この世で一番軽い恋

神田柊子

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第四章 王立学園魔法対決?

父兄交流会

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 夏季休暇を目前に控えた今日は、一年生の父兄交流会だ。
 これは女子生徒対象の社交の授業の一環で、父兄を呼んでもてなす実習だった。
 学年ごとに行われて、一年生が一番最初だ。
 ちなみに、男子生徒には、父兄が観覧できる武術・馬術大会がある。これは全学年同日開催で、女生徒も観覧できた。――来年アリスターを応援するのが今から楽しみなセリーナだった。
 閑話休題。
 交流会に招待できる父兄は、家族か婚約者で、生徒ひとりにつきふたりまでだった。
 セリーナはアリスターを招待したくて、父に頼んだ。快く譲ってくれた父が影で母に泣きついていたのをセリーナは知らない。
 一年生は立食式パーティーの差配をする。昼に屋内で開かれるパーティーを想定して、クラス単位で企画するけれど、開催場所は全てのクラスがホールだった。ホールの一部を衝立で区切って三クラスに分けている。衝立を回り込めば他クラスの会場にも出入りできる。一年生なので、生徒も父兄もクラス間を行き来して、他クラスから学んだり、交流したりするようにという配慮だ。
 上級生になると、想定する会も異なり、個人単位で主催したり客に扮した教師がトラブルを起こしたり、と内容が発展してくる。
 初めての一年生だが、だいたいどのクラスにも慣れている者がいて、教師の指導も受けながら、その者が中心になって企画する。慣れていない者は参加しながら実地で覚えるのだ。
 セリーナのクラスは皆家で家庭教師や母親から習ってきている。ナディアもセリーナも、自分の誕生日会を自分で企画したことがあった。A組にとっては、復習の授業だった。
 ホールの扉は複数あり、客の出迎えはクラスごと行う。
 セリーナたちA組の女子は八人。客も八組。多くないので全員で迎えた。
 招待者が自分の客に挨拶をするため、アリスターと母ベリンダが姿を見せると、セリーナは一歩前に出た。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
 ベリンダをエスコートしたアリスターがそう述べる。
 彼はきっちりしたブルーグレーのスーツ姿だ。黒い艶やかな髪も上げている。この一年で背が伸びたアリスターは、今はセリーナよりも明らかに背が高い。このパーティーが授業の一環で、教師が見ていると知っている彼は、少し硬い表情をしていた。
 一方、セリーナは早くも浮きかけていた。
(アリスター様、素敵だわ! 前髪を上げているの、初めて見た……! やだ、どうしましょう! かっこいい!)
 セリーナは魔法使いだと暴露したけれど、全く広まっていない。あのときのコーヴ子爵令嬢たちが誰にも話さなかったからだ。セリーナが魔法を使っていないせいもある。
 セリーナの浮遊体質は、まだナディアとキャシーしか知らない。学園にアリスターがいないから、さすがのセリーナも浮いたことがなかった。
 幸いセリーナの魔法や体質は隠されたままだから、こんなところで浮いていいわけがない。
 アリスターは、セリーナが反応しないことに訝しげに目を瞬いた。
「セリーナ嬢?」
「セリーナ。踵が浮いていますわよ」
 ベリンダが扇を広げて口元を隠しながらセリーナを注意する。
 それでセリーナははっと意識を戻した。
「失礼いたしました。本日はお越しいただきありがとうございます。中にご案内いたします」
(危ないわ。来年から大丈夫かしら。アリスター様と毎日一緒に学園に通うのよ? 浮かないでいられる? ダメね、全然できる気がしないわ。……とりあえず、アリスター様が制服を作られたら、事前に着て見せていただきましょう。慣れておかないと!)
