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第二章 逆さ鳥居の神社編

53話

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 まったく仕方ないな。

「本当!?」
「ああ、本当だ」

 俺は頷く。
 そもそも、噂などがただの噂であるのなら、俺も神経質になることはなかったが――、黄泉の国というのが実際に存在していて神がいて、さらに山城綾子が何かの影響を外部から受けている事を見た後では……仕方ないだろう。

 そう――、不可解な現象が起きたばかりだと言うのに、都を一人帰らせるのも心配だからな。
 彼女を――、神楽坂 都を二度と危険に晒すような真似は……、失うような事は絶対にあってはならない。
 せっかく彼女に出会ったのだから。

「それじゃ教室で待っていてくれ」
「うん。待っているね!」

 都と別れたあとは職員室へ向かう。
 早めに話を切り上げないとな。
 一応、念のために校内全域に生体電流を利用した波動結界『心眼』を展開しておく。
 体力消耗は激しいが、何かあれば、あらゆる現象を察知することが出来るが――、俺は結界に感じた違和感に思わず声をあげる。

「どういうことだ?」

 普通の人間ではない。
 それは確実だ。
 だが――、人間ではないと言うと、それはまた違う。

「これは、どちらかと言えば……、神官の類か?」

 神官――、それは異世界アガルタでは、神の力を使って奇跡を起こす役職の一つ。
 それと気配が似ている。
 そして、その気配は職員室の方から感じる。
 
「まったく、厄介ごとか……」

 職員室前に到着したところで扉をノックしてから扉を開ける。

「失礼します」

 職員室へ入る。
 すると、俺のクラスの担任教師である金木先生が、俺の方を見てくる。

「あら、待っていたのよ? 理事長室に来てほしいって」
「校内放送があったので、出頭しました」
「出頭って……、犯罪者じゃないんだからっ――。それよりも山城理事長が待っているわよ?」
「待っていると言われても……。自分が知っていることは、前回の保健室の時に話した内容で全てですが?」

 さっさと帰りたいと思っていた俺は教師にそう告げるが――。

「何かね、専門家の方が来ていて、貴方の話を聞きたいそうなの」
「専門家? 医者か何かですか?」
「会ってくれれば分かると思うわ。とりあえず、話だけ聞きたいみたいだから」
「そうですか」

 仕方ないな。
 一般人として平々凡々と暮らしていく上で、学校のトップとゴタゴタするのは避けた方がいいだろう。
 都にも迷惑がかかるからな。
 職員室から出る。
 そして――、校長室の隣の部屋――、理事長と書かれたプレートを見る。
 金木先生は、俺が見てる中で理事長室のドアをノックする。

「金木です。桂木君を連れてきました」
「分かった。入ってくれ」
「それでは、桂木君。頑張ってね」
「そうは言われても……」
 
 俺は肩を竦めたあと理事長室へ入る。
 すると室内は、思ったよりも広々と作られていた。
 教室の半分くらいはありそうだ。

「桂木君、待っていたよ」
「いえ。それよりも自分を呼んだ理由をお聞きしたいのですが?」
「まずは座ったらどうかな?」

 仕方なく、薦められたソファーに座る。
 理事長とは、テーブルを挟んで対面する形になったが、理事長以外には、前回に助けた山城綾子生徒会長が座っている。
 彼女は、疲れた表情で俯いていたが……、それよりも今は……。

「――さて……」

 そう呟くと理事長は立ち上がり、コーヒーセットで器用にコーヒーを入れていく。

「私は、こう見えても以前はコーヒー店でアルバイトをしていた事があってね」

 何の脈絡もない話。
 
「そうですか」

 適当に、理事長が話すコーヒーの話題について相槌を返していると目の前にコーヒーが置かれた。

「コーヒーは大丈夫かね?」
「大丈夫です」

 何十年ぶりのコーヒーになるか……。
 それよりも、コーヒーについて承諾を得るのなら、もっと早めにしておいてほしかった。
 俺は淹れてもらったコーヒーに口をつける。

「普通に、美味しいですね」
「伊達に学生時代に3年以上も、コーヒー店でアルバイトはしてないからね。まぁ、本職には遠く及ばないが――」
「プロですからね」
「そうだな」

 言葉を交わしながら、理事長はカップを置く。

「さて――、前回は色々とあって、たいした自己紹介ができなかったが、私の名前は、山城(やましろ)裕次郎(ゆうじろう)と言う。ここの千葉県立山王高等学校の理事長をしている」 
「理事長ですか……。県立高校と伺っていましたが……」
「まぁ、県立ではあるが出資をしているから、そのへんは少し複雑でな」
「そうなのですか……。では、自分は、桂木優斗と言います」
「話は、金木先生から聞いている」
「そうですよね」

