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132話 黒に近い灰色
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アイヴィナーゼ近衛騎士団団長アウグストが、バラドリンドの諜報員が営む宿に向かった。
果たしてこれを鵜呑みにするのは如何なものか。
情報を持ってきたのは、ウィッシュタニア魔法王国の諜報員であるフリッツだ。
仕事はできる様だが信頼関係も何もないので信用は出来ない。
「今もまだその宿屋に居たりする?」
「――はい、宿の主人と会話中だそうです」
おっさん同士で内緒話か、想像すると気色悪いな。
おっさん同士がストロー2本差しのクリームソーダを飲み合うような距離で頬を赤らめて談笑しているシーンを思い浮かべ、思わず顔が引きつった。
なぜそんなグロ映像を想像した?
「どうかされました?」
「――こほん。いや、なんでもない。すまないが現場に連れて行ってもらえるか?」
「こちらです」
疑わしいなら直接見に行けばいいじゃないかと現場に急行する。
到着したのは宿屋らしき建物の向かいにある雑貨店の裏道の影。
そこには特徴の乏しい地味な女シーフが、望遠鏡で宿の中を見張っていた。
他にも似たような地味な恰好の男が1人いる。
どうやらツーマンセルで活動している様だ。
「ご苦労様です。あそこですか?」
「はい」
フリッツ達の視線の先には3階建ての宿屋が見える。
入り口には太陽を模した看板がかかり、〈光の福音亭〉と書かれているのをボーナススキルの視力強化で視認する。
「中の様子はどうです?」
「特に変化はなく」
そのまま宿屋の一階の窓の中をのぞき込むと、確かにアウグストが食堂のカウンター席で店の主人らしき中年男性と話をしているのも確認した。
「店主の顔には緊張が見られます。初老の男性の方は酒を飲みながら終始ニヤニヤしています」
「ふむ……」
女はやや緊張した面持ちで詳細な報告を寄越してきた。
だがそれだけで状況を把握する程の心理分析ができる訳でもなく、聞かせてもらっても残念ながら生かせない。
問題は本当に内通者なのかというところだ。
仮に内通者だとして、どんなやり取りをしているか。
想定されるのは俺の存在やクラウディアの動向だろう。
だがこれはまずい、よしのんを匿っている人物が勇者殺しをするだけの実力があるなんて、バラドリンドにはバレていないことだ。
こんなところで仮想敵に身バレするとは想定外にもほどがある。
もしバラドリンドの勇者と戦う羽目になった場合、よしのんをおとりに陰から強襲する手もあったが、この戦法が使えなくなった。
くそぅ、もしジジイがバラドリンドと内通しているとわかったら即処分してやる。
更にボーナススキルの聴覚強化を発動するも、流石にここからでは聞こえない。
かといって、これ以上近付くと気付かれてしまう恐れが高い。
「あのジジイは迷わずここに直行したのか?」
「街の方々に店の場所を訪ねてましたから、おそらくは」
つまり、名前は知っていたけど場所までは詳しく知らなかったということか。
フリッツの言葉が本当なら、今の出灰色の疑惑が限りなく黒に変わったな。
だがこれ以上はどうにもできない。
「……ジジイに関してはこっちでも対策を講じるが、そのまま調査を頼めるか?」
「その程度のことお安い御用です。是非お任せください」
「それとお前の主には〝そっちが友好的であり続けるのなら、18人まで魔晶石での経験値増加込みのレベル上げに付き合ってやる〟と伝えておいてくれ」
「宜しいのですか?」
「魔晶石はそちら持ちだがな」
「感謝致します」
朝からにさわやかな笑顔で感謝を告げてくるフリッツ。
だが服には土埃の他に、ケットシーの体毛があちこちに付きっぱなしなので身だしなみもへったくれも無い。
服に猫の毛とかちょっと羨ましい……。
「それじゃぁワープゲートで引き上げるけど、3人はどうする? 家のままでなら送っていくけど?」
「いえ、我々はここに残りますのでお気になさらず」
「そうか」
そのままワープゲートで家に帰還し、皆とアウグストの事を話し合う。
「まさか、アウグストがそんな……」
「まだ黒と決まった訳じゃないけどね」
信じられないとばかりに呻くクラウディア王女に希望的な言葉をかけておくが、例えフリッツ達がアウグストを誘導したとしても、そう都合よくあんな場所に向かうか疑問である。
もしあれがフリッツ達による工作活動のたまものだとしたら、それはそれで逆に感心するが。
……あぁ、そうか、彼らがアウグストをあそこへ誘導した可能性も否定はできないのか。
やはりすべてが確定するまで灰色としておくべきだな。
心情的に奴が黒であってほしいが、現実的な面では白でないと非常に困る。
「とりあえず、また魅了をかけて洗いざらい白状させるからスタートかな?」
「う~む、それはのぅ……」
俺の案にイルミナさんが心底嫌そうな表情でつぶやきを漏らした。
やはりあのジジイと何かあったのかな?
「ダメですか?」
「ダメというか、恐らく不可能じゃ」
「と言いますと?」
「お主も気付いていたであろう、我がお主らに助けられた時、我の他にも奴隷に身を窶した者たちが居た事を」
イルミナさんがキングオルトロスと戦っていた足元には、粗末な装備が幾つか落ちていたのを思い出す。
やはりあれはそういうことだったのか……。
けど、今はそれとアウグストの魅了不可が関係あるのだろうか?
関係あるから話し出したのだろうと、口を挟まず黙って聞くことにする。
「その奴隷なのじゃが――」
それからイルミナさんは、アウグストの所業を話してくれた。
イルミナさんが魔族領の種族として、アイヴィナーゼ王国の兵達に捕らえられた後の事だ。
アイヴィナーゼの牢獄に囚われていたイルミナさんは、そこで魔族の少年や人狼、コボルトやスキュラ、ミノタウロス、そしてダークエルフなど、何人もの人達が居た。
その中からアキヤによって連れ出されたのは、迷宮で魔物に対する肉壁として使えそうなイルミナさんや男達で、イルミナさんを除く全ての奴隷達があそこで命を落としたそうだ。
むごい話ではあるが、それならアキヤ1人の所業である。
ところが話しの焦点は、その時に連れられていた魔族の少年に当てられた。
まだ12才位のその少年は、とても顔立ちの整った美少年で、その少年に目を付けたアウグストは、夜な夜な牢獄に来ては彼を凌辱していたのだそうだ。
ホモォ……。
「それってつまり……」
「魅了は女の我が使うた場合、女子が好きな者には男女問わず有効じゃが、男好きには効果は無い。ほれ、おぬしの仲間に頭の禿げた者がおるじゃろ? 奴に魅了をかけても効果は現れんじゃろうな。それと、性的趣向が年端も行かぬ者である場合も駄目な事が多いのぅ」
イルミナさんが魅了の有効対象の説明に、レスティーを例に取り上げた。
魅了の弱点がまさかホモだったとは……。
あと年齢的な趣向、見た目はロリペド的なやつもダメと。
そして一応は女性の同性愛者には通じるのか、何かの役にたつかもしれないので、頭の片隅にでも留めておこう。
肝心な時に忘れるフラグだな。
「アウグストがアキヤに、あの魔族の少年を連れて行かないよう懇願していたのはそういう事訳がありましたのね……」
そんな俺達の話しを聞いていたクラウディアが、先程以上にショックを受けた様子でその表情が更に曇る。
謎は全て解けた!
