6 / 69
第一部
離宮の主
しおりを挟む
『ミクラ、サイラスが戻りました』
カーティスに声をかけられて、ミクラは現実に意識を戻す。
サリヤとベアトリクスをこの基地に運んだのは昨日の朝。サリヤは一日以上寝ていたことになる。
念のために基地に残ったミクラに代わり、王城に報告と情報収集に出かけていたのは副団長のルッボーだ。彼が基地に帰ってきた。
水属性特化型のサイラスは青銀の体を輝かせて、上空を旋回し、着陸した。彼はシー種だが、特化型のため水属性魔法に置いてはイー種ほど力があり、氷魔法も扱えた。
すっと静かにカーティスの隣りに並んだサイラスに、ミクラは感嘆する。
騎士の指示がないと動けないシー種は、騎士の力量がものを言う。正確に指示を出さないとこんなに繊細な動きはできないのだ。
「戻りました。――あなたは、まさか私の出迎えですか? お願いした事務仕事は全部終わったんでしょうね」
サイラスから降りてきたルッボーは、片手をあげるミクラに眉をひそめた。
上司に対しても冷たい表情を変えないルッボーは、この飛行機にしてこの騎士ありと言われている。
「いや、偶然だ」
先ほどの顛末を簡単に伝えると、ルッボーは大きなため息をついた。
「それはそうと、メデスディスメ王国の様子は?」
「詳細は不明ですが、第二王子マスモットが国王アンザイ三世と第一王子を弑して王宮を制圧したようです。今日明日にも即位を宣言するかと。……第三から第六までの王子は消息不明。第七王子は死亡。王女は全員嫁いでいます」
「あー、全部で何人いたんだったかな」
「十二人ですよ。あなたは王族でしょうに」
なぜ把握していないのだ、と長年の付き合いから彼の冷たい視線の意味がミクラにはわかる。
「うちは俺と兄の二人だけで気楽だな」
兄王の子どもも現在は王子一人だ。――それはそれで問題もあるのだけれど。
「妃の数も違いますからね」
側妃も入れて七人です、とルッボーは呆れた声で続けた。
メデスディスメ王国のアンザイ三世は、周辺の国を侵略して一代で領土を広げた王だ。国内貴族だけでなく侵略した国からも妃を迎えている。
「覇王の最期が子どもに討たれて、とはなぁ……」
メデスディスメ王国とベールルーベ王国は今でこそ隣国だが、二十年前は国境を接してはいなかった。現在の国境に沿うようにして小国が三つ並んでいたのだ。それをメデスディスメ王国が次々落とした。最後が十七年前のフスチャットスフ王国で、その後はベールルーベ王国にも手を伸ばしてくるのだろうと警戒していた。実際に小競り合いも何度かあったが、メデスディスメ王国内で反乱が相次ぎ、覇王も内政に目が離せなかったらしい。国境が高山と森と谷という地理的な事情もあるだろう。大きな戦にはならないまま、今に至っている。
両国間に正式な国交はない。政変の情報は密偵が持ち込んだものだ。
覇王を倒す第二王子が果たして穏やかな人物だろうか。先が思いやられてミクラは知らずに眉間に皺を寄せた。
「フスチャットスフ領の離宮ですが、第七王子の居城でした」
サリヤを迎えに行った帰りに国境付近を確認したところ、その離宮で煙が上がっていたのだ。こちらから見える範囲の戦火はそこだけだった。
「第七王子はなぜ狙われた? 重要人物だったのか?」
「いいえ、逆でしょうね。王宮の情報を得るのが困難だったのではないかと思います」
皆等しく狙われたが、他の王子たちは政変に備えることができた結果の消息不明か。――もちろん、どこかで討ち取られている可能性もある。
ミクラは一人唸る。
「第四側妃は唯一の平民出身の妃で、最年少の王子も軽んじられていたようです」
「それで離宮暮らしか」
「名目上は側妃の病気療養のためとされています。側妃は旧フスチャットスフ王国の出身だそうですから、親切だか嫌がらせだか判断に苦しむところですけれど」
そこでルッボーはわずかに声をひそめた。
「あなたはあの少女をどう見ます?」
「第七王子の影武者」
ミクラの言葉にルッボーが小さく息を飲む。
日常的に男装していた様子のサリヤ。
彼女と接した感覚では、王子の影武者説はしっくりくる。
だが、とミクラは腕を組んだ。
「だがなぁ、軽んじられていた王子に影武者がいるか?」
「何かありそうですね……おもしろい」
「お前なぁ。厄介ごとを増やさないでくれよ」
「まさか、そんなこと」
楽しそうに微笑むルッボーに、ミクラは胡乱な視線を向けるのだった。
カーティスに声をかけられて、ミクラは現実に意識を戻す。
サリヤとベアトリクスをこの基地に運んだのは昨日の朝。サリヤは一日以上寝ていたことになる。
念のために基地に残ったミクラに代わり、王城に報告と情報収集に出かけていたのは副団長のルッボーだ。彼が基地に帰ってきた。
水属性特化型のサイラスは青銀の体を輝かせて、上空を旋回し、着陸した。彼はシー種だが、特化型のため水属性魔法に置いてはイー種ほど力があり、氷魔法も扱えた。
すっと静かにカーティスの隣りに並んだサイラスに、ミクラは感嘆する。
騎士の指示がないと動けないシー種は、騎士の力量がものを言う。正確に指示を出さないとこんなに繊細な動きはできないのだ。
「戻りました。――あなたは、まさか私の出迎えですか? お願いした事務仕事は全部終わったんでしょうね」
サイラスから降りてきたルッボーは、片手をあげるミクラに眉をひそめた。
上司に対しても冷たい表情を変えないルッボーは、この飛行機にしてこの騎士ありと言われている。
「いや、偶然だ」