 そう言葉を返したところで理事長が頭を下げてきた。

「桂木君。今回、娘が倒れた時に、娘を助けて保健室まで運んでくれたことを大変感謝している。何か、お礼をしたいところだが――」
「――いえ。人として当然のことをしたままですので……」
「その当たり前を出来ることが、いまはとても少ないが……、当、高校で、それを実践できる生徒が居る事は何よりも喜ばしいことだ」
「ありがとうございます」

 素直に相手からの賛辞は受け取っておく。
 
「――で、綾子」
「山城綾子と言います。桂木優斗君で良かったのかしら? 私は生徒会長をしているわ」
「それは、存じています」
「そうよね……。――でも、私を運んでくれて本当助かりました。重くなかった?」
「いえ。羽のように軽かったです」

 まぁ、実際は身体強化を使っていたからな。
 この体は、異世界転生前の肉体と言う事もあり、鍛錬も不十分だが、それでも身体強化をすれば常人の数十倍の力を引き出すことは出来る。
 つまり、女性一人を抱き上げたままは移動することは問題ない。

「そうなのね。本当に、助かったわ」
「いえ。気にしないでください。それよりも、体調が優れないように見受けられますが……」
「ううん。大丈夫だから」

 山城綾子は、疲れた表情で答えてくるが、俺には、まったく大丈夫そうには見えない。
 おそらく肉体の衰弱からは、ほとんど回復していないのだろう。

「――で、少し教えて貰いたいのだが……」

 話している途中で、理事長が割って入ってくる。

「何でしょうか?」
「娘が倒れていた場所だが……」
「それは以前、お伝えした通りです」
「――では、その時に何かおかしな事は無かっただろうか? 気が付いた限りでいい。何かあれば話してはくれないだろうか?」
「前回、保健室で説明した内容で全てです」
「そうか……」

 落胆したような表情。

「何か、あったんですか?」

 詮索するのは頭のいい選択ではない。
 それは分かっている。
 だが、学校内で起きた問題なら都にも何か悪い影響が波及するかも知れない。
 それなら、何かしらの情報は得ておいたほうがいいだろう。

「桂木君」
「何でしょうか?」

 話しかけてきた山城綾子。
どこか追い詰められた――、というよりも、疲れったような――、何か恐怖を抱えているような瞳で俺を見つめてくる。

「桂木君は、オカルトとか……、そういうのを信じていますか?」

 あまりにも突拍子もなく脈略もない話の振り方。

「それって……、心霊現象的な?」
「そうね」
「信じるも何も、それって作りモノでは? オカルトは、人が作った空想だと聞いたことがありますけど……」
「綾子。桂木君に失礼だろう」
「――でも、お父さん。もしかしたら、桂木君は見ているかも知れないわ。それで、正体が知れれば……」
「だが……すまなかったね。桂木君」
「いえ。ただ――」

 そこで俺は言葉を区切る。
 
「……そういえば友人から、夕方以降になると校内で、角を生やした人間を見るようになったと、そんな噂が流れるようになったと、聞いたことがありますが……。そういう噂話ですか?」
「――そ、そうよ! 桂木君は、私を助けてくれた時に、そういうモノを見なかった?」
「いえ……とくには……」

 実際は、見る前に邪魔をされて逃げられたというのが本当のところだが。

「そうですか……」
「綾子、やはり夢に出てきただけでは……」
「でも! お父さん! 最初は、夢の中だけだったのに、最近では鬼が私を追ってくる姿を見るの!」
「だが……」

 疲れた顔色。
 そんな彼女が必死に言葉を紡ぐ。
 おそらく、必死な表情で話す山城綾子の言葉を実の父親である理事長は信じたいのだろう。
 だが、あまりにも現実離れした内容に、理事長も戸惑っているようだ。
 普通の人間は基本的に変な出来事に巻き込まれるようなことはない。
 そう――、異世界に飛ばされる前までの俺もそうだったからな。
 一般人から見たら山城綾子の言動は、信憑性が無いどころか狂人の戯言に聞こえてしまう。
 そして、それを彼女も自覚はしているはずだ。
 自身の言葉を信じてもらえない……、そんな感情を持っていることは、彼女自身が唇を噛みしめている事からも見て取れる。
 理事長も、眉間に皺を寄せていてどうしたらいいのか分からないと言った様子だ。
 だからこそ、第三者である俺から何か情報が欲しかったのかも知れない。



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