 内心はともかく、表面上はにこやかに微笑んで、セリーナは会場にふたりを促したのだった。
 客に扮した教師と挨拶を交わすなどの課題も終え、パーティーは後半に突入した。ここからは評価の対象外で、クラスを超えて自由に交流できる。
 なんとか浮かずに乗り切ったセリーナは、ほっと一息ついた。
「私の場合、浮かないようにするのが何よりも大きな課題ですわ」
 セリーナがそう言うと、ベリンダが考えるように頬に手を当てる。
「いずれは公表してもいいかもしれないわね」
「でも、そうしたらセリーナが変に注目されるのではないですか?」
 心配するアリスターにベリンダは、
「それは仕方のないことよ。この件がなくても、注目されるのは変わりませんよ。アリスター様がセリーナを守ればいいのです」
 厳しいことを言う母にセリーナは「お母様!」ととがめるけれど、アリスターは「もちろん僕が守ります」と請け負ってくれる。
 セリーナは浮かないように必死で我慢した。
「我慢しなくて良くなるのでしたら、私は大歓迎ですわ。アリスター様には面倒をおかけしてしまうかもしれませんが……」
「僕だって、この見た目で君に面倒をかけると思う」
 このパーティーでもアリスターをちらちら見てくる者がいた。生徒の親たちは、フォレスト公爵とハツカ国の王女の出会いから結婚を実際に見てきた世代だ。本格的に社交界に出たら、アリスターは間違いなく注目される。
「私は面倒なんて思いませんわ」
「僕も同じってこと」
「じゃあ、ふたりでめいっぱい注目されましょうね」
 セリーナがにっこり笑うと、アリスターは「わざわざ浮かなくてもいいからね」と釘を刺した。
 微笑ましげに目を細めて見ていたベリンダに、
「お父様やお師匠様に相談してみてもいいですか?」
「ええ、そうしましょう」
 母子で笑みを交わし合ったところで、セリーナは少し離れたところにいるナディアに気づいた。
 彼女はこちらを見て、左手の小指を立てて前髪を直した。「気分は最低」のハンドサインだ。
 学園の生徒は招待できないため、ナディアは婚約者のグレゴリーを招待できず、両親を招待していた。ナディアは、今はその両親に囲まれている。
 嫌いじゃないけれれどセリーナほど両親を大好きでもない、というナディアだ。もてなし時間が終わったなら別行動をしたいのかもしれない。
 セリーナはベリンダに向き直ると、
「お母様、私はナディアとアリスター様と一緒に他のクラスを見て回ろうと思うのですけれど、クリフ侯爵ご夫妻のお相手をお願いしてもよろしいでしょうか」
「あら、まあ」
 ベリンダはナディアたちをちらっと見て、くすりと笑う。
「かわいい娘の頼みだもの、叶えてあげなくちゃね」
 そうして、セリーナはナディアと合流して、C組に向かった。
 目当てはキャシーだ。
「キャシー様はイヴォン様を招待するっておっしゃっていましたわ」
「魔塔で魔法使い同士の交流をすることになったのに、セリーナはまだイヴォン殿に会っていないの?」
 アリスターの質問にセリーナはうなずく。
 魔塔の改革で、修行の課程が統一された。まだセリーナの後輩は現れていないけれど、次に魔法使いが見つかったときはその課程に沿って修行が進められる。師弟制度は続けるけれど、修行の試験には他の魔法使いも立ち会う決まりを作って、師弟関係がうまく言っているか第三者の目で確認できるようにした。
 魔法使い同士の交流は、魔塔の魔法使い対象に企画してみたけれど、強制でないと言ったら参加者は半分以下だった。
「お茶会にしたのがよくなかったかもしれないですわ。次回は魔塔だけでなく、王都にお住まいの魔法使いも対象に、豪華なお食事食べ放題の会を開く予定です」
「軍の演習場とかを借りて魔法を全力で放てる会みたいな企画のほうが集まるんじゃない?」
「それは私も考えたのですけれど、演習場が壊れてしまう危険がある、とお師匠様とフランク様に却下されてしまいました」
「あ、そうなんだ……」
 そんな話をしながらC組の会場に入る。
「クラスごとにかなり雰囲気が違うんだね」
 アリスターがそう言いながら会場を見回した。
 確かに、A組はテーブルクロスや装花も落ち着いたものでまとめたけれど、C組はパステルカラーでかわいらしい感じだ。
「生徒の人数が違うので会場の広さも違いますしね」
 キャシーはすぐに見つかった。何人かの生徒と、その招待客と一緒にいる。
