する技を、発動して対応。
エルザからの突撃が、ゆっくり見えるようになる。
――――だが直後。
『でも強くなったのは、ハリトだけじゃないのよ! いくわよ、【走馬灯モード・地獄絵図】!』
エルザが新たな技を発動。
『遅いわよ、ハリト!』
直後、彼女の動きが一気に加速。
オレの回避先に、先回りされる。
「――――なっ⁉」
まさかのことに言葉を失ってしまう。
『死になさい、ハリトぉおお!』
目の前にエルザの鋭い斬撃が、無数に迫りくる。
このままでは本当に死んでしまう。
「くっ……『流れる水のように、全て受け流せ』……剣術技【第一階位】三の型、【雷流の構え】!」
咄嗟に防御系の技を発動。
シャン! シャン! シャン! ズシャ!
だが最後の一撃だけ、完璧に防御できなかった。
オレの左腕にダメージを負ってしまう。
「くっ!」
後方に下がり、いったい間合いをとる。
魔力を整えて、左手の痛みに和らげる。
ふう……それにしても、エルザのあの技は、いったい⁉
オレの【走馬灯モード】と酷似した技だった。
『不思議そうな顔ね、ハリト? 自分の技が真似されて、ショックを受けているのかしら?』
「ああ、そうだね。悔しいよ」
会話をして、左腕の回復する時間を稼ぐ。
『私のこの技はその名の通り、地獄を見て開眼したのよ』
「地獄……だって?」
『そうよ……あれは本当に地獄だったわ。確か88,888回目の周回で発狂しかけた時に、この技は会得したのよ。そして十万回目で私は、この素晴らしい魔の力を得たのよ!』
「えっ……⁉」
まさかの言葉が、エルザの口から出てきた。
思わず声が出てしまう。
……『88,888回目の周回』……その言葉に、オレが何故か聞き覚えがあるのだ。
(うっ……頭が……痛い……)
凄まじい頭痛が襲ってきた。
頭の中が一気に、ひっくり返ってしまったような激痛だ。
頭の中がグルグルして、記憶の全てが反転していく。
そして新たな記憶が浮かんできた。
(あっ……この記憶は、まさか? オレは……本当に“あの迷宮”に行ったのか⁉)
――――直後、全ての記憶を思い出す。
キタエルに到着直前に、山中で不思議な穴に落ちたことを。
不思議な迷宮に、閉じ込められてしまったこと。
気の遠くなるような周回ループに、ひたすら挑戦していったこと。
エルザとの思い出《賢者モード》で、全ての発狂タイムを乗り切ったこと。
そして999,999回の周回をクリアして、最後には地上に戻れたことを。
(ああ……そうか……あの白昼夢は、実際の体験だったのか……)
今となって理解した。
夢ではなく現実だったこと、思い出し実感する。
(つまり、エルザもオレと同じ穴に落ちて、アレを体験したのか。でも十万回で発狂モードに耐えられず、魔族化してしまったのか……)
不思議と今のオレには、彼女のことが理解できていた。
あの不思議な迷宮には心を弱い者を、魔の領域に引き入れる罠があったのだ。
オレは運よく最後までクリアできた。
エルザとの辛い思い出《賢者モード》があったお蔭で。
でも普通の剣士では不可能。
エルザほどの剣士でも、あの迷宮は十万回までしか到達できない。
つまり悪魔の領域の迷宮だったのだ。
(エルザ……だから、あんな姿に……)
今の彼女の姿に、自分もなっていた可能性もあった。
エルザの姿は、自分の鏡でもあるのだ。
(ん? エルザの手に持つ、あの剣は……?)
魔族化したエルザは、漆黒の剣を握っている。
形は少し違うが、見覚えがある剣だ。
(あれは、そうか……あの迷宮に出現してきた剣か!)
自分が迷宮で使った剣とは、少しデザインが違う。
だが間違いなく同種の物。
(そうか。エルザを変えたのは……狂気に変えているのは、あの剣だ……間違いない!)