先ほどの顛末を簡単に伝えると、ルッボーは大きなため息をついた。
「それはそうと、メデスディスメ王国の様子は?」
「詳細は不明ですが、第二王子マスモットが国王アンザイ三世と第一王子を弑して王宮を制圧したようです。今日明日にも即位を宣言するかと。……第三から第六までの王子は消息不明。第七王子は死亡。王女は全員嫁いでいます」
「あー、全部で何人いたんだったかな」
「十二人ですよ。あなたは王族でしょうに」
なぜ把握していないのだ、と長年の付き合いから彼の冷たい視線の意味がミクラにはわかる。
「うちは俺と兄の二人だけで気楽だな」
兄王の子どもも現在は王子一人だ。――それはそれで問題もあるのだけれど。
「妃の数も違いますからね」
側妃も入れて七人です、とルッボーは呆れた声で続けた。
メデスディスメ王国のアンザイ三世は、周辺の国を侵略して一代で領土を広げた王だ。国内貴族だけでなく侵略した国からも妃を迎えている。
「覇王の最期が子どもに討たれて、とはなぁ……」
メデスディスメ王国とベールルーベ王国は今でこそ隣国だが、二十年前は国境を接してはいなかった。現在の国境に沿うようにして小国が三つ並んでいたのだ。それをメデスディスメ王国が次々落とした。最後が十七年前のフスチャットスフ王国で、その後はベールルーベ王国にも手を伸ばしてくるのだろうと警戒していた。実際に小競り合いも何度かあったが、メデスディスメ王国内で反乱が相次ぎ、覇王も内政に目が離せなかったらしい。国境が高山と森と谷という地理的な事情もあるだろう。大きな戦にはならないまま、今に至っている。
両国間に正式な国交はない。政変の情報は密偵が持ち込んだものだ。
覇王を倒す第二王子が果たして穏やかな人物だろうか。先が思いやられてミクラは知らずに眉間に皺を寄せた。
「フスチャットスフ領の離宮ですが、第七王子の居城でした」
サリヤを迎えに行った帰りに国境付近を確認したところ、その離宮で煙が上がっていたのだ。こちらから見える範囲の戦火はそこだけだった。
「第七王子はなぜ狙われた? 重要人物だったのか?」
「いいえ、逆でしょうね。王宮の情報を得るのが困難だったのではないかと思います」
皆等しく狙われたが、他の王子たちは政変に備えることができた結果の消息不明か。――もちろん、どこかで討ち取られている可能性もある。
ミクラは一人唸る。
「第四側妃は唯一の平民出身の妃で、最年少の王子も軽んじられていたようです」
「それで離宮暮らしか」
「名目上は側妃の病気療養のためとされています。側妃は旧フスチャットスフ王国の出身だそうですから、親切だか嫌がらせだか判断に苦しむところですけれど」
そこでルッボーはわずかに声をひそめた。
「あなたはあの少女をどう見ます?」
「第七王子の影武者」
ミクラの言葉にルッボーが小さく息を飲む。
日常的に男装していた様子のサリヤ。
彼女と接した感覚では、王子の影武者説はしっくりくる。
だが、とミクラは腕を組んだ。
「だがなぁ、軽んじられていた王子に影武者がいるか?」
「何かありそうですね……おもしろい」
「お前なぁ。厄介ごとを増やさないでくれよ」
「まさか、そんなこと」
楽しそうに微笑むルッボーに、ミクラは胡乱な視線を向けるのだった。
12
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
慈愛と復讐の間
レクフル
ファンタジー
とある国に二人の赤子が生まれた。
一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。
慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。
これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。
だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。
大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。
そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。
そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。
慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。
想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~
水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。
彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。
失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった!
しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!?
絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。
一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる