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237話 巨竜激突
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まるで昼間の様に明るいバラドリンド教国の首都の上空。
全身白に青の彩りの巨大な人型が、クリアグリーンの6枚の翼から粒子状の魔力を放出して飛翔する。
巨大外骨格魔法〈リンドヴルム〉、翼竜の名を冠した全高18メートルの翼ある魔法の巨人。
右腕の下部に長砲身の弾体射出機、左に積層装甲の盾を持ち、頭部正面のバイザーが青い光を宿す。
「お待たせって、リシアとクラウディうぷっ」
「2人とも酔いが酷くて邪魔だから家に帰ってもらった……」
ワープゲートでコックピットに乗り込むなりシートに腰を落とすと、体が上下左右にと激しく揺さぶられ胃から不快感がこみ上げた。
操縦桿に見立てられたレバーを握りしめるも、体が固定されていないため全身が跳ねる。
視界が滅茶苦茶に揺れ、目の前でいつものつぶれ饅頭と化した鶉サイズのミネルバのモフモフな鳥尻がブレまくり、ものすごい数に分身してるように見えるのはヤバイの一言だ。
確か遠心力や揺れってコックピットに液体を満たせば軽減されるんだっけ?
天地を見失う異様な空間に胃の内容物が逆流しそうになるのを必死で堪えながら、アニメで得た知識を元に外骨格魔法の内部装甲に用いた衝撃緩和技術と同じ〝物体に触れられるほどの濃密で柔らかな魔力〟をコックピット内に充満させると、体へにかかる負荷が明らかに改善された。
透明な魔力で満たされたコックピットは、さながら水の入った水槽の中を彷彿させた。
乗っていたはずの2人の姿が見えないと思ったら乗り物酔いか。
「まぁ何の対策もせずにこの揺れは耐えられないわなっ!?」
これで落ち着いて操縦が出来ると思った矢先、背後からオレンジ色の極太な閃光が機体の近くを通り過ぎた。
「今のは熱線魔法!」
球状の防御魔法を展開しつつ背後を振り向くと、視界に入った白が基調の黒青赤のトリコロールカラーの物体に自分の目を疑った。
緑に発光するツインアイ、額には鬼を思わせる1本のブレードアンテナ。
全量20メートルの巨人が背中からは赤黒い炎が禍々しく噴き荒れていた。
「ヴァルガラックドラグーン!? 背中はヴァルガラックイフリートのブレイジングブースタ-か!」
それは国民的ロボットアニメ〈機甲兵器ヴァルガラック〉シリーズの10作目に登場する主人公機。
ただ背中には同作続編の主人公機を象徴する大出力推進器がまるっと移植されており、肩からはシリーズ7作目の主人公機が装備していたシリーズ最強兵器との呼び声も高い〈ハイパービッグキャノン〉が左右に2門搭載されていた。
手にはシリーズ6作目の主人公機が持っていた高出力兵器〈メガバスターライフル〉が握られ、その銃口から再びオレンジ色の熱線が放たれた。
どう見ても「ぼくがかんがえたさいきょうのヴぁるがらっく」です。
本当に(ry
カラーリングが初代ヴァルガラックカラーな所に俺の脳内で賛否が分かれた。
そして「ゴテゴテと武装付けなくても魔法で攻撃するなら意味無いだろうに」と思う反面、ヲタとして、モデラーとしてのこだわる気持ちは分からなくもない。
思ったものが成型できちゃうとやっちゃうよなぁ。
リンドヴルムも球体の魔法装甲に弾体加速機だけ付けてりゃ済む話だし。
直撃コースの熱線をミネルバがリンドヴルムの左腕のシールドで弾く。
受けたシールドの削れ具合から、その威力が思いのほか高かったことに思わず舌打ちしてしまう。
「ちっ、力任せで魔法の圧縮具合が全然なのにこの威力とか、頭おかしいレベルだろ」
「あんなの真面目に防いでたらすぐにMPが枯渇する……」
ミネルバが回避運動を続けながら削られたシールドを修復する。
「お前のせいで、俺はすべてを失ったんだぞ! 逃げてばかりいないで正々堂々と戦え!」
「知らんがな」
「ちー……」
ヴァルガラックがオレンジの閃光を乱射しながらの悲痛な叫びに、俺とミネルバの白けた声がコックピットの内側だけで完結する。
相手の魔法装甲で鑑定眼が機能していないが、バラドリンドの残りの勇者的に叫んでいるのは高梨というやつでまず間違いないだろう。
影剣さんの話では、召喚された勇者の中でいち早く異世界召喚への理解を示し歓喜していた男で、元の世界では隠れオタクの大学生。
勇者の固有チートスキルは確か自身の能力値を瞬間的に数倍にする〈リミットブレイク〉。
女冒険者数名とハーレムPTを組んで冒険者をしていたり、魔法禁止国家にも拘らず勝手に魔法を習得しているのはバラドリンド教国の歴代勇者の中でも異色とのこと。
オタク知識持ちで魔法を習得したなら、あのヴァルガラックにも納得である。
「戦争中に正々堂々とかなんかの寝言か? そもそも戦争協定すら結ばず奇襲して来た側の奴らが正々堂々って寝てても言って良いセリフとちゃうやろがい」
「それより、YOU HAVE CONTROL……?」
「え、あ、あぁっと――アイハブコントロール」
ミネルバが流暢な英語で操縦権を渡して来たので受け取ると、右腕下部に取り付けた長砲身の弾体射出機の薬室に金属の柱を装填した。
6枚のを翼を操作し左反転し、振り向き様に銃口をヴァルガラックにへ向け太くて長い棒状の弾を発射する。
狙いは作中のコックピットの位置であった腹部中央。
奴がそこに居るのかはわからないが、確かめる意味でも狙う価値はある。
意表をついて肩とか足に乗ってたら笑うしかないな。
ちなみにリンドヴルムのコックピットは魔力装甲が一番厚い胸部中央に配置している。
「そんな見え透いた攻撃が当たるものか!」
ヴァルガラックも砲身を向けられたことで回避行動を取る。
弾体加速魔法に乗り音速を突破して飛び出した柱は、はるか先の森の木々が弾けたことで攻撃が外れたのを確認する。
そりゃこんなクソ長いの向けてきたらしゃがみ弱キックより見切り余裕だろうな!
