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170話 アサシンズクッキング
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さと、奴らを捕らえると言ったものの、いくら敵意を向けているからとはいえ、実際はただ道を歩いてるだけの奴らだ、法的に根拠がない以上、疑わしきは罰するなんてしていいのか疑問が湧く。
捕まえるにしても明確な証拠、つまりは犯行現場を押さえ、言い逃れの出来ない状況を作っておきたい。
それに相手は人間だ、万が一にも思い止まるかもしれない。
……念のため餌を用意しておくか。
リシアに念話を送り、自宅の明かりを消してから全員でアイヴィナーゼ城へ避難を促す。
「一応奴らの襲撃現場を押さえたい。奴らが来るまで家で待機だ」
フリッツと2人して玄関に戻り、適当な会話で時間を潰した。
「ご到着のようですね」
「だな」
男達が家の近くまでやって来たところで、息をひそめて男達の様子を伺う。
すると、一行は家の前を通り過ぎた。
何事も無く終わるかと安堵しかけるも、男達は次の曲がり角で散開し、ご近所の敷地内や物陰に紛れ包囲を縮めた。
そして一定の距離を保ち、物陰からこちらの様子を伺い始めた。
しばらくして我が家が寝静まったと判断してか、男達は忍び足で我が家の敷地に足を踏み入れる。
思い止まるかと少しでも期待した俺が馬鹿だった……。
『んじゃ、いってみようか。〈グレイプニル〉』
フリッツへの念話と共に、俺はエンチャンターの〈拘束魔法〉を超強化した魔法の紐を多重発動。
漆黒のロープが男達を瞬時に縛り上げた。
突然湧いた拘束魔法にプロの暗殺者が反応できず、成す術もなく捕縛され地面に転がった。
口元をさるぐつわの様に縛られているため、声一つ上げられない。
襲撃者達を魔念動力で庭に集めながら玄関の扉を開く。
「はい終了っと」
「具無し塩スープくらいあっさりと調理しましたね」
「それお湯に塩ぶち込んだだけですやん」
フリッツがのんきな例えにシンプルなツッコミを入れる。
そんな俺達とは裏腹に、命を握られた襲撃者達は自分達が全員捕まっている現状にただおののくことしか出来ずにいた。
先程確認した通り、12人の男達は身なりからして穏やかさなど微塵もなく、しかも称号には〈盗賊〉〈強盗〉〈人攫い〉〈殺人者〉など、物騒なものが付いていた。
完全に犯罪者だな。
そんな奴らの襲撃が成功したらどうなるかなんて容易に想像できてしまう。
特に我が家は美女揃いだ、彼女達がこいつらに襲われるのを想像しただけで、ドス黒い感情が沸き上がる。
こんな奴ら、殺したって世のため人のためにしかならないな……って、相手は人間なのに、なに考えてるんだ。
殺意に身を任せたい衝動に駆られるも、寸前のところで思い止まる。
「それじゃぁお次はっと」
自分の狂気を誤魔化すために極力明るい口調で言葉を発すると、魔法版ワープゲートを開いてフリッツを連れて潜る。
出て来たのは広い木造の部屋だった。
室内はリベクさん宅の執務室みたいな印象で、赤毛の妖艶な美女が部屋の奥の豪華な机に着き、銀髪のスレンダー美女が右隣りの壁に背を預け、最後にフードを被った上品な身なりの女がお客様用のソファに座っていた。
恐らくここが襲撃者御一行のアジトであろう。
〈フリズスキャールヴ〉の影響下にある空間は、集中すれば空間内にあるすべての形状や物体を把握できる。
それはもうその場所に行ったのとほぼ同義で、フリズスキャールヴとワープゲートのコンボを用いれば、こうして行った事も無い場所にワープゲートを開くことは可能となる。
よって、星の真裏に当たるシンくんの元にワープゲートを開くことすら可能である。
これも〝理論上は〟だが。
理論上可能なことが出来ないのには、2つ程問題があるからだ。
