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美味しさの秘密
圧力鍋はシュッシュと音を立て、部屋には煮物の匂いが食欲をそそらんばかりに充満している。ご飯も炊け、お味噌汁ももう出来上がっている。侑希はエプロンを外した。翔も美味しそうな匂いに誘われてリビングに着席した。
「何作ってるの? いい匂い!!」
「何やと思う?? ヒントは翔くんの好きなものでーす」
「侑希ちゃんの作る煮物の中で1番好きなんはぶり大根かなー」
「大正解!!」
「よっしゃ!! ぶり大根楽しみやー」
翔と侑希は、同棲を始めて約3年になる。2人は交際してから3年半、ずっと会話は絶えず、毎日キスやハグなどのスキンシップも欠かさず、もちろんときには喧嘩もするが、いつもらぶらぶだ。
侑希は圧力鍋のスイッチを止め、ぶり大根をお皿に盛ってお味噌汁をお椀によそった。翔もお茶碗にご飯をよそう。
「いただきます!!」
言うやいなや、翔はぶり大根を5分と経たずぺろりと食べてしまった。
「翔くん、食べるの早っ!!」
「美味すぎた……」
30分ほど煮込んでつくられたぶり大根だったけど、その翔の幸せな5分間のためなら、30分煮込まれた甲斐もあったというものだろう。
侑希はいつも、自分の手料理を翔が喜んで食べてくれることが嬉しくて堪らない。そして何より、侑希は翔が好きな物を食べる美味しい表情が大大大好きなのだ。
翔と侑希は2人揃っていける口だ。仕事後、2人で晩酌する時間は、2人にとって至福のひとときなのだ。
この日は、2人で海鮮居酒屋へ来ていた。
2人は辛口の日本酒といくつかお刺身を頼んだ。日本酒とお刺身。これは最高である。
そして、ひときわ2人を唸らせたのは帆立のお刺身だ。白くつやめくその帆立のお刺身は、口の中でぷりっとした肉厚の食感とともに甘みと旨みが広がっていく。これはもう、ほっぺがおっこちそうだ。
その帆立の余韻に浸りつつ侑希が翔の方を見やると、翔は幸せを噛み締めるように、2切れ目の帆立を咀嚼していた。
侑希はその様子を眺め、嬉しくなる。
「この帆立、すごい破壊力!! 1粒の満足感がすごかったー。残り全部翔くんが食べていいよ」
「え、侑希ちゃんもう食べないの?」
「翔くんの、美味しそうなお顔見る方がわたしは幸せやねんよ」
そして侑希は日本酒を飲みつつ、翔が帆立を食べる姿をずっと眺めていた。
侑希は、日本酒と帆立を楽しむ翔をぼんやり眺めながら、ふと、幼少時代の出来事を思い出していた。
侑希が7歳くらいの頃だったか。それは家族で鰻丼を食べに行った日のことだった。大きなお丼の中を覗くと、白ご飯の上に鰻が二切れ程乗っていて、タレがかかっていた。鰻の甘みと旨みとろける様な味わいは幼い侑希にも美味しくて、喜んで食べ進めた。ただ、ご飯と鰻を上手く配分して食べるということは考えられなかったみたいで、上の鰻をすっかり食べてしまい、お丼にはただのタレがかかったご飯だけが残っていた。鰻のタレは甘く、それはそれで美味しいかもしれないな、などと考えながらその“タレご飯”を食べていたら、そんな侑希のお丼の中の状況に気づいた侑希の父親が「侑希ちゃんは鰻丼食べんのへったくそやなぁ。ご飯しかないやん」と、自分のお丼から、鰻を一切れ私のご飯の上に乗せてくれた。
今思うと、父も今の侑希と同じ気持ちで侑希に鰻をくれたのかもしれない。
美味しいものには2通りの味わい方がある。1つは美味しいものを食べてその美味しさを味わう味わい方。もう1つは、大切な人が美味しいものを美味しそうに食べていることの喜びを味わう味わい方。そしてその2通りをあわせると2倍美味しくなる。
それがきっと、大切な人と美味しいものを食べると、美味しく感じる理由なのかもしれないな、と侑希は思った。
「侑希ちゃんは他に食べたいものある?」
「ええと、ブリのカマ焼き!!」