避けられてからそこに気付く所に、自分の本番の弱さを今更ながら思い知らされる。
「だったら!」
長い砲身を袖の辺りで切り落としての短砲身化と口径の縮小。
弾も金属の棒からミスリル製の100mmライフル弾に変更し薬室に流し込んだ。
ブバァァァァァァァァァ!!
弾体加速魔法に乗った弾丸が銃口から飛び出すと、空気を連続で撃つ大きな音を夜空に響かせる。
弾は魔法誘導の効果でヴァルガラックの腹部辺りに集中してヒットし、攻撃力強化魔法の効果も合わさりヴァルガラックの魔法装甲に深く食い込んだ。
「一発銀貨50枚の弾丸だ、ありがたく受け取れ!」
「うわあああああああああ!?」
高梨が悲鳴を上げ被弾した腹部を腕で隠すように押さえ急速後退。
有効射程から逃すまいと今度はこちらが追いかける形となり攻守が逆転する。
あの反応からしてコックピットはやっぱり腹だな。
ヴァルガラックのコックピット位置に確信を持ちながらステータスウインドウの所持アイテム欄を確認すると、500発は用意したミスリル製の弾があっという間に100発消費されている。
「弾が国持ちで懐は痛まないけど、お金が消えてくと思うと精神衛生的にきついもんがあるな」
「貧乏性……」
「うぐっ。……ん?」
ミネルバの辛辣な指摘に言葉を詰まらせながらも後退するヴァルガラックを追いかけていると、腹部を押さえ防御姿勢を見せていたヴァルガラックの左手が上がり、手の甲をこちらへ向ける。
「まさか、あれの手ってヴァルガラックジェネシスか!」
「おおおおおお!」
見覚えのある特徴的な手甲を起点に、灼熱が垂直に噴出させると、俺との間を隔てるオレンジの盾を成形させた。
そこへ飛び込んだ弾丸が凄まじい熱量に蒸発させられた。
「やっぱエネルギーシールド!」
「お返しだぁぁぁぁ!」
ヴァルガラックが空中で停止し肩から延びる2門の大型キャノンの先端がこちらを向くと、先ほどの比ではない大出力の青白いビームを発射された。
超特大の〈光属性魔法〉だ。
膨大な消滅エネルギーを何とか躱すも、光の柱は横にスライドする形で追い回され、逃げきれないと判断した俺は積層装甲の盾をコックピットを守る様に身構えた。
防ぎきれるか?!
「やらせない……、〈ブリージンガメン〉……!」
ミネルバが硬質パネルの盾を機体の周囲に無数に展開させると、盾は砕かれながらも白い閃光を押し留めた。
その隙に射線からの離脱を果たす。
「助かる!」
「クソっ、避けやがって!」
俺はミネルバに感謝を述べ、リンドヴルムを光の柱から脱出すると、高梨が音声を外部に垂れ流したまま悪態をついた。
あの威力を1人で瞬時に出せるのは危険に過ぎるな。
今のが影剣さんが言ってた奴のチートスキル〈リミットブレイク〉だとしたら、レベル差をもってしても簡単にやられかねないぞ。
ならこのままバカスカ撃たせてMP切れを狙うのも全然ありか?
こちらが散発的に撃ち返すと、極太ビームが倍以上の手数でまたも追い立てられる。
いくら回避運動をしても全部は躱しきれないため、ミネルバの防御魔法は生命線と言っても過言ではない。
「神の使いとか言って逃げてばかりじゃ様ぁないな! そんな逃げ回る姿を信者に見せて恥ずかしくないのかよ? でも当たったらただじゃすまないししょうがねーよなー! それになんだよその数ばかりですぐに壊れるマジックシールド、そんな脆さで俺の攻撃を防げると思ってるなら甘い考えと言わせてもらうしかないぜ! あっひゃははははははー!」
先ほどのビビり散らかし具合はどこへやら、今度は勝ち誇った馬鹿笑いを上げる高梨。
そっちが優勢なのは認めるが、裏返った声が最高にイキリ陰キャ臭いんだよ。
そもそもブリージンガメンは強固な盾を使い捨て感覚で大量に生み出し、全方位からの攻撃に対応可能とする物量防御魔法。
高速で動き回る機体にとって敵の攻撃を少しの間押し留めさえすれば射線を外す時間稼ぎになっているので、実質的に奴の攻撃は完封している。
「はは、ははは……こんな逃げてばかりいる奴のせいで……!」
馬鹿笑いが一転、落ち込んだトーンの鼻声から高梨が泣いていると感じ取れた。
なんか知らんが色々と無くしたせいで情緒がバグったか?
それを好機と見た俺は、100mm機関砲をヴァルガラックから敢えて射線を外して打ち出した。
銃弾がヴァルガラックの後方へ通り過ぎる。
「――ははっ、どこを狙ってるんだ? 焦って狙いも定まっていながアァァッッ!?」
こちらを小馬鹿にするような物言いは、ヴァルガラックの背面で起きた衝撃で途切れる。
「弾が戻ってきたのか!? でもどうやって?」
「自動追尾の魔法をかけた弾丸だ。1面しか守れないエネルギーシールドじゃ防ぎきれないだろ?」
「男の声!?」
高梨が先ほどまでバラドリンド国民へ呼びかけていたクラウディアとは違う声に驚きを露わにした。
更に発射したライフル弾は軌道を湾曲し、ヴァルガラックを全方位から強襲する。
これにはヴァルガラックも堪らず18メートルもある全身を覆う程の巨大なバリアを展開して攻撃を凌ぐ。
その調子でMPを浪費しまくれ。
MPの総量でならこっちはミネルバとの2人分、MPの代替となる魔道具〈魔力貯蓄機〉も大量に用意してあるので消耗戦なら断然有利だ。
けどお前、ヴァルガラックにバリアなんて搭載されてないはずだけど設定無視はいいのか?
「攻撃全てに自動追尾なんて、そんなことも出来るのか!?」
「え、そんなことも出来ないのか? 雑魚乙」
「なにをー!?」
驚く高梨を煽り返してやると、馬鹿の1つ覚えみたいに脊髄反射でビームを打ち返してきた。
私の歴代対戦相手、煽り耐性低すぎ!?