良かったね、クラウディア姫様。
そんな謎、出来れば一生知りたくは無かっただろうが。
直に顔を知っている老人のショタホモ趣味なんて、俺も知りたくなかったわ。
てか国の重鎮(?)が懇願したことを無視したのか、人として歪みすぎだろ元勇者。
「しかし、奴とバラドリンドとの接点はなんなんだろうな……金とか?」
「「「「え?」」」」
「え?」
俺の何気ない呟きに、イルミナさんとフィローラとユニス、それにクラウディアまで〝こいつ何言ってんの?〟みたいな顔を俺に向けてくる。
いや、流石にそこまでは酷く無いので今のは被害妄想だな。
クラウディアは本気でそう思ってそうだが。
「てっきりバラドリンドは宗教的に魔族排斥の信条とか有りそうだから、アウグストの性癖と相いれないと思ったんだけど、おかしなこと言った?」
「いえ、良い読みはしていますよ」
ユニスが好意的なフォローをしてくれる。
「バラドリンドの北方の一部が魔族領と繋がっていまして、そこでは魔族を好む好事家に高値で取引されているとの話をリベクさんに聞いたことがあります」
「リシア殿の仰るように、魔族の子供を捕らえられれば一生遊んで暮らせる額の大金が手に入ると、命知らずな冒険者が後を絶ちません。バラドリンドもウィッシュタニア同様教敵である魔族が苦しみ、自分達の懐が潤うならと黙認していますね」
「浅ましい限りじゃな」
リシアとユニスによる説明に、イルミナさんが皆の気持ちを代弁するかのように吐き捨てた。
リシアは商業関係に関する知識に詳しく、ユニスは周辺諸国の世情などに詳しいので大いに助かる。
そんな彼女達の話を整理しながら口に出していく。
「アウグストの性癖はバラドリンドの性質と合致すると言うことか。アイヴィナーゼの内情などを教える見返りに、奴には魔族の少年を与えるみたいな感じで。それだと一度少年の身柄を渡してしまうと、それっきり情報を流さなくなる可能性も十分にあり得るが……」
「アイヴィナーゼでは魔族領の人種を奴隷として傍に置くことは許されていますが、魔族を囲うことを許してはおりません。発覚次第今の地位や資産諸共没収されますわ。継続して情報を渡さなければ暴露すると脅し、魔族や資産を手放したくなければ情報を流し続けるでしょう」
「あー、なるほど」
そういえば、そんな話をつい最近したばかりだったな。
クラウディアに対し何食わぬ顔でお茶を飲みながら返事をするも、正体が半魔半蛇であるエセドワーフのメリティエの事を考えると、内心ヒヤヒヤである。
メリティエの本来の外見は、艶やかな濃紺の黒髪に側頭部から延びる黒く大きな硬質の角、半魔の上半身は肌が青く、蛇の下半身は手の甲と共に青黒い蛇皮が覆い光沢を放つ。
黒目に縦長瞳孔の色は金色で、猫とは真逆の色合いをしている。
下手な魔族よりよっぽど魔物じみていそうだが、俺的にはドストライクだけど。
俺と同じ心境のイルミナさんは、出来る限り自分の娘であるメリティエを見ないようにと目線をワザとらしく逸らし、朝食から合流したは良いが食べてすぐにイルミナさんの膝枕で眠むってしまったよしのんを猫可愛がりし始めた。
ほかの皆も急に視線を彷徨わせ、白々しい空間が出来上がった。
当のメリティエはそんなことには全く気付いていない様子で、リビングの片隅でトトと一緒になってオルトロスのペスルとじゃれている。
はたから見たら襲われているようにも見えなくもないな……。
それとよしのんは夜更かしし過ぎだ。
この後迷宮に行くのを忘れてるだろ。
「他にも奴隷契約はバラドリンド側が握っておいて、リークを続けないと渡した少年を殺すと言えばいくらでも引き出せるか」
「その可能性もありましゅね」
「問題は本当に奴がバラドリンドと繋がっていればだけど」
リシアの膝の上に座るフィローラの癖っ毛を撫でながら皆に告げる。
最近は誰かしらの膝の上に座らされてるフィローラが可愛すぎるせいで、視界に入ると雰囲気が締まらないどころか逆に和んでしまう。
可愛いから良い。
可愛いからなんでも許される。
kawaii! kawaii!