漆黒の剣から、禍々しい力を感じる。
その力は瘴気となり、エルザの全身を駆け巡っていた。
(つまり、あの剣を破壊できたら……エルザを⁉)
もしかしたら正気に戻すことが、出来るかもしれない。
いや、“今のオレ”は分かっていた。
あの剣を粉砕したら、必ずエルザが元に戻ることを。
よし、それなら手はある。
エルザを助ける手段が。
『ん? さっきから何を黙っているの、ハリト? 私の圧倒的な力に絶望しているの?』
「ああ、そうかもね。絶望していたんだ、今までの自分の不甲斐なさに」
『自分の不甲斐なさに? ハリトが?』
「ああ、そうだ。オレは幼い時から、流れされて生きてきた……」
オレには剣の才能がなく、剣士になる夢を何度も諦めてきた。
特に幼馴染のエルザが、聖女と覚醒した時、一番ショックが大きかった。
その後は彼女に誘われて、失意のまま王都に行った。
貴族となったエルザの温情で、王都で怠惰に過ごしていたのだ。
だから自分の人生に、オレはずっと言い訳をして生きてきた。
……『自分には剣の才能がない。だから、仕方がない』と。
「オレはダメな男だった。だから王都を出たんだ。過去の自分を変えたくて。自分に絶望をして、人生を変えたかったんだ……」
王都を出てから、自分は少しだけ変えられた。
一人前の剣士になるため、立派な男になるために突き進んできた。
「だからキミを止める。大事な幼馴染であるエルザのことを、必ず助け出す! その絶望と狂気の姿から!」
オレは剣を構える。
カテリーナ先生から託された神剣《北剣エルファング》を、エルザに向ける。
『ハリト、ようやく、私を殺す気になってくれたのね。嬉しいわ! 私もアナタを殺してあげるわ!』
エルザも漆黒の剣を構えてくる。
禍々しいほどの瘴気が、剣先から放たれていた。
これで更に確信した。
あの剣を完全に破壊すれば、エルザを助けること出来る。
「ふう……」
オレは意識を集中。
全身の魔力を高めていく。
集中するんだ、オレよ。
あの無限のような迷宮を、くぐり抜けてきた精神力を、今こそ思い出すんだ。
『これで終わりよ、ハリト……魔剣術……【双黒斬】!』
エルザは先ほどと同じ技を発動。
だが先ほどの以上の踏み込みで、斬りかかってくる。
「いくぞ! 【走馬灯モード・壱の段】発動!」
オレも全神経を集中する技を、発動して対応。
エルザの突撃が備える。
『だから、それは無駄だって言ったでしょ、ハリト! 【走馬灯モード・地獄絵図】!』
エルザも走馬灯モードの上位技を発動。
一気に動きが加速する。
『私の腕の中で、死になさい、ハリトぉおお!』
先ほどの以上の速度と斬り込み。
目の前にエルザの鋭い斬撃が、無数に迫りくる。
今までのオレでは、どうやっても回避は不可能。
――――だが“今のオレ”なら。
「ふうぅううう……いくぞ……【賢者タイム】発動!」
だから新たな技を発動。
賢者タイム……あの無限の迷宮を、攻略した無敵の技だ。
『なっ……ハリトの動きが……消えて、いく⁉』
勝利を確信していたエルザは、絶句していた。
何故なら彼女は、オレの姿を見失っていたのだ。
ヒュン! ヒュン! ヒュン! ヒュン! ヒュン! ヒュン!
【賢者タイム】に効果で、オレの動きは極限状態になっていたのだ。
――――その一瞬の隙を見逃さない。
「いくぞ、エルザ! 『全てを斬れ』……剣術技【第四階位】終《つい》の型……【雷光斬・閃《せん》】!」
今の自分の中で最強の剣術技。
あの迷宮で会得していた【第四階位】を発動。
「うぅおおおおおお! 消えろぉお! 黒き剣よ!」
エルザの黒剣に、全身全霊で叩きつける。
ヒュイィイイーン!