1つはボーナススキルであるワープゲートはどういう訳か〝一度訪れた場所にしか開くことが出来ない〟というルールが絶対で、魔法化したワープゲートでしかこの方法で飛ぶことが出来ず、距離に比例し消費するMPが増加する魔法版ワープゲートでは、今の俺をもってしても世界の4分の1すら飛べなかった。
もう1つの理由だが、フリズスキャールヴ発動時にフリッツにした注意と似たようなもので、この魔法は広げ過ぎると脳に負担を強いるため、広すぎる範囲は網羅出来ないからだ。
世界を見渡す高座とは、名前負けも良い所だ。
そんな自虐を内に秘め、正面の美女を見据える。
「邪魔するよ」
「なんだいあんた達は!?」
突然湧いた俺達に、赤毛の美女が驚きの表情でこちらを注視し、銀髪の美女がショートソードを引き抜き主人の前に躍り出る。
赤毛の女の名はサンドラ、36歳でジョブはアサシンLv21。
燃える様な赤毛はウェーブがかかり、豊満な肉体を紫の煌めくラメ入りドレスに身を包んでいた。
銀髪の女の名はティエット、27歳でジョブはアサシンLv30。
スレンダーボディに黒い革鎧を着こんだ軽戦士風の格好だ。
どちらも人種の女で、まるで悪の女ボスと女幹部みたいな2人だな。
まぁ座っている場所からして、赤毛の女がここの主なのは間違いないだろうが。
そしてフードを被った3人目の女だが、16歳という若さの割には大人びており、貴族の御令嬢と言った見た目の割にはジョブがシーフの上級職であるファントムシーフとなかなか物騒だ。
そんな女が化粧の施された上品な顔を強張らせ、ソファに座ったままこちらを見て硬直していた。
「フリッツ隊長っ!?」
「アネット、どうしてキミがここに?」
「知り合い?」
「私の部下です。ほら、アウグスト元近衛騎士団長が光の福音亭に居た際に案内してくれた」
「……あぁ、あの子か」
顔に特徴が無さ過ぎて思い出せないが、鑑定眼が彼女がアネットであると告げていた。
普段特徴が無いからこそ、化粧を施した美しい彼女とのギャップが凄まじい。
〝化粧で全く別人に成りすますのは、女スパイにはよくある手口〟って何かの本で読んだことがあるな。
なんてのんきに思っていると、フリッツの注意がアネットに向いている隙に、銀髪の女アサシンが低い軌道で俺に飛び掛かり、鋭く剣を突き出した。
「グレイプニル」
最速最短の思い切った刺突だが、正面からの突撃なんぞに今更後れを取る俺ではなく、女を魔法の紐で縛りそのまま天井に張り付けた。
フリズスキャールヴの発動中なら、例え目を閉じていたってその動きはとらえられる。
「ひょろくて隙だらけな俺を真っ先に襲ったのは良い判断だと思うけど、これは隙じゃなくて余裕ってやつだ」
冷徹な眼差しでそう告げると、ワープゲートを水平に開きながら妖艶な美女の元に歩み寄る。
ワープゲートからは先程縛り上げた襲撃者達がボトボトと床に落ちて転がる。
「あんたがこいつらの飼い主ってことでOK?」
「何のことだかさっぱりだねぇ」
床で芋虫の如くもがく男を爪先で突きながら訪ねるも、美女は引きつった顔を平静に戻してしらを切った。
「そう、じゃぁいいや。こいつらに聞くから」
一旦女幹部から目を話すと、床に転がる男たちに目を向ける。
そして一番レベルの低いシーフ男の口元を自由にする。
一番無能そうな奴が一番口も軽いだろうとの発想からだ。
ランプの光源で照らされた顔は、よく見るとどこか既視感を覚える。
「……あんた、どこかで見たことがあるな」
「………」
男は何もしゃべらねぇぞと目で訴えるようにこちらを睨む。
だが俺は完全に男の顔を思い出していた。
こいつは俺がまだセシルをセシルとして認識していない時に、彼女を追い回していた3人のゴロツキの内の1人だ。
あの時はまだ駆け出しで、ザァラッドさんが助けてくれなければ死んでいたかもしれない危険な状況だった。
「どこかでもくそもないわ、久しぶりだな、人さらいさん」
「あぁ? 俺はテメェなんざ知らねぇぜ!」
「いやいや、あんたに覚えが無くても、流石にこっちが覚えてるわ」
いくら俺の記憶力が悪くても、命の危険に晒らしてくれた相手の顔を忘れる程ド低能ではない。
それと同時にセシルをさらおうとした男に対し、先程のドス黒い感情が蘇る。
