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第36話【閑話】姉《剣聖》エルザ視点

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少し時間が戻る。

剣聖エルザが弟ハリトを発見したのは、古代竜エンシェント・ドラゴンアバロン戦が開幕した直後であった。

エルザはダラクの街の近隣に到着。
城壁の上に、弟の姿を発見したのだ。

「ん? あれはハリト! ようやく見つけたわ!」

かなりの遠距離だったが、剣聖の視力は桁違い。
弟の姿を確認する。

「急いで、連れ戻さないと! ん? でも、ハリト、あの竜と戦うつもりなの⁉」

ハリトのいる街へ、巨大な竜が迫っていた。
明らかに戦おうとしていたのだ。

「ふう……それじゃ、あの戦いが終るまで、待つしかないか。仕方がないわね」

シーリング家には独特の家訓がある。
それは『身内が強敵に挑む戦いには、絶対に手を貸してはならぬ!』という内容だ。

武によって家を成してきた、シーリング家ならではの独自の家訓。
だから大事な弟を見つけても、エルザは動くことが出来ないのだ。

ダラク近郊の丘から、エルザは見守ることにした。

「それにしても、どういう状況なのしから? あの城塞都市が、今のハリトの拠点の街ぽいけど。あの国王っぽい人や、冒険者みたなオジさんと、ハリトは話し込んでいるわね?」

剣聖エルザの視力は尋常ではない。
城壁の上のハリトの様子を、細部まで確認できる。
読唇術で、ある程度の会話も理解できた。

「ふーん、なるほど。ハリトはあの街で、けっこう頼りにされているのね」

城壁の上での他の人との会話、そこから弟の街での存在感が感じられる。
冒険者らしき者たちや、国王、騎士から絶大な信頼を受けているのだ。

「あの街で何があったか分からないけど、やるじゃん、ハリト」

つい先日までは、少し頼りない弟だった。
家族の全員の才能を受け継いでいるが、ハリト本人がそれを自覚していなかったのだ。

そのため姉エリザは、いつも厳しい言葉をかけていた。

「あっ、戦いが始まる。へー、けっこう、やるじゃん。ハリトの仲間たちは」

巨大な飛行竜を相手に、騎士と兵士たちは懸命に戦っていた。
戦術も悪くない。
格上の竜を相手に、互角以上の戦いをしていたのだ。

「ん? ハリトが動いた。へー、聖魔法もさまになっているじゃん、あいつ」

ハリトは聖魔法で、仲間たちを守っていた。
防御と回復を広域で発動。
犠牲者を出さないように、懸命に戦っていた。

過保護な姉エルザから見ても、なかなかの弟の頑張りだ。

「ハリト、頑張っているね……ん⁉ いやいやいや……私は何をさっきから感心しているんだ! この戦いが終わったら、ハリトに説教して連れ戻すのに!」

過保護すぎるが故に、エルザの思考原理はかなりおかしい。
自分自身で混乱しているのだ。

「ん? あれは召喚魔法? 火蜥蜴サラマンダー? えっ、あの竜って、もしかして古代竜エンシェント・ドラゴンだったの⁉」

脳筋剣士であるエルザは、そこまで魔物に博学ではない。
ようやく弟が戦っている相手の正体に、気がついたのだ。

「いやー、いくらなんでも古代竜エンシェント・ドラゴンは危険でしょ、未熟なハリトの相手には! 早くハリトを助けないと!」

エルザは立ち上がる。
自分の剣を手にして駆け出す。

「いや、でも、手助けは家訓で出来なんだった⁉」

シーリング家の家訓を思い出す、急に足を止める。

「……でも、このままだよ可愛いハリトが⁉ うーん、どうしよう……」

とにかくエルザは弟の近くまで、近づいていくことにした。
だがハリトの動きも素早い。

城を襲おうとした古代竜エンシェント・ドラゴンを、巨大な石板によって迎撃。
吹き飛ばして平原へと向かっていった。

「あっ、あっちに行っちゃった! 急がないと! あのままだと可愛いハリトが、竜ごときに怪我をしちゃう!」

ハリトと古代竜エンシェント・ドラゴンアバロンとの戦いの近くへ、過保護なエルザは向かっていく。

ドッゴーン!

