黎明のクォーツァイト、宵闇に愛を誓う

イアペコス

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終章:黎明の戴冠、宵闇の誓い

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王城の玉座の間。国王陛下臨席のもと、主要な貴族たちが顔を揃える緊急の御前会議が開かれていた。議題は、言うまでもなく、緊迫する隣国との関係と、日に日に増していくコランダム派閥の目に余る横暴についてだった。

会議が紛糾し、怒号が飛び交う中、大広間の重々しい扉が、音を立てて開かれた。そして、そこに現れた二人の人物の姿に、その場にいた誰もが息を呑んだ。

「辺境伯、リゲル・デネブ・アルタイル、ただいま帰還いたしました。そして、陛下に、この国の真の忠臣をご紹介したく、お連れいたしました」

リゲルの隣に立ち、堂々と胸を張って玉座を見据える私、セレスティアナの姿を認め、玉座の間は水を打ったように静まり返った。誰もが、亡霊でも見るかのような目で私を見ている。特に、玉座の脇に立つイグニス王子と、その隣で扇を握りしめるフローレッタの顔は、驚愕と恐怖で血の気を失い、青白く染まっていた。

「セ、セレスティアナ…!? なぜお前がここにいる! 追放された罪人が!」
イグニスが震える声で叫ぶ。

私はもはや彼を一瞥もせず、国王陛下の前まで静かに進み出て、完璧な優雅さでカーテシーを見せた。
「セレスティアナ・フォン・クォーツァイトにございます。陛下の御命令通り、辺境にて罪を償う日々を送っておりましたが、この国の未曾有の危機を座視できず、リゲル様の御導きのもと、馳せ参じました」

リゲルが一歩前に出て、国王に密約書の写しを厳かに差し出した。
「陛下。これが、コランダム男爵家が隣国の過激派と通じ、国家転覆を企てていた動かぬ証拠にございます」

国王がその証拠に目を通し、その顔がみるみるうちに怒りで赤く染まっていく。
「…コランダム男爵! これはどういうことか説明してもらおうか!」

陛下の雷のような声に、名指しされたコランダム男爵は、その場にへなへなと崩れ落ちた。フローレッタは「お父様!」と甲高い悲鳴を上げる。

「そ、そんなもの、捏造ですわ! その女が、私とイグニス様の仲を妬んで、辺境伯様を騙して仕組んだに違いありません!」
フローレッタがヒステリックに叫んだ。しかし、その必死の形相と恐怖に揺れる瞳が、彼女の嘘を雄弁に物語っていた。

私は静かに、しかしよく通る声で口を開いた。
「フローレッタ嬢。あなたが肌身離さずお守りとして身につけていらっしゃる、その美しい蝶の細工のペンダント。それは、隣国の王族にのみ伝わる、大変希少な『伝心蝶』の魔道具ですわね。あなたの亡きお母様の形見だと伺いましたが、あなたの母親は、この国の慎ましい平民の出身のはず。一体どこで、そのような国宝級の品を手に入れたのかしら?」

私の冷静な指摘に、フローレッタは「ひっ」と息を呑み、顔面蒼白になった。そのペンダントこそ、彼女が隣国のスパイであった母親から受け継いだ、秘密の連絡用の魔道具だったのだ。

全ての謎は、解けた。フローレッタは、国の乗っ取りを企む父親の駒であると同時に、亡き母の祖国のために動くスパイでもあった。彼女は、ただ愛されることを望む可憐な少女の仮面の裏で、二つの大きな秘密を抱え、その重みに耐えきれずにいたのだ。

「…私は…ただ、お父様に言われた通りに…イグニス様の愛だけが、私の全てだったのに…」
力なくうなだれるフローレッタに、もはやかつての輝きはなかった。

そして、イグニス王子。彼は、全ての真実を目の前で突きつけられ、まるで世界の終わりが来たかのように呆然と立ち尽くしていた。自分が心から信じ、愛した女の恐ろしい裏切り。そして、自分が愚かにも断罪し、無情に追放した女が、実はたった一人で国を救おうとしていたという耐え難い事実。

「セレスティアナ…すまなかった…。私が、私が全て間違っていた…! 頼む、許してくれ…!」
彼は私に駆け寄り、見苦しく許しを乞おうとした。しかし、私は凍てつくような冷ややかな視線で彼を見下ろすだけだった。

「今更、謝罪など結構ですわ、元殿下。あなたのその愚かさが招いたこの悲劇の責任は、ご自身の余生をかけて、ゆっくりとお取りくださいませ」

私の言葉は、彼への完全な決別と、最後の裁きの言葉となった。

事件の終結後、コランダム派閥は一網打尽にされ、首謀者たちは国家反逆罪で厳しく裁かれた。フローレッタは、情状酌量の余地ありとされ、全ての身分を剥奪の上、国境の修道院で生涯を神に祈って過ごすこととなった。そしてイグニス王子もまた、王位継承権を剥奪され、王城の一室で静かに歴史書を写すだけの謹慎生活を送ることになったという。

私の名誉は完全に回復され、クォーツァイト公爵家への復帰も許された。父は涙ながらに私に謝罪し、家に戻るよう懇願したが、私の心には何も響かなかった。

私の帰る場所は、もうあの冷たい屋敷にはない。

その夜、王城のバルコニーで、眼下に広がる王都の灯りを一人見下ろしていると、背後からふわりと温かいマントがかけられた。振り返るまでもなく、誰かはわかっていた。

「夜風は体に障りますよ、セレス」

「リゲル…」

リゲルは私の隣に立ち、そっと私の肩を抱き寄せた。
「全て、終わりましたね」

「ええ…。まるで、とても長く、そして恐ろしい悪夢を見ていたようですわ」

「これからは、良い夢だけを見ればいい。私が、あなたに生涯、幸福な夢だけを見せ続けてあげます」
彼はそう言うと、私の左手の薬指に、夜空からこぼれ落ちた星々をそのまま固めて作ったかのような、美しく輝くダイヤモンドの指輪をそっとはめた。

「改めて、私の妻になってください、セレスティアナ。私の愛する、ただ一人の人」

私は、この半年の間に浮かべたどんな笑顔よりも晴れやかな、満面の笑みで頷いた。
「はい、喜んで。私の愛する、旦那様」

私たちは、王都の無数の灯りを証人として、永遠の愛を誓う口づけを交わした。
悪役令嬢と呼ばれた女は、こうして真実の愛と自らの居場所を見つけ、辺境伯夫人として、新しい人生を歩み始めた。

後に、辺境伯領は彼女の類稀なる才覚によって、王国で最も豊かで平和な土地となり、領民は彼女を敬愛を込めて「黎明の賢婦人(れいめいのけんぷじん)」と呼んで心から慕ったという。
そして、その賢婦人の隣には、いついかなる時も、誰よりも深く彼女を愛し、とろけるように甘やかす夫の姿が、常にあったそうだ。
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