氷の薔薇は愛に目覚める~婚約破棄された令嬢と救国の王子~

イアペコス

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仮面の亀裂 1

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王宮の壮麗な門が背後でゆっくりと閉ざされる音は、エリザベスにとって、これまでの人生との決別の響きを伴っていた。ルシアン王子に腕を支えられながら、夜の冷気が漂う庭園の石畳を踏みしめる一歩一歩が、まるで未知の深淵へと続く階段を下りているかのように感じられた。先程までの華やかな喧騒と、幾重にも降り注ぐシャンデリアの光は嘘のように消え去り、今はただ、重く湿った夜の空気と、時折頬を撫でる冷たい風だけが現実だった。怒りと屈辱で沸騰しそうだった頭は、この冷気によって徐々に冷やされ、代わりに、鋭いガラスの破片のような絶望感が、心の隙間に容赦なく突き刺さり始めていた。

ルシアンの紋章が目立たぬように、しかし確かな品格をもって刻まれた馬車は、まるで夜の闇そのものが形を変えたかのように、月桂樹の濃い影の中に静かに待機していた。無口な従者が恭しく扉を開くと、エリザベスはもはや自分の意志ではなく、ただ状況に流されるままに、その薄暗い車内へと足を踏み入れた。ビロード張りのシートは柔らかく身体を受け止めたが、それはまるで底なし沼に沈んでいくような、不安な感覚を伴った。続いてルシアンが乗り込み、扉が閉ざされると、車内は外界から完全に隔絶された、息の詰まるような閉鎖空間となった。馬車が動き出す微かな振動が、彼女の張り詰めた神経をさらに苛んだ。

どれほどの時間が、まるで凝固したかのように経過しただろうか。車窓の外を、時折通り過ぎるガス灯のぼんやりとした光が、まるで過去の幸福な記憶の断片のように、瞬いては消えていく。その儚い光が、向かいに座るルシアンの彫像のように整った横顔を、一瞬だけ照らし出し、そしてすぐにまた深い影の中へと戻してしまう。彼は何も語らず、ただ静かに窓の外の闇を見つめている。その沈黙は、エリザベスを気遣ってのことだと理解はできたが、今の彼女には、まるで無言の圧力のように感じられ、喉の奥がカラカラに渇いていくのを感じた。心臓の鼓動だけが、やけに大きく耳の奥で響いていた。

耐えきれなくなったのは、やはりエリザベスの方だった。指先は氷のように冷たく、声が震えそうになるのを奥歯を噛み締めて必死でこらえながら、彼女はほとんど息だけで言葉を紡ぎ出した。
「…な…ぜ…で、ございますか…?」
その声は、自分でも驚くほどか細く、まるで風前の灯火のように頼りなかった。
「なぜ、わたくしのような…『曰く付き』の女を…お助けになったのでございますか、ルシアン殿下…?あのような…あのような公衆の面前で、殿下ご自身の、シルヴァリア王国との関係さえも危うくするかもしれないような…無謀なことを…」
言葉にするうちに、先程の屈辱が再び鮮明に蘇り、声が震えそうになる。婚約を破棄され、社交界から追放され、おそらくは父である公爵からも見捨てられるであろう自分。そんな価値のない自分に、なぜこの聡明で将来有望な隣国の王子が、これほどのリスクを冒してまで手を差し伸べたのか。同情か、それとも何か裏のある気まぐれか、あるいはもっと計算された政治的な意図があるのか。疑念と、ほんのわずかな、しかし消し去ることのできない期待が、彼女の混乱した心の中で激しくせめぎ合っていた。
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