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第80話 あの日の続き

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 どのくらいが経っただろう。
 途中で何度も意識が飛びそうなくらいに、イヴェリスに愛されて、愛され過ぎて、正直ぐったりだ。
 やっと満足したのか、イヴェリスはすぐに寝息もたてずに眠ってしまった。

 会いに来たと思ったら、することしてそのまま寝るとか、なんて奴だ。
 
 忘れていたけど、初めてイヴェリスがうちに来たときも同じくらい強引だった。
 人間界で過ごしているうちに柔らかくなったものの、ベースは俺様気質だったことを思い出す。

 キレイな寝顔のイヴェリス。
 頬に触れると、少し眉をひそめる。
 前みたいに魔力を使うと疲れてしまうようなそぶりは無くて、完全復活しているような雰囲気がある。翼も生えてたし。

 それでも、このまま眠ったら、またイヴェリスが消えていなくなっちゃうような気がして。体は疲れているのになかなか寝付けなかった。

 カーテンの隙間から、朝日が差し込んでくる。
 その光に、寝ていたイヴェリスがいち早く反応する。

「……まぶしいっ」

 光から逃げるように、私の首筋に顔を埋めてきてくすぐったい。
 魔界に戻ったことで、また光に弱くなってしまったようだ。

「まだ起きていたのか……?」
「うん」

 光を避けながら、私がまだ起きていたことに気付く。
 私の心を読んだのか察したのかはわからないけど

「……大丈夫、俺は消えたりしない」
「ほんと?」
「ああ。だから、安心して眠れ」

 そう言って、ギュッと抱きしめてくれた。その言葉にホッとして、私も目を閉じてすぐ眠りにおちた。


「ん……」
「起きたか」

 目を覚ましてすぐ、イヴェリスと目が合う。

「わっ」

 私が起きるまでずっと、待っていてくれたようだ。

「相変わらずよだれを垂らして寝るんだな」
「……ねぇ!」
「ふっ」

 と思ってた矢先に、これだ。
「疲れてたんだからしょうがないじゃん!」なんて言い訳しながらも、恥ずかしくて顔から火が出そうになる。そして、そんな私をまたイヴェリスは面白がる。

「それでこそ、蒼だ」
「なにそれ」
「褒めている」
「どこがよ」
「かわいいと言っているんだ」
「全然違うでしょ」

 ベッドの中でする言い合いも、真顔で言われる「かわいい」も。
 幸せだった時間が戻ってきた。

「いま何時? わ、もうお昼過ぎてるじゃん」
「まだゆっくりしたい」
「ちょっと」

 ベッドから出ようとすると引き戻されるのも

「蒼、好きだ」
「わかったよ」

 何度も何度も好きと言われるのも

「蒼は好きじゃないのか?」
「す、好きだよっ」

 好きって言わせられるのも、あの時のままで。
 いつしか灰色になってしまった世界が、少しずつ彩りを取り戻していく。

「そろそろ、あの時のことを教えてほしいんだけど」
「ああ、そうだったな」

 やっとイヴェリスがベッドから出る気になったのか、起き上がった。
 目を覚ました時間はお昼過ぎだったのに、もうすっかり夕方だ。
 幸い、今日はバーでの仕事も入れてない。
 楓の結婚式の次の日だから、疲れるだろうなって思ってお休みにしていた。

 しばらく、イヴェリスがどこから話すか悩んでいると

「俺が話すか?」

 って、キッチンの方から急に声が聞こえてくる。
 その声に、ハッとする。

「トマリ!」
「蒼、久しぶりだな」

 キッチンに姿を現したのは、トマリだった。
 あの日とまったく変わらない表情を見て、また嬉しさがこみあげてきて駆け寄り、そのまま抱き着いた。トマリもまた、魔界で着ている服だろうか。軍服を着崩したような服装で、かっこよかった。

「よかった、トマリも生きてたんだね」
「俺が死ぬ要素ねぇだろ」
「あ、そうだっけ」
「フッ。とにかく、記憶がちゃんと戻ってよかった」

 ニカッて笑うと、トマリはわしゃわしゃと私の頭を撫でてくる。

「会いたかったよトマリ」
「ああ、俺も会いたかった」

 お互いにギューってきつく抱き合っていると、後ろからただならぬ気を感じる。
 振り返ると、イヴェリスが少しイラついたようにこっちを見ていた。

「こ、これは違うからね!?」
「ほう」
「だいたい、イヴェリスがいなくなるのが悪いし!」
「そ、それは」
「その間、トマリがずっとそばに居てくれたんだから!」

 あの時に言えなかったことを、やっと言えた。

 今さらトマリに嫉妬しても遅いし! 
 そもそも、私とトマリはそういう関係でもない。
 
 一年越しとは言え、あの時のことはさすがの私も根に持っている。

「おいおい、いきなり喧嘩かよ? 落ち着けって」

 来て早々に、殺気立つ私とイヴェリスの間にトマリが割って入る。

「話、するんだろ?」
「……ああ、そうだったな」

 あからさまに不機嫌そうな顔で、トマリを見るイヴェリス。

「悪いな、蒼。こいつ向こうで忙しくて命令ばっかりしてたから、ちょっと王様気分が抜けてないんだ」
「気分ってなんだ! 俺は王だ」
「……な?」

 そう言いながら、クスッて笑うトマリは相変わらずで。
 いつのまにか、イヴェリスよりも大人っぽくなっているような気がした。
 そして、不機嫌そうなイヴェリスがベッドの座るのを確認すると、トマリはあの日のことを話し始めた――