落ち着け、今は家を襲撃した理由を聞き出すのが先決だ。
爆発しそうな感情を無理矢理押さえ、転がる男達の顔を見渡すと、あの時一緒に居た他の2人の顔も発見する。
魔念動力で男達を掴み、人さらいトリオを並べてやる。
「ご対面っと。んじゃ、今回の経緯。あと、人さらいを取り仕切ってる裏事情もついでに聞かせてもらおうか?」
「「「………」」」
単刀直入で聞きたいことを尋ねるも、男達はそっぽを向いて回答を拒否。
すかさず光の刃で1人の男の左足を切断した。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!?」
「うるさい」
突然の俺の凶行に男g痛みでのた打ち回るも、再びさるぐつわをして無視してやった。
死なれると困るので魔法の紐で傷口付近をきつく縛って止血を施す。
こちらの凶行を目の当たりにした他の者達は、身じろぎすらせず息を飲んでこちらを注視していた。
自分達がケンカを売った相手がサイコパスな上に、襲撃しようとした数分後には全員とっ捕まっているのだ、そんな状況に直面したら俺でもそうなるわ。
「ボス、何事です?!」
部屋の外から野太い男の声が響くも、消音魔法と防御魔法を発動させて侵入を阻止した。
「お前達、敵襲だよ!」
「無駄無駄。たった今消音魔法と防御魔法でこの部屋を完全な密室にしたから。俺の防御魔法をぶち壊せるだけの火力が無いと入ってこれないし逃げられもしないから安心して拷問されとけ」
この場に居る全員にそう告げると、女ボスは忌々し気に俺を睨み、周囲の男達は魔法の拘束から逃れようと必死にもがき始めた。
「そんなことよりお前ら、人の家を襲おうとして、まさかだんまり決め込んで許されるとでも思ってないよな? 死にたくなかったら今の内に白状しておけ、人間死んでから後悔するなんて器用な真似は出来ないんだから」
内心の殺意を隠し、もう2人には笑顔で丁寧に教えて差し上げる。
怒りが変な方向に振り切れると、人間って案外冷静でいられるもんなんだな。
「で、なんで襲撃してきたわけ?」
「そ、それは………ぎゃあああああああああああああ!?」
言い淀んだ男に同僚と同じ末路を辿らせる。
そして人さらいトリオ最後の1人には光の刃を丸鋸の様に回転させて背中に近付ける。
背中の上で回転する光の丸鋸に体をひねって凝視する男の顔は歪みに歪んでいた。
「で、なんで襲ってきたわけ? 言わないとお前だけ特別に胴体を分割1活払いの大サービスね?」
「い、言う、言いやす! ボ、ボスに命令され仕方なく行きやした!」
「ふーん、で、ボスってのはあの女?」
「そうッス!」
「さらわれた人達はどうなったの?」
「あっしは知らねぇ、さらったあとはまとめ役のホウエンさんに渡すのでそれ以上はあっしは知りやせん! ボスなら知ってるはずでやす!」
「はい、良く出来ました」
女を指さしながらの問いに頷いたので、再び男にさるぐつわをして放置する。
「だそうだけど、ボスさんはなんでこんな命令したのかな? あとさらった人達は?」
「……っ――!?」
だんまりを決め込もうとした美女の人差し指に右手をかざしてギュッと握り絞めると、女の左人差し指がぐちゃりっと潰れた。
「ぐっ!?」
女ボスは潰れた指を押さえ、苦悶に満ちた顔でこちらを睨む。
指を潰されて悲鳴を上げないとは大したタマだ。
だからと言って、許す気なんて全然無いけど。
「次は中指、その次は薬指、そして小指。両腕の指が全部終わったら今度は足の指。足の指が終わったら足先から徐々に潰していく。途中で死んでも代わりは居るから安心しろ」
天井の女アサシンを一瞥しながら告げると、女ボスが椅子からずり落ちた。
机に隠れてしまったので魔念動力を使い机を壁際に払いのけると、顔面蒼白な女ボスがビクつく瞬間を目に捕らえる。
悲鳴を上げなかったのではなく、上げられない程に恐怖していたようだ。
「3つ数え終わる前に、なんで俺の家を襲撃しようとしたのか知っていることを洗いざらい吐いてもらおうか? 321!」
