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第四章:愛の誓い、決意の帰還
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リゲルの衝撃的な告白と、魂からの願いに、私の心は激しく揺れた。王都へ戻る。それは、あの拭い去れない屈辱を再び味わうかもしれない、あまりにも危険な道だ。私を裏切ったイグニスや、冷たく見捨てた父の顔を、もう一度見なければならない。
「…怖いのです」
思わず、心の奥底に押し込めていた本音が、か細い声となって漏れた。
「もう、誰かに裏切られるのは…見捨てられるのは、こりごりですわ。信じた相手に、価値がないと切り捨てられるのは…もう、たくさん」
私の震える手を、リゲルは両手で優しく、しかし力強く包み込んだ。
「ええ、怖いでしょう。あなたはたった一人で、あまりにも多くのものを背負いすぎてきた。ですが、聞いてください、セレス。もうあなたは一人ではありません」
彼の声は、夜の闇を溶かす月光のように、静かで、そして何よりも力強かった。
「私が、必ずあなたの隣にいます。あなたの盾となり、あなたの剣となり、あなたを傷つけようとする全ての者から、この命に代えてもあなたを守ってみせましょう。あなたのその卓越した知性も、気高さも、そして、あなたが必死に隠そうとする弱さや脆さも…その全てを、私が愛します」
愛、という言葉。その甘く、そして重い響きに、私の心臓が大きく跳ねた。
「あなたは、悪役令嬢などではない。あなたは、この国で最も聡明で、最も勇気ある、誇り高き女性だ。どうか、その力を、私のために、この国のために貸してほしい。そして…」
リゲルは一呼吸置くと、さらに熱のこもった瞳で私を見つめ、続けた。
「私の、生涯のパートナーになってほしい。公爵令嬢でも、聖女でもない、ただ一人の女性、セレスティアナ・あなた自身を、私の妃として迎えたい。このリゲル・デネブ・アルタイルの隣に、立ってくれませんか」
それは、プロポーズだった。断罪の夜会で突きつけられた、一方的で屈辱的な婚約破棄とは、何もかもが違う。私の家柄でも能力でもなく、私という人間そのものを認め、尊重し、共に未来を歩んでほしいという、魂からの願いだった。
涙が、頬を伝った。追放されてから、どんなに辛くても決して見せまいと固く誓っていた涙が、彼の前でだけは、止めどなく溢れてくる。
「…私には、もう何もありませんわ。公爵令嬢の身分も、財産も、後ろ盾も…何もかも失った、ただの追放された女です。あなたのような、偉大な方の隣に立つ資格など…」
「資格なら、ありすぎるほどです」
リゲルは立ち上がり、私の涙をその指で優しく拭った。
「私が望むのは、家の格でも財産でもない。あなたのその美しく、強く、そして気高い魂そのものです、セレス。…どうか、あなたの答えを聞かせてください」
私は、涙に濡れたぐちゃぐちゃの顔のまま、それでも精一杯の笑顔を作って、こくりと頷いた。
「…はい。喜んで。あなたと共に、どこへでも参ります、リゲル様」
その瞬間、リゲルの顔が、緊張から解き放たれた安堵と、純粋な喜びに輝いた。彼は私をそっと引き寄せ、力強く、しかし壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめた。彼のたくましい胸の中から、穏やかで力強い鼓動が伝わってくる。
「ありがとう、セレス。私の生涯をかけて、あなたを幸せにすると誓います。決して、後悔はさせません」
彼の腕の中で、私はようやく、心から安らげる、私の本当の居場所を見つけたと感じていた。
王都への帰還は、迅速に行われた。辺境伯リゲル・デネブ・アルタイルの名の下に集められた精鋭の騎士たちに護られ、私たちは一路、王都を目指した。
道中、リゲルは私を過保護なまでに気遣った。馬車は最新式で揺れが少なく、内装は天鵞絨張り。少しでも私が顔を曇らせれば、「セレス、疲れたでしょう。すぐに休憩にしよう」と馬車を止めてしまう。食事は常に温かいものが用意され、夜は最高級の白貂の毛皮が、私を北国の寒さから優しく守ってくれた。
「少し、過保護すぎやしませんこと? 私はこれでも、辺境の生活で随分とたくましくなりましたのよ」
私が苦笑しながら言うと、リゲルはあくまで真顔で答えた。
「これでも、まだ足りないくらいです。あなたは今まで、その心と体に、あまりに多くの我慢を強いられてきた。私があなたに与えたいのは、世界中のありとあらゆる幸福です。それを甘やかしていると言うのなら、私は喜んで、歴史に名を残す世界一の甘やかしかけになりましょう」
