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第一章 天にも昇る素敵な出会い
顔合わせ
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セリーナが初めてアリスターに会ったのは十四歳のときだった。
セリーナはラグーン侯爵家の一人娘。アリスターはフォレスト公爵家の次男。二人は政略的な婚約者候補として顔合わせをしたのだ。
お茶の用意がされたラグーン侯爵家の中庭。セリーナは両親と共に、フォレスト公爵とアリスターを迎えた。
(な、なんて素敵なのかしら……!)
アリスターを前にしたセリーナは両手を握りしめて絶句した。
一つ年下の彼は十三歳。まだ幼さが残る顔立ちは、すっきりと整っていた。
――そう、すっきりと。
アリスターの母は、東国ハツカ国の姫だった。彼は母親の血が濃く現れたのだろう、東国人の特徴を多く備えていた。
一重まぶたの切れ長の目。細い眉に、主張しない鼻筋。象牙色のきめ細やかな頬。薄い唇はきゅっと閉じられ、黒い瞳はセリーナを一瞥してから、さりげなく他所に流された。
「これが次男のアリスターです」
フォレスト公爵の紹介にアリスターは頭を下げる。彼の動きに合わせて、短い黒髪が絹糸のようにさらっと揺れた。母自慢の薔薇を背景に、一幅の絵のようだった。
「娘のセリーナです」
「……セリーナ? セリーナ!」
父に紹介されても気づかず、母に小声で促されて、はっとする。
「セリーナと申します」
なんとか礼だけしたものの、セリーナは心ここにあらずだった。
(これが一目ぼれ?)
両親たちの話も耳に入らず、セリーナはアリスターを見つめていた。
(今までにお会いしたどのご令息よりも素敵だわ……。私、東国の方のお顔立ちのほうが好みだったのね……)
セリーナの父は外務部に勤めているが、セリーナは外国に行ったことはない。東の国々との交易は増えてきたが、未成年の貴族令嬢の狭い行動範囲では東国人に会うことはない。
アリスターの母が存命なら、彼女とはお茶会などで会えた可能性があるが、残念ながら彼女は十年ほど前に亡くなっている。
あまりにも見つめていたため、アリスターもさすがにセリーナの視線を無視できなくなったのか、少し首をかしげて微笑んだ。
完全な愛想笑いだ。目の奥にセリーナに対する不審感が見え隠れしている。
それがまたセリーナの心を突いた。
(笑ったわ! でも笑っていないわ! どうしましょう、素敵すぎる!)
「素敵……。好き……」
思わずセリーナはそうつぶやいた。
すると、どういうことか、セリーナの身体が浮いたのだ。
「きゃっ! え?」
身体が軽くなったような気がしたときには、新品の革靴のつま先が地面から離れていた。
上にひっぱられるというよりは、地上に繋ぎとめるものがなくなったために自然に浮かんだ、といった感じだった。
ちょうどこちらを見ていたアリスターも「えっ?」と目を丸くする。取り繕わない素の驚き顔にセリーナがときめくと、さらに地面が離れていく。
「セリーナ!」
娘の異変に気づいた父が声を上げたが、風に飛ばされる花びらより速く、すーっとセリーナは父の背丈を超える高さまで浮かんだ。
父がセリーナの足を掴んだとき、地上のアリスターと目が合った。
彼は頬を赤らめて、セリーナから目を逸らした。
風が吹き上げ、セリーナのスカートが膨らむ。それで、彼女もやっと己の現状に気がついた。
「きゃあぁ!」
浮かんだときとは違う種類の悲鳴をあげて、セリーナはスカートを両手で押さえた。
(スカートの中、見えた? 見えたわよね……? 恥ずかしい……)
内心じたばたと焦ると、浮き上がった身体が重くなり、糸が切れたようにすとんと落下する。
「きゃっ!」
「セリーナ!」
父が抱き止めてくれたため、セリーナは無事だった。
セリーナは父の腕に支えられながら、地面に足をつけた。
「どういうことだ?」
「何があったの? セリーナ」
両親に尋ねられるが、セリーナは首を振るしかない。
「わかりません。突然、浮いたのです」
そこで、フォレスト公爵が、
「セリーナ嬢は魔法の素質があるのではないかね? 魔塔に問い合わせてみたらどうだろうか」
もはや顔合わせどころではなく、お茶も飲まずにその場はお開きとなった。
魔法使いは希少なため、結果次第では結婚に制限がかかるかもしれない。
(私、どうして浮いてしまったの?! アリスター様と結婚できないなんて嫌よ)
公爵に連れられて侯爵邸を辞すアリスターに、セリーナはおずおずと尋ねた。
「あの、アリスター様。またお会いしてくださいますか?」
すると彼はにこりと笑った。
「父が許せば」
やっぱり笑っていない黒い瞳から、セリーナは公爵に目を移す。
公爵は困ったように眉を下げた。厳格な顔なのに、そうすると意外に気さくに見える。
「息子を気に入ってくれたのかな?」
「はい! 絶対婚約したいです!!」
セリーナの意気込みに公爵は一度目を瞬かせ、
「それは、ありがとう。婚約をどうするかは魔塔次第になるな」
「うぅ……そんな……」
「私も君たちの婚約を願っているよ」
そう言ってセリーナを宥める公爵の隣で、アリスターが自分の父に驚いている。
(お家では厳しい方なのかしら)
セリーナは両親にも宥められ、泣く泣くアリスターを見送ったのだった。
セリーナはラグーン侯爵家の一人娘。アリスターはフォレスト公爵家の次男。二人は政略的な婚約者候補として顔合わせをしたのだ。
お茶の用意がされたラグーン侯爵家の中庭。セリーナは両親と共に、フォレスト公爵とアリスターを迎えた。
(な、なんて素敵なのかしら……!)