今日は一段と思考が逸れるな。
「証拠も無しに近衛騎士団団長の地位に在る者を〝疑わしきは罰せよ〟とは行きませんし」
「そうしてしまえば良いのに……」
ユニスの言葉にセシルがぼそっと小さくつぶやき、俺と出会った頃の人の心情を考えないドライなセシルが久々に顔を覗かせる。
それは俺も激しく同意だが、一応否定しておくか。
「気持ちは凄く分かるけど、それをやってしまうと臣下の間で〝次は自分かも〟となって、忠誠心が下がる事態になるから流石にね」
「ごめんなさい……」
「いや良いよ。実際俺も心の中では面倒くさいから罰せられてしまえと思ったし」
「じゃのぅ。いっそのこと、闇夜にまぎれて拉致って吐かせてしまえば良かろうに」
「それをしゅれば無法者になり下がりまふよ?」
「冗談じゃ♪」
フィローラのツッコミにイルミナさんがお道化て見せる。
イルミナさんは直情的な性格をしているので、今のは恐らく本気だろう。
しかし、俺たちが出来る範囲で合法的となるとたかが知れている。
となると、暴力的ではないが非合法な手段を使わざるを得ないか。
「じゃぁさ、あのお爺さんの家に忍び込んで、魔族の子を見つければ良いんじゃないかな? いなかったら何もしないで帰ってくれば良いんだし」
「馬鹿な、モティナの癖に俺の思考を先回りした、だと……!?」
「ひっどーい、なによそれー! 私だって皆の為に色々と考えてるんだからねっ!」
「あはは、ごめんごめん、モティナがこの手の話しに意見を言ってくれるとは思わなかったから、ついからかいたくなったんだ。これからもどんどん意見を言ってくれると助かるよ」
俺の謝罪にモティナが「知らない!」とそっぽを向き、それを見ていた皆が笑う。
けど、家に忍び込むとなると、やはりアイヴィナーゼの首都に行かねばならない。
アイヴィナーゼへのワープポイントも確保しなければ。
あと、寝ているよしのんを叩き起こしてでもウィッシュタニアにも行っておこう。
それで話しは〝しばらくはアウグストを泳がせ、屋敷に忍び込む前にフリッツ達の調査報告を待つ〟という結論が出たところで、ちょうどレスティー達がやって来た。
あぁそうだ、レスティー達にアイテムを分配しないとだな。
あれやこれやと片付けると、俺達はライシーン第五迷宮へと繰り出した。
果たしてこれを鵜呑みにするのは如何なものか。
情報を持ってきたのは、ウィッシュタニア魔法王国の諜報員であるフリッツだ。
仕事はできる様だが信頼関係も何もないので信用は出来ない。
「今もまだその宿屋に居たりする?」
「――はい、宿の主人と会話中だそうです」
おっさん同士で内緒話か、想像すると気色悪いな。
おっさん同士がストロー2本差しのクリームソーダを飲み合うような距離で頬を赤らめて談笑しているシーンを思い浮かべ、思わず顔が引きつった。
なぜそんなグロ映像を想像した?
「どうかされました?」
「――こほん。いや、なんでもない。すまないが現場に連れて行ってもらえるか?」
「こちらです」
疑わしいなら直接見に行けばいいじゃないかと現場に急行する。
到着したのは宿屋らしき建物の向かいにある雑貨店の裏道の影。
そこには特徴の乏しい地味な女シーフが、望遠鏡で宿の中を見張っていた。
他にも似たような地味な恰好の男が1人いる。
どうやらツーマンセルで活動している様だ。
「ご苦労様です。あそこですか?」
「はい」
フリッツ達の視線の先には3階建ての宿屋が見える。
入り口には太陽を模した看板がかかり、〈光の福音亭〉と書かれているのをボーナススキルの視力強化で視認する。
「中の様子はどうです?」
「特に変化はなく」
そのまま宿屋の一階の窓の中をのぞき込むと、確かにアウグストが食堂のカウンター席で店の主人らしき中年男性と話をしているのも確認した。