 ***



「イヴェリス様、早く蒼様の血をお飲みください!」

 突然現れた青年の声に、消えかけていたイヴェリスが反応する。
 私がさしだした首筋に牙をたて、枯れかけた体内へと私の血を吸い込んだ。

「ンッ……」

 ゴクゴクと喉を鳴らし、血を飲むイヴェリス。
 魔力の回復のためには、最低でも一人分の血を飲みきらないと足りない。
 そして、極限まで魔力を失っている吸血鬼は、一度血を口にすると飲み干すまで止まらなくなってしまうという。

「うっ……イヴェリスっ……」

 一気に血が抜きとられて、私は貧血を起こす。
 フワフワと浮いたような感覚と、目の前がチカチカとする感覚が同時に襲ってくる。

「トマリ様! イヴェリス様を離してください!!」

 その声が聞こえた時には、私は意識を失っていた。

「イヴェリス、やめろ! 蒼が死んじまう!!」
「っ……血が、血が欲しい、飲ませろっ」
「イヴェリス! 耐えろッ!」

 青年の指示によって、トマリが私の体から勢いよくイヴェリスを引き離す。
 イヴェリスは血を求め、私の首筋に何度も牙をたてようとしていた。

「イヴェリス様、落ち着いてください! もう血は十分なはずです。これ以上飲まれては、蒼様を治癒することは不可能になります!」

「蒼ッ……蒼ッ……!」

 冷静な青年の声に、イヴェリスは少しずつ意識を取り戻す。
 消えかけていた体がもとに戻りだす。胸の苦しみはなくなり、呼吸もできる。
 ただ、首から血が流れ、目の前でぐったりしている私を見た瞬間、イヴェリスは再び取り乱しはじめた。

「ぅああぁぁぁぁ!!!」

 頭を抱え、言葉にならない唸り声をあげる。

「俺が、蒼を殺したっ……俺がぁぁぁ」

 イヴェリスは涙を流しながら、私を抱き上げる。

「嫌だぁッ……俺はお前をっ……殺したくはなかったぁぁッ」

 いつも冷静なイヴェリスが、声を荒げて泣き叫ぶ。
 その瞬間、イヴェリスが光る。背中からは、黒くて大きな翼が勢いよく生えた。

「イヴェリス様! お姿がもとに戻っております! 今なら、間に合います! すぐに治癒を!」

 青年がまたイヴェリスに指示を出す。
 でもイヴェリスにはその声が届いていない。
 悲しみと比例して、漲ってくる力に苛まれていた。

「嫌だっ……もうこれ以上苦しませたくないっ!!」
「落ち着けっ! まだ蒼は生きてる! お前しか助けらんねぇんだぞ!」
「無理だっ……俺には無理だっ……」
「おい! このままじゃ、本当に死ぬぞ!!」
「蒼ッ……」

 トマリが必死にイヴェリスに声をかける。
 魔力を取り戻しながらも正気を失っているイヴェリスの力は計りしれなくて。
 トマリが近づけないほどの覇気を纏っていた。

「イヴェリス!! 蒼はまだ生きている!! 勝手に殺すな!」
「――ッ」

 その覇気に負けじと、トマリも魔力を放ちながらイヴェリスを殴った。

「ほら! 聞こえるだろ!! まだ心臓、動いてんだよっ!」

 殴られた勢いで倒れかけたイヴェリスの手をトマリが乱暴に掴むと、そのまま私の胸へとあてた。

「蒼ッ――」

 トクン、トクンと小さく鳴る私の鼓動を感じて、イヴェリスの瞳に光が戻る。

「イヴェリス様、早く治癒を!」

 今度は青年の声が耳に届く。
 イヴェリスはハッとしたように、ぐったりする私を優しく抱き上げた。

「蒼ッ……すまないっ……。苦しいが、我慢してくれっ……んぅ」

 そう言うと、イヴェリスはいつか熱を出したときみたいにキスをした。
 
 王子様のキスでお姫様が目覚めるなんておとぎ話がよくあるけど、これも似たようなものだろか。実際はあんなロマンチックなキスじゃなくて、空気を吸う間もなく、口から体内へと物体のない何かが入り込んでくる苦しいものだけど。

「んっ……」
「蒼ッ」
「もう大丈夫です。しばらく寝ていれば、回復しますよ」
「本当かっ?」
「はい。蒼様は、特別なお方ですから」

 その後、私は3日間眠り続けた。
 イヴェリスの魔力のおかげで、失った分の血液もゆっくりと再生していったらしい。

 
***





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