直後、凄まじい閃光が放たれる。
ジュ、ゴォオオオオオオオン!
爆音も闘技場に、響き渡る。
ブッバァアアアアアン!
更に凄まじい衝撃波が、押し寄せてきた。
オレの剣術技と、エルザの魔剣術が共鳴。
あり得ない大爆発をしたのだ。
「うっ……⁉」
凄まじい衝撃波に、オレは吹き飛ばされてしまう。
まずい!
このままでは地面に叩きつけれてしまう。
「ふう……【走馬灯モード・壱の段】発動!」
全神経を集中。
何とか着地に成功する。
「エルザ⁉」
着地と同時に、幼馴染の姿を探す。
エルザは吹き飛ばれた形跡はない。
つまり爆心地にまだいるのだ。
「エルザ! 待って! 今助けに行くから!」
まだ粉塵が立ち上る爆心地に、向かっていく。
先程の衝撃波は、尋常ではなかった。
魔族化した彼女でも、あの近距離では無事ではないのだ。
粉塵の中を歩き回り、エルザの姿を探していく。
「エルザ⁉ どこだ⁉ ん⁉ いた⁉」
地面に倒れている人影を、発見。
急いで駆け寄る。
「ああ……エルザ?」
そこに倒れていたのは、一人の少女。
金髪の美しい姿に戻っていた、エルザだ。
「今すぐ助けるから!」
回復の魔道具を、急いで持ってくる。
意識のない彼女の身体に繋いで、発動。
頼む……意識を取り戻してくれ。
「んっ……ウッ……」
エルザが意識を取り戻す。
全身に生気が戻っている。
「ハ、ハリト……?」
「ああ、そうだ、オレだ! 分かるか?」
「うん……もちろん……でも、ここは、どこ?」
ああ、良かった。
エルザは正気に戻っている。
まだ意識が朦朧としているが、間違いない。
いつもの元気な幼馴染エルザだ。
「記憶が混乱しているんだ。ちゃんと治療してもうから、もう少し寝ていてもいいよ」
「うん……分かった……お言葉に甘えて、少し休むね……」
エルザは再び目を閉じる。
かなり体力と魔力を消費していたのであろう。
「ふう……これで終わったのかな? とりあえずカテリーナ先生に相談して、治療してもらおう」
こうして魔族化したエルザを、助けることに成功。
色んな問題が山積みだけど、とにかくひと安心。
選抜戦から続いた、長い一日がようやく終わったのだ。
◇
◇
◇
だが、この時のオレは、気が付いてなかった。
粉々にしたはずの黒剣が、何者かによって持ちされていったことを。
それに気が付くのは、かなり後になってからだった。
『ふっふっふ……ようやく二人きりになれたね、ハリト?』
エルザは不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと地上に降りてくる。
「ああ、待たせたね、エルザ。どんな手段を使っても、キミを止めてみせる!」
彼女の前に進んでいく。
この周囲にいる、戦闘可能な剣士はオレだけ。
魔族化したエルザを止めないと、被害が大きくなってしまう。
校舎の地下に避難している同級生は、間違いない惨殺されてしまうであろう。
あと学園でオレに関係していた人物。
先生たちや食堂のおばちゃんたち、マリアの屋敷の人もターゲットにされてしまう。
「最後に、もう一回だけ聞かせてくれ。何が目的なんだ、エルザ?」
『ふっふっふ……何度も言ってあげるわ。私とハリトの邪魔をした奴は皆殺し。そしてハリトも殺して、私たちは一緒になるの!』
今のエルザは正常な思考ではない。
おそらくキタエルの街の市民すらも、虐殺していくであろう。
それほどまでに大きな狂気を、今の彼女から感じていた。
「分かった。それなら力づくで止めるよ、キミを」
『面白い冗談ね、ハリト? 少しくらい強くなって、何か勘違いしていない? アナタは私に勝てないのよ。いけ、魔剣術……【黒炎斬】!』
いきなりエルザが攻撃を放ってきた。
先ほどの周囲を吹き飛ばす、爆炎の斬撃。
これの受け流しは不可能。
完璧に回避するしかない。
それなら!
