この世で一番軽い恋

神田柊子

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第四章 王立学園魔法対決?

学園入学

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 年が変わって、春。
 セリーナは王立学園の入学式を迎えた。

 入学式の前日、ラグーン侯爵家にアリスターがやってきた。
 冬にチャーリーとシャロンが結婚してから、セリーナとアリスターがふたりで会うときは彼が侯爵邸に来る。
 昼過ぎにやってきたアリスターは、学園での注意事項を繰り返した。
「魔法も浮遊体質も隠しておくこと! セリーナは何に巻き込まれるかわからないんだから、くれぐれも気をつけてよ」
「学園は勉強したり社交したりするところですわ。危ないことなんて何もありませんわよ」
 サロンのソファで寄り添って座って、セリーナは上機嫌だ。
「心配だな。……飛び級で入学できたらいいのに」
 アリスターはそう言って、セリーナを抱きしめた。思いを確認し合ってから、アリスターはセリーナに愛情表現をしてくれるようになった。そのため、セリーナも慣れてきて天井まで飛び上がるほど浮くことはなくなった。しかし、ときめかないのは無理なので、セリーナは今も拳一つ分ほど浮いている。
(でも結婚したらもっといろんなことをするんだもの。大事なときに浮いたら困るわ。がんばって慣れなくちゃ……)
「ねえ? 聞いてるの?」
 眉を寄せて顔を覗き込むアリスターに、セリーナは微笑んだ。
「聞いてますわ。アリスター様に心配していただけてうれしいです」
「そういうことじゃないんだけど」
 と、アリスターが顔を赤くして視線を逸らすと、セリーナは「アリスター様、好き……」ともう一段階浮かぶのだった。