「店主の顔には緊張が見られます。初老の男性の方は酒を飲みながら終始ニヤニヤしています」
「ふむ……」
女はやや緊張した面持ちで詳細な報告を寄越してきた。
だがそれだけで状況を把握する程の心理分析ができる訳でもなく、聞かせてもらっても残念ながら生かせない。
問題は本当に内通者なのかというところだ。
仮に内通者だとして、どんなやり取りをしているか。
想定されるのは俺の存在やクラウディアの動向だろう。
だがこれはまずい、よしのんを匿っている人物が勇者殺しをするだけの実力があるなんて、バラドリンドにはバレていないことだ。
こんなところで仮想敵に身バレするとは想定外にもほどがある。
もしバラドリンドの勇者と戦う羽目になった場合、よしのんをおとりに陰から強襲する手もあったが、この戦法が使えなくなった。
くそぅ、もしジジイがバラドリンドと内通しているとわかったら即処分してやる。
更にボーナススキルの聴覚強化を発動するも、流石にここからでは聞こえない。
かといって、これ以上近付くと気付かれてしまう恐れが高い。
「あのジジイは迷わずここに直行したのか?」
「街の方々に店の場所を訪ねてましたから、おそらくは」
つまり、名前は知っていたけど場所までは詳しく知らなかったということか。
フリッツの言葉が本当なら、今の出灰色の疑惑が限りなく黒に変わったな。
だがこれ以上はどうにもできない。
「……ジジイに関してはこっちでも対策を講じるが、そのまま調査を頼めるか?」
「その程度のことお安い御用です。是非お任せください」
「それとお前の主には〝そっちが友好的であり続けるのなら、18人まで魔晶石での経験値増加込みのレベル上げに付き合ってやる〟と伝えておいてくれ」
「宜しいのですか?」
「魔晶石はそちら持ちだがな」
「感謝致します」
朝からにさわやかな笑顔で感謝を告げてくるフリッツ。
だが服には土埃の他に、ケットシーの体毛があちこちに付きっぱなしなので身だしなみもへったくれも無い。
服に猫の毛とかちょっと羨ましい……。
「それじゃぁワープゲートで引き上げるけど、3人はどうする? 家のままでなら送っていくけど?」
「いえ、我々はここに残りますのでお気になさらず」
「そうか」
そのままワープゲートで家に帰還し、皆とアウグストの事を話し合う。
「まさか、アウグストがそんな……」
「まだ黒と決まった訳じゃないけどね」
信じられないとばかりに呻くクラウディア王女に希望的な言葉をかけておくが、例えフリッツ達がアウグストを誘導したとしても、そう都合よくあんな場所に向かうか疑問である。
もしあれがフリッツ達による工作活動のたまものだとしたら、それはそれで逆に感心するが。
……あぁ、そうか、彼らがアウグストをあそこへ誘導した可能性も否定はできないのか。
やはりすべてが確定するまで灰色としておくべきだな。
心情的に奴が黒であってほしいが、現実的な面では白でないと非常に困る。
「とりあえず、また魅了をかけて洗いざらい白状させるからスタートかな?」
「う~む、それはのぅ……」
俺の案にイルミナさんが心底嫌そうな表情でつぶやきを漏らした。
やはりあのジジイと何かあったのかな?
「ダメですか?」
「ダメというか、恐らく不可能じゃ」
「と言いますと?」
「お主も気付いていたであろう、我がお主らに助けられた時、我の他にも奴隷に身を窶した者たちが居た事を」
イルミナさんがキングオルトロスと戦っていた足元には、粗末な装備が幾つか落ちていたのを思い出す。
やはりあれはそういうことだったのか……。
けど、今はそれとアウグストの魅了不可が関係あるのだろうか?