「いくぞ……【走馬灯モード・壱の段】発動!」
全神経を集中する技を発動。
直後、エルザからの斬撃が、ゆっくり見えるようになる。
「よし!」
オレはそのまま横に回避。
ヒューン、ドッゴーン!
闘技所の一部が、吹き飛ぶ。
先ほどまでオレがいた場所だ。
『それは、前回の速く反応する技ね? そういえば、いつの間に、そんな技を会得していたの? 王都では無かったはずなのに?』
攻撃を回避されても、エルザは余裕の表情。
まだ奥の手があるのであろう。
「王都から、このキタエルの街の道中で、開眼したんだ。その後は鍛錬でモノにした」
だからオレからは迂闊には攻めこめない。
会話をしながら、相手の隙を伺う作戦に移る。
『そっか、ハリトも努力していたんだね。でも……無駄になるけどね! 魔剣術……【双黒斬《そうこくざん》】!』
エルザは新たな技を発動。
凄まじい踏み込みで、斬りかかってくる。
「くっ……【走馬灯モード・壱の段】発動!」
全神経を集中する技を、発動して対応。
エルザからの突撃が、ゆっくり見えるようになる。
――――だが直後。
『でも強くなったのは、ハリトだけじゃないのよ! いくわよ、【走馬灯モード・地獄絵図】!』
エルザが新たな技を発動。
『遅いわよ、ハリト!』
直後、彼女の動きが一気に加速。
オレの回避先に、先回りされる。
「――――なっ⁉」
まさかのことに言葉を失ってしまう。
『死になさい、ハリトぉおお!』
目の前にエルザの鋭い斬撃が、無数に迫りくる。
このままでは本当に死んでしまう。
「くっ……『流れる水のように、全て受け流せ』……剣術技【第一階位】三の型、【雷流の構え】!」
咄嗟に防御系の技を発動。
シャン! シャン! シャン! ズシャ!
だが最後の一撃だけ、完璧に防御できなかった。
オレの左腕にダメージを負ってしまう。
「くっ!」
後方に下がり、いったい間合いをとる。
魔力を整えて、左手の痛みに和らげる。
ふう……それにしても、エルザのあの技は、いったい⁉
オレの【走馬灯モード】と酷似した技だった。
『不思議そうな顔ね、ハリト? 自分の技が真似されて、ショックを受けているのかしら?』
「ああ、そうだね。悔しいよ」
会話をして、左腕の回復する時間を稼ぐ。
『私のこの技はその名の通り、地獄を見て開眼したのよ』
「地獄……だって?」
『そうよ……あれは本当に地獄だったわ。確か88,888回目の周回で発狂しかけた時に、この技は会得したのよ。そして十万回目で私は、この素晴らしい魔の力を得たのよ!』
「えっ……⁉」
まさかの言葉が、エルザの口から出てきた。
思わず声が出てしまう。
……『88,888回目の周回』……その言葉に、オレが何故か聞き覚えがあるのだ。
(うっ……頭が……痛い……)
凄まじい頭痛が襲ってきた。
頭の中が一気に、ひっくり返ってしまったような激痛だ。
頭の中がグルグルして、記憶の全てが反転していく。
そして新たな記憶が浮かんできた。
(あっ……この記憶は、まさか? オレは……本当に“あの迷宮”に行ったのか⁉)
――――直後、全ての記憶を思い出す。
キタエルに到着直前に、山中で不思議な穴に落ちたことを。
不思議な迷宮に、閉じ込められてしまったこと。
気の遠くなるような周回ループに、ひたすら挑戦していったこと。
エルザとの思い出《賢者モード》で、全ての発狂タイムを乗り切ったこと。
そして999,999回の周回をクリアして、最後には地上に戻れたことを。
(ああ……そうか……あの白昼夢は、実際の体験だったのか……)
今となって理解した。
夢ではなく現実だったこと、思い出し実感する。
(つまり、エルザもオレと同じ穴に落ちて、アレを体験したのか。でも十万回で発狂モードに耐えられず、魔族化してしまったのか……)
不思議と今のオレには、彼女のことが理解できていた。
あの不思議な迷宮には心を弱い者を、魔の領域に引き入れる罠があったのだ。
オレは運よく最後までクリアできた。
エルザとの辛い思い出《賢者モード》があったお蔭で。
でも普通の剣士では不可能。
エルザほどの剣士でも、あの迷宮は十万回までしか到達できない。
つまり悪魔の領域の迷宮だったのだ。
(エルザ……だから、あんな姿に……)
今の彼女の姿に、自分もなっていた可能性もあった。
エルザの姿は、自分の鏡でもあるのだ。
(ん? エルザの手に持つ、あの剣は……?)
