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チュートリアル

……あれ?

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 十秒ほど訪れる静寂――。
 ステータスウィンドウを確認するための待ち時間でも設定されていたのだろう。

 ピエロはコホンと咳払いした。

「説明は以上となりますが、最後に忠告です! 基本的にクリアできないミッションなどありません。権利を得ているからこその戦い! 重要なのはよく考え、気づくことなのです! それでは張り切って……いってらっしゃいませ!」

 ピエロが右手を大きく振ると、次第に姿が薄くなり、やがて消えてゆく。
 代わりに正面の壁に大きなディスプレイが出現し、三秒からのカウントダウンが始まった。

(やるしかないってことなのかな……)

 普段なら動悸を起こしたり、冷や汗を流す場面かもしれない。だけど夢の中にいるせいか、僕の心と身体は沈黙を保ったままだった。

 カウントが0になった時、白一面の空間は、一瞬にして黒く塗りつぶされた。



(ここは……)

 先ほどの狭い空間から一変。僕は広い草原の中にいた。周囲を見渡してみようとしたのだが、不意に聞こえた物音に僕は反射的に振り返った。

「こ、こいつは!?」

 そこには身長二メートルほどの人物が立っていた。いや、人物というと、語弊ごへいがあるかもしれない。

 全身緑の身体は筋肉の鎧に覆われており、下あごからは大きな二本の牙が覗いている。

 向こうもこちらに気づいたようで、大きな叫び声と共に右手の棍棒を振りかぶると、僕に向かって走ってきた。

「オ……オーク!? うわあぁぁぁ!!」

 戦えとは聞いていたが、いきなり相手がモンスターだとは思わなかった。
 慌てた僕はオークに背を向け、その場から逃げ出したのだが――



(……あれ?)

 三分ほど走っただろうか。ふと疑問に思った僕はその場に立ち止まった。

 普段なら息を切らせているはずの僕の身体は何ともなく、今もなお走り続けることが出来る。
 しかも僕の方が足が速いのか、オークは既に二十メートルほど後方にいた。

 これほど離れても視認出来るのは、周囲に障害物が何もないからだ。

(もしかして体力は無限なのか? これが夢の中だから……)

 ある意味当然といえなくもないが、夢の中でいくら動き回ろうと人は疲れない。
 ずっとこのスピードを維持して動き続けられるなら、少なくとも捕まることはなさそうだ。

(とはいえ、戦うっていうのはなぁ。せめて何か武器があれば……)

 石や枝でも落ちていれば、拾って武器に出来たかもしれない。けれど見事に何もない空間では、頼れるのはこの身一つ。しかも相手は武器を持っている。

 素手で殴りかかろうものなら、玉砕するのは火を見るより明らかだった。

     ★

「朝……か」

 うっすらと目を開けた時、そこは慣れ親しんだ自室のベッドの上だった。結局僕はオークに立ち向かうことなく、逃げ続ける道を選んだ。

 オークはそれほど早く移動は出来ないらしく、逃走を決めれば楽なものだった。
 ただ、最初はよかったものの、すぐに飽きてしまったのだ。


 だって想像してみてよ。一晩中見てる夢がオークとの鬼ごっこなんだよ?

 時計がないから時間はわからなかったけれど、たぶん七時間くらい走ってたんじゃないかな?

 今夜も同じ夢を見るのだとしたら……さすがにそれは苦痛すぎるだろう。

「うーん。次は戦って……みようかな?」

 ベッドの上で唸る僕は、そんなことを考えていたのだった。
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