口先だけで冷静さを失ってくれるのはホントありがたい。
やたらめったら打ち出されるビームを躱し、またも散発的に銃撃を返す。
バリア越しとはいえ一方的に攻撃を当てる心地良さはあるものの、どうにも違和感が拭えない。
「あのヴァルガラックもリンドヴルムと同じ魔法製、出現させた時点でもかなりのMPを消費してるはずなのになぁ」
「ビームにエネルギーシールドにバリア……、もうとっくにMPが尽きていてもおかしくない……」
「だよね?」
2人かかりでリンドヴルムを維持している俺たちですら、消費MPがMPの自然回復量を上回り総MP量を徐々に減らしつつある。
これで低燃費な実弾攻撃からヴァルガラックにも有効な魔法攻撃に切り替えようものなら、あっという間にMPが枯渇してしまう。
それほどに18メートルの巨人の運用は難しいのだ。
にも拘らず、攻撃魔法をバカスカ撃ちまくっていても一向にMP切れるを起こした様子がないのは異常以外の何ものでもない。
「俺たち以上にMPを回復する何かがあったりして?」
「〈マナチャージ〉……?」
「ん~、どうだろ?」
マナチャージは一定時間MPを急速回復する効果があるプリースト系の魔法。
ただし、この世界のプリースト系魔法は神に対する信仰心が無いと使えない。
奴が何かしらの神を信奉していればあるいは使えるかもしれないが、現代日本の大学生がこっちに来てからすぐに神に信仰心を持つ……いまいちピンとこないな。
「もしくは他に誰か乗ってるとか……?」
「全部失ったとか言ったりいきなり泣き出したりとかしてたからそれは無いんじゃないかな?」
「あとは……、勇者の遺物級のMP回復アイテムを持ってる……?」
「あー、マナチャージよりそっちの方がしっくりくるな。そうなると俺たちMPよりも奴の方がMP量が上まであるし、相手のガス欠待ちなんて消極的な戦いはするだけ無駄だなぁ」
「それどころか相手がこっちのMP切れを狙ってる可能性まである……」
「意外と策士か高梨くん」
「侮れない……」
このままでもMPの自動回復だけで戦闘は継続可能だが、裏技で戦況が向こうに傾くのは何が何でもお断りだ。
「いつまで逃げたら気が済むんだぁぁぁぁぁ!」
直進するビームを避けようとしたところ、ビームが湾曲して直撃コースの軌道を取った。
硬質パネルのシールドがオレンジの光を弾く。
弾かれた熱がバラドリンドの街に降り注ぐと、街のいたるところで火災が発生したのが上空からでも見て取れた。
「やった! 俺にもできた!」
「あいつ、砲撃を曲げやがった!?」
「このままだと不味いかも……」
奴の成長とMPの消費、二重の意味で危険が危ない。
「短期決戦で行くしかないな。ミネルバ、このまま防御は任せる」
「ちー……!」
手のひらサイズのミネルバが体に埋もれた頭だけを回転させてこちらに振り向き力強く鳴く。
「出し惜しみは無しだ!」
収納袋様からありったけのマナバッテリーと取り出し、全てMPへ変換する。
「我振るうは光の神剣、不敗の魔剣!」
右手に凝縮した光がツルギとなり、目が眩むほどの輝きを発する。
全力全開――
剣を片手で振りかぶると同時に6枚の翼から高密度の魔力を噴出させ一気に加速。
ヴァルガラックへ急速接近。
「なっ!?」
「クラウ――ソラス!」
バリアの至近で振り下ろした剣が弾けとび白い粒子となって射程を伸ばすと、突如近距離戦に移行したことに反応が遅れたヴァルガラックの頭上から一気に振りぬいた。
無数の散弾が通り過ぎると、そこには頭部から股下までの部位を失ったヴァルガラックの手足だけが残り、残った手足も粒子となって散乱した。
やはりクラウソラス。
不敗の魔剣はすべてを解決する。
「勝った、第一部・完!」
「ちー……!」
「ありがとうカリオペさん、だが僕の歌は貴女だけに届けたい」
「アーヴィン様……」
「カリオペさん……」
勝利を確信しドヤ顔でくだらないボケをかましていると、出っ歯エルフのアーヴィンと少しきつい印象のあるエルフ美女のカリオペが手をとり合い見つめ合う意味不明な場面に変わっていた。
「……は?」
周りは殺風景な砂と石だけが広がる荒野に押し寄せる鎧の大群がガチャガチャとうるさく、影剣さんや冒険者の仲間たちがエルフの2人をあきれ顔で観ている。
戦闘しながらも妬み全開のユーベルトの顔に既視感が半端ない。
そして先ほどまで一緒に居たはずのミネルバの姿が無いことに強い不安に狩りたてれた。
『ミネルバ、無事か?!』
『お父様!? これはどうなって……?!』
念話でミネルバの返事が返ってきたことに安堵するが、急な状況変化に頭が追い付かない。
声からしてミネルバも置かれた状況に戸惑っている様子だ。
「どうしたでござる?」
「どうしたって……どうした?」
影剣さんの問いに対して異常事態すぎて間抜けな自問が口からこぼれる。
ホントにどうなってやがる?
『ミネルバ、そっちはどうなってる?!』
『場所はバラドリンドの空……。だけど倒したはずのヴァルガラックが居る……』
『はぁ!? ――よくわからないけど兎に角すぐ戻る!』
「トシオ殿?」
「後にしてくれ!」
ユニスの問を振り切り、俺は再びリンドヴルムのコックピットへ飛び込んだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
236.5話 誰もお前を愛さない。
どうしてだよ、どうして俺ばかりこんな目に合わなきゃいけないんだよぉ!
バラドリンド聖都の裏道を、高梨は人の気配に警戒しながら走り続けた。
都市中が〈索敵スキル〉の反応で埋め尽くされしていることから、今やバラドリンド全体が自分の敵であると否が応でも分からされる。
だが高梨にはまだ縋るべき希望が残されていた。
それは冒険者として活動するための拠点として国に隠れて購入した民家の中。
皆なら、きっと俺のことを信じてくれるはずなんだ!