「あああああの女よ! あの女の依頼であんたの家を襲えと命じたのよ!」
間髪入れずに数え始めた俺に女ボスはまだ潰れていない方の人差し指でアネットを指し示した。
「良いだろう。俺は優しいから、今のは間に合ったことにしてあげよう。あと、さらわれた人達は今どこに居るの?」
「ここの地下に捕らえているわ……」
「でも、今までさらった全員じゃないだろ?」
「ほ、他の奴らは隣国の奴隷商人に売り飛ばして、もうここには居ないわ……」
「そうか、正直に答えられたおりこうさんにはご褒美だ」
女の指に回復魔法をかけて復元してやる。
だが指が治っていくのに気付かない女ボスは、恐怖を顔に張り付かせ俺から目を離さない。
指が治ったのを驚いてくれないと、周囲に〝正直に話せば見逃してもらえる〟と思わせるアメとムチ作戦が台無しである。
一旦女ボスを許したふりをし、質疑対象をアネットに変更する。
「んじゃ、次は君ね」
「ひっ!?」
にこやかな笑みでアネットに向き直ると、貴族の御令嬢風な十代半ばの少女が小さな悲鳴を上げる。
「なぜこいつらを雇った? そしてなぜ俺達を襲わせた?」
「それは……言えません。殺すならひとおもいに殺してください!」
「喋らないなら殺すことに異論はないけど、楽に死ねると思うなよ」
「お待ちくださいトシオ様」
女ボスと同じ方法を用いようとしたが、フリッツが止めに入る。
たったそれだけのことで、先程まで談笑していた相手にもかかわらず殺意が湧く。
「いくらあんたでも、仲間を庇うって言うなら敵対行動とみなすぞ」
「彼女は〈痛覚遮断〉のスキルを習得しており、肉体的な拷問は無意味です。ここは私に任せては頂けませんか?」
確かに痛覚遮断されては、痛みを与えて言うことを聞かせる先程までのやり方は通用しない。
ここは彼に任せてみるか。
「……わかった、頼む」
「お任せください」
渋面でフリッツに任せると、笑顔で快く引き受けてくれた。
「アネット、キミが人一倍家族思いなことは殿下から聞き及んでいるし、隊の誰もがそれを知っている。そんなキミがどうしてこんなことを?」
「…………」
「話してはもらえないのであれば、キミの御両親の居場所をトシオ様にお伝えしようと思うがどうします?」
「そんな、両親を巻き込むなんて!?」
「家族を危険に晒された彼の怒りを鎮めるためには、原因である君に同じ想いをしてもらうのは仕方のないことでは?」
「わ、私だって、好きでやっている訳じゃないのに……!」
アネットは隠し持っていたナイフを抜き自身の首を貫こうと試みるも、俺は魔念動力でそれを阻む。
「だから、楽に死ねると思うなって言ってんだろ。死ぬなら理由を言ってから死ね」
アネットからナイフを取り上げると、彼女はしばらくしておもむろに立ち上がり、長いワンピースのスカートを自らたくし上げ下腹部をあらわにした。
女性用の下着とヘソとの間には、俺も良く見知った紋様が浮かんでるのが目に留まる。
「奴隷紋か」
「家族にも同じモノが……、私が話したと知れれば家族にも危険が……」
アネットがか細い声で涙交じりにそう告げると、ソファに講師を落とし俯いた。
なるほど、奴隷紋による効果で言うと不利益が発生する仕組みか。
この場合の不利益とは命の危機だろう。
「んじゃ、それを消せば話してくれるんだな?」
彼女の腹部に向けて手をかざし、アウグスト邸で魔族の少年達の奴隷紋を消した様にその効力を消失させる。
「はい消した」
「……嘘……?」
「いやホント。自分で確認してみたら?」
収納袋様から手鏡を取り出し投げて渡すと、アネットがまたもスカートをめくり確認する。
「嘘、本当に消えてる……」
「んで、あんたの両親はどこにいる?」
「彼女の両親ならウィッシュタニアの首都で暮らしているはずです」
俺の問いにフリッツが代わりに答える。
ウィッシュタニアの首都ならよしのん経由で既に一度訪れている。
普通にワープゲートで行ける場所だ。
全体的に活気が無く、住人は街中を移動するのも物陰や裏路地を使い、戦々恐々な様子を思い出す。