魔族化したエルザは、漆黒の剣を握っている。
形は少し違うが、見覚えがある剣だ。
(あれは、そうか……あの迷宮に出現してきた剣か!)
自分が迷宮で使った剣とは、少しデザインが違う。
だが間違いなく同種の物。
(そうか。エルザを変えたのは……狂気に変えているのは、あの剣だ……間違いない!)
漆黒の剣から、禍々しい力を感じる。
その力は瘴気となり、エルザの全身を駆け巡っていた。
(つまり、あの剣を破壊できたら……エルザを⁉)
もしかしたら正気に戻すことが、出来るかもしれない。
いや、“今のオレ”は分かっていた。
あの剣を粉砕したら、必ずエルザが元に戻ることを。
よし、それなら手はある。
エルザを助ける手段が。
『ん? さっきから何を黙っているの、ハリト? 私の圧倒的な力に絶望しているの?』
「ああ、そうかもね。絶望していたんだ、今までの自分の不甲斐なさに」
『自分の不甲斐なさに? ハリトが?』
「ああ、そうだ。オレは幼い時から、流れされて生きてきた……」
オレには剣の才能がなく、剣士になる夢を何度も諦めてきた。
特に幼馴染のエルザが、聖女と覚醒した時、一番ショックが大きかった。
その後は彼女に誘われて、失意のまま王都に行った。
貴族となったエルザの温情で、王都で怠惰に過ごしていたのだ。
だから自分の人生に、オレはずっと言い訳をして生きてきた。
……『自分には剣の才能がない。だから、仕方がない』と。
「オレはダメな男だった。だから王都を出たんだ。過去の自分を変えたくて。自分に絶望をして、人生を変えたかったんだ……」
王都を出てから、自分は少しだけ変えられた。
一人前の剣士になるため、立派な男になるために突き進んできた。
「だからキミを止める。大事な幼馴染であるエルザのことを、必ず助け出す! その絶望と狂気の姿から!」
オレは剣を構える。
カテリーナ先生から託された神剣《北剣エルファング》を、エルザに向ける。
『ハリト、ようやく、私を殺す気になってくれたのね。嬉しいわ! 私もアナタを殺してあげるわ!』
エルザも漆黒の剣を構えてくる。
禍々しいほどの瘴気が、剣先から放たれていた。
これで更に確信した。
あの剣を完全に破壊すれば、エルザを助けること出来る。
「ふう……」
オレは意識を集中。
全身の魔力を高めていく。
集中するんだ、オレよ。
あの無限のような迷宮を、くぐり抜けてきた精神力を、今こそ思い出すんだ。
『これで終わりよ、ハリト……魔剣術……【双黒斬】!』
エルザは先ほどと同じ技を発動。
だが先ほどの以上の踏み込みで、斬りかかってくる。
「いくぞ! 【走馬灯モード・壱の段】発動!」
オレも全神経を集中する技を、発動して対応。
エルザの突撃が備える。
『だから、それは無駄だって言ったでしょ、ハリト! 【走馬灯モード・地獄絵図】!』
エルザも走馬灯モードの上位技を発動。
一気に動きが加速する。
『私の腕の中で、死になさい、ハリトぉおお!』
先ほどの以上の速度と斬り込み。
目の前にエルザの鋭い斬撃が、無数に迫りくる。
今までのオレでは、どうやっても回避は不可能。
――――だが“今のオレ”なら。
「ふうぅううう……いくぞ……【賢者タイム】発動!」
だから新たな技を発動。
賢者タイム……あの無限の迷宮を、攻略した無敵の技だ。
『なっ……ハリトの動きが……消えて、いく⁉』
勝利を確信していたエルザは、絶句していた。
何故なら彼女は、オレの姿を見失っていたのだ。
ヒュン! ヒュン! ヒュン! ヒュン! ヒュン! ヒュン!