 コーヴ子爵令嬢のグループから離れたキャシーは、男爵令嬢ばかりのグループと一緒にいるようになった。同格の令嬢たちで落ち着くのか、彼女も自然に笑えるようになってきていた。
 セリーナとナディアはときどきキャシーを誘って食堂でお茶をした。また、セリーナは魔塔で交流会企画を一緒に考えたり、仲良くしている。
 セリーナたちが近づくと、キャシーもこちらに気づいて先に駆け寄ってくる。
「ナディア様、セリーナ様、ごきげんよう」
「キャシー様、ごきげんよう」
「ごきげんよう。さっそくですが、キャシー様、紹介させてくださいませ。こちらが私の婚約者のアリスター・フォレスト様です」
 セリーナの言葉にアリスターが「初めまして」と礼をする。
 キャシーはセリーナの浮遊体質を知っているから、目は「これがあの……!」と語っているけれど、口に出したのは礼儀正しい挨拶だった。
「初めまして、キャシー・バレーと申します。セリーナ様から、婚約者様は素敵な方だとうかがっておりました」
「きゃっ! キャシー様ったら」
「あんまり余計なことを言いふらさないでよね」
 はしゃぐセリーナをアリスターが軽く睨む。
 そこへ三十代半ばの女性がやってきた。
 キャシーが彼女を振り返って、
「こちらが私の師匠のイヴォン・バレー様です」
 それからキャシーはセリーナたちも紹介する。
 イヴォンはナディアが王太子の婚約者だと説明されたとき、少し目を瞠った。
「キャシーはどうして王太子殿下の婚約者様と仲良くなったの?」
 イヴォンはキャシーに尋ねた。セリーナには、単純な質問ではなく責めるように聞こえた。
 キャシーは慌ててイヴォンを振り返ると、
「だって、無理です。同じようなことしたって、相手が同じ反応してくれるわけじゃないんですから。絶対無理です。先生が書いた本通りになんて行きませんよ」
「先生が書いた本?」
 ナディアがキャシーのセリフを拾って聞き返す。
「イヴォン様は本を書いていらっしゃるのですか?」
「魔法使いで作家って、もしかして……」
 セリーナもはっとして、そう言いかけると、イヴォンの口元がによっと笑みの形を作った。
(あら、喜んでいらっしゃる? 隠しているわけじゃなかったの? そういえば、承認欲求が強いってフランク様がおっしゃっていたわね)
 セリーナは思い切って少し大きめの声で、
「イヴォン様があの人気作家のメリー・メリッサなのですか?」
「えっ! そんな大きな声で! ええ、そうですわ。私がメリー・メリッサですわ」
 自分も負けずに大きな声で、イヴォンは肯定した。
 間違いなくうれしそうだ。
 すると、イヴォンの声を聞きつけたのか、近くにいた女子生徒が駆け寄ってきた。
「今、メリー・メリッサと聞こえましたけれど……」
「まあ、聞こえてしまったの? 恥ずかしいですわ」
「本当に? 私、ファンなんです!」
「私も著作は全て持っています!」
「キャシー様、紹介してくださらない?」
 盛り上がる集団からセリーナたちは少し離れた。
 イヴォンはうれしそうに女子生徒たちに対応している。
(メリー・メリッサだって、なんで今まで隠していたのかしら?)
 と、セリーナは疑問に思った。――後々キャシーから、イヴォンの兄のバレー男爵が「作家なんて恥ずかしい」と隠させていた、と聞いた。イヴォン本人は誰かに話したかったらしい。素性がバレてしまったけれど、話題になって賞賛されたからバレー男爵も最終的には許したとのこと。バレー男爵はメリー・メリッサの人気を知らなかったのだろう。
「すごいわね……」
 ナディアが徐々に大きくなる集団を見て、呆れたように言う。
 ナディアもセリーナもメリーの作品を読んではいるけれど、そこまでの熱意は持っていなかった。
「でも、なんとなく理解したわ。……キャシー様は本当にメリーの小説の通りに行動しようとしていたのね」
「イヴォン様に頼まれたのかしら」
 中途半端な修行のことといい、メイドにしようとしてたことといい、イヴォンは全く良い師匠に思えない。養母としても良いとは思えなかった。
(メイドにしないって約束したのに、今も立ち位置が親子じゃなくて主従なのよね……)
 ファンの女子生徒の相手をするイヴォンの横で、キャシーは落としそうになったグラスを受け取ったりしている。
 キャシーが師匠であるイヴォンを親に見れないせいもあるだろう。