関係あるから話し出したのだろうと、口を挟まず黙って聞くことにする。
「その奴隷なのじゃが――」
それからイルミナさんは、アウグストの所業を話してくれた。
イルミナさんが魔族領の種族として、アイヴィナーゼ王国の兵達に捕らえられた後の事だ。
アイヴィナーゼの牢獄に囚われていたイルミナさんは、そこで魔族の少年や人狼、コボルトやスキュラ、ミノタウロス、そしてダークエルフなど、何人もの人達が居た。
その中からアキヤによって連れ出されたのは、迷宮で魔物に対する肉壁として使えそうなイルミナさんや男達で、イルミナさんを除く全ての奴隷達があそこで命を落としたそうだ。
むごい話ではあるが、それならアキヤ1人の所業である。
ところが話しの焦点は、その時に連れられていた魔族の少年に当てられた。
まだ12才位のその少年は、とても顔立ちの整った美少年で、その少年に目を付けたアウグストは、夜な夜な牢獄に来ては彼を凌辱していたのだそうだ。
ホモォ……。
「それってつまり……」
「魅了は女の我が使うた場合、女子が好きな者には男女問わず有効じゃが、男好きには効果は無い。ほれ、おぬしの仲間に頭の禿げた者がおるじゃろ? 奴に魅了をかけても効果は現れんじゃろうな。それと、性的趣向が年端も行かぬ者である場合も駄目な事が多いのぅ」
イルミナさんが魅了の有効対象の説明に、レスティーを例に取り上げた。
魅了の弱点がまさかホモだったとは……。
あと年齢的な趣向、見た目はロリペド的なやつもダメと。
そして一応は女性の同性愛者には通じるのか、何かの役にたつかもしれないので、頭の片隅にでも留めておこう。
肝心な時に忘れるフラグだな。
「アウグストがアキヤに、あの魔族の少年を連れて行かないよう懇願していたのはそういう事訳がありましたのね……」
そんな俺達の話しを聞いていたクラウディアが、先程以上にショックを受けた様子でその表情が更に曇る。
謎は全て解けた!
良かったね、クラウディア姫様。
そんな謎、出来れば一生知りたくは無かっただろうが。
直に顔を知っている老人のショタホモ趣味なんて、俺も知りたくなかったわ。
てか国の重鎮(?)が懇願したことを無視したのか、人として歪みすぎだろ元勇者。
「しかし、奴とバラドリンドとの接点はなんなんだろうな……金とか?」
「「「「え?」」」」
「え?」
俺の何気ない呟きに、イルミナさんとフィローラとユニス、それにクラウディアまで〝こいつ何言ってんの?〟みたいな顔を俺に向けてくる。
いや、流石にそこまでは酷く無いので今のは被害妄想だな。
クラウディアは本気でそう思ってそうだが。
「てっきりバラドリンドは宗教的に魔族排斥の信条とか有りそうだから、アウグストの性癖と相いれないと思ったんだけど、おかしなこと言った?」
「いえ、良い読みはしていますよ」
ユニスが好意的なフォローをしてくれる。
「バラドリンドの北方の一部が魔族領と繋がっていまして、そこでは魔族を好む好事家に高値で取引されているとの話をリベクさんに聞いたことがあります」
「リシア殿の仰るように、魔族の子供を捕らえられれば一生遊んで暮らせる額の大金が手に入ると、命知らずな冒険者が後を絶ちません。バラドリンドもウィッシュタニア同様教敵である魔族が苦しみ、自分達の懐が潤うならと黙認していますね」
「浅ましい限りじゃな」
リシアとユニスによる説明に、イルミナさんが皆の気持ちを代弁するかのように吐き捨てた。
リシアは商業関係に関する知識に詳しく、ユニスは周辺諸国の世情などに詳しいので大いに助かる。
そんな彼女達の話を整理しながら口に出していく。
「アウグストの性癖はバラドリンドの性質と合致すると言うことか。アイヴィナーゼの内情などを教える見返りに、奴には魔族の少年を与えるみたいな感じで。それだと一度少年の身柄を渡してしまうと、それっきり情報を流さなくなる可能性も十分にあり得るが……」
「アイヴィナーゼでは魔族領の人種を奴隷として傍に置くことは許されていますが、魔族を囲うことを許してはおりません。発覚次第今の地位や資産諸共没収されますわ。継続して情報を渡さなければ暴露すると脅し、魔族や資産を手放したくなければ情報を流し続けるでしょう」
「あー、なるほど」
そういえば、そんな話をつい最近したばかりだったな。
クラウディアに対し何食わぬ顔でお茶を飲みながら返事をするも、正体が半魔半蛇であるエセドワーフのメリティエの事を考えると、内心ヒヤヒヤである。
メリティエの本来の外見は、艶やかな濃紺の黒髪に側頭部から延びる黒く大きな硬質の角、半魔の上半身は肌が青く、蛇の下半身は手の甲と共に青黒い蛇皮が覆い光沢を放つ。
黒目に縦長瞳孔の色は金色で、猫とは真逆の色合いをしている。
下手な魔族よりよっぽど魔物じみていそうだが、俺的にはドストライクだけど。
俺と同じ心境のイルミナさんは、出来る限り自分の娘であるメリティエを見ないようにと目線をワザとらしく逸らし、朝食から合流したは良いが食べてすぐにイルミナさんの膝枕で眠むってしまったよしのんを猫可愛がりし始めた。