【賢者タイム】に効果で、オレの動きは極限状態になっていたのだ。
――――その一瞬の隙を見逃さない。
「いくぞ、エルザ! 『全てを斬れ』……剣術技【第四階位】終《つい》の型……【雷光斬・閃《せん》】!」
今の自分の中で最強の剣術技。
あの迷宮で会得していた【第四階位】を発動。
「うぅおおおおおお! 消えろぉお! 黒き剣よ!」
エルザの黒剣に、全身全霊で叩きつける。
ヒュイィイイーン!
直後、凄まじい閃光が放たれる。
ジュ、ゴォオオオオオオオン!
爆音も闘技場に、響き渡る。
ブッバァアアアアアン!
更に凄まじい衝撃波が、押し寄せてきた。
オレの剣術技と、エルザの魔剣術が共鳴。
あり得ない大爆発をしたのだ。
「うっ……⁉」
凄まじい衝撃波に、オレは吹き飛ばされてしまう。
まずい!
このままでは地面に叩きつけれてしまう。
「ふう……【走馬灯モード・壱の段】発動!」
全神経を集中。
何とか着地に成功する。
「エルザ⁉」
着地と同時に、幼馴染の姿を探す。
エルザは吹き飛ばれた形跡はない。
つまり爆心地にまだいるのだ。
「エルザ! 待って! 今助けに行くから!」
まだ粉塵が立ち上る爆心地に、向かっていく。
先程の衝撃波は、尋常ではなかった。
魔族化した彼女でも、あの近距離では無事ではないのだ。
粉塵の中を歩き回り、エルザの姿を探していく。
「エルザ⁉ どこだ⁉ ん⁉ いた⁉」
地面に倒れている人影を、発見。
急いで駆け寄る。
「ああ……エルザ?」
そこに倒れていたのは、一人の少女。
金髪の美しい姿に戻っていた、エルザだ。
「今すぐ助けるから!」
回復の魔道具を、急いで持ってくる。
意識のない彼女の身体に繋いで、発動。
頼む……意識を取り戻してくれ。
「んっ……ウッ……」
エルザが意識を取り戻す。
全身に生気が戻っている。
「ハ、ハリト……?」
「ああ、そうだ、オレだ! 分かるか?」
「うん……もちろん……でも、ここは、どこ?」
ああ、良かった。
エルザは正気に戻っている。
まだ意識が朦朧としているが、間違いない。
いつもの元気な幼馴染エルザだ。
「記憶が混乱しているんだ。ちゃんと治療してもうから、もう少し寝ていてもいいよ」
「うん……分かった……お言葉に甘えて、少し休むね……」
エルザは再び目を閉じる。
かなり体力と魔力を消費していたのであろう。
「ふう……これで終わったのかな? とりあえずカテリーナ先生に相談して、治療してもらおう」
こうして魔族化したエルザを、助けることに成功。
色んな問題が山積みだけど、とにかくひと安心。
選抜戦から続いた、長い一日がようやく終わったのだ。
◇
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だが、この時のオレは、気が付いてなかった。
粉々にしたはずの黒剣が、何者かによって持ちされていったことを。
それに気が付くのは、かなり後になってからだった。
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どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
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