 しかし、イヴォンは平民や使用人を対等な人だと捉えていないように思えた。現に今、イヴォンはキャシーを振り返りもしない。
 セリーナとナディアが、キャシーたちを見守っていると、アリスターがナディアに声をかけた。
「ナディア嬢。キャシー嬢をあなたの親族の家に引き取ったらどうかな?」
「それはどういう意図ですの?」
「イヴォン殿とは引き離したほうがいいってふたりも思ってるんじゃない?」
「まあ、それは……」
 セリーナとナディアは顔を見合わせる。
「ナディア嬢の親族の家の養子にして、将来的には王太子妃の侍女になってもらったら? 彼女は強い魔法使いなんでしょ? 護衛代わりにもなるんじゃない?」
「確かにそうですわね……」
「キャシー嬢は侍女やメイドに向いていそうだよね」
 甲斐甲斐しくイヴォンの世話を焼いているキャシーを見ると、アリスターの言葉にもうなずける。
「王太子妃の侍女なら、居所はこれ以上ないくらいはっきりしているんだから、魔塔にいるのと変わらないでしょ。魔塔の公務が入ったときだけ抜ければいいし」
「それなら、魔塔の公務としてキャシー様を派遣してもらう形にしたら、どうかしら?」
 セリーナも提案すると、ナディアは少し考えるようにして、
「そうね。両親とも相談してみるわ。キャシー様にも聞いてみましょう。セリーナは魔塔に聞いてもらえるかしら?」
「もちろん」
 うまく行くといいわね、とセリーナは微笑んだ。

 話はとんとん拍子に進み、夏季休暇の直前にキャシーはクリフ侯爵家の遠縁のデューン男爵家に籍を移した。
「イヴォン様は、作家としてちやほやされたから満足して、キャシー様を手放すのに何のためらいもなかったんですって」
 セリーナはアリスターにそう言った。
 今年の夏季休暇は、ラグーン侯爵領にアリスターも一緒に来ている。
 アリスターは次期侯爵なので、セリーナの両親も交えて四人で挨拶回りに忙しい。
 今日は外出の予定がなかったため、領地の屋敷でふたりきりの茶会だ。
 フォレスト公爵領よりも気温が高く日差しも強いため、こちらでは夏は屋内で過ごす。掃き出し窓を開けて風を通して、日が入らない奥にテーブルを置いていた。
 領地で採れた桃は甘くておいしい。
 アリスターも気に入ってくれたようでわずかに頬を緩めてから、セリーナに尋ねた。
「キャシー嬢は納得しているの?」
「ええ。少し寂しそうではありましたけれど、独り立ちだと思うことにするとおっしゃっていましたわ」
 セリーナは、「それよりも」と笑って続ける。
「ナディアが出した課題が大変だって、感傷に浸る暇もないみたいですわね」
 休暇の初日に三人でお茶会をしたが、「来年からB組に上がれるようにがんばりましょうね」とナディアがキャシーに家庭教師を付けたため、夏季休暇はほとんど家庭学習で終わりそうだと言っていた。
「アリスター様が、キャシー様のことを気にかけて提案してくださるなんて思いもよりませんでしたわ」
「なにそれ。僕が血も涙もない冷血漢だって言いたいの?」
「まさか! アリスター様はお優しいと思いますわ。ですが、ええと、身近でない方には興味がないというかですね……」
 セリーナがしどろもどろに言い訳すると、アリスターは「まあ、それはそうだね」とあっさり肯定した。
「別に、キャシー嬢のために提案したわけじゃないよ」
「そうなのですか?」
「ナディア嬢には手下? 取り巻き? そういう令嬢がいなかったから、あのまま王太子妃になったらセリーナが侍女になりそうだな、って思っただけ」
「それはつまり、私のためですか?」
 少し浮いたセリーナは、両手を組んでアリスターを見つめる。
「違う。どちらかと言うと、僕のため」
「アリスター様のため、ですか?」
 首をかしげるセリーナに、アリスターは顔を逸らして、
「王族の侍女は王宮に住むでしょ?」
「えっ! では! ではでは、アリスター様は、私と結婚したら離れたくないから私を侍女にしたくなかったってことですか!?」
「そうだけど、文句ある?」
「まあ! 文句なんてありませんわ!」
 一気に恋愛幸福度が上がったセリーナは、近頃ないくらい高く浮いた。
「ちょっと! 危ない! 早く降りて!」
 立ち上がって両手を伸ばすアリスターに向かって、セリーナは浮遊魔法でゆっくり降りたのだった。
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