「いいね、食べよ食べよ!!」
2人が帰路に着く頃には、2人ともすっかり千鳥足になっていたのだった。
「何作ってるの? いい匂い!!」
「何やと思う?? ヒントは翔くんの好きなものでーす」
「侑希ちゃんの作る煮物の中で1番好きなんはぶり大根かなー」
「大正解!!」
「よっしゃ!! ぶり大根楽しみやー」
翔と侑希は、同棲を始めて約3年になる。2人は交際してから3年半、ずっと会話は絶えず、毎日キスやハグなどのスキンシップも欠かさず、もちろんときには喧嘩もするが、いつもらぶらぶだ。
侑希は圧力鍋のスイッチを止め、ぶり大根をお皿に盛ってお味噌汁をお椀によそった。翔もお茶碗にご飯をよそう。
「いただきます!!」
言うやいなや、翔はぶり大根を5分と経たずぺろりと食べてしまった。
「翔くん、食べるの早っ!!」
「美味すぎた……」
30分ほど煮込んでつくられたぶり大根だったけど、その翔の幸せな5分間のためなら、30分煮込まれた甲斐もあったというものだろう。
侑希はいつも、自分の手料理を翔が喜んで食べてくれることが嬉しくて堪らない。そして何より、侑希は翔が好きな物を食べる美味しい表情が大大大好きなのだ。
翔と侑希は2人揃っていける口だ。仕事後、2人で晩酌する時間は、2人にとって至福のひとときなのだ。
この日は、2人で海鮮居酒屋へ来ていた。
2人は辛口の日本酒といくつかお刺身を頼んだ。日本酒とお刺身。これは最高である。
そして、ひときわ2人を唸らせたのは帆立のお刺身だ。白くつやめくその帆立のお刺身は、口の中でぷりっとした肉厚の食感とともに甘みと旨みが広がっていく。これはもう、ほっぺがおっこちそうだ。
その帆立の余韻に浸りつつ侑希が翔の方を見やると、翔は幸せを噛み締めるように、2切れ目の帆立を咀嚼していた。
侑希はその様子を眺め、嬉しくなる。
「この帆立、すごい破壊力!! 1粒の満足感がすごかったー。残り全部翔くんが食べていいよ」
「え、侑希ちゃんもう食べないの?」
「翔くんの、美味しそうなお顔見る方がわたしは幸せやねんよ」
そして侑希は日本酒を飲みつつ、翔が帆立を食べる姿をずっと眺めていた。
侑希は、日本酒と帆立を楽しむ翔をぼんやり眺めながら、ふと、幼少時代の出来事を思い出していた。
侑希が7歳くらいの頃だったか。それは家族で鰻丼を食べに行った日のことだった。大きなお丼の中を覗くと、白ご飯の上に鰻が二切れ程乗っていて、タレがかかっていた。鰻の甘みと旨みとろける様な味わいは幼い侑希にも美味しくて、喜んで食べ進めた。ただ、ご飯と鰻を上手く配分して食べるということは考えられなかったみたいで、上の鰻をすっかり食べてしまい、お丼にはただのタレがかかったご飯だけが残っていた。鰻のタレは甘く、それはそれで美味しいかもしれないな、などと考えながらその“タレご飯”を食べていたら、そんな侑希のお丼の中の状況に気づいた侑希の父親が「侑希ちゃんは鰻丼食べんのへったくそやなぁ。ご飯しかないやん」と、自分のお丼から、鰻を一切れ私のご飯の上に乗せてくれた。
今思うと、父も今の侑希と同じ気持ちで侑希に鰻をくれたのかもしれない。
美味しいものには2通りの味わい方がある。1つは美味しいものを食べてその美味しさを味わう味わい方。もう1つは、大切な人が美味しいものを美味しそうに食べていることの喜びを味わう味わい方。そしてその2通りをあわせると2倍美味しくなる。
それがきっと、大切な人と美味しいものを食べると、美味しく感じる理由なのかもしれないな、と侑希は思った。
「侑希ちゃんは他に食べたいものある?」
「ええと、ブリのカマ焼き!!」
「いいね、食べよ食べよ!!」
2人が帰路に着く頃には、2人ともすっかり千鳥足になっていたのだった。
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