王国の飛行騎士

神田柊子

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第一部

男装少女

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 マーナベーナに連れられてベアトリクスを厩舎まで先導していくサリヤを、ミクラは腕を組んで見送っていた。
 飛行機は騎士の魔力を糧にしている。現存している飛行機のうち、シー種とディー種は魔力の蓄えができず、騎士が鞍に乗るか飛行機に触れていないと全く動けなかった。それらより上位のイー種は魔力を蓄えておけるため、少しの時間であれば単独で行動ができる。ただし慣れている行動か別の飛行機の先導がある場合のみだ。
「ベアトリクスは一人で厩舎から出たのか?」
 ミクラはカーティスに寄りかかり、尋ねる。
『ええ、そうです。完全に自由に行動できるようですね』
「エフ種か……。さて、おとなしく騎士の指示に従ってくれるかな」
 その騎士のことに思考が移る。
 サリヤの言葉遣いには違和感があった。
 マーナベーナや他の女性騎士、貴族の令嬢、平民の少女……どこにあてはめても浮いて見える。男装は日常だった可能性が高い。
 知っている人間の中で彼女に一番近い言葉遣いをするのは、八歳になる甥の王太子だ。叔父のミクラは別だが、王太子は相手がどれだけ年上の大臣だろうと敬語を使わずに話をする。
 団長だと名乗った後にサリヤがミクラに敬語を使ったのは、団長だからではなく、団長が王弟だと知っていたからかもしれない。
 ミクラは遺跡に彼女を迎えに行ったときのことを思い出す。

:::::::

