最悪最凶の現代令嬢~幼馴染みを盗られた私が悪役令嬢になるまで~

九戸政景

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プロローグ

「アンジェリカ・ヨーク! ここにお前との婚約の破棄を宣言する!」

 静まり返った舞踏会の会場の中心で短い金髪の男性が大きな声を上げる。声を上げたのは、この国の第一王子のクリストファー・ターラントであり、その言葉にその場にいた誰もが言葉を失った。たった一人を除いて。

「……婚約の破棄、ですか……」

 クリストファーの視線の先には綺麗なドレスを身に纏った長い赤髪の女性、アンジェリカが立っており、その言葉に驚いた様子を見せたが、すぐに余裕綽々といった様子でクスクスと笑う。

「お言葉ですが、クリストファー様。私は婚約を破棄されるような失態をした覚えはありませんし、貴方にこれまで様々な形で尽くしてきたと自負しています。それでも婚約を破棄されるおつもりですか?」
「当然だ! ドローレスが言っていたのだ! お前はドローレスを平民上がりの卑しい娘だと言って無碍に扱ったり夜毎こそこそ隠れては他の男に体を許していたとな!」
「……ほう、それは初耳ですね。たしかにドローレス様を私は平民上がりの方だとは思っていましたが、無碍に扱った覚えはありません。
それに、クリストファー様以外の男性に体を許したというのも記憶にありません。そもそも私はクリストファー様との初夜ですらまだな上にあまり他の男性と関わってきていませんから。それならば、ドローレス様の方が可能性はあるのではないですか? 少し見回した限りでもドローレス様と親密にされていた方を何人もお見受けしましたし」

 アンジェリカが辺りを見回すと、その射ぬくような視線は数人の男性の姿をとらえ、その視線に体を震わせた男性達は怒りを露にしながら前へと進み出た。

「ふざけるな、悪女め!」
「言うに事欠いて僕達を疑うとはね……皇女様はそこまで潔くないものなのかな」
「……この国の騎士団長に第二王子、その他にもいる方々も揃って美形で位が高い方ばかり……どうやらドローレス様はそういった方ばかりを好むようですね。それならば、学園でもあまり他の男性、特に同じように平民でありながら学園に入学なされた方々と関わろうとしなかったのも頷けます」
「ひ、ひどい……私はあまり男性と話すのが得意ではないだけなのに……」
「ああ、可哀想なドローレス……心配するな、今すぐにでもこの悪女を追い払い、お前を安心させてやるからな」

 アンジェリカを見るクリストファーの表情は険しく、ドローレス・ボールドウィンも目を潤ませてはいたが、アンジェリカに対してあざけりの色が表情には浮かんでおり、それを見たアンジェリカは小さくため息をつく。

「恋は盲目、という言葉がありますが、ここまで何も見えていないとは……まあ、よろしいですわ。ところで、ドローレス様?」
「な、何ですか……?」
「学園に通っていた頃、私は夜も貴女がクリストファー様達と歩いているところをみかけましたが……どなたの“夜伽”が一番楽しかったですか?」
「どなた……それは当然クリストファー様です」
「なっ……ド、ドローレス……!」
「え? わ、私……何か変な事を言いましたか……?」

 ドローレスが一体何が悪いのかという顔でキョロキョロとする中、クリストファーは頭を抱え、進み出た男性達はクリストファーへ向けて嫉妬と憎しみの視線を向け始め、アンジェリカは呆れたといった表情で深くため息をついた。

「はあ……まさかこんなにも簡単に引っ掛かるとは思いませんでしたわ。ドローレス様、せっかくなのでお教えしますが、夜伽よとぎというのは主君などのために夜通し付き添うという意味もありますが、私が聞いたのは寝所での男性との共寝、簡単に言うならば肉体関係についてです」
「えっ……あ、ああ……」
「夜に一緒にいた、というところから貴女はおおよそ夜のお散歩の事だと思ったのでしょうが、クリストファー様や他の男性と関係を持とうとするならば少しはお勉強なさった方が良いですわよ? 男性を悦ばせるテクニックばかりでなく、もっと教養や言葉について、ね」
「く、くうぅ……!」
「き、貴様ぁ!」
「あら、怖い。けれど、そこまでドローレス様にご執心ならさぞかし楽しい夜を過ごされたのでしょう? クリストファー様だけでなく他の皆様も。皆様、私のような婚約者をお持ちなのに」

 その言葉にドローレスと親密だった男性達は項垂れながらみな周囲からの冷たい視線にさらされ、アンジェリカは汚物を見るような目でクリストファー達を見た後、懐から数枚の紙を取り出した。

「……では、そろそろ幕引きにしましょうか」
「……なんだ、俺達を晒し者にしてお前は優雅にご帰宅か?」
「いいえ、違いますわ。幕引きをするのはあなた方ではありません」

 そう言いながら懐から今度はナイフを取り出すと、アンジェリカは会場にいる全員が息を飲む中で首筋にナイフを静かにあてがい、そのまま勢いよく引いた。
その瞬間、アンジェリカの首から鮮血が吹き出すと、その血はアンジェリカが持つ紙にかかり、紙は小さな鳥のような形に変化して飛び去っていった。

「い、今のは……」
「……ふふ、ご想像の通りです。私が作り上げた魔術の一つ、術者の血液に反応して鳥の形に変化し、そのまま手紙を相手に届けにいく“ブラッドピジョン”ですわ。これでようやく私も……いえ、“私達”も安心して逝けますわね」
「お前達……だと?」
「ええ、そうですわ。私が飛ばしたブラッドピジョンの宛先は私が一番信頼するメイドと私が此度の件で協力した方々、ドローレス様と仲良くされていた方々の婚約者の皆様です」
「なっ……!」
「お、お前……なんて事を!」
「お話はまだ終わってませんわよ。私のメイド、シャロンもブラッドピジョンを持っていますから、私の可愛い伝書鳩が到着したらお父様の元に飛ばすように指示を出しています。その意味、お分かりですわね?」
「父上か……!」

 クリストファーが悔しそうに言う中、アンジェリカは息も絶え絶えになりながら余裕そうな笑みを浮かべる。

「ご名答。今夜、陛下は会談のためにお父様と共にいますから、この夜会での件もすぐに知れ渡ります。そしてすぐにでもここへと……ふふっ、怒りに燃えるその凛々しいお顔を拝見出来ないのは残念ですわね」
「ぐっ……!」
「そして此度の協力者の皆様にも指示を一つ出しています。それはブラッドピジョンが到着次第の自害です」
「じ、自害だと……!?」
「……はい。私がこうしてナイフで首を引き裂いたのも、皆様に自害を指示したのも全ては高貴な存在のままで逝くため。このまま生きていても一人の泥棒猫に婚約者を盗られた哀れな女という目でしか見られません。
なので、こうしてその前に自ら命を絶つのです。あくまでも婚約者のために努め、最期の時まで高貴だった女性として。ふふ……この物語の悪役のような最期、さしずめ私は“悪役令嬢”といったところでしょうか」
「ま、待て……!」
「……では、皆様。ごきげんよう。望むなら……来世はこのようないさかいに巻き込まれないような平和な人生が良いですわね……」

 その言葉を最期にアンジェリカは膝をついてそのまま倒れこむ。その姿に会場の女性は揃って悲鳴を上げ、クリストファー達が絶句する中、アンジェリカの死に顔はとても優雅で安らかであり、血に染まったドレスすらも美しく見える程に淑女としての姿を保ったままだった。
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