だが時は既に遅し。
弟と古代竜エンシェント・ドラゴンの一騎打ちは、幕を開けていた。

今のところはハリトが優勢。
圧倒的な魔法とシーリング剣術で、古代竜エンシェント・ドラゴンと押していた。

「おお、さすがハリト! 私の可愛い弟!」

近づきながら、思わず歓喜の声を上げる。
未熟な弟だけど、可愛さは人一倍なのだ。

――――だが、そんな弟に危機が迫っていた。

「ん? ハリトの剣が、もたない⁉ あのままじゃ⁉」

弟が使っていた剣は、明らかに普通の剣。
強固な古代竜エンシェント・ドラゴンの鱗に、既に耐久力が限界にきていたのだ。

「あー⁉ 何で、あんな、へぼい剣を使っているのよ! 家に一杯あったじゃ、あんな竜をワンパンできる剣が!」

近づいてきたエルザは、思わず愚痴る。
だが今は愚痴っても意味はない。

大事な弟の危機が迫っていたのだ。
このまま巨大な爪によって、ハリトは大怪我をしそうなのだ。

「危ない! でも、手助けはできないし……あっ、そうだ!」

エルザは背負い袋の中から、一本の剣を取り出す。
ハリトの部屋から持って来たら、弟の愛剣だった。

過保護なエルザは、念のために弟の剣を持ってきたのだ。

「これなら手助けじゃないから、大丈夫なはず……」

剣を投擲の構えに入る。

「ふう……いくわよ……ハリト!」

思わず名前を叫んで、投擲する。
狙いう先は、剣が折れて困っている弟の手元だ。

ヒューイーーン!

剣聖であるエルザの投擲は、普通ではない。
恐ろしいほどのコントロールで、閃光のようにハリトの手元に到着。

ズッ、シャーーーーーーーーーーーン!

見事にハリトは愛剣で、古代竜エンシェント・ドラゴンを一刀両断。
剣聖であるエルザの目から見ても、見事な一撃だった。

「やったー! さすはハリト! 私の自慢の弟だわ!」

遠目で見ていたエルザは、思わずガッツポーズ。
自慢の弟の快勝に、飛び上がって喜ぶ。

そして咳ばらいをして、すぐに冷静にもどる。

「ふう……ごほん。あ、あんな古代竜エンシェント・ドラゴン程度に、手こずるなんて、相変わらずハリトは子どもなんだから。私が剣を渡してあげなかったら、どうなっていたことやら」

過保護すぎるために、素直に弟を褒められない。
何しろ本人を目の前にして褒めたら、自信過剰でハリトが危険なことになってしまうからだ。

「でも、ハリト……強くなっていたわね。家にいた時よりも、何倍も」

そしてやっぱり称賛する。
理由は分からないが、弟は何段階も強くなったのだ。

根本的な強さは家にいた時と、あまり変わらない。
だが内面的な強さが違う。

一人の男としての意思の強さが、比べ物ならないほど成長していたのだ。

「もしかして、家出をして、一人で生活をして、だから強くなったの……?」

その一つの仮説にたどり着く。
家族の元を離れたことによって、ハリトは確実に成長していることを。

「いやいやいや! 私は何をさっきから感心しているんだ! これからハリトに説教して連れ戻すのに!」

エルザは我に返る。
ハリトと騎士たちの話も、ちょうど終わっていた。

巨大な古代竜エンシェント・ドラゴンの素材も収納して、街に戻るところだ。

「あの感じだと、戦いが終わったから、後は街に戻るだけよね。それじゃ、私も任務を実行しないと」

まずはあの街に行って、ハリトの居場所を探す。

あと、どんな暮らしをしているか、ちょっと調べてみよう。

さっきの城壁の上の感じだと、神官の少女と仲良さそうにしていた。
あの子との関係も気になるところだ。

他にも騎士や冒険者ギルドの連中からも、ハリトのことを聞いてみよう。
自慢の弟が、どんな生活をしていたのか、調べていこう。

本人に対面するのは、それから後でも大丈夫だろう。

「よし、それじゃ、行くか、あの街に!」

――――エルザが、そう口にした時だった。

頭の中に声が響く。
家族からの遠距離通信だった。

……『エルザよ、聞こえているか?』

「ん? お父様? どうしたの?」

通信してきた相手は、王都にいる実の父。
魔道具で遠距離通信してきたのだ。

……『実は大変なことが起きようとしている。そらでも異常な皆既日食は、観測できたか?』

「皆既日食? ええ、さっきの陽が隠れたヤツね。特に問題はないかな、こっちは? 古代竜エンシェント・ドラゴンが出たくらいで」

……『そうか。やはり大陸各地で、前兆が起きているのか。よし、剣聖であるお前の力が、こっちで必要だ。今すぐ“戻す”ぞ!』

父親のその言葉の直後、エルザの全身が光り始める。
通信機を媒体にして、強制転移の魔道具が発動したのだ。

「えっ⁉ パパ、ちょっと待ってよ! ハリトがすぐ、そこにいるんだけど!」

……『その問題は後だ! 世界の危機に迫っているのだ!』

「えっ⁉ ちょ、ちょっと、待ってよ、パパ。 ああ、ハリト……!」

ビュン!

そうい残してエルザの姿は、ダラク地方から消える。

王都にある実家に、強制帰還されてしまったのだ。



こうしてハリトの知らないところで、彼の連れ戻しの危機は去った。

だが古代竜エンシェント・ドラゴンよりも大きな危険が、大陸全体を襲おうとしていたのだった。
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