この世で一番軽い恋

神田柊子

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第三章 公爵家を制覇せよ

浮遊魔法の特訓

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「さて、今日から浮遊魔法の特訓を始めるわよ」
「はいっ! よろしくお願いいたします!」
 魔法の修行を始めて二か月。セリーナはやっと全属性の基礎魔法を使えるようになった。――基礎の基礎なので、一応発動できる程度だ。
(でも、小さな火魔法で葉巻に火をつけてさしあげたら、お父様は感動してくださったわ。お母様にも、衣裳部屋の換気に風魔法を使って喜んでいただけたし)
 些細な魔法でも両親には好評だし、セリーナも楽しい。
 そして、今日からは待ちに待った浮遊魔法を習う。
 恋のときめきで浮かんでしまうセリーナには必須の魔法だった。
 師匠のグレタはやる気たっぷりのセリーナに苦笑した。
「あなたは浮遊体質なんだから、浮遊魔法は使いやすいと思うわ。意図的に身体の比重を軽くするのよ」
「意図的に……」
「身体強化はできたでしょ?」
「はい」
 グレタの質問にセリーナはうなずく。
 魔法の理論書によると、魔力は血液のように全身を回っている。魔法を使うときには魔力を体外に出す必要があるため、セリーナは血管から指先まで魔力がじわりと溢れだすイメージで魔力を操作していた。
 その魔力を細胞のすみずみまで行き渡らせて、ぎゅっと押し固めるイメージをすると身体強化ができる。叩かれても痛くなかったり、重いものを持ち上げることができたりする。――護身に使えるので、セリーナにとってはささやかな火魔法よりも実用向きだった。
「比重を軽くするのはその逆」
「逆? ええと、さらさらと流れるように、薄く……、身体の中心に集めて……?」
 セリーナは目を閉じて、胸に両手を当てる。心臓のあたりだけを流れるイメージで魔力を操作する。
「浮遊したときの感覚を思い出しなさい」
「すっーと地面から足が離れていきます……」
 セリーナがそう言うと、実際に踵が浮かんだ。続いて、つま先まで。
「繋ぎとめる糸が切れたように浮かびます……」
 完全に足が地面から離れた。
 セリーナは目を開ける。グレタの顔は頭一つ分くらい下方にあった。
「そのまま、また比重を戻して。魔力の操作を逆に、ゆっくりね」
 セリーナはうなずいて、魔力をまた全身に流すイメージで広げていく。自分を地面に繋ぐ糸が復活し、少しずつ手繰り寄せられていく感覚。――つま先、そして踵も地面に着いた。
「わぁ! 今、できていましたよね?」
「できていたわよ! なかなかやるじゃない!」
「うふふ。ありがとうございます」
 グレタに褒められてセリーナはうれしい。
「お師匠様の教え方がうまいのですよ」
「当然よ! 私に師事できたことを感謝しなさい!」
「え、そこは『弟子に才能があるからよ』って返すところではありません?」
「私に貴族話法を期待しないでちょうだい」
 ひとしきり笑い合ってから、グレタは表情を改める。
「あなたの場合、浮遊状態から落ちそうになったときに素早く自分で浮遊魔法をかけなおせるように、訓練が必要よ。体質で浮いている状態で身体強化を使ったって降りてこられないからね」
「ええと……、つまり、体質で浮いてしまったときは、まずアリスター様から意識を逸らす必要があるってことですね? 同時に浮遊魔法に切り替えて浮遊を維持。あとは比重を戻してゆっくり安全に降りてくる……、と」
「まあ、そういうことね。……手順の一番目がなんだかおかしいけど」
 グレタの指摘は無視して、セリーナは「がんばりますわ!」と意気込む。
「あとは、浮遊魔法と同時に風魔法も発動できるようになれば、方向転換ができるわ」

「という感じで、自分の魔法で浮けるようになったのです」
 セリーナはいつも通り、魔塔の帰りにフォレスト公爵家に寄っていた。
 最近は日差しが強くなってきたため、庭ではなくサロンで話をすることが多い。テーブル席ではなくソファセットで、セリーナとアリスターは隣に並んで座っている。
(なんだか、少しアリスター様との距離が近づいていない? 仲良くなれてきたのかしら?)
「それじゃあ、いつ浮いても大丈夫なの?」
 アリスターがセリーナの顔を覗き込むように聞く。
 素敵、近い、素敵……、とぐるぐるしながらセリーナは少しだけ浮くけれど、この程度のときめきは日常になっているため、浮いたまま返答する。
「まだ始めたばかりですから、もう少し極めないといけないようです。落ちる前に魔法に切り替えないとならないので、一瞬で発動できるように繰り返し練習する予定ですわ」
「応援してるけど、危なくないように気を付けて」
「ええ、もちろんですわ。ありがとうございます!」
 セリーナはまだ浮いたままだ。
(アリスター様、優しくなったわよね?)
 だったらお願いも聞いてもらえるかしら、とセリーナは試しに聞いてみる。
「浮遊魔法がもう少しうまくなったら、一緒にお出かけしてくださいませんか?」
「いいけど、どこに?」
「どこでも構いませんわ! アリスター様の好きな場所に行きましょう!」
「僕の好きな場所……」
 アリスターは考えるように目を伏せる。
 すると、前のソファから「遠乗りはどうかな?」と提案があった。
 チャーリーだ。
 サイ商会を使ってチャーリーとベリンダが試験を行ってから、チャーリーのセリーナへの対応が改善した。探るような視線はもう感じない。
(アリスター様の婚約者として、私は合格を勝ち取ったってことよね?)
 そのせいか、チャーリーはときどきアリスターとセリーナのお茶会に混ざるようになった。
 今日も最初からずっと同席していた。
「遠乗りって乗馬ですよね? 申し訳ございません。私、乗馬はできないんです」
「ああ、そうなんだ。ルイーズ様は乗馬が得意でね」
「練習いたしますわ!」
 意地悪く笑うチャーリーにかぶせ気味にセリーナは主張して、アリスターを見た。
「アリスター様も乗馬がお好きですか?」
「……知らなかった」
「え?」
 小声で言われたから聞きなおすと、
「母上が乗馬好きだって、僕は知らなかった」
 とアリスターは言った。
 セリーナは目を吊り上げて、チャーリーを振り返る。
「お義兄様! 一体どういうことですの? アリスター様のお母様のことでしょう!」
「面目ない……。アリスターもすまない」
「お義兄様は、ルイーズ様と出会ってからお別れするまでの思い出を全部、アリスター様と共有してくださいませ」
 いつのまにかセリーナはソファに落ちていた。
 その日は、チャーリーから根掘り葉掘りルイーズのことを聞き出した。
 どうやらルイーズは大変活発で、恋に積極的な王女だったようで、存命ならセリーナは意気投合できたはず。
(お会いしたかったわ……)
 セリーナは心の底から残念に思ったのだった。
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