「家族の奴隷紋も解除してやるから、ひとっ走り行って連れてこい」
ウィッシュタニア行きのワープゲートをその場に開くと、フリッツとアネットを送り出した。
捕まえるにしても明確な証拠、つまりは犯行現場を押さえ、言い逃れの出来ない状況を作っておきたい。
それに相手は人間だ、万が一にも思い止まるかもしれない。
……念のため餌を用意しておくか。
リシアに念話を送り、自宅の明かりを消してから全員でアイヴィナーゼ城へ避難を促す。
「一応奴らの襲撃現場を押さえたい。奴らが来るまで家で待機だ」
フリッツと2人して玄関に戻り、適当な会話で時間を潰した。
「ご到着のようですね」
「だな」
男達が家の近くまでやって来たところで、息をひそめて男達の様子を伺う。
すると、一行は家の前を通り過ぎた。
何事も無く終わるかと安堵しかけるも、男達は次の曲がり角で散開し、ご近所の敷地内や物陰に紛れ包囲を縮めた。
そして一定の距離を保ち、物陰からこちらの様子を伺い始めた。
しばらくして我が家が寝静まったと判断してか、男達は忍び足で我が家の敷地に足を踏み入れる。
思い止まるかと少しでも期待した俺が馬鹿だった……。
『んじゃ、いってみようか。〈グレイプニル〉』
フリッツへの念話と共に、俺はエンチャンターの〈拘束魔法〉を超強化した魔法の紐を多重発動。
漆黒のロープが男達を瞬時に縛り上げた。
突然湧いた拘束魔法にプロの暗殺者が反応できず、成す術もなく捕縛され地面に転がった。
口元をさるぐつわの様に縛られているため、声一つ上げられない。
襲撃者達を魔念動力で庭に集めながら玄関の扉を開く。
「はい終了っと」
「具無し塩スープくらいあっさりと調理しましたね」
「それお湯に塩ぶち込んだだけですやん」
フリッツがのんきな例えにシンプルなツッコミを入れる。
そんな俺達とは裏腹に、命を握られた襲撃者達は自分達が全員捕まっている現状にただおののくことしか出来ずにいた。
先程確認した通り、12人の男達は身なりからして穏やかさなど微塵もなく、しかも称号には〈盗賊〉〈強盗〉〈人攫い〉〈殺人者〉など、物騒なものが付いていた。
完全に犯罪者だな。
そんな奴らの襲撃が成功したらどうなるかなんて容易に想像できてしまう。
特に我が家は美女揃いだ、彼女達がこいつらに襲われるのを想像しただけで、ドス黒い感情が沸き上がる。
こんな奴ら、殺したって世のため人のためにしかならないな……って、相手は人間なのに、なに考えてるんだ。
殺意に身を任せたい衝動に駆られるも、寸前のところで思い止まる。
「それじゃぁお次はっと」
自分の狂気を誤魔化すために極力明るい口調で言葉を発すると、魔法版ワープゲートを開いてフリッツを連れて潜る。
出て来たのは広い木造の部屋だった。
室内はリベクさん宅の執務室みたいな印象で、赤毛の妖艶な美女が部屋の奥の豪華な机に着き、銀髪のスレンダー美女が右隣りの壁に背を預け、最後にフードを被った上品な身なりの女がお客様用のソファに座っていた。
恐らくここが襲撃者御一行のアジトであろう。
〈フリズスキャールヴ〉の影響下にある空間は、集中すれば空間内にあるすべての形状や物体を把握できる。
それはもうその場所に行ったのとほぼ同義で、フリズスキャールヴとワープゲートのコンボを用いれば、こうして行った事も無い場所にワープゲートを開くことは可能となる。
よって、星の真裏に当たるシンくんの元にワープゲートを開くことすら可能である。
これも〝理論上は〟だが。
理論上可能なことが出来ないのには、2つ程問題があるからだ。
1つはボーナススキルであるワープゲートはどういう訳か〝一度訪れた場所にしか開くことが出来ない〟というルールが絶対で、魔法化したワープゲートでしかこの方法で飛ぶことが出来ず、距離に比例し消費するMPが増加する魔法版ワープゲートでは、今の俺をもってしても世界の4分の1すら飛べなかった。
もう1つの理由だが、フリズスキャールヴ発動時にフリッツにした注意と似たようなもので、この魔法は広げ過ぎると脳に負担を強いるため、広すぎる範囲は網羅出来ないからだ。