愛する少女が裏切ったのは、彼女が敬虔なバラドリンド教徒だからであり、そうじゃない3人なら大丈夫なのだと、根拠のない妄執を支えに歩を進める。
太陽神だか何だか知らないけど、この国の殆どの奴らは宗教に汚染されてるんだ。
だから俺は悪くない、悪くないんだ……。
上空では信者を洗脳する神の使いと呼称した巨人がサーチエネミーに一際大きく反応し、高梨は不意に空を見上げる。
白い全身に青色が散りばめられた機体色。
背中には透明感のある緑色のトンボの様な長い羽。
この世界に似つかわしくない人型の巨大兵器の姿が空に浮かんでいた。
「あんな〈マシンスーツ〉見たことないぞ」
〈マシンスーツ〉とはヴァルガラックシリーズにおける人型兵器の総称である。
どの部位も高梨の知らないパーツで構成されており、モデラーとしては〝何らかのプラモデルを元にしているのは間違いない〟とは感じるものの、ヴァルガラックシリーズだけでなく自分の知っているアニメのどれにも該当しないため困惑する〟
それもそのはず、高梨はこれまでヴァルガラックシリーズを展開するバンブレイズ社製のプラモデルしか制作したことが無く、他社の――ましてやアニメにすらなっていない製品に触れたことが無かったからだ。
でもあんなのどうやって――そうか、俺の魔法鎧をあのサイズで成形すればマシンスーツを生み出せるかもしれない!
マシンスーツに乗り操縦する。
それはロボットアニメが好きな者なら誰もが1度は憧れる妄想である。
「早く聖都から脱出して試さないとな」
落ち込んでいた気持ちが新たな魔法の発想を得たことで上向き、脚の運びも自然と早くなる。
しかし、目的の隠れ家まであと僅かのところで足が止まる。
家から敵対反応?
いくらサーチエネミーが機能していないと言ってもそれはあくまでこの国全体を捉えてのことで、極近場、今の様に目視で確認できる距離からの反応を見誤りはしなかった。
まさか空き巣!?
もしかしてアイザたちに何かあったんじゃ!?
高梨が急ぎ隠れ家の入り口までたどりドアノブに手をかけたとことで止まった。
サーチエネミーが扉を開けてすぐ横に敵が待ち構えていることを告げていたからだ。
高梨はサーチエネミーと構造解析スキルを頼りに敵の正確な位置を慎重に確認する。
1人は玄関右、この壁のすぐ裏側だ。
もう1人は入り口真正面の部屋の真ん中の下、床に伏せているのか?
最後は床に伏せたヤツの丁度奥、勝手口の前辺りだ。
記憶の中の部屋の間取りとサーチエネミーの反応を照合して敵の位置を割り出すと、もたついて恋人たちに危害が及ぶ危険を鑑み、高梨は即座に行動を開始した。
まずは壁の裏に居る奴だ。
威力を絞って……フレアサーベル!
手に出現させたオレンジの刃で壁ごと敵対反応をぶち抜くと、素早く扉を開け部屋の中を目視した。
倒れていたのは豊かな金色の髪に重装甲の女だった。
彼女は高梨の恋人の1人で、PTの前衛壁役の重戦士であった。
「え、シェリ――ッッ!?」
高梨が名前を呼びかけると同時に視界の半分が塞がれ、左目に受けた衝撃で玄関前であおむけに倒れる。
激痛を発する左目を押さえようとした手に細い棒状の物体が当たり、更なる痛みで気が狂いそうになる。
「がッあぁ……!?」
脳にまで達する程の異物が深々と突き刺さるも死ねない体は痛みで叫ぶことも出来ない。
棒状の何かが刺さった左目が最後に映したのは、まだ幼さの残る緑髪の少女が弓から矢を放つシーンだった。
ケイ、ト……?
苦痛と混乱の中足を掴まれ屋内に引きずり込まれると、右目には天井とピンク髪の美少女が握りしめた片手剣を振り下ろすところだった。
高速で振り下ろされた剣は高梨の頭にめり込み、美少女の口と腹から血をこぼれるのも構わず剣を何度となく振り下ろし高梨を滅多打ちにした。
倒れていた重戦士の美少女も立ち上がり、メイスを振り上げそれに加わる。
「アイザ、シェリル、ストップストップ! もう死んでるからそれ以上やったら顔が分からなくて報奨金がもらえないかもだよ!」
「そ、そうねケイト。シェリル、回復薬もらえる?」
「えぇ、よろしくてよ。ですが……、どこを怪我されましたの?」
緑髪の少女に止められたピンク髪の剣士が金髪の重戦士に回復薬をねだるも、床から顔を上げたシェリルは小首をかしげて問い返した。
「あ、あれ? お腹の傷が無くなってる?」
「でもアイザのお腹刺されてたよね?」
「えぇ……?」
弓に矢をそえたケイトの顔が蒼白となり、壁に背を預けたアイザが自身の腹部を両手で摩って確かめる。
そして3人の身にほぼ同時に起きた異変に困惑した。
「私どうしてまた床に座っていますの!?」
「う、うそ あたしなんで撃ったはずの矢を持ってるの!?」
「お腹だけじゃない、服も破れていないなんて、一体どういうなってるのよ!? それにヨウジはどこへ行きましたの!?」
頭部をぐちゃぐちゃに破壊されたはずの男の姿が無いことに、3人の少女が取り乱す。
「あ、あれだけの傷、そう遠くにはそう遠まで行けないはずですわ!」
「もしかしてシェリル、あいつを追う気じゃないでしょうね? だとしたら私は遠慮するわ。私の傷だって消えてるのよ、あいつもそうじゃない保証なんてどこにもないじゃない」
シェリルの呼びかけにアイザが右手を見つめながら拒絶の意を示した。
私は間違いなくあいつを殺した。
殺したのよ!
なのに、どうしてその感触が残っていないのよ!
