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【第1話】ようこそ、株式会社・悪の組織へ
しおりを挟む都会の喧騒の中──
所詮、“それっぽい雰囲気”でしかない薄汚れた路地裏に、場違いなほど古びた雑居ビルがあった。
その1階。看板も出ていない、目立たないバーのドア。
一人の男が、ドアノブを握ったまま、固まっていた。
背中を伝う汗。
胸の鼓動が頭蓋を打つ。
こんなところに、本当に”面接会場”なんてあるのか?
いや、ここまで来たら引き返せない。
意を決してドアを開けると、薄暗い空間から甘く重たい酒の匂いが漂ってきた。
男は一歩、また一歩と、吸い込まれるように店内へ。
「入りたいんです!」
声は震えていたが、意志はこもっていた。
「面接希望者ですね。こちらのエントリーシートにご記入をお願いします」
スーツ姿の男が差し出したのは、まるで一流企業のような用紙と、営業スマイル。
ぴしっと整った髪型に、知的なハーフリムの眼鏡。
話し方も、完璧に丁寧だ。
「え……?」
戸惑いながらも、男はバーカウンターに案内され、用紙に向き合う。
差し出された水を口にしながら、名前、住所、志望動機――まさか本当に書くことになるとは。
そのとき、奥のソファから声が響いた。
「へぇ、なかなかおもしろい経歴だね。で、どうしてうちに?」
真紅のドレスに身を包んだ、妖艶な女が足を組んで座っていた。
鋭く美しい赤い瞳。艶やかな声。
ただ“綺麗”というだけでは済まされない、圧のある存在感。
「世界征服をしたいんです!」
「ふふっ、いいじゃないか。気に入ったよ」
赤いドレスの女が言う。
「ようこそ、株式会社・悪の組織へ」
「……えっ? 株式会社?!」
「山田」と呼ばれたスーツ男が、さらりと手渡したのは分厚いパンフレット。
「福利厚生のご案内です。ご一読ください」
『真面目に 正しく 世界征服』
それが、この会社の社訓だった。
「勤務時間は朝8時半から夕方5時。
週休二日、寮完備、ジムと医療施設あり。
バーも社員割引」
さらりと語る山田。
まるで一流企業の人事だ。
「では、こちらの誓約書にサインをお願いします」
男がサインを終えた、その瞬間。
「やあやあ、わが社にいらっしゃい」
いつの間にか背後に立っていたのは、だらしないシャツに派手なスウェットの男。
ネクタイなし、ジャケットはしわしわ、なのに笑顔だけはやけにフレンドリー。
だが、その歯が――やけに鋭い。
肩をぽんと叩きながら、顔をにじり寄せる。
「裏切ったらさ、死んだほうがマシだったなって思えるくらいの目にあわせっからな」
癖の強い髪が頬に触れる。
ぞわりと背筋が冷える。
振り返れば、あの丁寧な山田すらも、営業スマイルを崩さずこちらを見ていた。
こうして、
“世界征服”は始まった――。
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