世界を見渡す高座とは、名前負けも良い所だ。
そんな自虐を内に秘め、正面の美女を見据える。
「邪魔するよ」
「なんだいあんた達は!?」
突然湧いた俺達に、赤毛の美女が驚きの表情でこちらを注視し、銀髪の美女がショートソードを引き抜き主人の前に躍り出る。
赤毛の女の名はサンドラ、36歳でジョブはアサシンLv21。
燃える様な赤毛はウェーブがかかり、豊満な肉体を紫の煌めくラメ入りドレスに身を包んでいた。
銀髪の女の名はティエット、27歳でジョブはアサシンLv30。
スレンダーボディに黒い革鎧を着こんだ軽戦士風の格好だ。
どちらも人種の女で、まるで悪の女ボスと女幹部みたいな2人だな。
まぁ座っている場所からして、赤毛の女がここの主なのは間違いないだろうが。
そしてフードを被った3人目の女だが、16歳という若さの割には大人びており、貴族の御令嬢と言った見た目の割にはジョブがシーフの上級職であるファントムシーフとなかなか物騒だ。
そんな女が化粧の施された上品な顔を強張らせ、ソファに座ったままこちらを見て硬直していた。
「フリッツ隊長っ!?」
「アネット、どうしてキミがここに?」
「知り合い?」
「私の部下です。ほら、アウグスト元近衛騎士団長が光の福音亭に居た際に案内してくれた」
「……あぁ、あの子か」
顔に特徴が無さ過ぎて思い出せないが、鑑定眼が彼女がアネットであると告げていた。
普段特徴が無いからこそ、化粧を施した美しい彼女とのギャップが凄まじい。
〝化粧で全く別人に成りすますのは、女スパイにはよくある手口〟って何かの本で読んだことがあるな。
なんてのんきに思っていると、フリッツの注意がアネットに向いている隙に、銀髪の女アサシンが低い軌道で俺に飛び掛かり、鋭く剣を突き出した。
「グレイプニル」
最速最短の思い切った刺突だが、正面からの突撃なんぞに今更後れを取る俺ではなく、女を魔法の紐で縛りそのまま天井に張り付けた。
フリズスキャールヴの発動中なら、例え目を閉じていたってその動きはとらえられる。
「ひょろくて隙だらけな俺を真っ先に襲ったのは良い判断だと思うけど、これは隙じゃなくて余裕ってやつだ」
冷徹な眼差しでそう告げると、ワープゲートを水平に開きながら妖艶な美女の元に歩み寄る。
ワープゲートからは先程縛り上げた襲撃者達がボトボトと床に落ちて転がる。
「あんたがこいつらの飼い主ってことでOK?」
「何のことだかさっぱりだねぇ」
床で芋虫の如くもがく男を爪先で突きながら訪ねるも、美女は引きつった顔を平静に戻してしらを切った。
「そう、じゃぁいいや。こいつらに聞くから」
一旦女幹部から目を話すと、床に転がる男たちに目を向ける。
そして一番レベルの低いシーフ男の口元を自由にする。
一番無能そうな奴が一番口も軽いだろうとの発想からだ。
ランプの光源で照らされた顔は、よく見るとどこか既視感を覚える。
「……あんた、どこかで見たことがあるな」
「………」
男は何もしゃべらねぇぞと目で訴えるようにこちらを睨む。
だが俺は完全に男の顔を思い出していた。
こいつは俺がまだセシルをセシルとして認識していない時に、彼女を追い回していた3人のゴロツキの内の1人だ。
あの時はまだ駆け出しで、ザァラッドさんが助けてくれなければ死んでいたかもしれない危険な状況だった。
「どこかでもくそもないわ、久しぶりだな、人さらいさん」
「あぁ? 俺はテメェなんざ知らねぇぜ!」
「いやいや、あんたに覚えが無くても、流石にこっちが覚えてるわ」
いくら俺の記憶力が悪くても、命の危険に晒らしてくれた相手の顔を忘れる程ド低能ではない。
それと同時にセシルをさらおうとした男に対し、先程のドス黒い感情が蘇る。
落ち着け、今は家を襲撃した理由を聞き出すのが先決だ。
爆発しそうな感情を無理矢理押さえ、転がる男達の顔を見渡すと、あの時一緒に居た他の2人の顔も発見する。
魔念動力で男達を掴み、人さらいトリオを並べてやる。