人の頭部がぐちゃぐちゃにするほど剣を振り下ろした記憶があるのに、手にはその感覚が一切残っていない。
その得体のしれなさが彼女の恐怖心に拍車をかける。
「アイザの言う通りだよ。それよりあいつが戻って来る前に早く逃げようよ!」
「私もケイトの意見に賛成ですわ。もう気持ち悪すぎて一時たりともここに居たくない!」
「2人がそう仰るなら、私も異論はありませんわ」
3人は混乱する頭を抱えたまま、足早に隠れ家を後にした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
写真があった方がイメージし易いかと入れてみました。
全身白に青の彩りの巨大な人型が、クリアグリーンの6枚の翼から粒子状の魔力を放出して飛翔する。
巨大外骨格魔法〈リンドヴルム〉、翼竜の名を冠した全高18メートルの翼ある魔法の巨人。
右腕の下部に長砲身の弾体射出機、左に積層装甲の盾を持ち、頭部正面のバイザーが青い光を宿す。
「お待たせって、リシアとクラウディうぷっ」
「2人とも酔いが酷くて邪魔だから家に帰ってもらった……」
ワープゲートでコックピットに乗り込むなりシートに腰を落とすと、体が上下左右にと激しく揺さぶられ胃から不快感がこみ上げた。
操縦桿に見立てられたレバーを握りしめるも、体が固定されていないため全身が跳ねる。
視界が滅茶苦茶に揺れ、目の前でいつものつぶれ饅頭と化した鶉サイズのミネルバのモフモフな鳥尻がブレまくり、ものすごい数に分身してるように見えるのはヤバイの一言だ。
確か遠心力や揺れってコックピットに液体を満たせば軽減されるんだっけ?
天地を見失う異様な空間に胃の内容物が逆流しそうになるのを必死で堪えながら、アニメで得た知識を元に外骨格魔法の内部装甲に用いた衝撃緩和技術と同じ〝物体に触れられるほどの濃密で柔らかな魔力〟をコックピット内に充満させると、体へにかかる負荷が明らかに改善された。
透明な魔力で満たされたコックピットは、さながら水の入った水槽の中を彷彿させた。
乗っていたはずの2人の姿が見えないと思ったら乗り物酔いか。
「まぁ何の対策もせずにこの揺れは耐えられないわなっ!?」
これで落ち着いて操縦が出来ると思った矢先、背後からオレンジ色の極太な閃光が機体の近くを通り過ぎた。
「今のは熱線魔法!」
球状の防御魔法を展開しつつ背後を振り向くと、視界に入った白が基調の黒青赤のトリコロールカラーの物体に自分の目を疑った。
緑に発光するツインアイ、額には鬼を思わせる1本のブレードアンテナ。
全量20メートルの巨人が背中からは赤黒い炎が禍々しく噴き荒れていた。
「ヴァルガラックドラグーン!? 背中はヴァルガラックイフリートのブレイジングブースタ-か!」
それは国民的ロボットアニメ〈機甲兵器ヴァルガラック〉シリーズの10作目に登場する主人公機。
ただ背中には同作続編の主人公機を象徴する大出力推進器がまるっと移植されており、肩からはシリーズ7作目の主人公機が装備していたシリーズ最強兵器との呼び声も高い〈ハイパービッグキャノン〉が左右に2門搭載されていた。
手にはシリーズ6作目の主人公機が持っていた高出力兵器〈メガバスターライフル〉が握られ、その銃口から再びオレンジ色の熱線が放たれた。
どう見ても「ぼくがかんがえたさいきょうのヴぁるがらっく」です。
本当に(ry
カラーリングが初代ヴァルガラックカラーな所に俺の脳内で賛否が分かれた。
そして「ゴテゴテと武装付けなくても魔法で攻撃するなら意味無いだろうに」と思う反面、ヲタとして、モデラーとしてのこだわる気持ちは分からなくもない。
思ったものが成型できちゃうとやっちゃうよなぁ。
リンドヴルムも球体の魔法装甲に弾体加速機だけ付けてりゃ済む話だし。
直撃コースの熱線をミネルバがリンドヴルムの左腕のシールドで弾く。
受けたシールドの削れ具合から、その威力が思いのほか高かったことに思わず舌打ちしてしまう。
「ちっ、力任せで魔法の圧縮具合が全然なのにこの威力とか、頭おかしいレベルだろ」
「あんなの真面目に防いでたらすぐにMPが枯渇する……」
ミネルバが回避運動を続けながら削られたシールドを修復する。
「お前のせいで、俺はすべてを失ったんだぞ! 逃げてばかりいないで正々堂々と戦え!」
「知らんがな」
「ちー……」
ヴァルガラックがオレンジの閃光を乱射しながらの悲痛な叫びに、俺とミネルバの白けた声がコックピットの内側だけで完結する。
相手の魔法装甲で鑑定眼が機能していないが、バラドリンドの残りの勇者的に叫んでいるのは高梨というやつでまず間違いないだろう。
影剣さんの話では、召喚された勇者の中でいち早く異世界召喚への理解を示し歓喜していた男で、元の世界では隠れオタクの大学生。
勇者の固有チートスキルは確か自身の能力値を瞬間的に数倍にする〈リミットブレイク〉。
女冒険者数名とハーレムPTを組んで冒険者をしていたり、魔法禁止国家にも拘らず勝手に魔法を習得しているのはバラドリンド教国の歴代勇者の中でも異色とのこと。
オタク知識持ちで魔法を習得したなら、あのヴァルガラックにも納得である。
「戦争中に正々堂々とかなんかの寝言か? そもそも戦争協定すら結ばず奇襲して来た側の奴らが正々堂々って寝てても言って良いセリフとちゃうやろがい」
「それより、YOU HAVE CONTROL……?」
「え、あ、あぁっと――アイハブコントロール」
ミネルバが流暢な英語で操縦権を渡して来たので受け取ると、右腕下部に取り付けた長砲身の弾体射出機の薬室に金属の柱を装填した。
6枚のを翼を操作し左反転し、振り向き様に銃口をヴァルガラックにへ向け太くて長い棒状の弾を発射する。
狙いは作中のコックピットの位置であった腹部中央。
奴がそこに居るのかはわからないが、確かめる意味でも狙う価値はある。
意表をついて肩とか足に乗ってたら笑うしかないな。
ちなみにリンドヴルムのコックピットは魔力装甲が一番厚い胸部中央に配置している。
「そんな見え透いた攻撃が当たるものか!」
ヴァルガラックも砲身を向けられたことで回避行動を取る。
弾体加速魔法に乗り音速を突破して飛び出した柱は、はるか先の森の木々が弾けたことで攻撃が外れたのを確認する。
そりゃこんなクソ長いの向けてきたらしゃがみ弱キックより見切り余裕だろうな!