 そして、入学式。
 セリーナは王都の屋敷から通学するため、寮には入らない。今日は両親と馬車で学園にやってきた。
「セリーナは制服も似合うなぁ!」
「そうね。皆と同じ服なのに輝いて見えるわ」
 両親はいつも通りにセリーナを褒めてくれる。
 学園に着くと、ちょうどクリフ侯爵夫妻とナディアに行き合った。
「ナディア、おはよう」
「セリーナ! おはよう。会えて良かったわ。一緒に行きましょう」
 それぞれに相手の親とも挨拶を交わしてから、セリーナたちは連れ立って講堂に向かった。ここからは父兄とは別行動だ。
 事前にクラス分けの通知が届いており、セリーナはナディアと同じクラスだとわかっている。
(成績順だから、たいてい高位貴族は同じクラスなのよね)
 高位貴族は家庭教師について幼い頃から教育を受けるため、上位クラスは他のクラスより発展的な授業を行う。
 特にセリーナの世代は王太子グレゴリーがいるため、子どもの勉学に力を入れる家が多かった。
 かくいうセリーナも、万が一王太子妃に選ばれてもいいように高度な教育を受けた。
(ナディアのほうがもっとすごいけれどね)
 それで実際に王太子の婚約者に選ばれたわけだから、ナディアはさすがだ。
「入学式ではグレゴリー殿下がご挨拶されるそうよ」
 講堂まで歩きながら、ナディアがそう教えてくれた。
 クラス分けと一緒に届いた資料で、学園内の地図は頭に入っているが、石畳の道のところどころに上級生が立って道を教えてくれる。見知った顔もあり、ふたりは会釈をしつつ歩いていた。
「やっぱりそうよね。新入生代表は? ナディアじゃないんでしょ?」
「ストーム伯爵令息じゃないかしら」
「宰相閣下のご令孫ね」
 バーナード・ストーム伯爵令息は、宰相であるレイク侯爵の外孫だ。セリーナも王妃の茶会で面識がある。グレゴリーの側近のひとりは彼で確定だろう。
「そうそう。私、殿下から生徒会に入らないかって誘われているの」
「まあ、さすがナディアね!」
 生徒会は現役役員の推薦で選ばれる。身分の高さもだが、当然成績も考慮される。
「あなたも入らない? 殿下にセリーナも誘ってほしいって言われたのよ」
「えっ、私も? うーん、私、放課後は早く帰って、魔塔に寄ったりアリスター様とお茶したりする予定なんだけれど」
「あなたたち、べったりしすぎじゃない?」
 と、ナディアは呆れたため息をつく。
 三人で何度かお茶会をしたため、ナディアもアリスターとセリーナの様子を知っている。
「来年はアリスター様だって生徒会に入ることになるわよ。公爵家は彼だけなんだから。セリーナが今年から慣れておけば、アリスター様が来年楽になるんじゃない?」
「そうね! それなら、私も生徒会に入るわ」
 あっさり前言を撤回したセリーナだった。
(来年はアリスター様が新入生代表で挨拶するのかしら? 楽しみだわ)
 などと、セリーナが夢想している間に入学式は滞りなく終わった。
 そのあとは教室に移動して、担任から説明を受ける。
 国内の貴族の他に優秀な平民も通うため、新入生は百人弱。三クラスに別れており、成績上位のA組だけ人数が少なめだった。
 自己紹介を聞いても知っている人が多い。A組は授業内容が異なるので入れ替わりは滅多になく、卒業までの四年間ほとんど同じ顔ぶれだろう。
 校舎の案内や選択授業の紹介は明日で、自己紹介のあとはホールに移って学生だけの歓迎会となる。
(どう考えても、今日のメインは入学式より歓迎会よね……)
 移動中からナディアは、左手の小指を立てて前髪を直す「気分は最低」のハンドサインだ。
 顔をつなぎたい生徒が挨拶に来るから、こういった会でナディアは気が抜けないのだ。
(殿下の婚約者も大変ね……)
 他人事のように同情していたセリーナだったけれど、がっちりナディアに腕を取られた。
「セリーナは歓迎会の間、ずっと私と一緒にいてくれるわよね?」
「え……、ええー?」
「アリスター様も言ってたじゃない。私と離れるなって」
「それは意図が違うんじゃない?」
「私と別々にいたって、挨拶三昧なのはあなたも変わらないわよ。あきらめなさい」
 というわけで、セリーナの今日の役目はナディアの隣で微笑むことに決まった。
 歓迎会は生徒会主催だ。ダンスはしないが、飲み物と軽食が用意されている。社交の演習といった感じだ。
 生徒会長は最高学年の四年生、ユージーン・ファネル侯爵令息だ。二年生のグレゴリーは副会長だった。
 会長は身分が一番高い者だとか最高学年の者だとか、そういった決まりはないらしい。ユージーンが優秀だからグレゴリーが譲った、とナディアから聞いた。
 そのユージーンが壇上で挨拶をし、歓迎会が始まった。
 セリーナはナディアに連れられて、さっそくグレゴリーに挨拶に行く。