「ご対面っと。んじゃ、今回の経緯。あと、人さらいを取り仕切ってる裏事情もついでに聞かせてもらおうか?」
「「「………」」」
単刀直入で聞きたいことを尋ねるも、男達はそっぽを向いて回答を拒否。
すかさず光の刃で1人の男の左足を切断した。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!?」
「うるさい」
突然の俺の凶行に男g痛みでのた打ち回るも、再びさるぐつわをして無視してやった。
死なれると困るので魔法の紐で傷口付近をきつく縛って止血を施す。
こちらの凶行を目の当たりにした他の者達は、身じろぎすらせず息を飲んでこちらを注視していた。
自分達がケンカを売った相手がサイコパスな上に、襲撃しようとした数分後には全員とっ捕まっているのだ、そんな状況に直面したら俺でもそうなるわ。
「ボス、何事です?!」
部屋の外から野太い男の声が響くも、消音魔法と防御魔法を発動させて侵入を阻止した。
「お前達、敵襲だよ!」
「無駄無駄。たった今消音魔法と防御魔法でこの部屋を完全な密室にしたから。俺の防御魔法をぶち壊せるだけの火力が無いと入ってこれないし逃げられもしないから安心して拷問されとけ」
この場に居る全員にそう告げると、女ボスは忌々し気に俺を睨み、周囲の男達は魔法の拘束から逃れようと必死にもがき始めた。
「そんなことよりお前ら、人の家を襲おうとして、まさかだんまり決め込んで許されるとでも思ってないよな? 死にたくなかったら今の内に白状しておけ、人間死んでから後悔するなんて器用な真似は出来ないんだから」
内心の殺意を隠し、もう2人には笑顔で丁寧に教えて差し上げる。
怒りが変な方向に振り切れると、人間って案外冷静でいられるもんなんだな。
「で、なんで襲撃してきたわけ?」
「そ、それは………ぎゃあああああああああああああ!?」
言い淀んだ男に同僚と同じ末路を辿らせる。
そして人さらいトリオ最後の1人には光の刃を丸鋸の様に回転させて背中に近付ける。
背中の上で回転する光の丸鋸に体をひねって凝視する男の顔は歪みに歪んでいた。
「で、なんで襲ってきたわけ? 言わないとお前だけ特別に胴体を分割1活払いの大サービスね?」
「い、言う、言いやす! ボ、ボスに命令され仕方なく行きやした!」
「ふーん、で、ボスってのはあの女?」
「そうッス!」
「さらわれた人達はどうなったの?」
「あっしは知らねぇ、さらったあとはまとめ役のホウエンさんに渡すのでそれ以上はあっしは知りやせん! ボスなら知ってるはずでやす!」
「はい、良く出来ました」
女を指さしながらの問いに頷いたので、再び男にさるぐつわをして放置する。
「だそうだけど、ボスさんはなんでこんな命令したのかな? あとさらった人達は?」
「……っ――!?」
だんまりを決め込もうとした美女の人差し指に右手をかざしてギュッと握り絞めると、女の左人差し指がぐちゃりっと潰れた。
「ぐっ!?」
女ボスは潰れた指を押さえ、苦悶に満ちた顔でこちらを睨む。
指を潰されて悲鳴を上げないとは大したタマだ。
だからと言って、許す気なんて全然無いけど。
「次は中指、その次は薬指、そして小指。両腕の指が全部終わったら今度は足の指。足の指が終わったら足先から徐々に潰していく。途中で死んでも代わりは居るから安心しろ」
天井の女アサシンを一瞥しながら告げると、女ボスが椅子からずり落ちた。
机に隠れてしまったので魔念動力を使い机を壁際に払いのけると、顔面蒼白な女ボスがビクつく瞬間を目に捕らえる。
悲鳴を上げなかったのではなく、上げられない程に恐怖していたようだ。
「3つ数え終わる前に、なんで俺の家を襲撃しようとしたのか知っていることを洗いざらい吐いてもらおうか? 321!」
「あああああの女よ! あの女の依頼であんたの家を襲えと命じたのよ!」
間髪入れずに数え始めた俺に女ボスはまだ潰れていない方の人差し指でアネットを指し示した。
「良いだろう。俺は優しいから、今のは間に合ったことにしてあげよう。あと、さらわれた人達は今どこに居るの?」
