僕らはただの幼馴染

雪丸田

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春一番

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「今日からこのクラスに入ることになった伊高玲奈さんだ、クラスに女生徒1人だけで大変なこともあると思うから、お前らしっかり助けてあげてくれ。俺も精一杯サポートするから」

高校3年の春。
担任の紹介と共に1人の女が教室に入って来た。

長い髪に男より小さな体、いかにも愛されて来たような顔をした女だった。
2年間変わらなかった僕らのクラスにやってきた異質な存在。
20分前まで何も変わらない日常を送っていた僕らの元に春一番が吹き込んだ瞬間だった。




「なぁ!聞いてくれよ!校門で女の子に会っちまった!」
遡ること20分前。
興奮気味に教室のドアを開けて入ってきた男は僕の幼馴染の桜田斗真。少しバカだが背が高く男前で嫌味な男だ。
僕と喋っていた奥田と雪村は一気に食いつく。
「やべー!!」
「まじかよ斗真くん!!」
相変わらずバカっぽい2人だ。
「まじだよ、たまたま目があって会釈されちまったよ」
「「やべーーー!!!」」
「うるさい」

まぁこいつらがここまで興奮するのも無理はない、何故なら僕らが通う高校は去年まで男子校だったからだ。去年の頭にハゲた校長が「来年から共学になります」と宣言してから、女っ気のない日常を過ごしていた男たちはこの日を待ち望んでいたのだ。


「その子どんな感じだった?かわいかったのかよ?なぁ」
「まぁまぁ落ち着けよ奥田」
そう言って隣の席に腰掛けた斗真は人に言えないほど目をギラつかせ自慢げに言った。
「お前も落ち着けよ」そう言いかけたけど今はやめておく。とりあえず話の続きが気になるからだ。

斗真にちょいと手招きされて僕ら3人が顔を寄せる。

「見かけた女の子なんだけどよ、髪長くてサラサラしてたし目も丸くてでかかった、背も小さくて、なにより胸がでかかった!まーーーじかわいかったぜ」
いい匂いもした、そう付け加えた斗真に気持ち悪い感想だなと僕は思う。
「まじかよ!!ちくしょーー1年が羨ましいぜ」
バカな奥田が地団駄を踏んで言った。
「僕らも一年生だったらなぁ」
雪村がそう言って僕は同意するように少しだけ頷いた。
共学になったからといって僕らのクラスに女子が来ることは恐らくないからだ。
受験を控えた大事な時期に転校する人なんて居ないし、2年間の思い出を捨ててわざわざ男子しかいないクラスに来る女子なんて普通に考えたらいない。

「まぁいいだろ別に、女子いたらあんま楽しくないよ」
「お前っていつもクールぶるなよな」
斗真がバカにしたようにそう言ってきた
「クールぶってんじゃない、本心だ!お前らがガキすぎるんだよ!」
僕がそう言うと斗真は笑った。奥田は「ガキだー?もう18になるんだぜ俺ら」とか言ってくる、うるさい中身が伴わなかったらガキなんだよ!そう反論した僕にさらに3人が笑う。
「すぐ怒鳴るお前もまだガキだろうがよ」
斗真の言葉に僕はまた反論する。
楽しい。女子がいなくたって今僕らは最高に楽しい。




「伊高玲奈です。これからよろしくお願いします」



女の声が耳に届き僕の意識は女の方へ戻った。
思ったよりも落ち着いた声だった。上擦ったりなんかせず鈴が鳴るように澄んでいた。教室の前で一礼した彼女のその姿は、確かに少女マンガの一ページみたいだった。

彼女の挨拶に教室は静まり返る。

普段なら誰かがすぐ茶化すはずなのに、今日は違う。全員が様子をうかがっている。まるで檻の中に急に放り込まれた小動物を見るみたいに。

ちら、と横を見る。

斗真は——

ああ、そうか、彼女か。
斗真の顔を見てすぐに僕は気付いた。
斗真がさっき話していた“校門の子”というのは彼女だったのだ。
目を丸くして、それから少しだけ口元を緩めた斗真。あいつがあんな顔をするのは珍しい。驚きと、ほんの少しの嬉しさが混ざった顔。

なんだよ、その顔。

「桜田、そんなに見つめるなよ。伊高さんの顔に穴あくぞ」
担任がからかうように言って、教室に小さな笑いが起きる。斗真は「見てねーよ」と言いながらも、彼女から視線を逸らすのが遅かった。
胸の奥が、少しざわつく。
別に、珍しくもない。斗真は昔から目立つやつだ。斗真が女の子に好かれるのも見慣れている。今さら何を思うことがある。

そのはずなのに。

「席は…、桜田の隣が空いてるな。そこ使え」

一瞬、時間が止まる。

「え、俺ですか?」
斗真の声が裏返り、クラスがどっと沸く。
「ラッキーだな斗真!」
「先生狙ったろ!」
「斗真お前今日死ぬぞ」
うるさい。ほんとうにうるさい奴らだ。バカな奥田は「俺の隣にしてくださいよー」と駄々をこねていた。黙れ。

伊高は小さく会釈して、斗真の隣へ歩いていく。長い髪が揺れる。
そのたびに、ほんのり甘い匂いが漂った気がした。
「よろしく」
斗真が少し照れくさそうに笑う。
斗真の笑顔を、僕は何度も見てきた。テストでいい点取ったときも、くだらないことで笑ったときも。
でも今のは、僕の知ってるのと少し違った。
「よろしくお願いします」
伊高がそう返すと、斗真はやけに優しい声で「緊張しないでいいすよ」と言った。
優しい声。
そんな声、僕には使わないくせに。
「なに見てんだよ」
視線に気づいたのか、斗真がこちらを向く。
「別に。あからさまに鼻の下伸ばしてんじゃねーよ」
慌てて目を逸らす。後ろで斗真が文句を言うが振り向けない。
なんだこれ。なんで僕はこんなに落ち着かないんだ。
女子が一人クラスに来ただけだろ。
大袈裟すぎるんだよ。少し経ったらきっとこの騒ぎもなくなるに決まってる。

「女子がいたら楽しくないよ」
さっき自分で言った言葉が、やけに耳に残った。

ホームルームが終わると同時に、クラスの連中が一斉に立ち上がる。
予想通りだ。
獲物を狙う肉食動物みたいに、伊高の周りにクラスメイトたちが群がる。
「どっから来たの?」
「前の学校どこすか?」
「彼氏いるんすか?」
うんざりするほどの質問攻めだ。斗真もその輪の中にいる。
ガキだなほんとに。
思わず声が出かけて、とまる。
僕だけなぜか不機嫌で僕の方がガキっぽいように感じた。
興味ないふりをして窓の外を見る。春の風がカーテンを揺らす。桜が舞っている。

背後から、斗真の笑い声が聞こえた。
あいつ、いつもあんな風に笑ってたっけ。
胸の奥に、小さな棘が刺さる。
痛い、というほどでもない。けど、確実にそこにある。

僕はそれを、まだ名前で呼べない。
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