「グレゴリー殿下にご挨拶申し上げます」
 ナディアの口上に合わせて、セリーナもカーテシーをする。
 グレゴリーは金髪碧眼の穏やかな青年だ。――アリスターの父ハワードと似た雰囲気があり、フォレスト公爵家は間違いなく王家の血筋なのだなと思う。
「ナディア、セリーナ嬢も久しぶりだね。学園ではもっと気楽にしてくれて構わないよ」
「ありがとうございます」
 グレゴリーの隣にはユージーンと、新入生代表のバーナード・ストーム伯爵令息もいた。それから少し後ろに、グレゴリーの学内での護衛も兼ねる二年生のエグバート・フロント伯爵令息がいる。
「殿下。セリーナも生徒会に入ってくれるそうですわ」
「おお、そうか。それは良かった」
「はい。お役に立てるかどうかわかりませんが、どうぞよろしくお願いいたします」
「女性の役員は昨年全員卒業してしまったから、ナディアだけだったんだ。セリーナ嬢がいてくれたらナディアも心強いだろう」
「ありがとうございます」
 それから、グレゴリーはバーナードに目を向けた。
「バーナードも役員だから、協力してくれ」
「どうぞよろしく」
 バーナードはにこやかに笑った。
 それぞれ挨拶を交わし、名前で呼び合うことを確認しあったところで、ユージーンが「後日改めて生徒会室で」と言ってその場を離れる。それが契機になって、遠巻きにうかがっていた他の生徒たちがグレゴリーとナディアに挨拶にやってくるようになった。
 再度逃げようとしたセリーナはナディアに腕を取られて巻き込まれてしまったけれど、バーナードは自分からグレゴリーの隣に残った。
 さすが新入生代表だとセリーナは感心する。
(私も、顔を売っておいて損はないものね)
 セリーナの母は、夫が外務部勤務なので、パーティーに参加したり外国の要人の夫人のもてなしを任されたりすることがある。アリスターも外務部を目指すのかはまだ聞いていないが、セリーナにもできることがあるはずだ。
 セリーナは気合を入れて臨んだ。
 しばらくは次から次へと人がやってきたが、生徒全員が挨拶にくるわけではないため、人が途切れたところで軽食をとることになった。
「今日の軽食は食堂で作ってもらったんだよ。学園の食堂はなかなかおいしいんだ」
 グレゴリーがそう言って、一歩踏み出したとき。
 ちょうど横から勢いよく女子生徒が飛び出してきた。エグバートがすっと前に出て、彼女とグレゴリーの間に入った。そのため、彼女の持っているグラスの中身がエグバートにかかった。
「っ!」
 顔を拭ったエグバートが女子生徒を取り押さえようとしたが、彼女は場違いなほど明るい声で、
「あっ、ごめんなさい! 私、魔法使いなんです! 今、綺麗にしますので!」
 エグバートの頭から水をかけ、風を起こして乾かした。
 セリーナが使う魔法の比ではない。大きな桶をひっくり返したかのような水が降ってきて、スカートがばさばさ翻るような突風が吹いたのだ。
「ほら、綺麗になったでしょ?」
 女子生徒はそう言って小首をかしげた。
 セリーナは恐る恐るエグバートを見る。
 エグバートに飲み物の汚れはない。――ないが、力任せに乾かした制服はしわが寄っているし、髪もぐしゃぐしゃだ。足元には水たまりが出来ている。
「え? 誰? うそ、え?」
 そこで初めて女子生徒は怒りに震えるエグバートの顔を見上げて、ぽかんと口を開けた。
(平民の方が殿下や側近のお顔を知らなくて、うっかり近づいてしまったってことかしら? いえ、それよりも魔法よ! 魔法使いだわ!)
 セリーナは、師匠のグレタと自分以外の魔法使いを初めて見た。――魔塔ではいまだにグレタ以外の魔法使いと顔を合わせたことがなかった。グレタいわく「物陰から観察していたやつらも、話しかけるまでもなく飽きたみたいね」ということだ。
(でも、これって大事にしないほうがいいわよね?)
 セリーナはナディアをちらりと見ると、彼女もセリーナに目配せした。
 グレゴリーとバーナードはあまりのことに固まっている。
(それにしても、彼女のセリフになんだか既視感が……? あ! そうよ! あれだわ!)
 セリーナは思いついて、エグバートを避けて女子生徒に駆け寄って両手を掴む。
「あなたもメリー・メリッサの愛読者なの? 今のは『百万回死んで百万回生きた魔女』の出会いのシーンよね? ね、一緒に来て、メリー・メリッサの魅力について話しましょう?」
「メリー・メリッサね……。私も読んでいるわ」
 素早く男性陣を正気づかせたナディアが、女子生徒の腕を取る。セリーナとふたりがかりで連行するような形で、会場から連れ出したのだった。
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