「ここの地下に捕らえているわ……」
「でも、今までさらった全員じゃないだろ?」
「ほ、他の奴らは隣国の奴隷商人に売り飛ばして、もうここには居ないわ……」
「そうか、正直に答えられたおりこうさんにはご褒美だ」
女の指に回復魔法をかけて復元してやる。
だが指が治っていくのに気付かない女ボスは、恐怖を顔に張り付かせ俺から目を離さない。
指が治ったのを驚いてくれないと、周囲に〝正直に話せば見逃してもらえる〟と思わせるアメとムチ作戦が台無しである。
一旦女ボスを許したふりをし、質疑対象をアネットに変更する。
「んじゃ、次は君ね」
「ひっ!?」
にこやかな笑みでアネットに向き直ると、貴族の御令嬢風な十代半ばの少女が小さな悲鳴を上げる。
「なぜこいつらを雇った? そしてなぜ俺達を襲わせた?」
「それは……言えません。殺すならひとおもいに殺してください!」
「喋らないなら殺すことに異論はないけど、楽に死ねると思うなよ」
「お待ちくださいトシオ様」
女ボスと同じ方法を用いようとしたが、フリッツが止めに入る。
たったそれだけのことで、先程まで談笑していた相手にもかかわらず殺意が湧く。
「いくらあんたでも、仲間を庇うって言うなら敵対行動とみなすぞ」
「彼女は〈痛覚遮断〉のスキルを習得しており、肉体的な拷問は無意味です。ここは私に任せては頂けませんか?」
確かに痛覚遮断されては、痛みを与えて言うことを聞かせる先程までのやり方は通用しない。
ここは彼に任せてみるか。
「……わかった、頼む」
「お任せください」
渋面でフリッツに任せると、笑顔で快く引き受けてくれた。
「アネット、キミが人一倍家族思いなことは殿下から聞き及んでいるし、隊の誰もがそれを知っている。そんなキミがどうしてこんなことを?」
「…………」
「話してはもらえないのであれば、キミの御両親の居場所をトシオ様にお伝えしようと思うがどうします?」
「そんな、両親を巻き込むなんて!?」
「家族を危険に晒された彼の怒りを鎮めるためには、原因である君に同じ想いをしてもらうのは仕方のないことでは?」
「わ、私だって、好きでやっている訳じゃないのに……!」
アネットは隠し持っていたナイフを抜き自身の首を貫こうと試みるも、俺は魔念動力でそれを阻む。
「だから、楽に死ねると思うなって言ってんだろ。死ぬなら理由を言ってから死ね」
アネットからナイフを取り上げると、彼女はしばらくしておもむろに立ち上がり、長いワンピースのスカートを自らたくし上げ下腹部をあらわにした。
女性用の下着とヘソとの間には、俺も良く見知った紋様が浮かんでるのが目に留まる。
「奴隷紋か」
「家族にも同じモノが……、私が話したと知れれば家族にも危険が……」
アネットがか細い声で涙交じりにそう告げると、ソファに講師を落とし俯いた。
なるほど、奴隷紋による効果で言うと不利益が発生する仕組みか。
この場合の不利益とは命の危機だろう。
「んじゃ、それを消せば話してくれるんだな?」
彼女の腹部に向けて手をかざし、アウグスト邸で魔族の少年達の奴隷紋を消した様にその効力を消失させる。
「はい消した」
「……嘘……?」
「いやホント。自分で確認してみたら?」
収納袋様から手鏡を取り出し投げて渡すと、アネットがまたもスカートをめくり確認する。
「嘘、本当に消えてる……」
「んで、あんたの両親はどこにいる?」
「彼女の両親ならウィッシュタニアの首都で暮らしているはずです」
俺の問いにフリッツが代わりに答える。
ウィッシュタニアの首都ならよしのん経由で既に一度訪れている。
普通にワープゲートで行ける場所だ。
全体的に活気が無く、住人は街中を移動するのも物陰や裏路地を使い、戦々恐々な様子を思い出す。
「家族の奴隷紋も解除してやるから、ひとっ走り行って連れてこい」
ウィッシュタニア行きのワープゲートをその場に開くと、フリッツとアネットを送り出した。
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