避けられてからそこに気付く所に、自分の本番の弱さを今更ながら思い知らされる。
「だったら!」
長い砲身を袖の辺りで切り落としての短砲身化と口径の縮小。
弾も金属の棒からミスリル製の100mmライフル弾に変更し薬室に流し込んだ。
ブバァァァァァァァァァ!!
弾体加速魔法に乗った弾丸が銃口から飛び出すと、空気を連続で撃つ大きな音を夜空に響かせる。
弾は魔法誘導の効果でヴァルガラックの腹部辺りに集中してヒットし、攻撃力強化魔法の効果も合わさりヴァルガラックの魔法装甲に深く食い込んだ。
「一発銀貨50枚の弾丸だ、ありがたく受け取れ!」
「うわあああああああああ!?」
高梨が悲鳴を上げ被弾した腹部を腕で隠すように押さえ急速後退。
有効射程から逃すまいと今度はこちらが追いかける形となり攻守が逆転する。
あの反応からしてコックピットはやっぱり腹だな。
ヴァルガラックのコックピット位置に確信を持ちながらステータスウインドウの所持アイテム欄を確認すると、500発は用意したミスリル製の弾があっという間に100発消費されている。
「弾が国持ちで懐は痛まないけど、お金が消えてくと思うと精神衛生的にきついもんがあるな」
「貧乏性……」
「うぐっ。……ん?」
ミネルバの辛辣な指摘に言葉を詰まらせながらも後退するヴァルガラックを追いかけていると、腹部を押さえ防御姿勢を見せていたヴァルガラックの左手が上がり、手の甲をこちらへ向ける。
「まさか、あれの手ってヴァルガラックジェネシスか!」
「おおおおおお!」
見覚えのある特徴的な手甲を起点に、灼熱が垂直に噴出させると、俺との間を隔てるオレンジの盾を成形させた。
そこへ飛び込んだ弾丸が凄まじい熱量に蒸発させられた。
「やっぱエネルギーシールド!」
「お返しだぁぁぁぁ!」
ヴァルガラックが空中で停止し肩から延びる2門の大型キャノンの先端がこちらを向くと、先ほどの比ではない大出力の青白いビームを発射された。
超特大の〈光属性魔法〉だ。
膨大な消滅エネルギーを何とか躱すも、光の柱は横にスライドする形で追い回され、逃げきれないと判断した俺は積層装甲の盾をコックピットを守る様に身構えた。
防ぎきれるか?!
「やらせない……、〈ブリージンガメン〉……!」
ミネルバが硬質パネルの盾を機体の周囲に無数に展開させると、盾は砕かれながらも白い閃光を押し留めた。
その隙に射線からの離脱を果たす。
「助かる!」
「クソっ、避けやがって!」
俺はミネルバに感謝を述べ、リンドヴルムを光の柱から脱出すると、高梨が音声を外部に垂れ流したまま悪態をついた。
あの威力を1人で瞬時に出せるのは危険に過ぎるな。
今のが影剣さんが言ってた奴のチートスキル〈リミットブレイク〉だとしたら、レベル差をもってしても簡単にやられかねないぞ。
ならこのままバカスカ撃たせてMP切れを狙うのも全然ありか?
こちらが散発的に撃ち返すと、極太ビームが倍以上の手数でまたも追い立てられる。
いくら回避運動をしても全部は躱しきれないため、ミネルバの防御魔法は生命線と言っても過言ではない。
「神の使いとか言って逃げてばかりじゃ様ぁないな! そんな逃げ回る姿を信者に見せて恥ずかしくないのかよ? でも当たったらただじゃすまないししょうがねーよなー! それになんだよその数ばかりですぐに壊れるマジックシールド、そんな脆さで俺の攻撃を防げると思ってるなら甘い考えと言わせてもらうしかないぜ! あっひゃははははははー!」
先ほどのビビり散らかし具合はどこへやら、今度は勝ち誇った馬鹿笑いを上げる高梨。
そっちが優勢なのは認めるが、裏返った声が最高にイキリ陰キャ臭いんだよ。
そもそもブリージンガメンは強固な盾を使い捨て感覚で大量に生み出し、全方位からの攻撃に対応可能とする物量防御魔法。
高速で動き回る機体にとって敵の攻撃を少しの間押し留めさえすれば射線を外す時間稼ぎになっているので、実質的に奴の攻撃は完封している。
「はは、ははは……こんな逃げてばかりいる奴のせいで……!」
馬鹿笑いが一転、落ち込んだトーンの鼻声から高梨が泣いていると感じ取れた。
なんか知らんが色々と無くしたせいで情緒がバグったか?
それを好機と見た俺は、100mm機関砲をヴァルガラックから敢えて射線を外して打ち出した。
銃弾がヴァルガラックの後方へ通り過ぎる。
「――ははっ、どこを狙ってるんだ? 焦って狙いも定まっていながアァァッッ!?」
こちらを小馬鹿にするような物言いは、ヴァルガラックの背面で起きた衝撃で途切れる。
「弾が戻ってきたのか!? でもどうやって?」
「自動追尾の魔法をかけた弾丸だ。1面しか守れないエネルギーシールドじゃ防ぎきれないだろ?」
「男の声!?」
高梨が先ほどまでバラドリンド国民へ呼びかけていたクラウディアとは違う声に驚きを露わにした。
更に発射したライフル弾は軌道を湾曲し、ヴァルガラックを全方位から強襲する。
これにはヴァルガラックも堪らず18メートルもある全身を覆う程の巨大なバリアを展開して攻撃を凌ぐ。
その調子でMPを浪費しまくれ。
MPの総量でならこっちはミネルバとの2人分、MPの代替となる魔道具〈魔力貯蓄機〉も大量に用意してあるので消耗戦なら断然有利だ。
けどお前、ヴァルガラックにバリアなんて搭載されてないはずだけど設定無視はいいのか?
「攻撃全てに自動追尾なんて、そんなことも出来るのか!?」
「え、そんなことも出来ないのか? 雑魚乙」
「なにをー!?」
驚く高梨を煽り返してやると、馬鹿の1つ覚えみたいに脊髄反射でビームを打ち返してきた。
私の歴代対戦相手、煽り耐性低すぎ!?