『この下です』
 カーティスは森の中空で旋回した。
 メデスディスメ王国の国境近くだ。空から見ると国境線の谷は、森にできた裂け目のようだった。そのさらに向こうで細く煙が上がっており、ミクラは少し気になった。
 東に向いた一瞬、まぶしさに目をすがめる。昇りかけた朝日がカーティスの白い翼を照らした。
「降りられそうか?」
『遺跡のコンソールにアクセスしてみます』
 コンソールは遺跡にある装置だ。遺跡内を持ち運べる板状のものだったり、壁と一体になっていたり、机だったりと、遺跡によってさまざまだ。素材も金属やガラス、旧文明特有の素材など、いろいろあった。持ち運べるものでも遺跡の中でしか動作しないし、そもそも飛行機にしか操作できなかった。旧文明では主に人間が操作していたらしい。旧文明の人間は魔法が使えたからだ。現代の人間は魔力は持っていても魔法は使えない。飛行騎士は飛行機に己の魔力を渡し、魔法を使ってもらうのだ。
『開きます』
 カーティスの声に我に返ると、森の一部が上昇してきた。直系二十エム程度の円形に上に植物を乗せたまま、地面が上がる。そしてその側面から滑走路が伸びてきた。銀色に光る金属素材のようだ。
「女王はどうしている?」
『先ほどコンソール経由で呼びかけましたから、チューニングをしているのではないかと。……ああ、反応がありました。ミクラにも繋がります』
『遅いわよ!』
 耳をつんざくような少女の声だった。
 ――これが女王?
 ミクラは眉をしかめる。
 飛行機の言う「最新」は、一番最後に誕生したということで、つまり「幼い」のだろう。
「降りるぞ」
『私はカーティス。エリアナンバー351BR1568所属のイー種最上位。搭乗しているのは騎士のミクラです。今から着陸します』
『私はベアトリクス。エリアナンバー351BR1568所属のエフ種最上位。搭乗はしていないけれど騎士はサリヤ。着陸を許可するわ』
 決まったやりとりのあと、カーティスは大きく旋回してから滑走路に着陸した。内部に入る手前で止まる。
 この辺りは昨夜は雨だったのか、近くで見ると木々の葉が濡れている。ミクラは深呼吸して、みずみずしい緑の香りを胸に収めた。
「カーティスはここで待っていてくれ」
 ミクラはカーティスを降り、一人で遺跡の内部に入った。
 内壁は滑走路と同じ金属製だ。床は摺りガラスに似た旧文明の素材で、ミクラは別の遺跡でも見たことがあった。その下に灯りが埋め込まれているようだ。
 見たところ破損もなく、灯りもついているし、空気を管理する設備も健在のようだし、遺跡は遺跡でも生きている遺跡だ。
『あなたがミクラかしら?』
 少女の声が頭に響いた。
 飛行機の女王は白い体躯をしていた。
 飛行機の体色は魔法属性の影響を受けている。それぞれの種の最上位は火、水、風、土の属性魔法を扱えるため、だいたい白い。カーティスもそうだった。
「ああ、俺がミクラだ。はじめまして。ベールルーベ王国――君たちの言葉で言うならこのエリアの飛行騎士団の団長だ。ベアトリクスと呼んでもいいか?」
『ええ。どうぞ』
 鷹揚にうなずいてから、ベアトリクスは焦ったような声で続けた。
『サリヤが倒れてしまったの。私が魔力をもらいすぎたのかもしれないわ』
 彼女の左の翼が光ったから、ミクラはそちらに回り込む。
 床の上に黒髪の少年が倒れていた。
 ミクラは慌てて近寄る。腕に触れると苦しそうなうめき声が返ってきた。意識は戻らなそうだ。
 頬が赤くなっており、手を宛てると熱かった。
「熱があるな」
『熱? 川からそこの地底湖まで連れてきたの。関係ある?』
「連れてきた? ……ああ、まあ、無関係ではないだろうが」
『サリヤが川に落ちたのが先よ。私が無理やり引き込んだわけではないわ』
 サリヤがエリアに入ったことでベアトリクスは彼女の魔力を感知した。川に落ちるとわかったから守るために絆をつないだ。そのまま魔法で保護しつつ、地底湖まで運んだ。
 ――ベアトリクスの話を聞くとそういうことらしい。
 この辺りの地理から、隣国から国境の川に落ちたと考えられる。
 飛行機には群れがあり、群れは縄張りを持っている。縄張りの中心にある遺跡はどこの国でも騎士団の基地になっていた。縄張りのことを飛行機たちは「エリア」と呼ぶ。
 縄張りはだいたい国ごとになっている。国土の広い国や他国を侵略した国などは複数の群れを持っていることもあるが、その場合も縄張りは被らない。
 ベアトリクスの所属する群れはベールルーベ王国飛行騎士団。縄張りの範囲は当然、ベールルーベ王国となる。
「サリヤはメデスディスメ王国の出身か……」
 川向こうはフスチャットスフ領。十七年前まではフスチャットスフ王国だったのだが、メデスディスメ王国に攻め込まれて地図から消えてしまった。かの亡国の民はサリヤのような黒髪が多かった。
 そう思いながらサリヤの髪を見ると、不自然な切り口だった。変な風に束になっているし、左右の長さもおかしい。
 そっと触れる。川に流されたのだからさらさらとはいかないが、なめらかで艶がある。
 あかぎれなどがない綺麗な手。整えらえた爪。日に焼けていない肌。簡素な服だったが布地や仕立ては上等だ。
 貴族か、商人などの裕福な家の者か、とミクラは推測した。
「訳ありか……」
 面倒なことにならないといいが。
 とにかく基地に戻らないことには始まらない。
 ミクラはサリヤを抱え上げる。すると、その体からぐしゃっと水があふれ出た。
「うぉ、なんだ?」
 服が水を吸っているのか。
 熱があるのにこのままではまずいだろう、とミクラは服を脱がせたのだが、余計にため息を吐く結果になった。
 少年ではなく少女だったのだ。
「訳ありすぎるぞ」
 水をたっぷり吸っていた綿入りの下着を取り、胸に巻いた布はそのまま、ミクラは自分の上着で包んだ。
『ミクラ。サイラスから伝言です』
「おう」
 カーティスの声が聞こえ、ミクラは答える。サイラスは騎士団副団長ルッボーの絆の飛行機だ。
『ルッボーからミクラへ。――メデスディスメ王国で政変があった模様。可能な範囲で様子を見て来てほしい』
「何? 政変だと?」
 ミクラはサリヤを再び抱える。
 政変から逃げるための男装か?
「ベアトリクス、君はサリヤなしで飛べるか?」
『もちろんよ』
 ベアトリクスは胸を張ったあと、『倒れるほど魔力をもらってしまったもの』と小さく付け加えた。
「先導はカーティスがする。後ろをついてきてくれ」
『どこに行くの?』
「王都にある騎士団の基地――君たちの言葉で言うところの『エリアのセンター』だな」
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