「あなたと私なら都合のいい結婚ができるんじゃない?」~魔術契約士の契約再婚~

神田柊子

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似合いの二人

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「あら? レイン子爵夫人じゃありません?」
 呼び止められてクラリスは顔を向けた。
 実家やレイン子爵家と付き合いのある伯爵家の夫人だ。エルトンが寝付いてからは社交は最低限になっていたため、四年ぶりくらいだろうか。
 今日は王都で一番大きな百貨店に来ていた。貴族も多く利用している。いつか昔の知り合いに会うだろうとは思っていたけれど、その最初がこの方か、とクラリスは内心ため息をつく。
 同年代の伯爵夫人は、独身時代からクラリスを一方的にライバル視していた。彼女が格上の伯爵家に嫁いだおかげで溜飲は下がったらしく、あからさまに敵視されることは減ったが、仲がいいとはいいがたい。
「ウェビナー伯爵夫人、ご無沙汰しておりますわ。あの……申し上げにくいのですが、私はもう子爵夫人ではごさいませんの。エルトン・レインは昨年亡くなって、今は弟のラッセルがレイン子爵を継いでおります」
 連絡しているはずだから、忘れているか、覚えていてわざとか。
「まあ、ごめんなさいね。それでは、そちらは?」
 今日は休日でクラリスはハリーと一緒だった。
 伯爵夫人は好奇な視線を隠さない。
「先日再婚いたしましたの。夫のハリー・フォーグラフですわ」
「初めまして。ウェビナー伯爵夫人。魔術契約士のフォーグラフです」
 ハリーの差し出した名刺を伯爵夫人は侍女に受け取らせた。
「魔術契約士?」
「ええ。ウェビナー伯爵とはお仕事で何度かお会いしたことがございます。こんなお美しい奥様がいらっしゃるとは存じ上げませんでしたが」
「まあ。そう……」
 彼女がハリーに向けた胡散臭そうな顔は、ハリーのお世辞と笑顔ですっかり消えた。まんざらでもなさそうに愛想笑いをする。
「レイン子爵夫人にはお似合いではなくって?」
「今はフォーグラフですわ」
「そうでしたわね。でしたら、貴族ではなくなったのね。おかわいそう」
「夫は騎士爵です。それに魔術契約士は国家資格ですわよ」
「そういえば、あなたも魔術師でしたわね。やっぱりお似合いだこと」
 再度口を開こうとしたクラリスだったが、ハリーの腕に預けた手を押さえられて止められた。
 クラリスが口をつぐんだことで伯爵夫人は気が済んだのか、「それでは失礼いたしますわ」と去って行った。
「失礼いたしますって、本当に失礼だわ!」
 完全に姿が見えなくなってから、クラリスはハリーを見上げる。
「ごめんなさい。私のせいで」
「いや、貴族相手ならよくあることさ」
「ウェビナー伯爵とは気まずくならない?」
「伯爵はもっと先進的? 現実的かな。仕事ができれば爵位の高低は気にしない方だよ」
 ハリーは笑う。
「全然、お似合いじゃないご夫婦なのね」
「確かに。正直、驚いたよ」
 促されて歩き出す。
「魔術科時代、君のことを貴族令嬢の鑑のように思っていたし、実際、他の貴族家の連中からは一目置かれていたから……君があんな風に馬鹿にされることがあることにも驚いた。――俺がもっと爵位が高かったらな。ブラッドくらいに」
「えっ!」
 ハリーの言葉にクラリスは驚いて、声を上げる。
「あなたがそんなことを言うほうが驚きよ。らしくないわね」
「そうか?」
「私なんて、もともと貴族夫人としては規格外よ。専門高等学校を卒業した魔術師ですから」
 ウェビナー伯爵夫人は、基礎学校を卒業してから十六歳で社交界デビュー、そして結婚と順当に辿ってきた人だ。同年代の貴族夫人の中では「成功者」といえる。
 クラリスなんかに見せつけずとも誰もが認めているのだから、胸を張っていればいいのに。
「いや、しかし」
「私が元子爵夫人じゃなければ、あなたが回りくどく馬鹿にされることもなかったのに、と私が言ったら?」
「そんなわけあるか、と否定するな」
「でしょう? そのまま返してあげるわ」
 クラリスが言うと、ハリーは苦笑した。