口先だけで冷静さを失ってくれるのはホントありがたい。
やたらめったら打ち出されるビームを躱し、またも散発的に銃撃を返す。
バリア越しとはいえ一方的に攻撃を当てる心地良さはあるものの、どうにも違和感が拭えない。
「あのヴァルガラックもリンドヴルムと同じ魔法製、出現させた時点でもかなりのMPを消費してるはずなのになぁ」
「ビームにエネルギーシールドにバリア……、もうとっくにMPが尽きていてもおかしくない……」
「だよね?」
2人かかりでリンドヴルムを維持している俺たちですら、消費MPがMPの自然回復量を上回り総MP量を徐々に減らしつつある。
これで低燃費な実弾攻撃からヴァルガラックにも有効な魔法攻撃に切り替えようものなら、あっという間にMPが枯渇してしまう。
それほどに18メートルの巨人の運用は難しいのだ。
にも拘らず、攻撃魔法をバカスカ撃ちまくっていても一向にMP切れるを起こした様子がないのは異常以外の何ものでもない。
「俺たち以上にMPを回復する何かがあったりして?」
「〈マナチャージ〉……?」
「ん~、どうだろ?」
マナチャージは一定時間MPを急速回復する効果があるプリースト系の魔法。
ただし、この世界のプリースト系魔法は神に対する信仰心が無いと使えない。
奴が何かしらの神を信奉していればあるいは使えるかもしれないが、現代日本の大学生がこっちに来てからすぐに神に信仰心を持つ……いまいちピンとこないな。
「もしくは他に誰か乗ってるとか……?」
「全部失ったとか言ったりいきなり泣き出したりとかしてたからそれは無いんじゃないかな?」
「あとは……、勇者の遺物級のMP回復アイテムを持ってる……?」
「あー、マナチャージよりそっちの方がしっくりくるな。そうなると俺たちMPよりも奴の方がMP量が上まであるし、相手のガス欠待ちなんて消極的な戦いはするだけ無駄だなぁ」
「それどころか相手がこっちのMP切れを狙ってる可能性まである……」
「意外と策士か高梨くん」
「侮れない……」
このままでもMPの自動回復だけで戦闘は継続可能だが、裏技で戦況が向こうに傾くのは何が何でもお断りだ。
「いつまで逃げたら気が済むんだぁぁぁぁぁ!」
直進するビームを避けようとしたところ、ビームが湾曲して直撃コースの軌道を取った。
硬質パネルのシールドがオレンジの光を弾く。
弾かれた熱がバラドリンドの街に降り注ぐと、街のいたるところで火災が発生したのが上空からでも見て取れた。
「やった! 俺にもできた!」
「あいつ、砲撃を曲げやがった!?」
「このままだと不味いかも……」
奴の成長とMPの消費、二重の意味で危険が危ない。
「短期決戦で行くしかないな。ミネルバ、このまま防御は任せる」
「ちー……!」
手のひらサイズのミネルバが体に埋もれた頭だけを回転させてこちらに振り向き力強く鳴く。
「出し惜しみは無しだ!」
収納袋様からありったけのマナバッテリーと取り出し、全てMPへ変換する。
「我振るうは光の神剣、不敗の魔剣!」
右手に凝縮した光がツルギとなり、目が眩むほどの輝きを発する。
全力全開――
剣を片手で振りかぶると同時に6枚の翼から高密度の魔力を噴出させ一気に加速。
ヴァルガラックへ急速接近。
「なっ!?」
「クラウ――ソラス!」
バリアの至近で振り下ろした剣が弾けとび白い粒子となって射程を伸ばすと、突如近距離戦に移行したことに反応が遅れたヴァルガラックの頭上から一気に振りぬいた。
無数の散弾が通り過ぎると、そこには頭部から股下までの部位を失ったヴァルガラックの手足だけが残り、残った手足も粒子となって散乱した。
やはりクラウソラス。
不敗の魔剣はすべてを解決する。
「勝った、第一部・完!」
「ちー……!」
「ありがとうカリオペさん、だが僕の歌は貴女だけに届けたい」
「アーヴィン様……」
「カリオペさん……」
勝利を確信しドヤ顔でくだらないボケをかましていると、出っ歯エルフのアーヴィンと少しきつい印象のあるエルフ美女のカリオペが手をとり合い見つめ合う意味不明な場面に変わっていた。
「……は?」
周りは殺風景な砂と石だけが広がる荒野に押し寄せる鎧の大群がガチャガチャとうるさく、影剣さんや冒険者の仲間たちがエルフの2人をあきれ顔で観ている。
戦闘しながらも妬み全開のユーベルトの顔に既視感が半端ない。
そして先ほどまで一緒に居たはずのミネルバの姿が無いことに強い不安に狩りたてれた。
『ミネルバ、無事か?!』
『お父様!? これはどうなって……?!』
念話でミネルバの返事が返ってきたことに安堵するが、急な状況変化に頭が追い付かない。
声からしてミネルバも置かれた状況に戸惑っている様子だ。
「どうしたでござる?」
「どうしたって……どうした?」
影剣さんの問いに対して異常事態すぎて間抜けな自問が口からこぼれる。
ホントにどうなってやがる?
『ミネルバ、そっちはどうなってる?!』
『場所はバラドリンドの空……。だけど倒したはずのヴァルガラックが居る……』
『はぁ!? ――よくわからないけど兎に角すぐ戻る!』
「トシオ殿?」
「後にしてくれ!」
ユニスの問を振り切り、俺は再びリンドヴルムのコックピットへ飛び込んだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
236.5話 誰もお前を愛さない。
どうしてだよ、どうして俺ばかりこんな目に合わなきゃいけないんだよぉ!
バラドリンド聖都の裏道を、高梨は人の気配に警戒しながら走り続けた。
都市中が〈索敵スキル〉の反応で埋め尽くされしていることから、今やバラドリンド全体が自分の敵であると否が応でも分からされる。
だが高梨にはまだ縋るべき希望が残されていた。
それは冒険者として活動するための拠点として国に隠れて購入した民家の中。
皆なら、きっと俺のことを信じてくれるはずなんだ!