アリスターを前にしたセリーナは両手を握りしめて絶句した。
一つ年下の彼は十三歳。まだ幼さが残る顔立ちは、すっきりと整っていた。
――そう、すっきりと。
アリスターの母は、東国ハツカ国の姫だった。彼は母親の血が濃く現れたのだろう、東国人の特徴を多く備えていた。
一重まぶたの切れ長の目。細い眉に、主張しない鼻筋。象牙色のきめ細やかな頬。薄い唇はきゅっと閉じられ、黒い瞳はセリーナを一瞥してから、さりげなく他所に流された。
「これが次男のアリスターです」
フォレスト公爵の紹介にアリスターは頭を下げる。彼の動きに合わせて、短い黒髪が絹糸のようにさらっと揺れた。母自慢の薔薇を背景に、一幅の絵のようだった。
「娘のセリーナです」
「……セリーナ? セリーナ!」
父に紹介されても気づかず、母に小声で促されて、はっとする。
「セリーナと申します」
なんとか礼だけしたものの、セリーナは心ここにあらずだった。
(これが一目ぼれ?)
両親たちの話も耳に入らず、セリーナはアリスターを見つめていた。
(今までにお会いしたどのご令息よりも素敵だわ……。私、東国の方のお顔立ちのほうが好みだったのね……)
セリーナの父は外務部に勤めているが、セリーナは外国に行ったことはない。東の国々との交易は増えてきたが、未成年の貴族令嬢の狭い行動範囲では東国人に会うことはない。
アリスターの母が存命なら、彼女とはお茶会などで会えた可能性があるが、残念ながら彼女は十年ほど前に亡くなっている。
あまりにも見つめていたため、アリスターもさすがにセリーナの視線を無視できなくなったのか、少し首をかしげて微笑んだ。
完全な愛想笑いだ。目の奥にセリーナに対する不審感が見え隠れしている。
それがまたセリーナの心を突いた。
(笑ったわ! でも笑っていないわ! どうしましょう、素敵すぎる!)
「素敵……。好き……」
思わずセリーナはそうつぶやいた。
すると、どういうことか、セリーナの身体が浮いたのだ。
「きゃっ! え?」
身体が軽くなったような気がしたときには、新品の革靴のつま先が地面から離れていた。
上にひっぱられるというよりは、地上に繋ぎとめるものがなくなったために自然に浮かんだ、といった感じだった。
ちょうどこちらを見ていたアリスターも「えっ?」と目を丸くする。取り繕わない素の驚き顔にセリーナがときめくと、さらに地面が離れていく。
「セリーナ!」
娘の異変に気づいた父が声を上げたが、風に飛ばされる花びらより速く、すーっとセリーナは父の背丈を超える高さまで浮かんだ。
父がセリーナの足を掴んだとき、地上のアリスターと目が合った。
彼は頬を赤らめて、セリーナから目を逸らした。
風が吹き上げ、セリーナのスカートが膨らむ。それで、彼女もやっと己の現状に気がついた。
「きゃあぁ!」
浮かんだときとは違う種類の悲鳴をあげて、セリーナはスカートを両手で押さえた。
(スカートの中、見えた? 見えたわよね……? 恥ずかしい……)
内心じたばたと焦ると、浮き上がった身体が重くなり、糸が切れたようにすとんと落下する。
「きゃっ!」
「セリーナ!」
父が抱き止めてくれたため、セリーナは無事だった。
セリーナは父の腕に支えられながら、地面に足をつけた。
「どういうことだ?」
「何があったの? セリーナ」
両親に尋ねられるが、セリーナは首を振るしかない。
「わかりません。突然、浮いたのです」
そこで、フォレスト公爵が、
「セリーナ嬢は魔法の素質があるのではないかね? 魔塔に問い合わせてみたらどうだろうか」
もはや顔合わせどころではなく、お茶も飲まずにその場はお開きとなった。
魔法使いは希少なため、結果次第では結婚に制限がかかるかもしれない。
(私、どうして浮いてしまったの?! アリスター様と結婚できないなんて嫌よ)
公爵に連れられて侯爵邸を辞すアリスターに、セリーナはおずおずと尋ねた。
「あの、アリスター様。またお会いしてくださいますか?」
すると彼はにこりと笑った。
「父が許せば」
やっぱり笑っていない黒い瞳から、セリーナは公爵に目を移す。
公爵は困ったように眉を下げた。厳格な顔なのに、そうすると意外に気さくに見える。
「息子を気に入ってくれたのかな?」
「はい! 絶対婚約したいです!!」
セリーナの意気込みに公爵は一度目を瞬かせ、
「それは、ありがとう。婚約をどうするかは魔塔次第になるな」
「うぅ……そんな……」
「私も君たちの婚約を願っているよ」
そう言ってセリーナを宥める公爵の隣で、アリスターが自分の父に驚いている。
(お家では厳しい方なのかしら)
セリーナは両親にも宥められ、泣く泣くアリスターを見送ったのだった。
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