そのあまりにも真っ直ぐで、少しずれた溺愛ぶりに、私は呆れながらも、心の底から嬉しさが込み上げてくるのを止められなかった。この人は、本気で私を幸せにしようとしてくれている。その揺るぎない事実が、これから始まる王都での戦いに向かう私の心を、何よりも強く支えてくれていた。
「…怖いのです」
思わず、心の奥底に押し込めていた本音が、か細い声となって漏れた。
「もう、誰かに裏切られるのは…見捨てられるのは、こりごりですわ。信じた相手に、価値がないと切り捨てられるのは…もう、たくさん」
私の震える手を、リゲルは両手で優しく、しかし力強く包み込んだ。
「ええ、怖いでしょう。あなたはたった一人で、あまりにも多くのものを背負いすぎてきた。ですが、聞いてください、セレス。もうあなたは一人ではありません」
彼の声は、夜の闇を溶かす月光のように、静かで、そして何よりも力強かった。
「私が、必ずあなたの隣にいます。あなたの盾となり、あなたの剣となり、あなたを傷つけようとする全ての者から、この命に代えてもあなたを守ってみせましょう。あなたのその卓越した知性も、気高さも、そして、あなたが必死に隠そうとする弱さや脆さも…その全てを、私が愛します」
愛、という言葉。その甘く、そして重い響きに、私の心臓が大きく跳ねた。
「あなたは、悪役令嬢などではない。あなたは、この国で最も聡明で、最も勇気ある、誇り高き女性だ。どうか、その力を、私のために、この国のために貸してほしい。そして…」
リゲルは一呼吸置くと、さらに熱のこもった瞳で私を見つめ、続けた。
「私の、生涯のパートナーになってほしい。公爵令嬢でも、聖女でもない、ただ一人の女性、セレスティアナ・あなた自身を、私の妃として迎えたい。このリゲル・デネブ・アルタイルの隣に、立ってくれませんか」
それは、プロポーズだった。断罪の夜会で突きつけられた、一方的で屈辱的な婚約破棄とは、何もかもが違う。私の家柄でも能力でもなく、私という人間そのものを認め、尊重し、共に未来を歩んでほしいという、魂からの願いだった。
涙が、頬を伝った。追放されてから、どんなに辛くても決して見せまいと固く誓っていた涙が、彼の前でだけは、止めどなく溢れてくる。
「…私には、もう何もありませんわ。公爵令嬢の身分も、財産も、後ろ盾も…何もかも失った、ただの追放された女です。あなたのような、偉大な方の隣に立つ資格など…」
「資格なら、ありすぎるほどです」
リゲルは立ち上がり、私の涙をその指で優しく拭った。
「私が望むのは、家の格でも財産でもない。あなたのその美しく、強く、そして気高い魂そのものです、セレス。…どうか、あなたの答えを聞かせてください」
私は、涙に濡れたぐちゃぐちゃの顔のまま、それでも精一杯の笑顔を作って、こくりと頷いた。
「…はい。喜んで。あなたと共に、どこへでも参ります、リゲル様」
その瞬間、リゲルの顔が、緊張から解き放たれた安堵と、純粋な喜びに輝いた。彼は私をそっと引き寄せ、力強く、しかし壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめた。彼のたくましい胸の中から、穏やかで力強い鼓動が伝わってくる。
「ありがとう、セレス。私の生涯をかけて、あなたを幸せにすると誓います。決して、後悔はさせません」
彼の腕の中で、私はようやく、心から安らげる、私の本当の居場所を見つけたと感じていた。
王都への帰還は、迅速に行われた。辺境伯リゲル・デネブ・アルタイルの名の下に集められた精鋭の騎士たちに護られ、私たちは一路、王都を目指した。
道中、リゲルは私を過保護なまでに気遣った。馬車は最新式で揺れが少なく、内装は天鵞絨張り。少しでも私が顔を曇らせれば、「セレス、疲れたでしょう。すぐに休憩にしよう」と馬車を止めてしまう。食事は常に温かいものが用意され、夜は最高級の白貂の毛皮が、私を北国の寒さから優しく守ってくれた。
「少し、過保護すぎやしませんこと? 私はこれでも、辺境の生活で随分とたくましくなりましたのよ」
私が苦笑しながら言うと、リゲルはあくまで真顔で答えた。
「これでも、まだ足りないくらいです。あなたは今まで、その心と体に、あまりに多くの我慢を強いられてきた。私があなたに与えたいのは、世界中のありとあらゆる幸福です。それを甘やかしていると言うのなら、私は喜んで、歴史に名を残す世界一の甘やかしかけになりましょう」
そのあまりにも真っ直ぐで、少しずれた溺愛ぶりに、私は呆れながらも、心の底から嬉しさが込み上げてくるのを止められなかった。この人は、本気で私を幸せにしようとしてくれている。その揺るぎない事実が、これから始まる王都での戦いに向かう私の心を、何よりも強く支えてくれていた。
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