愛する少女が裏切ったのは、彼女が敬虔なバラドリンド教徒だからであり、そうじゃない3人なら大丈夫なのだと、根拠のない妄執を支えに歩を進める。
太陽神だか何だか知らないけど、この国の殆どの奴らは宗教に汚染されてるんだ。
だから俺は悪くない、悪くないんだ……。
上空では信者を洗脳する神の使いと呼称した巨人がサーチエネミーに一際大きく反応し、高梨は不意に空を見上げる。
白い全身に青色が散りばめられた機体色。
背中には透明感のある緑色のトンボの様な長い羽。
この世界に似つかわしくない人型の巨大兵器の姿が空に浮かんでいた。
「あんな〈マシンスーツ〉見たことないぞ」
〈マシンスーツ〉とはヴァルガラックシリーズにおける人型兵器の総称である。
どの部位も高梨の知らないパーツで構成されており、モデラーとしては〝何らかのプラモデルを元にしているのは間違いない〟とは感じるものの、ヴァルガラックシリーズだけでなく自分の知っているアニメのどれにも該当しないため困惑する〟
それもそのはず、高梨はこれまでヴァルガラックシリーズを展開するバンブレイズ社製のプラモデルしか制作したことが無く、他社の――ましてやアニメにすらなっていない製品に触れたことが無かったからだ。
でもあんなのどうやって――そうか、俺の魔法鎧をあのサイズで成形すればマシンスーツを生み出せるかもしれない!
マシンスーツに乗り操縦する。
それはロボットアニメが好きな者なら誰もが1度は憧れる妄想である。
「早く聖都から脱出して試さないとな」
落ち込んでいた気持ちが新たな魔法の発想を得たことで上向き、脚の運びも自然と早くなる。
しかし、目的の隠れ家まであと僅かのところで足が止まる。
家から敵対反応?
いくらサーチエネミーが機能していないと言ってもそれはあくまでこの国全体を捉えてのことで、極近場、今の様に目視で確認できる距離からの反応を見誤りはしなかった。
まさか空き巣!?
もしかしてアイザたちに何かあったんじゃ!?
高梨が急ぎ隠れ家の入り口までたどりドアノブに手をかけたとことで止まった。
サーチエネミーが扉を開けてすぐ横に敵が待ち構えていることを告げていたからだ。
高梨はサーチエネミーと構造解析スキルを頼りに敵の正確な位置を慎重に確認する。
1人は玄関右、この壁のすぐ裏側だ。
もう1人は入り口真正面の部屋の真ん中の下、床に伏せているのか?
最後は床に伏せたヤツの丁度奥、勝手口の前辺りだ。
記憶の中の部屋の間取りとサーチエネミーの反応を照合して敵の位置を割り出すと、もたついて恋人たちに危害が及ぶ危険を鑑み、高梨は即座に行動を開始した。
まずは壁の裏に居る奴だ。
威力を絞って……フレアサーベル!
手に出現させたオレンジの刃で壁ごと敵対反応をぶち抜くと、素早く扉を開け部屋の中を目視した。
倒れていたのは豊かな金色の髪に重装甲の女だった。
彼女は高梨の恋人の1人で、PTの前衛壁役の重戦士であった。
「え、シェリ――ッッ!?」
高梨が名前を呼びかけると同時に視界の半分が塞がれ、左目に受けた衝撃で玄関前であおむけに倒れる。
激痛を発する左目を押さえようとした手に細い棒状の物体が当たり、更なる痛みで気が狂いそうになる。
「がッあぁ……!?」
脳にまで達する程の異物が深々と突き刺さるも死ねない体は痛みで叫ぶことも出来ない。
棒状の何かが刺さった左目が最後に映したのは、まだ幼さの残る緑髪の少女が弓から矢を放つシーンだった。
ケイ、ト……?
苦痛と混乱の中足を掴まれ屋内に引きずり込まれると、右目には天井とピンク髪の美少女が握りしめた片手剣を振り下ろすところだった。
高速で振り下ろされた剣は高梨の頭にめり込み、美少女の口と腹から血をこぼれるのも構わず剣を何度となく振り下ろし高梨を滅多打ちにした。
倒れていた重戦士の美少女も立ち上がり、メイスを振り上げそれに加わる。
「アイザ、シェリル、ストップストップ! もう死んでるからそれ以上やったら顔が分からなくて報奨金がもらえないかもだよ!」
「そ、そうねケイト。シェリル、回復薬もらえる?」
「えぇ、よろしくてよ。ですが……、どこを怪我されましたの?」
緑髪の少女に止められたピンク髪の剣士が金髪の重戦士に回復薬をねだるも、床から顔を上げたシェリルは小首をかしげて問い返した。
「あ、あれ? お腹の傷が無くなってる?」
「でもアイザのお腹刺されてたよね?」
「えぇ……?」
弓に矢をそえたケイトの顔が蒼白となり、壁に背を預けたアイザが自身の腹部を両手で摩って確かめる。
そして3人の身にほぼ同時に起きた異変に困惑した。
「私どうしてまた床に座っていますの!?」
「う、うそ あたしなんで撃ったはずの矢を持ってるの!?」
「お腹だけじゃない、服も破れていないなんて、一体どういうなってるのよ!? それにヨウジはどこへ行きましたの!?」
頭部をぐちゃぐちゃに破壊されたはずの男の姿が無いことに、3人の少女が取り乱す。
「あ、あれだけの傷、そう遠くにはそう遠まで行けないはずですわ!」
「もしかしてシェリル、あいつを追う気じゃないでしょうね? だとしたら私は遠慮するわ。私の傷だって消えてるのよ、あいつもそうじゃない保証なんてどこにもないじゃない」
シェリルの呼びかけにアイザが右手を見つめながら拒絶の意を示した。
私は間違いなくあいつを殺した。
殺したのよ!
なのに、どうしてその感触が残っていないのよ!
人の頭部がぐちゃぐちゃにするほど剣を振り下ろした記憶があるのに、手にはその感覚が一切残っていない。
その得体のしれなさが彼女の恐怖心に拍車をかける。
「アイザの言う通りだよ。それよりあいつが戻って来る前に早く逃げようよ!」
「私もケイトの意見に賛成ですわ。もう気持ち悪すぎて一時たりともここに居たくない!」
「2人がそう仰るなら、私も異論はありませんわ」
3人は混乱する頭を抱えたまま、足早に隠れ家を後にした。
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写真があった方がイメージし易いかと入れてみました。
応援ありがとうございます!
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