ほかの皆も急に視線を彷徨わせ、白々しい空間が出来上がった。
当のメリティエはそんなことには全く気付いていない様子で、リビングの片隅でトトと一緒になってオルトロスのペスルとじゃれている。
はたから見たら襲われているようにも見えなくもないな……。
それとよしのんは夜更かしし過ぎだ。
この後迷宮に行くのを忘れてるだろ。
「他にも奴隷契約はバラドリンド側が握っておいて、リークを続けないと渡した少年を殺すと言えばいくらでも引き出せるか」
「その可能性もありましゅね」
「問題は本当に奴がバラドリンドと繋がっていればだけど」
リシアの膝の上に座るフィローラの癖っ毛を撫でながら皆に告げる。
最近は誰かしらの膝の上に座らされてるフィローラが可愛すぎるせいで、視界に入ると雰囲気が締まらないどころか逆に和んでしまう。
可愛いから良い。
可愛いからなんでも許される。
kawaii! kawaii!
今日は一段と思考が逸れるな。
「証拠も無しに近衛騎士団団長の地位に在る者を〝疑わしきは罰せよ〟とは行きませんし」
「そうしてしまえば良いのに……」
ユニスの言葉にセシルがぼそっと小さくつぶやき、俺と出会った頃の人の心情を考えないドライなセシルが久々に顔を覗かせる。
それは俺も激しく同意だが、一応否定しておくか。
「気持ちは凄く分かるけど、それをやってしまうと臣下の間で〝次は自分かも〟となって、忠誠心が下がる事態になるから流石にね」
「ごめんなさい……」
「いや良いよ。実際俺も心の中では面倒くさいから罰せられてしまえと思ったし」
「じゃのぅ。いっそのこと、闇夜にまぎれて拉致って吐かせてしまえば良かろうに」
「それをしゅれば無法者になり下がりまふよ?」
「冗談じゃ♪」
フィローラのツッコミにイルミナさんがお道化て見せる。
イルミナさんは直情的な性格をしているので、今のは恐らく本気だろう。
しかし、俺たちが出来る範囲で合法的となるとたかが知れている。
となると、暴力的ではないが非合法な手段を使わざるを得ないか。
「じゃぁさ、あのお爺さんの家に忍び込んで、魔族の子を見つければ良いんじゃないかな? いなかったら何もしないで帰ってくれば良いんだし」
「馬鹿な、モティナの癖に俺の思考を先回りした、だと……!?」
「ひっどーい、なによそれー! 私だって皆の為に色々と考えてるんだからねっ!」
「あはは、ごめんごめん、モティナがこの手の話しに意見を言ってくれるとは思わなかったから、ついからかいたくなったんだ。これからもどんどん意見を言ってくれると助かるよ」
俺の謝罪にモティナが「知らない!」とそっぽを向き、それを見ていた皆が笑う。
けど、家に忍び込むとなると、やはりアイヴィナーゼの首都に行かねばならない。
アイヴィナーゼへのワープポイントも確保しなければ。
あと、寝ているよしのんを叩き起こしてでもウィッシュタニアにも行っておこう。
それで話しは〝しばらくはアウグストを泳がせ、屋敷に忍び込む前にフリッツ達の調査報告を待つ〟という結論が出たところで、ちょうどレスティー達がやって来た。
あぁそうだ、レスティー達にアイテムを分配しないとだな。
あれやこれやと片付けると、俺達はライシーン第五迷宮へと繰り出した。
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勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。
辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。
だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
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クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
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パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
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主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
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※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
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