 その日はやけに知り合いに会う日だった。
 何かのめぐりあわせだろうか。どこかで貴族向けの催しでもあったのか。
 ウェビナー伯爵夫人ほど失礼な相手はいなかったけれど、皆、クラリスがハリーと再婚したことに驚いていた。
「あんなに仲が良かったのに残念ですわね」
「レイン前子爵も夫人の幸せを祈っていることでしょう」
「まあ、理解のある方がいらっしゃってよろしいこと」
 クラリスの二つの指輪は何度も視線にさらされた。
 ハリーが如才なくかばってくれるのも、申し訳なくて堪えた。
 買い物は中断して帰ろうかと提案するハリーに、それなら食事だけして帰りましょうと返したのはクラリスだった。
 ハリーが依頼人に勧められたレストランを予約してくれていたのだ。
 それが極めつけだった。
「ここ……」
「知っている店かい?」
「ええ……」
 エルトンと王都に来たときに毎回寄っていた店だった。
 そう伝えると、ハリーは、
「やめておこう」
「いいえ、せっかく予約してくれたのだから」
「いや、帰ろう」
 ハリーは強くそう言って、クラリスの腰を抱き寄せて半ば無理やりのように回れ右をした。
「あ、待って。予約を」
「ああ。そうだな」
 断ってクラリスをその場に残し、ハリーは店に入る。わずかな時間で戻ってきた。
「ちょうど予約なしで待っていた客がいたから譲ってきたよ」
 クラリスの背を押して歩きだすと、
「俺がいつも昼飯にしている屋台があるんだ。買って帰ろう」
「ええ、ありがとう」
 ごめんなさい、とクラリスは力なく付け足す。
 すると、ハリーはクラリスの腰を抱き寄せた。
「クラリス」
 ハリーはクラリスのこめかみに頬を擦り付けるようにした。ハリーのメガネがカチャと音を立てた。
「俺は、正直なところ、君の心にエルトン氏がいることにほっとしている」
 内緒話のように耳元で告げられて、クラリスはハリーを振り返った。自然に足が止まり、近い距離で向き合った。
「え?」
「他人の全てを受け止める度量が俺にはないんだと思う」
「あなたがいないと生きていけない、なんて言われたことがあるの?」
「まあ、昔ね」
 卒業してすぐかな、とハリーは苦笑する。
 本音か、気を使ってくれたのかはわからない。でも、クラリスのエルトンへの気持ちを、結婚して一か月以上経った今でもハリーが許してくれているのは理解した。
「俺は一人でも生きていけるんだと思う。でも君が一緒のほうが楽しい。できれば長くこの生活を続けたい」
「ええ……たぶん私も同じだわ」
 一人でも生きていける気がする。
 エルトンがいなくなっても、クラリスは心を病むほどのことはなかった。
「私たち、お似合いね」
「これ以上ない相手だよ」
 ハリーはクラリスの指輪を指さした。
 結婚契約の指輪のほうだ。
 ハリーの気持ちを表す石は藍色のまま変わらない。
「あなたのは?」
 そう聞くと、彼は自分の左手をクラリスの左手に並べて見せてくれた。
 クラリスの気持ちを表す石も赤いままだ。
 その石を撫でてから、ハリーは進行方向に向き直ってクラリスの左手を自身の腕に乗せた。
 再び歩き出した二人の間には適度な距離が保たれている。
「休暇をとって、二人ともがまだ行ったことがないところに旅行しようか」
「いいわね」
 知り合いに会わないような遠くにしましょう、とクラリスは微笑んだ。
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